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パーソナル・シャドー  作者: 谷樹 理


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全文

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 帰宅ラッシュの夕刻、街頭が一斉に灯り、人々の影を伸ばす。

 突然、車が向かってくるところに跳び込んだ少年のせいで、車道は二台ほどが衝突事故を起こし、四台が歩道に突入、大混乱を引き起こした。

 クラクションに悲鳴、それでも走り続ける少年。どこからとも無く、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響きだした。

 だが惨事を起こした少年は、警察が到着したときにはすでに姿をけしていた。

 街灯の下、荒い息をしつつ、深咲(みさ)は舌打ちした。

 赤いジャージにスパッツの上からアシンメトリーのミニスカートを穿いた少女は、超然とした態度と表情の中で、悔しさを怒りに変えていた。

 大体、自分が襲われたからといって、こんなにも他人を巻き込むなど、言語道断だ。

「……何考えてるやら。違ったのかな?」

 小さく独白する。

 この小柄でボブカットの少女に気づいた者は、誰もいなかった。

 ようやく見つけたと思ったのだ。

 街道因子(かいどういんし)、十隊のうち極秘隊長である十一番目の隊長を。

 十七歳の深咲が言うのも何だが、相手は子供だった。

 いや、子供と言うより、子供っぽいという感じか。

 華奢な身体にパーカーを着て、サルエルパンツ姿の相手は小柄で柔和そうな表情をしていた。同い年の十七歳のはずである。

 名前は、布留騨里(ふる たんり)。

 街道因子の記録には乗ってはいないが、悪名高い暗殺集団の正式メンバーよりも、多く人を殺しているはずである。

 西暦2056年。東京で実験的に仕様されるようになったプラットホーム・デバイスである、”影(パーソナル・シヤドー)”だが、悪用する者が多く、しかも警察庁には専門の管轄がないということで、凶悪犯罪でも取り締まりが徹底されない事態が生じていた。

 街道因子は事実上、その警察権を得た組織だ。

 格隊隊長といっても、部下がいるわけでは無い。影を使うので、そういう公称になっているだけだ。

 どれだけ警察庁が権利を渡すのに渋ったか、どれほど街道因子が警察庁に利権を与えたか等はまだわかっていない。

 悠季(ゆうき)深咲は、腐敗し極道やマフィア、テロリストまで手なずけている街道因子を狩る、NPO法人、フリー・エージェンシー、略してF・Eのメンバーだった。

 彼女は、騨里が青山に現れると聞いてこの一ヶ月内偵を続けていたのだ。

 少なくとも、相手の人相は確認した。

 今回はそれでよしとすべきだろう。

 深咲は気持ちを切り替えて、JR駅に向かった。

 相変わらず、煩雑としたこの街は若者の雑踏にまみれている。

 その中に本物の人間を見つけることはできなかった。全ての人がイマジロイドという、電脳を埋め込んだ、改造クローン達だ。

「あーいたー!! ミサー、やっほー!!」

 駅前の路面案内図のところから、名前を呼ばれる。

 生真面目だがどこか遊び心のある満面の笑みで、帽子を被り、白いブラウスに濃いカーキ色のストラップスカートを穿いた、同い年の少女である。

 ぶんぶんと手を振りつつ、深咲のところに小走りでやってきた。

 正直、深咲は相手の維璃緒(いりお)が得意ではい。

 だが、気兼ねなく話しかけてくる沙里緒を無下にするほど、深咲は冷たくハ無かった。

「どーだったどーだった? 探していた奴見つけたとか言ってたけど」

 彼女もF・Eのメンバーである。     

「まぁ、鬼畜だわ、あれ」

 やれやれといった風に、騨里を一言であらわした。

「おおぅ、じゃあ接触したんだね。やるじゃないか、さすが我らがエース!」

 良いところだけを沙里緒は受け取った。

「逃がしたがな」

 自嘲気味に言って、深咲は乾燥させた香料の紙巻きを咥える。 

 その時、周囲の所々から声が上がった。

 困惑と悲鳴。

 人々ともに、二人が視線をやると伸びた影が足下から崩れ落ちるようにゆっくりと消えて行っていた。

「なんだ、これ……!?」

 青年の被害者である一人が、叫ぶ。

 さらに良く見ると、影が消えたところと同じ部分の肉体が見えなくなっていた。

 深咲と維璃緒は顔を見合わせた。

 確実に何かからの影の影響だ。

 考えられる相手は一人。

 すでにどこかに逃げてしまった騨里しかいない。

 舌打ちする深咲。紙巻きを咥えつつ、髪を鬱陶しそうに首裏を掻く。

「ったく、紙巻きが不味いぜ」

「ちょっと、ミサ、それ……」

 喋ろうとする維璃緒を抑えて、深咲は口を開いた。

「……いいか、イリオ。これからおまえは、誰にも責められない人を殺せる影を一つ持つことになる。だが、できるだけやめろ。その代わり、街道因子はつぶしてくれ」

「ミサ、ミサ、身体が……」

 喋る深咲は、足下から砂が崩れるように姿が消えだしていた。

 維璃緒は半泣きで、彼女の両肩に手を置く。

「あたしは、イリオの影になるよ。安心して」

「影なんて、ただの疑似人格じゃない、やだよそんなの!」

「泣くなよ。もう、遅いんだ」

 深咲は優しくなだめるような口調になり、語り出す。

「これからは、イリオを護ってやるからな。ずっと一緒だ。泣くな、イリオ。これもあたし達の仕事の一部だ」

 崩壊は胸のところまで来ていた。

「イリオ、騨里を追え。あいつが一番、危ない。ヘタしたらそこらの街道因子や、連続殺人犯よりもタチが悪い……」

 そこまで言うと、深咲の身体は全て崩壊した。

 代わりに、維里緒の影に僅かな質量が加わった。

「ミサーーーーー!!!」

 維璃緒は、目に涙を浮かべてしゃがみ込み、アスファルトに映った自分の影をさすった。




 騨里はようやく人気の無い道に入り、違法駐車してあったモンキーにノーヘルでまたがった。

 完全にハメられた。

 相手は暗号通信を解読して、二番隊の隊長である野亜燈華(のあ とうか)の名前を使い、彼を呼び出したのだ。

 燈華は今、街道因子としてある調査をしている最中だった。

 ただ、彼女がらみの連絡が以降ないということは、完全にダシに使われただけで本人は無事ということだろう。

 国道を走りつつ考え、騨里は足立区にある自宅のマンションにもどった。

 オートロック式で三十階建てのマンションだ。騨里の家は最上階の308号室である。

 エレベーターで昇り、ドアを開けると、人のいる気配がした。

 一つしか映っていなかった影が、スライドするかのように騨里の足下にもう一つ現れる。

『いよぅ、また呼び出してくれたな。随分忙しいじゃねぇかよ』

 薄笑いを浮かべた表情が頭の中に浮かぶ。

『黙れ。ちょっと、室内見てこい』

 騨里は、影に向かって声にださず、命令した。

『やれやれだな、人使いが荒い』

 影はそう言って、ゆっくりと玄関からドアを閉めてあるリビングまで伸びて行った。

 すぐに収縮して戻ってくると、無言で一つの影が消えた。

 何か言ってからにして欲しいものだ。

 とにかく、異常はないらしい。

 騨里はリビングのドアを開けた。

 空中に映像を映し出す浮遊ディスプレイで、ソファにもたれながら乙女ゲームをしている少女がそこにいた。

 おかっぱを散切りのウルフカットに仕掛けた髪で丸顔童顔、上はキャミソールに下はパンツの細い身体の露出に全く気にしてないようだ。

 脇に脱いだ服と三分の一無くなったウォッカの瓶がおいてあった。 

 十七歳の燈華である。

 騨里の表情は濁った。

 視線は、ウォッカの瓶に向けられてから、燈華の表情を伺う。

 目に力が無く、皮膚はほのかに紅みがかって、確実に酔っ払っている顔だ。

 これは、逃げた方が良い。

 騨里はそう決心して、後ろ手にノブを回して、一歩廊下に足を伸ばした。

「ああ、どこ行くつもりかなー? あたしの酒に付き合えないってのかい? 据え膳を食わない気かい?」

 酔った目で睨むようにして騨里に向け、八重歯を覗かせた薄笑いを浮かべる。

「好きに遊んでろ。俺は、しばらくここには帰らない」

「なーんでだよー? いーじゃんいーじゃん、ほらぁ、ゲームしようよぉー!」

 一瞬にして態度を変えて、今度は駄々を出してくる。

 めんどせぇ。

 騨里はため息を吹くように吐く。

「で、なんでおまえはウチの場所を知ってる上に、鍵まで開けて入ってんだよ」

「あんたが、ウチの隊のサポート役でもあるの忘れた? 個人情報なんて、いくらプロテクトした壁を張っても、簡単に破ってその頭に入っていけるんだよ?」

 燈華は顎を僅かに浮かせて、鼻で笑う。

「サポート? おまえの事件検挙率が低いから、俺のところに回ってくるだけだろうが」

「お勤め、ご苦労さんです」

「うるせぇよ。で、調査とか言う奴はどうなったんだ?」

 諦めて、騨里はソファのウォッカを一口ラッパで飲み込む。

 喉が焼けて、熱い息が漏れる。

「飽きるわ、あんなもん。なんであたしがあんな事務仕事しなきゃならないんだよ。秘書か事務課の仕事だよ、あれは!」

「具体的には?」

「東京の有力者の所得調査と、実地調査。ついでに、街道因子のも」

 それで、自分の家が燈華にばれたのか。

 しかし、やる気が出ないとか言う理由にしては、刺激が強すぎるではないか。

 有力者には、政治家からマフィアまで入っているだろう、恐らくは。

 そんなデータを一人に持たせるとは、街道因子総長の意図がわかりかねた。

 急に燈華の目から大粒の涙があふれ出す。

「どうしよう、騨里……こんなの知ってるってバレたら、あたし東京にいられないどころじゃないよー。殺されちゃうよー……」

『おい、出番じゃねぇか。ほら、遠慮することないぞ』

『うっさい、逆におまえの出番じゃねぇよ』

 騨里の影の名前は、ジョーカ。影制作の老舗であるイプロ社の特注品だ。

 モデルは、五十年前に実在した大量殺人鬼である。

 それにしても総長は燈華をスケープ・ゴートにするつもりか。

 自分の家に隠れているとしたなら、納得はいく。やけ酒も。

 彼女の言うとおり、そんな裏帳簿のような物をもっていたなら、相手が黙っているはずはないのだ。

 二人の知らないところで、何かが動いているとしか考えられない。

 燈華をダシにされたことと、関係があるのか?

