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Session #6 To Young To Go Steady (2)

 セルジオ・メンデスとブラジル66の演唱で知られる『マシュ・ケ・ナダ』をやり終え、ストリートパフォーマンスは徐々に熱気をはらみ始めた。

 優人は椅子の位置を確かめた。椅子に座って演奏するのは、これが初めてだった。

 この時は二階のスタジオから椅子を引っ張り出し、ベニヤ板を数枚敷いて作った簡易なステージ上で全員が座って演奏する形を取った。

 サックスとドラムは生音、しかもドラムは裕孝の意向で使うのはスティックではなくブラシのみ。ギターとベースとDX‐7は、延長コードでコンセントを引き出し、それぞれアンプを用意してシールドでダイレクトに繋ぐだけというシンプルなもので、今でいうアンプラグドを目指した形だった。

 演奏曲も夏らしく、ブラジル音楽やラテン音楽で行くことにした。

 『イパネマの娘』『カーニバルの朝』『シェガ・ジ・サウダージ』などのブラジル音楽のスタンダードナンバーに、渡辺貞夫の『ヒッティング・ホーム』やケニー・ドーハムの『ブルー・ボッサ』などのジャズメンによるブラジルナンバー、更には拓哉が置き土産のようにアレンジの譜面を残していった、ジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』のボサノヴァ版などを披露した。

 〝サヴォイ〟の常連客も何人か通りかかったが、そのほとんどがボサノヴァの『ジャイアント・ステップス』に大きな声援を送った。

 『インプレッションズ』と同様、一九六〇年代の、いわゆるモードジャズの代名詞のような曲で、高速の4ビートで演奏するのが当前という難曲を、ゆったりとしたテンポのボサノヴァにしたら、どこかモダンに響くフュージョン・ボッサになった。優人は改めて拓哉の〝ソリッド〟な音楽センスを思った。

 また世代的にリアルタイムでコルトレーンを聴いているマスターの前で、初めて〝ボッサ・ジャイアント・ステップス〟を演奏した時、彼が微妙な笑みを浮かべたを思い出していた。

「次! 『パパ・ラヴズ・マンボ』!」

 良和のかけ声と同時に、裕孝がラテンのリズムを叩き始めた。一九四〇年代のペリー・コモの歌で知られる名曲を、優人達はやはり、拓哉のアレンジ譜面で知った。

 この日のパフォーマンスで一番熱く、生き生きとしていたのは小夜子だった。

 饒舌さが消えたことに変わりはなかった。その分、逆に少ない音で歌わせる手法に変わっていた。

 必要以上の音を出さない、慈しむように一音一音を選んで繰り出してゆく――パフォーマーの在り方としては、少し大人びてきたといえた。

 ……何だ?

 小夜子のソロの間、ステージの袖で立っていた優人の耳に、近くに陣取っていた数人の中年女性の会話が微かに入ってきた。

「あのピアノの子、樋川っていうらしいけど、まさか樋川建設の?」

「一人娘が入るって話だわよ」

「一体どういうつもりなのかしらねぇ」

 演奏の音で掻き消されがちだったが、それでも話の内容から察するに、この近辺の地権者に近い人々らしかった。

 事前に大急ぎで作ったPR用のチラシにも〝サヴォイズ・ギャング〟のメンバー全員の名前が記されていたし、MC担当の良和も全員をフルネームで紹介した。だから目の前のステージでキーボードに向かうポニーテールの少女が、一丁目のコミュニティを破壊する〝悪徳会社〟の社長の娘かも知れないとなれば、憎悪剥き出しで言葉を交わすのも無理はなかった。

