夏
掲載日:2026/10/16
一七歳 草木蓮
授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、俺は急いで教室を出た。心臓はせわしなく脈打ち、足はもつれる。転びそうになりながら音楽室に入ると、彼はピアノを弾いていた。天野凪。吹奏楽部の二年生で、もうすぐ五年の仲になる。
「早すぎるやろ」
俺は荒い息を整えながら、凪に声をかける。
「授業、早めに終わったから」
凪はピアノを弾く手を止めて、俺を見上げる。
凪はピアノが上手くて、顔も良くて、勉強もできる。俺はずーっと負けっぱなし。
「何弾いとったん」
俺は凪の肩を押してスペースを作り、そこに座る。
「カノン」
「カノンて、有名なやつ?」
「うん、知らんの?」
「知らん。もっかい弾いてや」
そもそも俺は、クラシックなどという高僧なものに興味はない。あんなものの何がいいのか、俺にはよくわからない。俺が聞くのはせいぜいJ-POPか洋楽くらいだ。そんな俺でもこの曲は聞いたことがある。
「凪はすごいな」
「そんなことないよ、蓮のほうがすごい」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえん」
そんな軽口を叩いて、俺たちは一七歳という貴重な時間を溶かしていく。