 今まで表舞台にでたことがない騨里までが、E・Fに狙われていた。

 街道因子の総長は、そこいらのマフィアなど足下にも及ばない程に冷酷に部下を使う。

 部下が利用できるなら、その骨から親戚の孫まで利用しつくすだろう。

「それ、面白いから、データ全部俺に渡しなよ」

 騨里には、一つ考えがあった。

「でも、そしたら騨里が……」

「任せな。良い考えがある」

 燈華は、電脳網のチャンネルを騨里のものとリンクさせて、全データを送った。

 想像以上に膨大なものだ。

「よし、これで重荷は無くなった。いやぁ軽い軽い」

 一転して、燈華が三白眼を横目にし騨里にやり、ソファに投げ捨てられたコントローラーを手にする。

 テレビで、数年前から迷宮入りした目黒区の一家惨殺事件に手がかりがあったと、緊急速報でながれていた。

「おい、なんだその豹変っぷりは!?」

「だって、データ渡したし、あたしのは全部消去したからね。あと、調査した足跡も系しておいたから、問題が一つも無し! 良き良きじゃのうて」

 コントローラーから話した片手を、適当に振ってそのまま、酒瓶を掴む。

「宴じゃ宴じゃ、あははははは」

 すっかり上機嫌になった燈華だが、部屋から動く気配も無く、酒瓶をラッパで仰ぐ。

『何これ……なぁ、これは何なんだ?』

 騨里の影が勝手に燈華を指さす。

 さすがのジョーカも呆れたようだった。

『こういう奴だ、気にするな』

 まるで悟っているかのように、騨里はジョーカをなだめる。

『やることができたし、一人でいたほうが楽だ』

 再びウォッカの瓶を奪った騨里は、もう一口飲み込み、燈華に背を向ける。

「じゃ、そこで大人しくしてろよ」

「待って、どこいくの?」

「ちょっと、用事ができた」

「あたしも行くよ。待ってなさいね」

「あーーーーーーー?」

 騨里は鬱陶しそうに振り向く。

 のそのそとした動きで、燈華は急いで服を着ていた。

 プリーツスカートに、コートワンピース姿になった彼女は、以外としっかりとした足取りで、騨里の横に来た。

「ハイよー、シルバーーーーー!」

「馬じゃねぇよ!」

「なによ、こっちは酔ってるのよ!? 気を遣っていたわりなさいよ!」

「休んでろと、最高の労りの言葉をかけてやっただろう」

「休みたくないのよ! わかりなさいよ、あたしの立場を!」

 リストを持たされて、裏帳簿でしかわからない騨里の部屋に逃げてきた少女である。

 騨里は街道因子のなかでも秘密兵器扱いされている人物だ。

 だが、それでも心配なのだ。

 彼は理解はしていたので、仕方なく連れて行くことにした。

 



 ニュースでは、悠季深咲が、前科三犯で捕まったと報じられていた。

 判決は異例なまでに早く降りて、死刑が求刑された。

 法務大臣は迷うこと無く、許可を与えて深咲は刑に処された。




 夜も更けた頃だ。騨里はモンキーの後ろに燈華を乗せて、足立区のマンションを出発した。

 入り組んだ住宅街に入り、小型バイクが照らしたのは、一軒家の裏側にある小さなカンバンが下げられた入り口であった。

 燈華は途中でうたた寝でもしたのか、酒はほとんど抜けた様子だった。

 モンキーを停めて降りると、二人はインターフォンを鳴らす。

『どちら様?』

 マイクだけでは無く、張り出しの下に二台の監視カメラが目立たないように付いている。

「こちらさまだ。俺をわすれたのかい?」

『ああ、騨里か。入ってくれ』

 声の男はあっさりと、電子ロックを外した。

 中は防音の四角い部屋が四つ並んでいる。

 そこは否認可のネットワーク・サービス・ステーションだった。

 坊主頭の青年が、廊下に立っている。

 騨里が一万円札を差し出すと、青年は微笑んで受けとり一室に案内する。

「とりあえず二時間だ。その間何してても良いからな」

 燈華にチラリと視線を送った青年は卑猥な笑みを浮かべて、廊下奥の部屋に消えていった。

 中には、木製の机の上に旧世紀に遣われていたデッキ端末が置かれ、上に薄い液晶ディスプレイが乗っている。物理的なキーボードもある。

 だが、中身はこの闇屋を営んでる青年の自作システムだ。

 暇なハッカー御用達のよくある店だった。正規のネットワークでは無く、いくつかの中継点を経由させ、逆探知できないようにしたシステムである。

 騨里と燈華はディスプレイの前の座椅子にすわり、システムを立ち上げる。騨里が流れるような指使いで、キーボードに通信用のパスワードを入力した。

 回線が開くまで、LSDでも摂取したかのような画面になる。

 青年の技術は認める騨里だが、このセンスには納得がいかずに、ぼんやりを天井を眺める。輪状の蛍光灯が部屋を照らしている。古くさい備品は隅々まで徹底しているらしい、

「うわっほー、良いね良いね、この画面!」

 よだれを垂らさんばかりに燈華がディスプレイに食いつく。

 燈華に疑惑が出た騨里だったが、面倒くさいので放っておいた。

『はーい、もしもしー?』

 通信が繋がり、街道因子の紋章であるウロボロスのアイコンが画面に現れる。

 声は気怠く、調子の低い女性のものだった。

「よう、局長。どうせ寝てたんだろうが、訊かせてもらうぜ?」

『あー? 何だよいきなり。賃金値上げ交渉かなにかなら、聞く耳持たないよ』

 相手は街道因子局長、吉井颯(よしい そう)だ。

「燈華に東京連中の裏帳簿調べさせただろう。何のつもりだ? あんたがもってるんならわかるが、こんなもん一隊長が持たされた日には、どんな目に合うかわかるだろう」

 デッキの向こうで、深く息が吐かれた。

『知らんよ。あたしゃ、なにーも知らん』

「すっとぼけるんじゃねぇよ、命に関わってくるんだよ」

『裏切ったら隊規の元に、処刑させてもらうだけだぞ』

「てめぇ……」

 軽い笑い声が聞こえた。

『おい、騨里。F・Eに追われて慌てて逃げたような根性のが、随分と今回はいきってるじゃないか。ジョーカの影響でも出たか? それともいっぱしに女でも関係あるのか?』 やや鼻白んだ騨里だったが、笑みを浮かべた。燈華がみていると、かすかに引きつっているのがわかる。

「あんたこそ、どうしたんだよ? 金か? 権力欲か? 永田町のクソどもが入った肥だめにでも落ちたかよ。さっきから臭くてたまらねぇぜ?」

 今度の笑い声は遠慮無く響いた。

『言うようになったなぁ、騨里君。ただな、燈華に与えた仕事は街道因子としての仕事だ。それ以上でも以下でも無い。嫌なら死ねと伝えな』

「クズがっ!」

 騨里は吐き捨てて通信を切った。

「次行くぞ、燈華」

「局長、相変わらずだったねぇ」

「だめだ、あれは。話にならない」

「そうだねぇ、元々自分のことしか頭にないのが、さらに頭にしか自分がいなくなった感じ」

「どんなだよ、意味わからん」

「考えるな、感じろ」

「無理だ」

 無駄なやりとりをしながら、騨里は懐中時計を見た。電子化が常識な時代だが、レトロ感のあるネジ式の時計はお気に入りのものだ。

 九時半。まだ、大丈夫だろう。

 二人は再びモンキーに乗って走り出した。

 フーロ・ファミリー。新宿きっての組織だが、武断的性格で、最近、勢いが凋落に近い。

 騨里は、そこに活路を見たいと思った。

  

 


