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第二十四話


 早いもので、妖精たちとの出会いから一月が経っていた。あれから何度も交流を重ね、互いの住処を行き来するほどに良好な関係を築けている。


 最初は怯えていた様子だったアナもオーガの巨体や凶相に慣れたのか、今では会えば笑顔を見せてくれるようになった。彼女からもシアと同じく感謝の言葉を貰っている。アナは少しばかり怖がりなようだが、気を許した相手には快活に笑いかけてくれる妖精のようだ。


「トールさん、クロさん。こんにちは」

「お邪魔しまーす!」


 そんな妖精たちが、今日もアーリス砦に遊びに来た。元気よく飛び回るアナと落ち着いた様子で頭を下げるシア。何とも対照的な二人にトールとクロも歓迎の言葉を向ける。


「いらっしゃい、二人とも」

『シア、アナ! こんにちは!』


 すっかり馴染んでしまった挨拶を交わしてから、賑やかな一時が始まった。


******


 恒例となったお茶会を楽しんだ後、トールはシアと一緒に花壇を見回っていた。植物と深く関わっている妖精であるシアは、様々な草花に対して多くの知識を持っていた。


「この花は根が薬効を持つの。煎じて飲めば腹痛や整腸に効くわ」


 最近では定位置になりつつある右肩に座ったシアが、花壇に咲いた花を指さして解説してくれる。一見すれば小さく可愛らしい花なのに、薬効があるという根はとても大きいという。


「へぇ、よく食べすぎるクロにはちょうどいいかな」

「ふふ、そうかもね」


 冗談めかして食いしん坊なクロを話題にしてみれば、シアも面白そうに笑ってくれた。


 そんなクロは今、アナを連れて樹海の探索に出かけている。どうやらクロとアナは気が合うらしく、連れたってはあちこち走り回っている。子供のように元気いっぱいな様子はとても微笑ましいものだ。


「あ、こっちの花を何輪か摘んでもいいかしら? アナが好きな花なの」

「この青い花かい? もちろん、構わないよ」

「ありがとう、トールさん。帰りに頂いていくわ」


 どうやら精霊の樹の近くには生えていない花であるらしく、ここに遊びに来る度に愛でていると教えてくれた。薄い青を儚く主張している美しい花は、確かにアナによく似合う気がした。


「そういえば、アナは天を司る妖精だったか」

「司る、というのはちょっと大げさだけれどね」


 シアが植物に関わる妖精であるように、アナは風や大気などに関係する妖精であった。彼女が本気で魔法を使えば、巨大な竜巻さえ発生させることが出来ると聞いたときは思わず言葉を失ったものだ。


 とはいえ、それを行うには多くの精霊に協力をしてもらう必要があるという。また、本人にも多大な負荷がかかるため、気軽に使えるものではないとも言っていた。そもそもアナ自身が使うつもりもないので、無用な心配であった。



 花壇の見回りを終えた二人は、すっかり慣れ親しんだテーブルにハーブティーを置いて向かい合うように座り込んだ。本日二度目の茶会も穏やかに会話が広がっていった。


 小さく可憐な姿形をしているが、シアは短くない時を生きてきた妖精である。これまでも彼女は多くを語ってくれた。妖精のこと、魔法のこと、人間のこと、エルフのこと、そしてこの世界のこと。最果ての森しか知らないトールにとって非常に興味深く、また、好奇心を刺激する話ばかりであった。


 その中でも、世界を手中に収めようと侵略を開始した邪悪な魔王と、長い戦いの末にそれを討ち果たした聖なる勇者の話はトールを夢中にさせた。


 勇者と魔王。ファンタジー世界の代名詞たる存在は創作された英雄譚ではなく、かつて実在したというのだから驚きである。


 両者の戦いに終止符が打たれたのは約二百年前。それだけの年月が経ってしまえば討伐された魔王はもとより、勇者も生きてはいない。一目見ることすら叶わないのが残念で仕方なかった。


