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第十五話


 アーリス砦からやや離れた場所に小さな泉があった。トールはその泉の近くで火をおこし、少しばかり早い夕食を始めていた。


 石板に置かれた猪肉が食欲を刺激する匂いと音を巻き上げると、じっと見つめていたクロの尻尾が勢いよく動き出した。


「ほら、焼けたぞ」

『ありがと、トール!』


 皿代わりの葉っぱに焼けた肉を移すなり、クロは早速とばかりに食べ始めた。牙の間から滴る肉汁などお構いなしにかぶりつく様は、何時もの事ながら豪快だ。その一方で尻尾を振りながら幸せそうに食べる姿は何とも微笑ましい。


 トールは凶相を緩めながら、次の肉を石板で焼き始めた。火が通るまでの間、砦から持ち出したフライパンを手に取った。


 長い間放置されていたとは思えないほど状態は良好だ。軽く水洗いしたフライパンを早速使ってみることにした。


『トール、なにしているの?』


 フライパン用に小さな竈を組んでいると、大きな猪肉をぺろりと平らげたクロが興味深そうに覗き込んだ。


「これで木の実を炒ろうかと思ってね」


 トールはナップザックから拳大の木の実を三つ取り出した。大きさこそ違えど、丸くごつごつとした外見は胡桃に良く似ている。種子を覆う非常に硬い殻もそっくりである。


「この木の実はウイカの実と呼ばれているらしい」

『へぇー。なんか変な名前だね』


 砦にあった本で初めて名前を知ることが出来た。人間も食用にしているとあったが、硬い殻を割るのに難儀するらしく、誰もが気軽に食べられるわけではないとの事だ。


「ふっ!」


 ハンマーを叩きつけても容易には割れないという殻も、この肉体ならば問題はない。トールはウイカの実を右手で掴み、岩をも砕く握力をもって殻を割った。


 力加減を間違えて種子ごと粉砕してしまう事はほぼ無くなり、我ながら上手くなったものではないか、と自画自賛できる程に手馴れていた。


 割れた殻を捨て、掌に残った種子に目を落とすと胡桃との違いが良く分かる。独特な形をしている胡桃と異なり、ウイカの実は硬い殻を割ると、一回り小さな球形の種子が出てくる。殻に比べるとやや黒ずんでいて、言葉にするのが難しい生臭さが特徴だ。


『トール、お肉焦げちゃうよ』

「おっと。あぶないあぶない」


 慌てて肉をひっくり返し、トールは再び視線を小さな竈に戻した。既に火をおこしてあり、フライパンも温めているところだ。あまり大きくないフライパンだが、ウイカの実を炒るには充分だ。


「そのまま食べれたら楽なんだけどなぁ」

『あの味、僕は苦手だ』


 殻を割っただけの種子は独特な臭いがあり、渋味も強い。初めて口にした時は食用には向かないとまで思った。食いしん坊で何でも食べるクロをして『二度と食べない』と言ったほどだ。


 そんな酷評は、ある時トールが何となく石板で炒った時に賞賛へと変わった。軽く炒っただけで臭いや苦味は消え、風味豊かな香ばしさで後引く美味しさに夢中になってしまった。


 それ以来、ウイカの実は見つけたら可能な限り確保するようになった。殻に覆われた実は大きさがトールの拳ほどもあるので運ぶのが大変だが、その苦労を吹き飛ばすほど美味しいのだ。


「お、やっぱりフライパンがあると便利だな」


 トールは早速とばかりに温まったフライパンにウイカの実を入れた。石板では何かと面倒だった炒る作業も、フライパンがあると捗るというもの。何よりも片手で転がせるのは有難い。


「ほら、クロ。焼けたぞ」


 左手を動かしつつ、右手で焼きあがった肉をクロの前に置いた。肉の焼ける匂いの中にウイカの実の香ばしさが混じり、更に食欲を刺激する。


 幸せそうに尻尾を振るクロに目を細めつつ、この一時を楽しむようにトールはフライパンをのんびりと揺らし続けた。


******


 翌朝。


 早めの夕食を終え、早めに就寝したトールとクロはこれまた早めに目覚めることとなった。


「うーん、今日も良い天気になりそうだなぁ」


 大の字で寝ていたトールが起き上がり、固まった体を解すように伸びをした。早朝のやや冷たい空気を肺一杯に吸い込むと、寝ぼけた頭が冴えていくように感じる。


『おはよう、トール』


 近くで丸まっていたクロも、欠伸をしながら体を伸ばしている。


「おはよう、クロ。よく眠れたかい?」

『うん。でもちょっと食べ過ぎちゃったから変な夢を見たよ』


 昨日の夕食は手持ちの食材を全て使い切る豪勢なものとなった。大きく切り分けていた猪肉もウイカの実もリンゴも全て二つの胃袋に収まった。昼食を抜かしたために普段の食事量より多くなり、ついつい食べ過ぎてしまった。