 新宿の夜は、人々の波が押しては返ししていた。

 燈華を連れてモンキーが止まったのは、飲み屋街から外れたところにある、雑居ビルが乱立している地区で、主に若者たちが、往来で酒に酔って騒いでいた。

 騨里は全く興味が無い雰囲気で、バイクから降りる。

 だが、その顔は渋く、しばらくバイクによりかかって、ポケットに手を入れていた。

「どしたん?」

 燈華はまだモンキーの後部に乗ったまま、騨里の方に顎をのせる。

「やばい……」

 小さな声が帰ってきた。

 見た目は超然と、新宿で遊び慣れた少々優しげな少年と言った態度を取っている。

「……ああ、なるほど」

 燈華も納得した。

 雑居ビルから、六人ほどの男達が、ゆっくりと騨里たちに向かって現れた。

 全員、ビジネススーツを着ているが、街頭のない薄暗い中に黒々としている影の質感は通常とは違う雰囲気だ。

 手には何も持たないで、近づいてくるのが不気味だった。

 五メートルほどの距離を置いて止まった三人と、何気なく騨里たちの後ろにのこりの三人が回り込む。

 正面の一人が口を開いた。

「これはこれは、街道因子のたしか、野亜燈華さんじゃありませんか」

 若い男の頭はキレるらしい。

 会った元も無い燈華を把握して、影が届かないところにたっている。

 燈華は声を抑えて、狭めた肩を揺らして楽しそうに笑う。

 まだ完全に酒が抜けきってないのだろう。元々好戦的な性格だが、今はさらに過激な感情がわいている様子だ。

「殺すなよ、トーカ」

 騨里が彼女に言う。

 だが、この言葉が、男達を刺激したらしい。

「殺す? こいつが? 俺たちを? 馬鹿じゃねぇか」

 後ろに回った男の一人が、燈華を指さして笑った。

 ついでに、何故か燈華も照れるように笑った。

「何が可笑しいんだよ?」

「いやぁ、褒められたから」

「誰もおまえなんか褒めてねぇよ、耳が可笑しいのか?」

「誰もあんたなんかに褒められてないよ。あたしは、この人に言われたから笑ったの」

 顎で騨里をさす。

「……あれ、褒めたウチにいれたのかよ」

 騨里は息を吐いた。

「もちろん!」

 燈華は横目で彼を見ながら大きくうなづく。

「舐められてるなぁ? 殺れるもんなら、やってみろよ」

 その男の声とともに、それぞれの影がスライドするようにもう一つ増えた。

 燈華も影を一つ増やした瞬間、いきなり立体的になって、後方の男のほうに跳ねて距離を縮める。

 影は鞘に収めた刀をもっており、移動しつつ鞘から抜いた。

 アスファルトの中に吸い込まれるかのようになった刀が、すくうように影の一つを斬る。

 やられた男は、衝撃にがくっと膝を落とす。

 燈華の影は次の目標に向けて刀を上段にかまえて移動していた。

 男本人を襲うように接近して、ひるんだところを、プラットホームである影を刺す。

 ついでに横薙ぎに、最後の一人の影も首をはねた。

「……やるじゃないかよ。だがな、これはどうかな?」

 前方で、行動する前の燈華の早業に対応仕切れていなかった男の影が蠢いた。

 三人は同時に影の中から、20ミリの機関砲をそれぞれ三基ずつ、フレームのような者で支えて出現させる。

 だが、燈華の影は早かった。  

 一気に突入すると、現れた機関砲を、回転するように刀を回して、一気に銃身をことごとく切断した。

 影はそのまま三人の中央で、だらりと刀を下げて、動きを止めた。

「いま殺れるけど、どうする?」

 燈華は顎をあげて、鼻で笑った。

「そこまでだ。俺たちはあんたらのボスに会いに来た。案内してもらおうか?」

 一歩前にでた騨里が、男達に言った。

 彼等は困惑して顔を見合わせる。

 しばらく騨里はあいてに迷わせてることにして黙った。

 すると、一人が携帯通信機を取り出して相手と何かやりとりを始める。

「……三十分まて、そこの店で」

 通信を終えた男が無表情で二人に言うと、背を向けた。

 彼が指さしたのは、近くで看板をライトアップしている、焼き肉屋だった。

 男達は不満顔で雑居ビルに戻ってゆく。

 中には、あからさまに燈華と騨里を睨む男もいた。

 騨里らは、そのまま店に向かった。

 入り口にはいると若い女性が迎えに現れて、一人うなづき、そのまま何も聴かずに二回の個室に案内する。

 襖に囲まれた畳敷きの、十人は入れる部屋だった。

 コンロと網が埋め込まれた長いテーブルが、中を二分している。

 二人は、迷わず、入ってからテーブルの真ん中辺りにある座蒲団二座った。

 店員が現れたので、注文取りかと思えば、勝手に上カルビの載った皿を四枚と、ビールをそれぞれテーブルに置いて、さがっていった。

「随分な歓迎ぶりだなぁ」

「騨里、アイスが食べたい。てか、アイスの入ったパフェがいい」

「注文しろよ」

「紳士的にして来いよ、頼んでるだろう?」

「……はいはい」

「あと、魚とエビ、ホタテも」

「バーベキューじゃねぇよ」

 騨里は襖をあけて、店員を呼ぶとパフェを頼んだ。

 すぐに運ばれたパフェは、燈華も満足するほどの巨大な盛り合わせで、彼女は喜々としてスプーンで食べ始める。

 まったく緊張感の無い、充実した様子である。

 先ほどまでの戦いが嘘のような切り替えの早さだった。

 騨里はというと、落ち着きが無い。

 戦いの時も、虚勢を張るのに必至だったのだ。

 会う相手というのは、そこらの市民ではない。

 リストの最高方に近いところにあった、マフィアが相手である。

 ヤクザでは無くマフィアなのは、国籍不明の団体だからだ。

 相手が相手だけに、消したくは無いが騨里は影をしまっていた。

『随分と怯えているじゃねぇかよ、騨里。おまえ、最強の影をもっているのを忘れるなよ?』

『使えるかよ、あんなもん』

 ジョーカを一蹴して、カルビを三枚、焼き始める。

 じりじりと火が肉を染みてゆく音がしつつ、煙が吸煙口に吸い込まれてゆく。

 焼けた肉を、騨里は塩を振って口に入れる。

 肉汁が口いっぱいに広がった。

 やはり、上カルビは美味い。

 騨里が夢中になりかけながら食べていると、反対側にある奥の襖が開いた。

 現れたのは、長い髪で眼鏡を掛け、オーバーオールスカートにサマーセーター姿の女性だった。

 騨里の記憶では二十一歳。名前は、チカゲ・ローフ。

「街道因子のたしか野亜燈華と、その連れだったな」

 チカゲは柔らかな笑みを浮かべて、二人の屈強な男性を引き連れて、そのままテーブルについた。

「はじめまして、ローフさん。私が野亜さんの代理人を務めさせて頂いている、布留騨里といいます。よろしくお願いします」

「代理人? まぁいいけどさ」

 鷹揚に笑ったところで、店員が同じ肉とビールを運んできて、すぐに消えた。

 チカゲには、マフィアのボスと言ったいわゆる強面の雰囲気は無く、人なつこい頼れるお姉さん風だった。

 騨里はいくらか楽になったかと思ったが、チカゲも連れてきた男二人も、影を消していなかった。

 いまから影を出すのも気が引けるので、騨里は気づかないふりをする。

 燈華は気づいていないのか、気にしてないのかパフェに夢中で、同じく影を出してない。

「で、何が望みなんだい?」

 チカゲは喉を鳴らしてビールを一気に半分まで飲むと、騨里を興味深く見つめてきた。

「事情はお察しのようですね」

「まぁね。おまえら正直いって目障りだよ」

 口調には悪意が一片もなかった。

 騨里は燈華の手前、堂々とした態度を取り繕っていた。

「私たちは、あなた方と敵対する気は全くありません。それどころか、助けてもらいたいぐらいです」

「……ほほぅ」

 チカゲの目が細くなる。

「あなた方は、ここら一帯の勢力では最大だ。どうです、そろそろ表舞台にもでようとする気はないですか?」

「何を企んでいるんだい?」

 騨里は、緊張を和らげようとビールを喉に流し込んだ。

「F・Eの乗っ取りなどいかがです?」

 チカゲはしばらく無言になったあと、派手に腿を叩いて大きく笑った。

「言うことは一人前なんだねぇ、どっかの坊や。そうけしかけたいのはわかるがねぇ」

「ファイルを手に入れて、一番得するのはF・Eです。その前に、先制攻撃を仕掛けるのはどうです? ファイルが有れば、どこの連中でも強引に使うことができますよ?」「で、ファイルは誰がもっているんだい?」

 チカゲは遠慮無く確信に触れる。

 気にした風でもなく、騨里は焼けたカルビをビールで流し込む。

「もちろん、我々だ」

「街道因子だろか。あんたはしらんが、そこの嬢ちゃんは。それで、いいところは全てあんたがたがもってくつもりかい?」

 騨里は首をかしげて、わざとらしく笑んだ。

「誰が得って、あなた方ローフ・ファミリーでしょう。帳簿は今、俺の中で消化されてますよ」

 チカゲは同じく笑顔を作ってわざと騨里を見つめる。

「ウチに助けを求めようとしているのは、わかった。だが、我々の利益はなんだね?」

 あらゆる組織が震撼するであろう裏帳簿を、取引材料に使おうとした騨里の考えは、へとも思っていないらしい。

「切り取り自由。あなた方が手を出した相手には、私どもが反撃もできない仕打ちをしましょう」

「その代わり、保護しろとでも? 異なことを言うな。我々はこまってはいない」

 騨里はチップを一枚テーブルに置いた。    

「ここに、あなた方のファイルが有ります。これを他のどこかの組織が手にいれるとしたら、どうなります?」

 チカゲは多少すごみを見せてニヤリと笑った。

 できるだけ無視した騨里は、チップを取られる前に口に放り、ビールで流し込んだ。

「これで俺が死んだら、ローフ・ファミリーの経営を全て見ることができる」

 チップは、自然と騨里と融合して、データが頭の無意識のところに中に入る。

 うなづいたチカゲは、騨里を見つめたままだった。

「游佐(ゆうさ)」

「はい」

 彼女は後ろの男一人の名前を呼んだ。

「おまえ、この少年を買うか?」

「ボスのご命令ならば」

「わかった」

 チカゲはバックに入った拳銃を抜くと、騨里も燈華も驚きうごけない隙に、游佐と呼ばれた男の顔面に銃弾を二発撃ち込んだ。

 游佐の頭は後ろの襖に飛び散り、身体がゆっくりと倒れた。

「騨里とか。私はおまえのせいで幹部候補生の一人を失った。これ以上、何か失うことになれば、全て貴様の責任だ」

 呆然とする少年にチカゲは冷静にいった。

「F・Eとの戦争、やってやろうじゃ無いか」

 



 その場所では、影が足下から円状に六つ伸びていた。

『ファイルに我々の名前も有るというのは、本当かね?』

『本当だ。フロントだがな』

 彼等は自らの組織を表沙汰にされかねない危機に集まっていた。

『気づいた者は?』

『今のところ一人、怪しい奴がいる。確証は持てないが』

『どこの誰だね?』

『街道因子局長、吉河颯(よしかわ そう)。だが、彼女の管轄下のものもファイルに含まれているだろう』

『消すに決まっている』

『なるほど、消されていたとしたら、犯人確定だな』

『だが、ちょうどよいではないか、例の件については』

『それは奴ののことか?』

『そうだ。奴に街道因子を追わせて、逆に手傷を負わせることならできるだろう』

『街道因子同士か。手傷で済むかどうか』

『それは楽しみだ。是非にでも、そうしようか』

 影はそれぞれ笑い合うと、一人、また一人と消えていった。




F・Eの最上階で報告を行った維璃緒は、窓側に並んで座る幹部らの前で立ち、返答を待っていた。

 維璃緒は青山の一件を報告し、深咲の死を伝えた。

 幹部達は聞き終わると、しばらく沈黙していた。

 やがて、一人が口を開く。

「話はわかった。だが悠季深咲はやられたと言っているが、涼風(すずかぜ)君、彼女の死を我々は確認していない」

「どういうことです?」

 深咲は確かに維璃緒の元で身体が崩壊したのだ。

「彼女は生きている。具体的にどうなっているかはわからないが」

 維璃緒は、信じられない思いで、聴いていた。

「ですが、こう言っては何ですけども、連絡も取れなければ、それらしきアクションも私のところに来ては居ません」

「何かあったのだろう」

「それよりも、君に頼みたい仕事がある」

 別の幹部が話しを折った。

「どのような?」

「街道因子を今すぐに滅ぼさなくてはならなくなった。我々、フリー・エージェンシーとしても、ミスごとができない事態だ」

 そう言いながら、この幹部らは自分で動こうとはしないのだ。

 常に彼等は安全なところにいる。

「特別に、フリーハンドの課長職を与える。街道因子を潰せ」

 唐突な難問に、維璃緒は内心の不平を抑える。

 以前、胸に秘めた考えの中に、一つ使える案があったのだ。

 維璃緒は、チャンスかも知れないと思た。

 不平が歓喜に近いものに代わり、満足して指示を受け入れた。

   



 影にも罪というものがある。

 彼が宣告されたのは、重罪よりも重い封印だった。

 名前はアー=リワン。

 罪名は、影の大量殺人。

 人間の住む影の世界での影殺しは、積みの中で最も許されざる行為だった。    

 維璃緒の向かったのは、廃病院だ。

 さすがに維璃緒は夜に入る勇気が無く、昼間に建物の前で眺めていた。

 江戸川区の奥の奥にこんな建物があるのを先日、知った。

 壁は薄汚れ、窓は割れ放題、外から見ても中の不気味な暗さがよくわかる。

 維璃緒がためらう理由は、十分にそろっていた。

 だが、深咲のことで喪失感と責任感を背負ってしまった彼女は、中に入れるところを探した。

 入り口は濁るほどに汚れた強化ガラスで天井から落ちたゴミや埃で、入りこむ気力を失わせたのだった。

 雑草が茂る裏に行くと、明らかに人が踏みならした跡が病院の露出した非常階段まで伸びていた。

 維璃緒は土の露出した小道を歩いて行くと、階段に足を載せた。

 赤さびだらけで、悲鳴のように軋む。外側に体重をかけると、壁から剥がれ落ちそうなほどに不安定なものだった。

 ゆっくり体重をかけないように慎重な足取りで、唯一半開きになったドアを開ける。

 階ごとに入り口はあるにはあるが、他は旋錠されたところばかりだった。

 空いているところは四階だった。

 廊下は細かなゴミが落ち、壁の色はさまざまな落書きで埋まっていた。

 病室は八個あり、一番奥の二部屋が隔離施設になっているはずだ。

 これでも維璃緒は事前に室内をチェックはしていたのだ。

 四階は想像していたよりも、意外と小綺麗だ。

 想像にくらべれば。

 そのくせ室内の空気は汚れてむせかえりそうだ。

 維璃緒は真っ直ぐ脇目も振らず、早足で隔離病棟の部屋まで進んで行く。

 忙しいために急いでいる訳では無く、張り付いたままの恐怖が彼女の背を押すのだ。

 隔離病棟の二室のドアは外されていて、こちらに大きな口を開けていた。

 維璃緒は、その一つの部屋に、アルコールの瓶や、紙で巻かれたものの燃えかすなどが、散乱している。

 どうやら、ここでマリファナ・パーティでもしている常習者がいるようだ。

 マリファナは彼等イマジロイドにも効く。それも猛烈に。

 もちろん、日本でも当然その自治都市東京でも、違法だ。

 苦い顔をした維璃緒の耳に、床を擦る布の音がきこえてきた。

 隣の隔離病棟だ。

 維璃緒は瞬間的に影を出した。

 ジェイハブというその名の影は、両手の甲から鉤爪をはやした、二メートルを超える屈強な亜人種である。

 彼女は影をジェイハブの居処として使っていた。

 影はジェイハブの動き通りに伸びて、隣の部屋に向かった。その後ろに維璃緒が逆に影のようについて行く。

 そこに居たのは、黒い影を広げた状態で壁に釘で打ち付けられている。

 そこから垂れるようにうつむいた、半裸の長い髪の引き締まった青年の、上半身だけが影からぶら下がっていた。

 影の住人(パーソナル・シヤドー)だ。

 維璃緒は興味深げに近寄ろうとすると、ジェイハブの背中にぶつかった。

 どうしたのかと思う間もなく、繋がった影から伝わってきた。

 畏怖と恐怖。

 維璃緒は一歩下がって、ジェイハブが暴走しないようなだめるようにしながら、影の青年を観察した。

 身体を埋めるような傷跡は、まだ血が乾いたばかりで痛々しい。

 切り傷から火傷、それも煙草状の物が転々と付けられている。

 呼吸音は聞こえてこず、影と青年はまるで死んだようだった。

 維璃緒は息を飲んだ。 

「アー=リワン……?」

 だが、影と共に打ち付けられている者は彼一人では無かった。

 両側の壁に、奥の青年を合わせて男女六人が同じ姿を晒していた。

 維璃緒は思わず辺りを見渡した。

 すると廊下に入ってきた扉が突然閉まる。

 元々、光の射さない空間が、より闇を増した気がして、維璃緒は内心身震いした。

 その時、彼女の耳に金属の軋む音が、入り口付近の廊下から響いてきた。

 目をこらして見ると、車椅子に座った、白い上下で眼鏡を掛け、柔らかそうな髪をした十四歳ぐらいの少年が、ゆっくりと近づいてきているのがわかった。

「……お姉さんも、そいつらの仲間なのかな?」

 変声期を終えたはずなのに、高い声で少年は尋ねてきた。

「……君は?」

 維璃緒は思わず聞き返した。

「僕は、ア=リワン。ここを家にしている者だよ」  

 この少年が、影達から封印された者?