 亜実は黙々と伴奏を続けた。

 優人は無意識に亜実の前に立ち、中年女性達を睨みつけた。優人の強い視線を感じた彼女達は、彼を一瞥するとそそくさと人混みに消えた。

 やがて〝サヴォイズ・ギャング〟は、ギターソロを前面にフィーチャーした『パパ・ラヴズ・マンボ』のエンディングを決めた。

 いよいよ最後の曲となった。

「ラスト! 『リカード・ボサノヴァ』!」

 すでにオーソドックスなサンバを叩き始めていた裕孝のドラムに、他のメンバーが音を重ねてゆく。これまでセッションなどでやっていたリズムの激しいものではなく、イーディ・ゴーメの歌物に近い雰囲気での演奏となった。

 優人は少しサブトーンを効かせ、気だるい感じでメロディを吹いた。やはりイーディ・ゴーメを意識したものだが、突然割り込んだ亜実の強引なピアノに、優人だけでなく他の三人も息を呑んだ。

 優人がテーマを吹き終える直前を狙い、サスティンペダルを踏みっ放しのまま激しいグリッサンドを叩き込み、亜実はステージの主導権を奪った。

〝亜実……〟

 四人は言葉を失った。

 それは気だるさとは対極にある激しさだった。饒舌を遥かに超えた、絶叫ともいうべきピアノだった。

 曲に罪はないことが分かった――かつて亜実はいった。

 嫌な想い、辛い想いが染みついていた『リカード・ボサノヴァ』だった。亜実にとっては、〝サヴォイズ・ギャング〟に入ってからの数ヶ月は、このボサノヴァの名曲に対して感じていた痛みを剥がす過程ともいえた。それは亜実にも優人にもいい方に向かっているように見えていた。

 だが再開発計画が発覚し、反対運動が本格化する中、再び『リカード・ボサノヴァ』に激しい痛みが貼りつくのは耐えられない――優人には、亜実がそんな痛みを振り払おうとしているようにしか思えなかった。

 亜実のソロは数分続いた。何も知らない観客は、彼女のピアノの激しさに歓声を送った。

 もういい! 止めろ!――優人は耐えられず、亜実がやったのと同じように強引に演奏に割り込んだ。

 呆然とした表情のまま、亜実が優人の方を向いた。優人はハイノートを連発して演奏の主導権を奪い返し、亜実に向かって親指を立た。亜実は少しほっとした表情を見せ、再びキーボードに向かった。