「なら、朝は軽いものにしておこうか」

『そうだね。あ、向こうからリンゴの匂いがするよ。そんなに遠くないみたいだ』


 すんすんと鼻を鳴らしたクロが教えてくれた。食べ過ぎた後には果物ぐらいがちょうどいいだろう。それに、リンゴが生っている木へ向かうついでに朝の散歩というのも悪くない。


「よーし、それじゃ向かうとするか。クロ、先導を頼むよ」

『任せて!』


 泉があるこの場所には再び戻ってくるつもりなので、トールは手作りの篭を肩に引っ掛けて立ち上がった。石板とフライパンは後で回収するとしよう。もう一度、大きく伸びをしてからクロの後を追うように歩き出した。


 その途中、ふと思い出したのでクロにどんな夢を見たのか訊いてみた。その答えは『食べても食べてもお肉が目の前に飛んでくるんだ』という何ともクロらしいものであった。


******


 リンゴのみという簡単な朝食を終え、トールとクロは再びアーリス砦へと足を踏み入れていた。昨日は砦の右側を探索したので、今日は左側を覗いてみるつもりだ。


 暖炉がある中央部屋に荷物を置き、トールは左側へ続く扉の前に立った。こちらの扉の方が右側よりも大きく、作りもしっかりしている。


「開けてみよう」


 古ぼけた金属製の取っ手に指をかけると、予想よりも簡単に開けることが出来た。


 廊下へと続いてた左側とはまるで異なり、トールの目に飛び込んできたのは寝室よりも更に広い部屋だった。これで家具などが揃っていれば住居の一部屋と納得できたのだが、ここは何とも特殊であった。


『土が一杯だね、トール』

「土が一杯だな、クロ」


 部屋の中には無数の土塊の山が存在していた。全てが同じ土ではないようで、黄土もあれば赤褐色、黒に近い焦げ茶色、さらには複数の土が混ざられているらしい土塊も幾つかある。


 人間が使えそうな物など、隅にぽつんと置かれている小さなテーブルと椅子だけだ。


「なんで土が山積みになっているんだ?」

『変な臭いもしないし……なんだろうね』


 土塊の近くで鼻を鳴らすクロも首を傾げている。


「土……待てよ、土と言えば昨日読んだ本にあったな」


 ふと思い出したのは本棚で見つけた魔法に関する本だった。あれには土から作るゴーレムについて書かれていた。術者によっては相性の良い土があったり、練成が行い易い土もあると記されていた、ような気がする。


「となると、ここは研究室みたいなものか」


 様々な土を使用して実験や研究を行っていたのだろう。もしかしたら、あの本の著者はかつてアーリス砦に住んでいた人間なのかもしれない。


『あれ? トール、こっちから地下にいけるみたいだよ』


 今度はじっくりと読んでみるとするか、と考えていたところにクロの声が響いた。土塊があまりに印象的で、部屋の奥にある階段には全く目がいってなかった。


 クロの後ろから覗き込んでみたが、見えたのは階段の途中までであった。幸いにも階段自体は人間が使うにしては随分と広く作られており、一段一段の踏みづらはトールの足よりも大きい。


「降りるだけなら何とかなるが、その先は……」


 ただでさえ室内は薄暗いのだ。間違いなく地下に光は届いていないだろう。以前、探索した洞窟にあった発光性の苔や茸のような光源も期待できそうにない。


『真っ暗で何も見えないよ』

「ああ。けど、大丈夫だろう」


 首を傾げるクロに笑いかけ、トールは踵を返して中央部屋へと戻っていく。足は止めず、そのまま寝室へと続く扉を開け放った。


 廊下を突き進み、躊躇うことなく寝室へ足を踏み入れたトールはベッド脇に置かれているエンドテーブルに手を伸ばした。目的はエンドテーブルの上にある燭台であった。


 台座から伸びる脚は二十センチほどの高さから二又に分かれ、それぞれに蝋燭が刺さっている。余計な装飾などは無く、細くシンプルな作りをしている。何度か使われた形跡こそあるが、まだまだ充分に蝋は残っている。



 一度外に出たトールは、手早く小さな種火を作り、二本の蝋燭に火を灯した。燭台の細い脚は乱暴に使えばすぐに折れてしまうだろう。トールは壊さぬよう慎重に燭台を掴み、砦へと戻っていった。


「これで光源は問題なし、と。じゃあ、降りてみようか」


 頼りないながらも、柔らかく揺れる炎が周囲を照らし出す。元より夜目は利く方だ。この光があれば視界の確保は問題ない。


『面白いものがあるといいね!』

「ああ。さあ、行こう!」


 探検に向かう子供のように声を弾ませて、トールとクロは足取り軽く地下へと踏み込んでいった。

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