 維璃緒は信じられずに、ジェイハブの後ろから改めて少年を見つめた。

「でも、影出してるってことは、遊びに来た訳じゃないよね? お姉さん、こんなところに、どうしたの?」

 ア=リワンと名乗った少年は、いかにも無害風な様子だった。

 しかし、ジェイハブの怯えようが尋常では無い。

 維璃緒は必至に押さえ込んでいたが、とうとうそれを振り切り、ジェイハブは飛び出した。

 向かってくる巨体にア=リワンは、目を細めた。

 六個の影が扇のように彼の前に広がる。

 そこから、それぞれ、小さな竜が六匹姿を現した。

 頭を下げて、尻尾を立たせ、凶暴そうな口の奥で光が灯って大きくなり出している。

 ジェイハブは小竜を踏み潰す勢いで、構わずに真っ直ぐア=リワンに向かっていった。

 小竜は一斉に跳んで散り、一匹がジェイハブの首元を目指して大きく口けて襲いかかってきた。

 立ち止まったジェイハブは巨大な腕で、小竜をなぎ払った。

 小柄な身体の竜は、吹き飛ばされて壁にぶつかり、廊下に転げる。

 しかしその時、たの小竜はジェイハブにむかってL方に並んでいた。

 彼等は口を大きく開き、その奥から大出力の光子力砲を放つ。

 よける間もなかった。

 ジェイハブは文字通りに、バスケットボール大の穴だらけになり、大量の血を吹き出す。

 彼が死ぬ寸前に、維璃緒は影を納めた。

 まだ、間に合うかも知れないのだ。

「お姉さん、いまの雑魚なに? なにか別な用事で出したのなら謝るよ。いきなりだったし」

「……ごめんなさい、影が暴走したの。驚かせたなら謝るわ」

「まぁ、そういうことなら良いけど。ところで、そこまでキャパシティ有るのに、影を一個しかもってない理由があるの?」

「これから、強化する予定だったんだよ」

「へぇ、それなら丁度良いね」

 ア=リワンは無邪気な笑みを見せる。

「何が?」

「僕がその影になって上げるよ。実力、見たでしょ」

 維璃緒は、何故かその言葉に寒気を覚えた。目的がこれだったというのに。

「あなたは、使役者の言うことが聞けるかな?」

 一応、勿体ぶってみる。

 少年は満面の笑みだ。

「もちろん」

「……なら、おいで」

 やや身構えつつ、維璃緒は言った。

 車椅子の少年は、沈むように自分の影の中に入っていくと、維璃緒の身体に伸びてきた。

 