 優人は、後テーマを気だるい感じで吹き終えた。

「どうも、ありがとうございましたー」

 エンディングを決めて『リカード・ボサノヴァ』を終え、良和か短く終わりの挨拶をすると、当初より大きな拍手が起こり、見ていた観客が三々五々に散っていった。

「亜実……」

 演奏終了後、亜実はDX‐7のコンソールに突っ伏したまま顔を起こさないでいた。優人は亜実のそばに寄り、肩を叩いた。震えていた。

 優人は横から覗き込んでみた。唇を噛み締める亜実の横顔が見えた。そしてコンソールに雫が落ちているのも分かった。

「片づけは気持ちが落ち着いてからでいいから……な」

 優人がそういうと、亜実は突っ伏したまま頷いた。

 優人が顔を上げると、一際大きい反対運動の横断幕があった。

 それは、ちょうど亜実の真正面に位置した。


「じゃ、次の練習は土曜日ということで。また今度」

「お疲れさーん」

 機材などを〝サヴォイ〟のスタジオに全て片づけて、優人が終わりを告げると、良和、裕孝が同時に答えた。

「最近オーソドックスだね、優人」

「は?」

 不意に小夜子が優人に声をかけた。

「どういう意味だよ?」

「別に……たださ、前はこっちがしかければ、もう少し乗って、例えばもっとアウトしたりとか、やっててスリルあったんだけどね」

「何がいいたい?」

 視線を合わせようとしない小夜子に、優人は苛立った。

「つまんなくなったなんて、いっちゃいけないのかも知れないけど、ちょっとね……誰のせいだろ?」

「……」

 ギターのソフトケースを背負って〝サヴォイ〟の外に出て行く小夜子の背中を見ながら、優人は釈然としない想いに囚われた。

 遙に挨拶を済ますと、他の四人もそそくさと〝サヴォイ〟を出た。

 互いにほとんど言葉を交わすことなく、次々とそれぞれの家路に就き、最後に優人と亜実が残った。二人は無言のまま、駅に向かって並んで歩き続けた。

 優人は、ライヴ直後の亜実の泣き顔を見たことで声をかけあぐねていた。亜実は思い詰めたような顔を俯き加減にしたまま、つまらなそうに足元の小石を蹴りながら歩いていた。

「亜実」

「ん? 何?」

「大丈夫かい?」

「どうして?」

「だって、さっきのライヴで……」

「大丈夫、何でもないよ」

 亜実は作り物めいた笑みを優人に見せ、また俯いた。優人は彼女の横顔を盗み見ようとしたが、この時の亜実は決して優人に顔を向けようとはしなかった。

 駅に着いても亜実は左手の腕時計を見ながら、次の電車までまだ時間があるから、といってなかなか構内に入ろうとはしなかった。

「優人、ちょっと来て」

 すでに優人を呼び捨てにするようになった亜実は、駅の建物の物陰に彼を誘った。

「わたし達、交際(つきあ)ってるってことなの?」

「違うの?」

「違わないよね? 交際(つきあ)ってるんだよね?」

「どうしたの? 突然?」

「ん……何でもない」

 亜実は一旦言葉を切った。

「辞めようと思ってる」

「え?」

 思わず優人は訊き返した。

「〝サヴォイズ・ギャング〟辞めようと……」

「何だよ、さっきのライヴが理由かい?」

 湧き上がった激しい想いを、優人は必死で抑えた。

「優人、妹さんのこと訊いちゃだめ?」

 亜実は突然、千鶴のことを持ち出した。

「別にいいけど……どうしたの?」

「ん、あのね、似てるの?」

「何が?」

「わたしと優人の妹さん」

 優人は一瞬考え込んだ。

「似てない……」

「……こともないんでしょ?」

「何で決めつけるんだよ?」

「何となくそんな気がしただけ」

 二人は建物の壁に並んでもたれかかっていた。二人とも前を向き、視線を合わせようとしなかった。

「妹さんを轢いたのが、政治家の息子って話だけど……親子で何度か会ってるよ、わたし」

「え?」

 優人は眉をひそめた。

「父の仕事の関係で、パーティとかで何度か見かけてるって方が正確なんだけど」

 比較的大きな建設、再開発事業などの完成を祝うパーティなどの席に親族の一員として亜実が出席した際、その政治家が来賓として呼ばれていたことが何度かあったという。

「仲間って思われても、仕方ないかもね」

「全く……考えすぎだ」

 優人は少々呆れたような口調で呟いた。だが亜実は構わず続けた。

「妹さんの話を聞いて以来、時々やっぱり考える」

「何を?」

「わたし、ほんとに〝サヴォイズ・ギャング〟にいていいのかって」

「どうして? だから辞めるっていうのか?」

 優人は苛立ち始めた。

「わたしだって分かる。この頃みんなスタジオでもわたしと距離置こうとしてる……」

 やっぱり感じていたのか……優人は心の中で舌打ちした。

「無理もないよ……」

 力なく亜実は続けた。

「だって、〝サヴォイ〟を奪う人間の当事者だよ、内心よく思ってるはずないよ、みんな」

「そんなことは……」

「〝サヴォイ〟のみんなだけじゃない。街の人達だってそう。反対の幟があんなにいっぱいで……」

「だから今日のライヴだって無理して出なくてもいいっていっただろ」

「気持ちを出したかったの!」

 亜実の絶叫が響いた。

「わたしだって嫌だよ! 人の気持ちを考えないこんな話、絶対嫌! でも結局は人を傷つける側でしかないんだもん!」

「そんなに自分を責めるな!」

 優人は亜実の肩に手をかけた。


執筆に際しての参考文献・資料等につきましては、連載完結後に表示致します。御了承下さい。

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