Session #7 (Want to be a) Doctor Sax (4)
「優人……ごめんね」
「何が?」
優人は無愛想に呟いた。小夜子の声は少し甘えたような調子だった。
「今日もスタジオでいったけど、優人はサックス抱えてる時はリーダーになれるやつだって思ってた」
「いいよ、もう」
露骨に優人は顔をしかめたが、小夜子は構わず続けた。
「優人とは長いこと顔引っ突き合わせてきたし、馬鹿なこともずいぶんしたけど、アタシは音楽やる人間として尊敬してたつもりだった……満足してたんだ、本当だよ。けどね、その中に亜実が入って、来るなりすっごいピアノ弾き始めて……やっぱ、アタシ焦ったんだと思う。引っ掻き回されてるような気がしてさ……何か危機感持っちゃったんだ。だからアタシ、亜実に勝手にライバル意識燃やしちゃったりなんかして」
小夜子は照れ臭そうに笑った。
「でも、亜実はすごいな。亜実のソロで、アタシよく後ろで仕かけてみたし、自分のソロの時も亜実に仕かけるようにやってみたんだけど、亜実は平然としてる。アタシのソロにはついてくるし、アタシのバッキングも平気で取り込んじゃう。で、もっと頭に来たのは、どんな時でも亜実はアタシなんて見ちゃいない。優人を見てんだよ」
「……」
優人は無言のまま、小夜子を見詰めた。彼女は一息ついた。
「じっと見てる時もあるし、ソロの時とかは鍵盤を見てるんだけど、やっぱりチラチラあんたを見てる。あんた気づいてないかも知れないけどね。で、あんたは亜実と交際い始めて、まるで腫れ物を触るみたいに可愛がるし、良和も裕孝も妙に亜実を持ち上げて……」
「小夜子……」
「何だか二人ともドラマティックでさ……馬鹿みたいだけど」
ドラマティック? 優人は眉をひそめた。
「とにかく大人気なかったのは、謝りたいんだけど」
優人は寂し気な表情を見せる小夜子を微笑ましく思ったが、口元を緩めた瞬間、彼の顔面に枕が飛んできた。
「ぶっ……何しやがる!」
「あームカつく! その緩んだツラ!」
「このっ!」
優人は枕を小夜子に投げ返した。彼女がドッジボールみたいに枕をキャッチしたのを確かめてから、風呂に入る、といい残して優人はユニットバスに向かった。
〝人って、あんまり近過ぎると、互いに相手がどんなに大切かが見えなくなることがあるから〟
バスタブにつかりながら、亜実が以前いった言葉を、優人はぼんやりと思い出していた。
自分にとって、小夜子の存在は一体何なのだろう。
〝それに優人さんと一緒にいた時間は、絶対に小夜子さんにはかなわないから……〟
確かに一八年間、優人が生きてきた中で一番長く接してきた同年代の異性は、間違いなく小夜子だ。
風呂から上がり、タンクトップにスウェットパンツという格好で優人が部屋に戻ると、小夜子はベッドを降り、床に寝そべって毛布にくるまっていた。
「何だよ、お前。泊まんのかよ」
「さっき家に電話した。うちの親、あんたのこと、信用しきってるから」
「ああ、そうかい」
「でもうちの親にさ、あんたが自分の部屋に女の子連れ込んでるってバレたら泊まるの許してくれたかね……?」
「この……おい、別にベッドで寝てもいいんだぜ」
優人は親切心からいったが、小夜子は思い切り毒づいた。
「あ、そう。じゃあ、昔みたいに一緒に寝ようか?」
「いい加減にしろっ!」
優人はもう一度枕を小夜子に投げつけた。今度は彼女は乗らず、顔面で受け取った枕をそのまま頭の下に敷き、枕も借りるね、といい残してすぐに寝息を立ててしまった。
すっかり戦意を喪失した優人は、押し入れから別の毛布を取り出し、部屋の灯りを消してからベッドに横になり、毛布にくるまった。
その夜、優人は本当によく眠った。
執筆に際しての参考文献・資料等につきましては、連載完結後に表示致します。御了承下さい。