2

 シメジのソテーに、マカロニのクリーム煮を昼ご飯にしたところ、燈華は大喜びでビールと共に食べ始めていた。

 この少女は朝から騨里の家に入り浸っていたのだ。

 仕方が無いので、騨里が遅い朝ご飯を作った。

「今度は台所貸すから、自分で作れよ」

 燈華は満面の笑みを浮かべる。

「騨里、相変わらす料理上手いねぇ」

「今更、媚びても駄目」

「けちぃー! いいよ、作って上げるよ。その代わり、どうなってもしならいからね」

 騨里は彼女の料理の腕前を知らない。

 まぁ一度ぐらいは食べてみたいものだと思った。

 不味ければ、ジョーカに食べさせればいいのだ。

『俺はゴミ処理機じゃねぇ、ふざけるな』

『気にするな、たまにはイマジロイドの食べ物を実感するのもいいだろう』

『はっきり、不味かったらって思っただろうが!』

 騨里がジョーカの言葉を無視していると、インターフォンが鳴った。

 かれは、監視カメラで客をディスプレイに映し出す。

 二十代半ば、バッサリ切った前髪であとは団子状に頭上で丸めて止め、コートを着た女性がそこに立っていた。

『どちら様で?』

 インターフォンマイクを使って、騨里は尋ねる。

『ローフさんから話を聞いてきた主井蘭(すい らん)というものです』

 行って、カメラに警察手帳を開いて見せる。

『あたな方を手伝うようにいわれてきました』

 騨里はスパイの可能性があるにもかかわらず、あっさりと鍵を開けるボタンを押した。

『中にどうぞ』

『ありがとうございます』

 淡々と言って、彼女はマンションの中に入ってきた。

『おい、警察ってよー……』

 脳内でジョーカが面倒くさそうな不満の声をだす。

『なんだよ、今日は機嫌が悪いのか? おまえの好物だろう?』

 騨里は知らないふりをする。 

 ジョーカは黙った。

 蘭は迷い無くキッチンにいた二人のところに来た。

 ほっそりとした身体付きの中背で、三白眼をじっと騨里に注ぐ。

「……どうかしました?」

 騨里は見つめられて、やや困惑した。

「なんだ、君はこんな美人に舐めるように視線を這わせられて、不快なのか?」

「えっと、正直不快です。なんか言い方も……」

「すまんな、私は人に遠慮無く目を向けるタイプなんだ」

「あのー、あたしのところには来てないんですけどー?」

 燈華が不満そうに言う。

「ん? ああ、順番だ」

「いえ、別に良いです。なんでもありませんから」

 燈華はあっさりと断って、キッチンからリビングに移動した。

「主井さんもリビングでお待ちください。今、飲み物持って行きます」   

「お構いなく」

 軽く手を振ると、彼女は燈華につづいた。

 騨里はジュースと珈琲を二杯トレイにのせて、ソファの前のテーブルにおいた。

 丁度、なにか燈華が爆笑している。

 不思議な顔を蘭に向けるが、彼女も不思議そうだった。    

「何か可笑しいことあったか?」

「だってだって、彼女、警察からは目黒区の事件まで負わされてるっていうんだよ? これは笑うでしょう」

 騨里は苦笑いをした。

「で、主井さんは警察としてきたのですか? それともローフ・ファミリーが何かようがあるとの代理人?」

「両方だが。何か問題でも? チカゲにはあんたらを護るように言われてきた。これはぶっちゃけて言うが、警察としてもカバーするつもりだ」

「警察ねぇ、失礼ですが階級は?」

「警部補、凶行班係係長。ちなみにキャリアで、兄は本庁の警務の管理官、父が副総監だ」

 誇る訳でもなく、三白眼で無表情のままに淡々と言う。

「イーフさんところに潜入捜査でもしてるんですか? それともあそこから来たってことは、アレですか?」

「アレだよ。おまえ達を護るのに最適だと言われてきたんだよ。忙しいから四六時中、居れないけど」

「よおし、今夜はお寿司だぁ!! 決定ね、蘭さん! 回ってないとこ!」

「寿司? 食い飽きたんだがね」

「なんだと、このブルジョアがっ!!!」

 牙をむいている燈華を目の前にして、蘭は超然と珈琲を飲む。      

 濃いが感情帯びない三白眼は目は再び、騨里を捉えた。

「内偵と言えば、街道因子に張り付いてる他の課の連中から、かなり悪い知らせが来ているぞ」

「……あー、漏れたかなぁ」

「ダダ漏れだ。大体、おまえら有力企業とかから、大量に金巻き上げてるだろう、おかげで、労働しなきゃならん隊員が出てきた」

「俺は、もらって無いっすけどね」

「そんなの知らん。大金めのまえにして手を出さないとか、単に馬鹿なだけだろ」

 蘭の一蹴は容赦ない。

「なんだー、それはあたしにも言えるぞー!!」

「ああ、燈華。君にも土産話がある」

「え、何々? ちょっと怖いんだけど……」

 蘭は燈華の怯える姿に、ちょっとした嗜虐性でも刺激されたのか、邪悪そうな笑みをつくる。

「リストの存在が、他の街道因子が掴んだんだよ。来るよ、狙ってる連中」

「えー、なんですの!? あたしは何もしてないのに」

「イジメられっこって、大抵そういう台詞はくよね」

「それで、蘭さんが来てくれた訳?」

「それもある」

「どれがない!?」

「あたしは人間じゃ無いけど、影が使えない」

「え? あ、そうなの?」

「まぁ、君たちに犯罪を犯そうとする奴がいたら公権力で片っ端から逮捕するから安心して」

 胸を張るようにして宣言した蘭だが、二人からは期待したような反応は返ってこなかった。

「あー、うん、よろしく……」

 燈華がぎこちない笑顔でやっとうなづく。

 騨里は黙って珈琲をすすっていた。

 役に立つかどうかは、完全に彼等のやり方次第でしか無いのだった。




 昼間の銀座だというのに、車道から爆発音が響いた。

 成徳コーポレーションの会社所属の10トンクラス・トラック列からだった。

 ことごとく巨大な荷台ごと倒れ、続いていた自家用車が避けようとするが失敗し、追突する。

 目だし帽を被った男達は手榴弾をさらに投げて、トラックを爆破・破壊する。

 煙が立ちこめるなか、一人の男がゆらりと現れる。

 縁なし帽とのした、細い目とだらしない口元をした容貌で、袖と裾の長いジャケットを着て、足下はスニーカー。

 猫背の腕をだらりと垂れ流すような姿勢でゆっくりと歩き、足下に影を三つ広げている。

 目だし帽の集団は、迷わずに拳銃を取り出して臆する様子も無いなれた動作で銃弾を見舞う。

 だが、男達自らの影が素早く立ち上がり、障壁となって弾丸を防いだ。

「……おまえらがどこの奴らか、読んだぞ」

 男は薄い唇を半月型にゆがめて乱杭歯をみせる。

 一つの影から、巨大な光子砲の三連四基を身体にまとった少女が現れて、男達に向け発射した。

「ろくな影の能力も持たない奴に、用はない」

 男は影から出てきた少女に顎で合図する。

 少女は、それぞれに光子砲を向けて、トリガーを引いた。

 光条が放たれて、トラック襲撃犯達の身体は巨大な穴を開けられ、その場で絶命した。

「馬鹿か禅渡(ぜんと)! 皆殺しにする奴があるか!」

 横転したトラックの窓から這い出てきたドライバーの一人が怒鳴る。

「気にするな。影がある」

 彼の影はもう一個に納められている。

 何言っているんだという表情を見せるドライバーの目の前で、禅渡はゆっくり死体日かずくと、死体の影に手をやり、頭を掴むように手を動かす。

 死体をすり抜け影はまるで張り紙のように、、掲げられた腕にぶら下がった。

「組織名と、命令を出した者は誰だ?」

 禅渡は影に向かって訊く。

『……コザール・コニュニティ。命令をしてきたのは、輪儀途壱(りんぎ といつ)という男だ』

 禅渡の脳内に声が響く。

「おい、社長に伝えな」

 聴いた内容をそのままに、ドライバーに言った。

 ドライバーはトラックに座り、携帯通信機を取り出して耳に当てる。

 辺りは救急車とパトカー、野次馬達で騒然としていた。

 禅渡はいつの間にか、姿を消していた。

 ドライバーは驚きもしない。

 扱い煮なれた彼は、呼べばでてくるであろうと思っていた。




「つまりは、既存の電子網を使い、どこに需要があるか、どこに商品があるかとすぐにピックアップできるアプリが、このランナーというものです」

 銀座にあるウィズ・エンジン社の広報員は新商品発表会でのプレゼンを終えた。

 プレスの反応はそこそこだったが、客層ではない連中なのが原因だろう。

 ヘタをすれば、このアプリで仕事を奪われかねないと危惧する者もでてくるかもしれない。

 だが、社長の意向は一言、気にするな、だった。

 昼過ぎ、社長の鹿詩真琴(かし まこと)は世田谷区の一軒家から今だ出勤していなかった。

 ソファに座りながら書斎で、浮遊ディスプレイを眺めながら、ブランデーをラッパのみしている。

 二十六歳。この歳で、上場して電子機械業界で異端の大企業と呼ばれる会社を作れたのは、街道因子のおかげだった。

 彼は二十歳の時に、地元の目黒で愚連隊を組織し、あらゆる輸送車を襲っては、バッタ屋に流して大金を儲けると、街道因子の隊長格の名前を買ったのだ。

 その後、昔の仲間を集めて会社を立ち上げると、またも金で優秀な技術者を大量に雇い、一気に市場を独占していったのだ。

 当然、昔の仲間というのは、ビジネスと言うより同業者への圧迫に使っていた。

 現在は会社から強面は一掃し、代わりにコニュニティア・フロント別会社という別会社を作らせてウィズ・エンジン社はと別の存在にした。 

 街道因子も一人取り込み、ライバル会社への対抗運動と、相手の幹部達の弱みを握るために活動させていた。

 今は、成徳コーポレーションを狙っている。

 絨毯を敷き、本棚やサイドボード、テレビにオーディオ機器を置いた、まるでリビングのような社長室で、彼は携帯通信機で連絡をうけた。

 丁度、ブランデーをグラスに注いだところだった。

 会社の運輸トラックが襲撃を受けたというのだ。

 荷物は、イマジロイド構成のために今月、工場で使われる分の生体部品類だった。

 複数の犯人が所属しているコザール・ファミリーに雇われていたことも知っていた。

 真琴は冷静にグラスを片手で振りながらソファに腰を落ち着けさせると、内線を使い理事の一人を呼んだ。

 彼女は性格に十分後現れた。

 長い髪を後頭部で丸め、赤いミニワンピースに黒と赤のストライプ・ストッキングを細りとした長い脚に穿いている。

 眉が短くややつり気味の目は縁が赤く、丸みを残した相貌をしている。

 璃空風優(りくう ふうゆ)という街道因子の七番隊隊長である十七歳。愛想のよい雰囲気があった。

 彼女は真琴を相手に、すぐに笑顔になる。

 こうしてみると優しげで人当たりの良い可愛い娘と思える。

「呼んでくれたー!? で、誰殺せばいい? どんな奴!?」

 風優は眼を輝かせている。

 真琴は鬱陶しげに、少女から視線をはずし、ブランデーのコップを振りつつ、浮遊ディスプレイに顔を向ける。

「ちょっと、いきなり無視? 無視なの? 照れ屋なの? でしょでしょ、照れ屋さんなのね?」

「ニュースは見たか?」

「バッサリだな、おい! で、なにさ、あたしが見るのはアニメぐらいしかないって、知ってるじゃん」

「説明面倒くさいから、この動画を見ろ」

 真琴は浮遊ディスプレイを回転させて、ニュースを編集した事件の映像を流した。

 最初は面倒くさそうに眺めていたが、後半、風優の顔は真剣になった。

「へぇ、街道因子じゃん。七番隊隊長かな? 一時、組んだときあったけど、割と気があったなぁ」

「やっぱり、おまえの仲間か」

「仲間ねぇ……。まぁ、これ真琴の会社のトラックじゃん。禅渡は成徳コーポレーションに張り付いてたからねぇ」

 言いつつ風優は社長室のダッシュボードに並んだワインセラーから一本、瓶をとりだした。

「もってけ、二十年物だ。それで満足だろう」

 風優は振り返って真琴を人睨みすると、瓶を棚に戻した。

「やだよ、ワイン一本で仕事なんか。現金だよ、現金。ほら、出して束を。立つ奴を」

「やる気があるということでいいな。なら、仕事を与える」

「あー、いやー、ねー……?」

「なんだ? さっきは眼が爛々としてたのに、今更、尻込みか?」

「別にそういうわけじゃ無い!!」

 意地を張っているのが一目でわかる反応をする。

 真琴はブランデーに口をつけて、鼻を鳴らす。

「要は、報復してくれればいい。それも、社員とか街道因子とかの末端にかかわらずに 取締役や理事から、ウチの会社に盾突こうという意思をなくさせれば良い」

 風優は、不満そうな顔をして、どかりと、近くにあるソファに座った。  

「つまんねぇ……つまらないよ、そんなの。誰も殺せないじゃん!」

 彼女が吐く言葉の主語は、ことごとく「殺す」であるらしい。

「知らん」

 彼は立ち上がって、机の一つまできて引き出しを開けると、そこに入っていた物を、上に置く。

「ほら、欲しがってたものだ」

 立てさせた束は、百万のものが三つだった。         

「一任させてくれるんだよね?」

 風優は飛びついたりしなかった。

「……ああ、任せよう」

「なら、いいよ。殺ってやろうじゃん」

 満面の笑みを浮かべた風優は、札束を取らずに代わりにワイン瓶を手にしてドアまで行く。

「それ、成功報酬に取っておいてよ。上手くやるからさ」

 



 風優は革ジャンを羽織るとマスタングに跨がり、世田谷区にある真琴の家から大田区まで走らせる。

 静かで穏やかな海岸線から舗装された河が伸びた奥に森が続き、短い草の上にテントや車が大量に並んでいた。

 テントの一つの近くにバイクを乗り込ませていった。

 後部ドアを開けたままのヴァンのそばで、ビーチチェアに寝転がっていた男が、上半身を起こす。

「おや、風優さんじゃなですか。どうしました、こんなところに?」

 綺麗に洗ったシャツにハーフのカーゴパンツ、サンダルという姿の三十代の男は、人好きのする笑顔を向けてきた。

「いやさぁ途壱さぁ、最近なんだか荒れてるよねぇ」

 マスタングを止め、彼女はそばの防波堤に腰掛けた。

「んー、どうしましたー? 俺はいたって平和に過ごしてますけどねぇ。   

 途壱は再び寝転がり、のんびりした様子で答える。

「成徳の件が有名になってるよ」

「あー、アレねぇ」

 思わせぶりな笑みを浮かべる。

「ちょーっと、世話見てる奴らがヤンチャしましたかなー」

「なんのつもりでやらせた訳なの? 社長から言われた?」

「そんな事無いですよ。我々の独自行動ですよ」

「どーして、ああいう面白そうなことに、あたしを誘わない!?」

「あー、私も把握仕切れてないのでねぇ。もちろん、あのざまでしたので、風優さんがさんかしてくれたのなら、別な結果になったでしょうがねぇ」

「何が起きたかは知ってるんだ」

 風優は微笑む。。

 把握仕切れていないというのは嘘だろう。直感で、そう思った。

 途壱は真琴から事実上のクビを喰らい、住むところも奪われておきながら、まだ社会復帰を諦めてはいない。

 この人間の半グレは、人間であるという理由で迫害されることに、納得も理解もしようとしていないのだ。

 それで、いま企業がファイル・リストで戦々恐々としているときに、あえてウィズ・エンジン社と成徳コーポレーションを争わせた。

 それは直接、街道因子内での戦いにもなる。

 あえて、自分らを引き出して、天秤にかけたのだろう。勝った方に付く。リストの存在など平気なコミュニティとして、一気に企業を乗っ取るつもりだ。

「ねぇ、ねぇ、手を引いてくれないかなぁ? ウチらとしても困るんだよねぇー」

 笑顔はすごみに満ちていた。

 それも脅しの類いではない。

 確実に殺るかどうかの選択を前にしたものだ。

 殺気を察した途壱は、苦笑いした。

「私を殺るのはお門違いじゃないでしょうか?」

「決めるのは、あたしだよ」

「じゃあ、ちょっと協力してくれますかね?」

「ねぇ。社長は前金で三百万出したけど?」 

「一千万でどうです?」

「乗ろうか」

 あっさりと風優はうなづいた。 

「この際、どこでも良いのです。ファイルを持っているという言葉だけで、どこの企業も繰り人形になるでしょう。私が欲しいのは、会社等という小さなものではなりません。今の街道因子のようになりたいのです」

「へぇへー、実力はあるのかな、途壱さん」

 今度は嘲笑だった。

「街道因子そのものじゃ無くても良いのですよ。それに、街道因子も十一番目の隊長を隠しているじゃないですか」

「あいつは危ないからだよ」

「それぐらいの、威名は轟かしたいですね」

「あれ? それぐらいの事件、いくらでも起こしてなかったっけ?」

「やったはず何ですが……犯行声明も無視されて、全て迷宮入りになってしまっているんですよ」

「ふーん」

「街道因子なんて、ぶっ潰れれば良いんだ」

 風優は舌打ちしそうになるのを、言葉で抑えた。

「おや、風優さんも同じ考えですか」

「あたしも六番隊隊長してるけど、業界人が露骨に蔑みながら頭下げてくるんで、そいつらごと皆殺しにしたいのよ」

「どうして街道因子になんてなったのです?」

 質問に風優は柔らかな笑みを浮かべて、答えなかった。

「新しい組織作ろうか、途壱。名前は何が良い?」

「それも有りますが、理念も考えなくてはなりませんね」

「理念? 上意下達の形で、反抗したら殺すでいいんでない?」

「ホントに、血の気が多いですねぇ。トマトジュース、飲みます?」

「いらない! で、名前はどうするの? 世間をあっと言わすんだから、それなりのはったりある名前にしないとね!」

 風優は内心、喜々としていた。

「……ノアの箱船。N・アークでどうです?」

 途壱は押し切られたように、適当な思いつきを口にする。

「いいね、それ! 好みだ、良いよ良いよ!」

「まずは生け贄を仕立ててお披露目と行きますが、せっかく唾着けたのだから成徳から潰しますか。大義名分が必要ですが」

「そんなの簡単。街道因子を社会から締め出すのを名目にして活動始めれば良いんだよー」

「あなたもそうでしょう?」

「好きでやってる訳じゃないよー」

 愚連隊の時からの長い付き合いだが、途壱にはいまいち風優の嗜好の元がわからない。

「じゃあ、下調べしておいてね。あたしは行くよ」

 風優は停めていたマスタングに戻り、一発でエンジンをかける。

 彼女はそのまま、住宅街のある下町に向かった。




 新宿ゴールデン街は、相変わらずの喧噪だった。

 風優はなじみの小さな中年女性がやっている店で、ウィスキーのロックをちびりちびりと口に運んでいる。

 その顔は昼間に見せた物に比べて別人のように冴えない。

 酒が意識を濁らせているなか、思いは遠く過去をはせる。 

 飛沫が飛ぶ。赤く熱いものが、彼女に顔から服の上かでびっしりと。

 酷い悲鳴が鳴り響き、耳を圧する。

 床には、中年女性が、血だまりの中で倒れていた。

 襲撃者は、街道因子の隊長だった。

 風優が階段を降りてきたときの惨劇は、一生忘れられない光景だ。

 母親は地域で起こされたショッピングモールの顧問をしていた。

 クリーンな街を目指し、ヤクザとマフィアを排除しようとしていたのだ。

 そこの地域に支配権を持っていた犯罪組織が計画を潰そうと、街道因子を送りつけてきたのだ。

 風優はまだ十二歳だったが、無意識で街道因子の男を包丁で滅多刺しにしていた。

 同時に伸びてくる影を、少女の物が剥ぎ取って根を自分の足元に植え付ける。

 警察も手を引いた事件が起こった二日後だった。

 社会に対しての不信感で学校に行く気力失せた、放浪の旅に出ようと準備していたところだった。

 街道因子から誘いが来たのは。

 風優は一瞬迷いながらも、承諾した。

 あれから五年。

 琥珀色をしたウィスキーのグラスを傾ける。

 喉が焼け、食道に流れていく感覚がわかる。

「よーう、飲んでるな、俺も負けちゃいれないわ」

 店に入ってきたのは、猫背で、薄汚れたコートを着た青年だった。

「……へっへー、あたしに勝負挑もうなんざなんざウサギとカメみたいなもんだぜ? 女将、こいつに同じの一杯」

「あー、ウサギとカメって、なんだそれ?」

「うるせーよ禅渡、とにかく飲みなよ」

「あー、はいはい」

 完全な絡み酒になっている風優に禅渡は、大人しくすることにした。

「でね、おまえら殺せって命令きたんだけど、成徳潰してあんたは徳しないよねぇ」

「しねーなぁ」

「ファイルのこともあるし、結局、街道因子が美味いところかっさらっていくと思うのよ、といっても局長のことだけどさ」

「ああ、それで?」

 禅渡は、カウンターに置かれたウィスキーを手に持った。

「どうせなら、あたし達で成徳乗っ取っちゃわない? そして、ファイルにびびっているところを、全部取り込んで、東京一の会社を作るの」

「ほぅ?」

「一番のところは、街道因子を潰すところだけど、今の連中は企業とベッタリだからやりにくいのよ。だから、局長の力を無力化するために隠し球の十一番隊隊長を殺る」

「で、他の街道因子は?」

「あの人達は、地位をお金で買ったような者が多いから警戒することもないよ」

 禅渡はしばらく無言だった。

 チラリと風優をみると、妖艶な笑みを浮かべて、天井の角を見つめている。

「面白い。その話に乗ろじゃないか」

 言って、彼は席を立ち、トイレに入った。

 彼が帰って来たとき、風優の携帯通信機が鳴る。

 気怠げに、耳に当てる。

『おい、風優! 今何している!?』

 通信の相手は、コミュニティア・フロントの幹部だった。

「あー、どうしたの?」

『ウチの周りに住んでるコミュニティアが、E・Fの連中に公開株を買われているまっただ中に襲われている! 潰していいのかどうかわからん』     

「少し待ってて」

 風優はお湯を二杯飲むと、席を立った。

「F・Eとは意外なところが来たな。禅渡、ちょっと行ってくる」

「何かあったか。俺も加えろ」

「うん、追いてきて」

 風優はあっさりと言って、ムスタングを停めている駐車場まで歩いた。

 深夜に近い二十三時、風は生暖かく新宿は人混みで賑わっていた。

 ムスタングに跨がった風優は後ろに禅渡をのせて、真っ直ぐ世田谷にむかって走りだした。

 