「ただいまー」

『ただいまー』


 他愛ない会話を重ねていると、元気の良い声が聞こえてきた。そちらに目を向けてみれば、軽やかに駆けてくるクロと、その頭に乗ったアナの姿が飛び込んでくる。


「おかえり、ふたりとも」

「おかえりなさい。今日は早かったのね」


 いつもより早い帰りにシアが首を傾げれば、確かにとトールも頷いた。


「言われてみれば、そうだな。ともあれ、まずはハーブティーでもどうだい?」


 ティーポットに残っていたハーブティーをアナのカップとクロ用の大皿に注ぐと、二人は嬉しそうに声を上げた。


「わぁ、このハーブティー好きなの。ありがとう、トールさん!」

『ありがと、トール!』


 相変わらず気の合った答えにトールも顔を緩ませた。喉が渇いていたのか、アナはカップをぐいっと傾けると一気に飲み干してしまった。


「こら、アナ。そんなに急いで飲んでしまったら香りも楽しめないじゃない」

「えへへ、美味しくて。トールさん、もう一杯頂けますか?」

「もちろん。さ、どうぞ」


 アナが差し出したカップに注げば、満たすと同時にポットがちょうど空になった。はにかみながらお礼を言ったアナは、今度は一口飲んでから小さく息を吐いた。


「それで、何かあったの?」


 彼女が落ち着いたタイミングで問いかけたのはシアだった。


「あ、そうだ。さっきクロちゃんと探検していたら変な場所を見つけたの!」

「変な場所?」


 その言葉にトールは近場の地形を頭に思い浮かべた。これまでもクロと一緒に何度か探索を行ったが、これといった新しい発見はなく、気にかかるような場所も記憶になかった。もちろん、くまなく見て回ったわけではないので、彼女の言う「変な場所」があっても不思議ではない。


『トールと一緒に散策した場所からちょっと外れた所だよ。昔は何かあったのかな、残骸みたいなのが転がっていたんだ』


 ゆっくりと大皿のハーブティーを飲んでいたクロが顔を上げ、アナの言葉を補足してくれた。


『それに、近くに大きな洞窟もあったよ。人間さんの気配はなかったけどね』

「なんと。そんな場所があったのか」


 目を丸くしたトールは素直に驚きの声を上げた。昔、この森にはウッドエルフの集落があったと本で読んだ。もしかしたら彼らが生きていた頃の跡地なのかもしれない。


「……よし、行ってみるか!」


 腕を組んであれこれと想像を巡らせてみたが、情報が不足している状態で答えが出るわけもない。そう判断したトールは、その場所を直接見てみることにした。


「ふふ、トールさんらしいわね。クロさん、そこまで行くのにどれぐらいかかるか分かる?」

『そんなに遠くないよ。今から出れば暗くなる前に帰ってこれると思う』

「うーん……」


 トールは唸りながら空を見上げた。晴天の先に輝く太陽の位置から、もうじき正午だろうと推測した。着の身着のまま探検に向かうことも可能ではあるが、やはり最低限の準備はしたい。それに空腹のまま歩き回りたくはないので、昼食をとってから出発したいところだ。


 アーリス砦を出る時間が遅くなるほど、暗くなる前に帰ってくるのは難しいだろう。そうなれば、出先で一晩を明かすことになる。


 気の向いた場所で野営するのも悪くないが、一方で出発を明日の早朝にすることも一つの手であった。これから準備を行えば、万全の態勢で出発できる。早朝から向かえば昼過ぎには到着できるはずだ。クロ達が見つけた奇妙な場所とやらの探索もゆっくり行える。


「……出発は明日にしよう」


 どちらにするか悩んだトールであったが、出発は明日と決めた。無理に出発を早めても良い結果は得らえないだろうし、どうせならのんびりと森林浴を楽しみながら進みたい。


「今日は行かないの?」

「ああ。ちゃんと準備をしてから行くとするよ。急がば回れってやつさ」

「トールさんの変な言い回し、わたしは好きよ!」

「おや、そいつは嬉しいな」


 意外そうな表情で問いかけたアナは、トールの答えを聞くと楽し気な声をあげた。その横ではシアも「私もよ」と笑いかけてくれた。


 二人の妖精にはオーガの口から諺がこぼれるということが新鮮で、何とも面白く思えるらしい。これまでも何度か同じような場面があったが、アナは面白いと笑い、シアは興味深そうに微笑むといった光景が繰り返されている。


 馬鹿にされているわけでもなく、二人とも楽しそうなのでトールも気にせず笑い返すのもまた、いつものことだった。


「ね、ね。シア、わたしたちも行きましょう?」

「そうねぇ。何があるのか私も気になるし、行ってみましょうか」

「本当? やった!」


 シアの腕に抱きつくなり、アナは背中の大きな翅を揺らして喜びを表した。


「それじゃ、明日は皆でピクニックかな」


 仲の良い二人に頬を緩ませ、トールはそう告げた。明日のための準備は必要だが、まだ正午だ。明日のことは明日。トール達は、今日という一日を楽しく過ごす為に行動を開始した。


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