F・Eは世田谷に支部をもつ。

 会社名だけ登録して、本社のオフィスを持たないコミュニティア・フロント社が集まっている河原で、F・Eの戦闘服を着た十数名と争っていた。

 コミュニティア・フロントは元愚連隊の実力組織だけあって、F・Eが鉄パイプににた警棒を振るってるところ、一歩も引き下がらずに応戦している。

 奥で途壱が、気合いを入れさせる為に、自らピッケルを持って仁王立ちしていた。  

 F・Eの襲撃部隊は、まだ半分ほど待機されているようで、道路に何台求めたヴァンに寄りかかる数名の様子が街燈に照されだしていた。

 そこに今にも止まりそうな低いエンジン音が近づいてきた。

 フードを被り、煙草を咥えていた維璃緒が、音に振り向く。

 ムスタングは半町ほど距離を置いて止まり、ふたりの男女が降りてきたかと思うと、真っ直ぐこちらに向かってきた。

 風優の酒は、すっかり抜けていた。

 代わりに禅渡はまだ酔っている状態だ。

「ちょっとー、フリー・エージェンシーが、あいつらに何のようでこのざまなの!? 返答次第じゃ、ただじゃ済まないとわかってるんでしょ?」

「街道因子だね? 待ってた」

「お待ちどうさま。やってきたよ。さあ、余計な争いはなしに、あたし達だけで、決着つけようか」

 維璃緒は、煙を吐いて首を振たままだった。

「なにか不満でも?」

「あなた方が、新しい組織を作ろうとしているのを知っているのよ。ここで、コミュニティア・フロントを潰さないと、先に進めないからだ?」

 風優は一瞬で理解した。だが、急すぎる。

「どうして、ウチのを手伝うようなことするの?」

「輪儀から、要請があった。手伝おうとしてなにがおかしい?」

「……ちょっと、待ってて」

 冷たく超然としている維璃緒を禅渡に任せ、風優は争いのかなに真っ直ぐに入っていった。

 当然のように、F・Eのメンバーが襲いかかってくる。

 だが、暗い中で扇を開くように三つ影展開させた風優に、近づこうとする者は、次々と文字通りに吹き飛ばされた。

 道ができて、途壱が風優を待つ。

 人々の真ん中で止まった風優は、口だけで笑った。

「はい、説明くださいな?」

「今、言った維璃緒のままだよ。ここに居るのは、不満分子だ。仲間割れする訳には移管しな」

 それだけだとは思えない。なにか裏がありそうだった。

「部下を切り捨てるにしても、自分の手は汚さないってやつね」

「おまえはそういうの好きじゃないか。ここに居る奴を好きにしていいぞ」

「冗談でしょうー、後であたしのせいにされたら堪んないからー!」

「なんだ、それぐらいの頭はあるのか。まぁ、おまえらの為にやってることだ。ヘタなことは打たせない」

 途壱は口だけで笑った。

 風優は背後を振り向いた。禅渡がニヤニヤ笑っている。 

「逃げてもいいと言った中で、最後まで残った奴らだ。元愚連隊のコミニュティ・フロントとしてな。こいつらは、その名前を背負って死ぬ気だ」

「どういうことだよ!?」

 風優には理解ができなかった。

「挟持だよ、俺たちの」

「途壱は?」

「俺は、あいつらの最後を見届けるだけだ」

 争いは、完全に風優を避けて、続いていた。

 一人、また一人と、コミュニティア・フロントの男達が倒れて行く。

「ウチは容赦しない。戦闘員は精鋭を連れてきた。まぁ、武器はお粗末だけど」

 背後で言う維璃緒の声は冷たい。

 怒号と叫びに満ちていた河原は、呻き声に満ちてそれすら時間と共に消えていった。

 表情を消していた風優は、やがていったんマスタングに戻ると、ワイン瓶をもって途壱のところに戻ってきた。

「ドメヌ・ルフレーヴの二十年ものだよ」

 うなづいた途壱は受け取り、十徳ナイフを出して栓を抜いた。

 一口、自分で飲んでから彼は歩きだし、倒れて動かなくなったコミュニティア・フロントのメンバー、一人一人の身体に少量ずつ、中の液体を上からかけていった。

 



 チカゲから連絡が入ったのは、会ってから十二日目のことだった。

『N・アークって知ってるかい、騨里?』

 姉貴めいた調子は相変わらずだ。

「なにそれ? 宝物か何か?」

『最近できた組織で、かなりのデカい会社なんだが、例のファイル・リストにのっていないって噂だよ』

「へぇ、いいところのかなぁ。邪魔するのが一つ減っていいかな」

『ところが、これがリスト逃れの連中が集まったらしいよ。しかも、君たちを狙っている』

「はぁ? どこのどんな奴らさ。全く覚えないぞ」

『自分で調べてみなよ。とりあえず、ウチはそこを遅う予定だが、何か不都合があったなら教えてくれ。今日中にだよ』

「わかった」

 昼食は燈華の希望でオムライスを造った。

 凝る騨里が半熟卵が割れる形にした。

 燈華は、図に乗ったのか無意味に旗を所望してきたので、あえて無視した。

 それでも、食事として満足下様子で、ソファに寝転がりながら、器用にウォッカをストローで飲み、ゲームに熱中始めた。

 何時もの昼下がりだ。

 騨里はソファの向かいにある藤の椅子にもたれる。

浮遊ディスプレイを広げてチカゲに言われたN・アークという組織を、空中のタッチパネルで検索してみる。

 会社名の下に、いきなり動画が現れる。

 映像は影を三体ほどを使ったシルエットの人物が、人々に容赦無く襲いかかっているものだった。

 もう一つの動画が自動的に続く。

 映像ではない。文字だけがひたすら並ぶ。

 要約すると、N・アークは街道因子から脱却した社会を目指す為に活動するというものだった。

「うっわー、ボロクソだよ。やばいんじゃないコレ?」 

 いつの間にか燈華が背後に来て、動画を見ていた。

 騨里はうなづく。

「しかもさぁ、この街道因子らしき影持ってる人物って、騨里そっくりじゃん」

「あー、そうだなぁ……チカゲが心配して連絡してくれた意味がわかったよ」

 携帯通信機から再び、音が再び鳴った。

 今度は通話ではなく、通信文だった。

 ”逃げろ。”

 書かれていたのは、短い文一つだけだ。

 送信相手が匿名になっているが、街道因子局長であることは確かだ。

 インターフォンが響き、思わず騨里は身体をビクリとさせた。

 反射的に遠慮もなく燈華がゲラゲラと笑う。

「なんだよ、やばいって言ったのは燈華じゃないかよ」

「だからって、その隠しもしないビビり根性ね! ホントに笑うわー。 どちたんでちゅかー? 怖いんだったら、押し入れにでも入っていていいんでちゅよー?」

「うっさいなぁ、何だよ押し入れって!」

 騨里は不満そうにしながら、ディスプレイを外のカメラに変えた。

 家まで直接やって来たのは、主井蘭だった。

 他のカメラを見ると、ドアの横に数名の特殊部隊(SWAT)が張り付いている。

 道路脇の要所要所にも、黒ずくめでヘルメットを被り、サブマシンガンをもった彼等が立っていた。

「あー……これは、あたしが押し入れに籠もろうかなぁ」

 画像像を見た燈華は最後にウォッカを瓶口からあおってから、テーブルに置く。

「籠もってるなら籠もってろよ」

「冗談、冗談! みんな余裕でぶっ倒してやンよ」

 ニヤニヤと燈華は笑って、招くように手を上下させる。

「いや、局長からは逃げろという指示なんだけども」

「この中を!? 無理だ、絶対無理だ」

『出番かね?』

 ジョーカが半笑いで騨里の頭の中に声を響かせる。

「おまえはまだだから黙ってろ」

 文句を言いたそうな雰囲気をだしながらも、ジョーカは引っ込んだ。

「殺さないようにしながら、突破はできるだろう、燈華なら」

「騨里はどーするのよー、まぁ、あたしが護りながら行くことなんて簡単だけど、どこに逃げるのさ?」

「それなぁ……」

 またインターフォンが鳴る。

 騨里はうなづいた。顔は晴れ晴れとしている。

「どこでも行きたい放題だよ」

 自分の頭の横をつつく。      

「ああ、ファイル・リストがあるもんね!」

「そういうことだ」

 だが、燈華の見るところ、騨里は確実に行き先を決めているようだった。

「じゃぁ、行こうぜ!」

 右手を大きく振り上げて、彼女はプラットホームの影を本体から一枚広げた。

 影の中から、鞘に入った刀を手にぶら下げた少年が現れる。

「ああ、じゃあ任せる」

 騨里は香料の紙巻きを、胸ポケットに三本入れる。

「はいもしもし、主井さんですか? どうしました?」

『ああ、君たちに話が合ってね、重要な』

「連絡いただければ、こちらから伺いましたのに」

『いや、外に漏らしたくない内容だからな。直接のほうがいい』

「直接会って、話ができるんですか?」

 蘭は怪しみだしたらしい。

『どうしたの? 早く開けてよ』

 騨里は燈華にうなづいた。

「今、開けますよ」

 燈華はアルコールの匂いをさせながら、玄関口に姿を消す。

 騨里もモンキーの鍵を持って、後に続いた。

 彼がドアを開けた  

 その脇を燈華が滑るように駆け抜ける。

 すぐに蘭の首を後ろから腕で巻いて、拳銃を突きつけると、影の少年はドアで片脇の特殊部隊員を思い切りぶつけて挟み込み、一方で壁に張り付いていた隊員を、空中で回転させて鞘から抜いた刀で、ひと突きにする。

 反射的に入り口前に移動しようとした相手を、少年は抜いた刀で脚をすくうようにして斬る。

 倒れかけたところを両手で握った刀で、容赦無く袈裟切りにした。

「待ちなさい! 私たちはあなた方と争う気はない!」

 蘭が叫ぶように言うと、燈華は銃口を耳にねじ込んだ。

「へっへー、これだけの戦闘員を引き連れて、何を言っているのかな?」

 横に悠然と紙巻きを咥えた騨里が出てくるが、蘭に一瞥をやっただけだった。

 ドアの間から逃げようとする隊員を、再び押すように三度ぶつけて、ついでにヘルメットの顎部分に掌底を喰らわせる。

 そのまま、モンキーを停めて有る場所まで、まるで何事もないかの日常と同じ様子でゆっくりと歩きだす。

 燈華はその後ろで蘭を引きづる。

 影の少年は射線に入りそうになる相手に、跳ぶように間合いに入り、次々と、一刀二刀で斬り倒していった。

「で、おまえらもほら」

 騨里は女性二人の口に、何の変哲も無い香料の紙巻きを咥えさせた。

 燈華は大人しく受け取ったが、蘭はすぐに吐き出した。

「私をどうする気?」

「それは、これから行くところで、全て決める」

 モンキーを騨里は広げた影の一つに沈めて、路肩に停められた警官のセダンに乗り込んだ。

 燈華は蘭を後部座席に押し込むと、その隣に座る。

 鍵は刺さったままだ。

 エンジンを起こすと足立区から走り出した。




 新宿の雑居ビルそばに車を停めると、すでに蘭は諦めたのか大人しくなっていた。

 ローフ・ファミリーの本部だと気づき、安心したのもあるのかも知れない。

 騨里は二人を連れて、鍵の掛かっていない入り口から中に入った。

 まるで一般企業のように、受付嬢を配したカウンターがあり、脇には小さいオープンテラスも入れている。

「騨里という。チカゲさんに会いたいんだが?」

 受付嬢に言うと、相手は驚きもせずに事務的に内線を繋いだ。

 ヘッドセットでの対応を見せないよう、裏に回った彼女は、すぐにもどってきた。

「お会いするそうです。最上階へどうぞ。わたくしが案内いたします」

 そのままエレベーターで会長室の横にある客間に通される。

 ガラス張りの四方で、まだひとの少ない繁華街が一望できた。

 ソファに蘭を挟むように座ると、チカゲが部下を連れて入ってきた。

「色々あったみたいだね、騨里」

「どういうことです? 無駄死にした方が一人出たようですが?」

 さすがに騨里は怒りを抑えきれないかのように、皮肉る。

「君でも気がつかないないか……」

 チカゲは、疑問だらけだという風な騨里のそばまで行くと、蘭の影の一つに手を伸ばした。

 びりびりという音を立てて影を引っぱり、蘭から影を引き剥がす。

 掲げるようにした影を、チカゲは好奇の目で眺めた。

 蘭はというと、気がついたかのように一瞬、目を見開き、辺りを見回した。

「ここは……?」

「ふむ。逆探した。街道因子のものだよ、これ」

 蘭を無視して、チカゲは騨里に言う。

 局長からのメッセージはそのことかと、騨里は納得した。

「で、主井、最近連中と接触があったのかい?」

 蘭はなんとなく事情を察したらしい。

「……はい。といっても、彼等がいたという乱闘騒ぎの跡ですが」

「準備の良いことだ。騨里、どこの隊長かわかる?」

 彼も独自に影を解析していたところだった。

「いえ。街道因子はまとまった組織じゃないので。それぞれが、勝手に活動してますからね。正直、わかりかねます」

「そうかい。なら、ちょっと罠にかけてやろうじゃないか」

 チカゲは軽く笑った。    

  

          


 ニュースの速報が流れる。

 警視庁が、街道因子が隠していた幻の十一番隊隊長を逮捕したのだ。

 その存在だけでも、都民は知ってる物は少ない。

 彼等は食い入るように、細かい情報を知りたがった。

 報道では、容疑者は街道因子の中でも最も様々な事件に関わりを持つ、最重要人物とされていた。   

目元にモザイクが入った写真が映され、予測できる過去の事件がピックアップされる。

『容疑者として捕まった彼は、足立署に移送される模様です』

「へぇ、上手くいったんじゃんっ」

 風優はF・Eの本部で、うとうとしてたところだった。

「まだ、これからだな。まぁ、すくなくとも一番、面倒なのを無力化できた。次の奴を孤立化できたってことだ」

 禅渡はスキットルを口に付け、満足げな笑みを浮かべる。

「次の奴? 他に殺す相手いるっけ?」

 風優は訊きながら手元にあったポテトチップスを口に入れる。

「悠季深咲というやつが、奴にはりついている街道因子だと、裏が取れている」

「勧誘は」

 禅渡が訊くと、維璃緒は冷たい目を返した。禅渡は相変わらずの極端な猫背だ。

「見せしめって必要でしょ、N・アークをぶち上げるのにな」

「殺せ殺せー! 悪名をぶちあげろー」

 風優に苦笑しつつ、言葉を続けた。

「これで警察から我々が彼を引き取ることができれば、全国にN・アークの力を見せることができるねー」

「準備は?」

「幹部にはちゃんと嗅がせてるよ。その後、どうする十一番目? 殺して良い?」

「良いんじゃ無いか?」

 禅渡は熱い息を吐き出し、同意した。

「ただ、あんた一人でできるかどうかだけどな」

 肩を揺らして笑い、スキットルを振って軽く茶化す。

「あなたにならできるというの?」

「わからんなぁ。正直、情報が足りん」

「なんだよー、慎重だなぁ。やれるかやれないかの、二択で十分じゃないのー?」

 維璃緒は、単純明快につづけた。

「まぁ、騨里は私に任せておいて、悠季深咲とかいうのは、二人に頼むわ」

 笑っている口元はそのままに、禅渡は鋭い目つきになった。 

「因縁でもあるらしいな」

「ちょっとばかりね」

 維璃緒は鼻を鳴らして嗤う。

 バリボリと、口いっぱいに菓子を詰め込んだ風優は、うなづくだけの返事をする。

「じゃあ、N・アーク初の作戦ということで、成功を祈ろうか」

 禅渡はまた、スキットルを傾ける。

 風優はポテトチップスの袋を掲げ、維璃緒は部屋の隅にビール缶を取りにいってから、一度掲げて、中身を喉に流し込んだ。





















3

 風優と禅渡は、足立区にある騨里と燈華が済むマンションの前まで来た。

 時間は、午前1時である。

 風優はチュッパチャプスを咥えながら、首を折って上を眺めた。

「さて、殺るかと思ったけど。このマンション、知ってるわ」

「あ? 来たことあるのか?」

「違うねー。禅渡、家に居てもテレビは野球かなんかで、ビールばっか飲んでる汚部屋にすんでるでしょー?」

「決めつけてんじゃねぇよ。今はドック・レースだ」

 風優が一瞬冷たい目を、禅渡に向ける。

 腕をまくったコートを羽織っているのが、一層、彼を不気味に見せていた。

「どうでもいいけど、ここ、未解決事件が多発するマンションとして、有名だよ」

「へぇ~。噂だろう、そんなもん」

「調べればすぐにヒットするよ? 殺人鬼大好き風優さんを舐めるなよー」

 チュッパチャプスを、口の中で転がす。

「めんどくせぇ」

 言いつつ禅渡は浮遊ディスプレイを開いた。

 マンション・添の樹。築九年。空室は半分。そのうちのさらに半分が、何らかの事件の舞台として、上がるが警察は迷宮入りと捜査本部を解散、捜査一課二係に全権譲渡している。

 噂どこか、事実らしい。

「俺等みたいな、街道因子の巣だからな。警察は手が出せないじゃないのか?」

「警察と街道因子は敵対関係だよ。中にはドブにはまったのもいるだろうけども、一人二人が味方したって、事件をもみ消せるような組織じゃないでしょ、警察は」

 自らのN・アークが今回の襲撃に警察が目をつぶっていることなど、お構いなしに嫌悪感を醸し出して言う。

「まぁたしかになぁ」

 どうでもいいと、禅渡は適当に返事をした。

 そこに足音が近づいてきた。

 ブーツのものだったが、軽快そうな歩調で少女のものとわかる。

 音は街灯三つ分の距離で止まった。

 夕飯だろう、コンビニの袋を持った、揃えないで切った髪の毛をした少女が明かりに照らされていた。

「あー、もしかして、あたしに用? てか、目的があたし?」

 燈華はすっとぼけると言うよりも、挑発するような口調だった。

「よくわかったねー。部屋まで行かなくて良かったわー」

 風優は笑ったが、同じ笑いでも禅渡のものは、より不気味で凄みがあった。

 だらりと手を下げて猫背の男は、一つの街灯の下までのっそりと歩いて行った。

「ああ、待ってよ、殺すのは、あたしだよ!」

 影を背後で三枚広げながら、ぐるりと禅渡を避けて大きく曲がり、風優は駆けだした。

 燈華が街灯に照らされて伸びていた影からもう一枚の影をスライドさせて出現させる。

 風が鋭く鳴った。

 影から現れた少年が、一瞬で風優が放った空気の刃を斬り崩し、燈華に夏の生暖かい風を浴びせた。

「後ろにゃ、俺がいるんだぜ?」

 せせら笑うように禅渡が影から這い上がるように、光子砲の三連四基を持った少女が現れる。

 燈華は、反射的に建物のほうに、避けた。

 構わず、一基を燈華に、三基を影の少年に向けて発射する。

 光条がマンションの壁に穴を開ける。

 そこは非常階段になっていた。根元が無くなった螺旋状の独立した塔は、禅渡に覆い被さるように倒れてくる。

「何だよ、めんどくせぇな……」

 光子砲を階段に乱射して細切れにすると、禅渡はその場からのそりと移動した。

 風圧を感じた。

 とっさに左腕で頭と首をかばったが、影の少年は横薙ぎの一閃で、腕を斬り飛ばす。

「ぅおおおおおおおおっ!?」

 禅渡はまだ来ない痛みより、腕が無くなった衝撃に呻くような悲鳴を上げる。

 痛みは後からやってくる程に鮮やかな切り口だった。     

「……てめぇ……」

 禅渡は、スキットルを取り出して切り口にウィスキーをぶちまけるように垂らすと、コートの袖を伸ばして肩口を縛る。

「風優……このくそガキのアマは八つ裂きにするぞ!」

「まーかせて!」

 風優は風を吹き上がらせる。

「うるせぇ! 俺がやるんだよ、てめぇは黙ってすっこんでろ!」 

 禅渡は完全に頭に血が上ったらしい。真っ直ぐに燈華に向かって走り出す。

 光子砲が折りたたまれて、巨大な四本の剣に形を変えた。

 一撃は、燈華がギリギリのところでよける。

 足下のアスファルトが砕けて、中の砂利が飛び散る。

 次の剣が振り下ろされる寸前、少年の影は戻って来て、剣を支えていたアーム状の部分をすくうようにしたから斬り放す。

 二本の剣が飛び、遙か後方で道に刺ささり、オブジェのように立った。

「クソがきが、てめぇは何なんだよ!?」

 燈華の影にまで怒りをぶちまけ、残った剣を叩き付けようとする。

 少年は、切断したアームのほうに身体を半身になって避け、剣が中を振り抜いた瞬間に、上から刀を振るう。

 禅渡の剣は全て斬り放されて、中央の操作している少女だけになった。

 その時、乾いた散発的な銃声が鳴った。

 風優の影に弾丸が数発当たり、弾かれて跳んで行く。

 燈華を抜かした二人が見上げると、マンションの所々から、拳銃、サブマシンガンやロケット砲まで抱えた男達が、窓から姿を現していた。

「何だ、あいつら……」

 禅渡は舌打ちした。

「ローフ・ファミリーの連中だわ。いったん引き上げるよ、禅渡!」

 風優は禅渡が動かないで有ろうと思い、駆けながらすれ違いざま軽く肩を押して促した。

「畜生が! 次だ、次に会ったときに決着をつけてやる!」

 禅渡は苦々しそうに、風優に従った。

 



 足立署は密かに、厳戒態勢を敷いていた。

 形だけとはいえ、どんな組織よりも悪名高い街道因子が拘束されるのだ。

 騨里はフードを目深く被り、マフラーで顔を隠している。

 マスコミはヘリまでだし、護送車はごった返す人々の中を、強引に署まで進む。

 野次馬の後ろで、維璃緒は初めての煙草をむせながら吸いっていた。

 目の前を、護送車が通り過ぎて行く。

 彼女は吸い殻を捨てると、ゆっくり足立署の横に回った。

 影を一つ、スライドさせて増やす。

「ア=リワン、準備は良い?」

『ようやく、僕の出番が近いんだね』

 影とは思えないはっきりとした姿だった。

 自動車椅子に白い服装の、眼鏡を掛けた少年は、警察署の塀の前に進んで行く。

 ア=リワンには影があった。

 影を持つ影。通常であるプラットホーム用の影とは全く異なる存在だという証である。

 影が伸びてその手が触れると、鋼鉄製の壁が一部、砂を吹き散らす華のように霧散した。

 敷地内に入る二人だが、署内では警報も鳴らなかった。

 背後では、すでに壁が復旧している。無くなったのは、一瞬のことだ。

 再び、ア=リワンは、警察署の建物に穴を開ける。

 長い廊下の隅にでると、しばらく頭の中の地図を頼りに進む。

「ミサ? ここで大丈夫?」

 部屋は巨大なマジックミラーが張り付き、取り調べ室がのぞけた。 

『丁度いい』

 影の一つから、小柄なボブカットの少女が沸くように現れた。

『あたしがやるのは、あくまでサポートだから、本番はあなたがやるのよ、イリオ」

 ウエストポーチからリヴォルバーを抜いた維璃緒は、輪胴から特殊仕様の徹甲弾を確認して頷いた。

 人々の往来とあちらこちらからの声が大きくなり、護送車から警察と騨里が降りてきたのがわかる。

 しばらくして、二人の警官に間を挟まれた騨里が先に取り調べ室に入り、私服の刑事二人が付いてドアを閉めた。

 調書を取る為に座った警官と、ドア口で起立不動になった二人を背後に、

 刑事は一つしかない机へと、騨里を促した。

 維璃緒から見ると、皆、和気藹々として居るように見えた。

 さすがに、あの中に飛び込む勇気は維璃緒にはない。

 ア=リワンなら、もしかしたら一瞬で始末できてしまうかも知れない。

 だが、そんな賭けをする気など、全くなかった。

 だからこそ、隣の部屋で待っていたのだ。

 維璃緒はリヴォルバーをマジックミラー越しに騨里を狙って構えた。

「いいよ、ミサ」

 ボブカットの少女は頷いた。

 次の一瞬、警察署全体が閃光に包まれた。

 高圧電流によって署の電気系統は全て破壊され、闇が全てを包んだ。

 同時に維璃緒はトリガーを一息づつ、三回引いていた。

 銃声が瞬き、マジックミラーを発射光に乱反射させながら粉々に砕く。

 だが、次の瞬間信じられないことが起こった。

 薄暗いなか、机の椅子に座っているのは、維璃緒自身であり、刑事が一人厳しい目で机の向こうに立っていた。もう一人は、様子を見るように彼の横にいる。

 そして、砕けたマジックミラーの奥にいたのは、目を細め、薄く笑っている騨里だった。

「さて、お嬢さん、何か言いたいことは?」

 明らかに不機嫌丸出しの刑事が、テーブルに片手を突いた。

 そこには、見覚えのない、親子らしい写真が一人づつ、三枚並んでいた。

 イマジロイドの、至って普通の家族と言った印象で、両親は四十がらみ、娘はまだ十代と言った様子だ。

「え……?」

 維璃緒が戸惑っている隙に、騨里は姿を消した。

「この三人に見覚えが無いかと訊いている!」

 刑事が大声を張り上げた。

 維璃緒は反射的に写真に視線を落とした。

 不思議に親近感がわいた。

 気づく。これは見覚えがあるなんてものではない。

 自分の写真とその両親ではないか。

「これは……?」

 維璃緒は上目遣いで、二人の刑事を見比べた。

 歳のいった刑事がため息を吐く。

「……昨日、午前七時。南青山で、一家の自宅に侵入者が現れ、三人が殺害されると言う、事件が起こった。目撃者は、君一人だ。通報してきたのも君。我々は事件の全てを君から訊くしかないのだよ」

 自分の影が自然本来の物しかない。

 ミサ、ア=リワン、どこにいった?

「ほら、言うんだ! 君は第一の犯人候補だってわかっているのか!? このままなら、一家殺人の罪は重いんだぞ!」

 若い刑事が怒鳴る。

「まぁ、いい。今回は事件の説明だけしたところで切り上げようか。考えることもあるだろう」

 年配の刑事は首をさすりながら、維璃緒の両手に手錠を掛けた。

 彼女はそのまま、留置所に戻される。

 扉が閉まる前に手錠を外されたが、維緒璃にはまだ何が何だが理解ができないでいた。

 中のベットの上で、記憶をだどる。

 騨里に銃弾を撃った。

 マジックミラーが砕けた。

 そこまでははっきりと覚えている。

 自分が自分の家族ごと皆殺しにした?

 理屈が合わないなんてものじゃない。しかも自分の写真まであった。

 維璃緒は留置担当官に昨日と今日の分の新聞を見せてくれるように頼んだ。

 東京新聞が朝刊と夕刊、二冊づつ渡されて、維璃緒は隅々までむさぼるように読んだ。

 騨里逮捕のニュースはある。確かだった。

 同時に八王子で一家殺害事件の報も書かれていた。

 だが、取り調べ室で見せられた写真は明らかに維璃緒のすでに亡くなっている両親と自分だったが、ここでは全くの別人が被害者だった。

 目撃者、通報者の情報はない。

 維璃緒は確かに八王子出身だった。

 おかしい。記憶と被る。

 影の影響?

 ミサは元より、ア=リワンも姿の気配もない。

 新聞に映る被害者の顔が、ゆっくりと頭の中に現れてくる。

 汗が吹き出て、手が震える。

 笑みが沸いてくる。

 そうだ、確かに自分だ。

 私が殺したのだ。

 大量殺人による封印。

 解き放たれた自由。

 最初の殺人。




「あー、クソ、訳わかんねぇ」

 騨里はすぐ密かに、足立署から新宿の歓楽街近くまで連れて行かれていた。

 維璃緒という、街道因子が彼を狙ったことは確かだった。

 局長の伊舞樹亜瑠衣からの連絡は、あれ以来無い。

 どうして、自分が街道因子達から狙われて、逃げなければならないか、全く手がかりも無く、理解できない。

 チカゲの事務所の一室。ほぼリフォームしたての住居といった中で、燈華と再会すると彼女は嬉しそうに抱きついてきた。

 彼女も何かあったようで、詳細はそれからリビングで二人飲みながら、お互いの事情を話した。

 自分だけならわかるが、燈華まで狙らわれたのが、ふに落ちない。

 ただ巻き込まれただけではなさそうな内容だったからだ。

 一度、問い詰めようか。

 騨里がそう思ったところだった。

 チカゲがTシャツにハーフパンツという、相変わらずの眠そうな様子で彼等の部屋を訪ねてきた。

「二人とも~、お~きてるか~?」

 護衛も無く珍しく一人だった。

「あんたは寝ぼけてる寸前じゃないのか?」

「おい、酷いなぁ~」

「チカゲちゃーん!」

 燈華が泣きそうになりつつ、彼女に飛びつく。頭半分小さなチカゲは、よろけて倒れそうになるが、なんとか燈華を受け止めて、抱きしめた。

「よしよし、トーカ。今日も可愛いな。あの中で良く生き残って来れたね、凄いぞ!」

「チカゲちゃーん!」

 今度の言葉には再会の喜びが溢れていた。といっても、昨日も会ったが。

「あー、相変わらず、テレビも付けてないのか」

「くだらんのばかりだからなぁ」

「新聞も読まないとかな。まぁ、最近のニュースは面白いぞ」

 チカゲは燈華から離れると、タッチパネルで、リビングの壁に立てかけてあるペーパーヴィジョンのテレビの電源をつけて、ニュースチャンネルを映した。

 三人は無意識で、ソファに並んで座った。

 テレビでは、性別不明な二十代のニュースキャスターが開いた五つほどのウィンドウディスプレイに映像を流しながら喋っていた。

『……このように、先日設立されたN・アークですが、代表はおらずに合議制により運営されていくことになります』

「あー、例の新企業が起こされた話ね。前言ってたな、チカゲさん」

 騨里の声には表面、興味が惹かれている響がない。

「前身がF・Eなのは面白いけど、社長がエージェンシー・フロントの伊津和(いづわ)途壱だよ」

「……なんだと? あのウィズ・エンジン社の実力部隊か」

 騨里が険しい眉をさせて、一気に食いついてきた。

「ウィズ・エンジンの鹿詩とは、袂を別れたらしいよ」 

 ふふんと鼻を鳴らしたチカゲは、言葉を続けた。

「ちょっと探らせたが今度のこれ、あー、N・アーク? でな、リスト・ファイルとは関係の無い連中を集めて、新しいグローバルな企業を造りを支援するらしいぞ」

「それって、あたしも店出せる奴かなぁ?」

 燈華のズレに、チカゲは笑った。

「いいねぇ、それ。トーカは天才だね」

「うわ、なんか馬鹿にされた気分!」

 チカゲは楽しそうに燈華の額を指で弾いた。

「で、ウィズ・エンジンも成徳も、危機感を募らせている訳だ。街道因子も係わっているしな」

「あー、な。襲われたわ」

「なぁ、騨里、街道因子はどういうつもりなの?」

「俺が訊きたいもんだわ」

 チカゲは呆れたように、騨里にもデコピンする。

「そこ訊いてよ、ちゃんとさぁ」

「へーへー」

 鬱陶しそうにしながら、騨里は頷いた。




 禅渡は風優に運ばれて、足立区の街にあるセーフハウフにいた。

 照明を点けていないので、薄暗い四階にあるマンションの部屋だ。

 麻酔を自分で腕に打つと、禅渡はベットに座り、うつむいていた。

 力なく、上から摘まむようにビール缶を持ち、煙草を咥えた風優は虚ろに天井を眺めていた。

「……圧倒的戦力で惨敗だぜ、風優」

 椅子を傾けて、テーブルに脚を載せている風優は、それを訊いて大きく笑った。

「ほーんと、見事にやられたよねー」

 紫煙の中、自虐的で虚ろな笑いだった。

「街道因子としては、余りに情けない結果だな」

「途壱はどう思ってるかなぁ?」

「ああ、報告なんて良いだろう。俺たちが次回、上手くやれれば良いだけの話だ」

「上手くねぇ……」

 燈華の影の強力さをまざまざと見せられた風優は、正直いって自信を無くしていた。

 察している禅渡だが、励ましの言葉はない。

 もう一つ、気づいていることがある。

 このセーフハウスは、情報収集能力に秀でているローフ・ファミリーにすでにバレていた。

 二人を挟んだところで、急に浮遊ディスプレイが開いた。

 スーツを着て、髪を後ろになでつけた男が映り込んでくる。

 ウィズ・エンジン社社長、鹿詩真琴だ。

『二人とも、調子はどうだ?』

 低い声で、薄笑いを浮かべている。

「見ての通り、絶好調だよ?」

 風優は相手をせせら笑うかのような表情になった。  

『それは良かった。ところで、聞きたいことがある。なに、大したものじゃない』

 二人が返事をしなかったので、真琴はそのまま続けた。

『ウチを裏切っての気分を聞きたくてね?』

「気分? 晴れ晴れとしてるなぁ」

 風優はどこかすっとぼけて、即答した。

『なかなか肝の据わったもんだな』

「で、裏切られた恨み節でもしようとしてきたの?」

『そんな訳じゃない。ただ、注意を喚起させてやろうかと思ってね』

「へぇ」

 興味の乗らない雰囲気を丸出しにして、風優はビール缶を一度、煽った。

『リスト・ファイルが手に入らない以上、私も考えざるを得なかった。そこで、人間達に接触してみたのだよ。今は使役されることの無い完全な電子の存在となった影の彼等に』 禅渡は大人しく聞いている。

『どうやら、彼等にも裏切りものが出ててね。世間はこんなに信用できなくなってしまったのかねぇ』

「ゴタクはいいから、早くいってもらえるかな?」

『つまりだ、君たちの誰かが人間で、影の世界に対して反抗しようとしている輩がいるのだよ』

 風優は鼻で笑った。だんだん、イライラとしてきている。

「知らない知らない、それに知ったことじゃない。何が人間だよ、あたし達は、今忙しいんだ」

『そうか。伝えたいことは、それだけだ。まぁ、せいぜい気を付けるんだな』

 浮遊ディスプレイは、それだけで、消えた。

 風優は相変わらず、キッチンでビールを口にしている。

 禅渡は不気味だった沈黙を破った。

「今の話、結構いい物だと思うがな」

「んー、関係無くない? あたし達はN・アークでその他の街道因子を始末できれば、それでいいんだよ」

 これまで禅渡は他の隊長達を始末してきた。

 残るは、局長の吉河颯を覗けば、三人と隠し球の一人しかいない。

 彼はのっそりと立ち上がった。

「俺もビール貰おうか」

「どうぞ」

 冷蔵庫から缶を取りだそうと、風優は背後を見せる。

 そこに背後から近づいた禅渡は、彼女の影に手を伸ばした。

 風優が気がつく間もなく、影を掴んで無理矢理剥がす。

「っ!? 何を!?」

 振り向いた風優の顔面に、禅渡の影から出現していた少女が拳を叩き込んだ。

 風優は狭いキッチンで、一瞬海老反りになって、ずるずると腰を落としてうなだれたまま動かなくなった。

「おまえの影は貰ってくぜ……。ガキはせいぜいここでのんびりと酒で憂さでも晴らしてな」

 禅渡はかすれた声で言うと、猫背の身体のゆっくりとした歩調でセーフハウスから出て行った。




 ウィズ・エンジン社の社長である鹿詩真琴は、社長室の奥にある部屋の扉を開いた。

 照明が一つ、天井の中心に付けられているだけの、空間だった。

 高級素材を使った三つ揃えのスーツに腰から懐古時計を垂らし、真琴は部屋の中心に立った。

 部屋には人間の気配どころか、虫一匹居そうに無い。

「……おいでですかな、皆さん」

 静かで重い口調だ。

 次の瞬間、部屋の片隅や、中央から離れた場所などから、黒い影が出現し、頭を誠に向けて、円を造った。

 影は十二体を数え、真琴を中心に、立った姿でピタリと止まる。

『ご苦労だ、真琴。今度の報告は何だね? 金の無心か? 新たな力が必要なデバイスの材料か?』

 影の一つが直接、真琴の電脳部に語りかけてくる。

「あなた方へ反乱を起こし、その座を奪い去ろうと言う集団が特定できました」

『ほう、集団か。確かならいいが、適当な思いつきならば許されないぞ』

 この連中は、ふざけているどころか、真琴を見下して茶化しながら相手をしている。

 真琴は余裕ぶった態度の内心で、怒りを抑えていた。

 自分は今まで、人間に盾突いたことも無ければ、言うことも聞いてきた。だというのに、まだ、信頼するにたらない所詮、イマジロイドという態度を崩さない。

「確かですよ。これをご覧ください」

 片手をゆっくりと広げると、その跡に浮遊ディスプレイが開く。

 そこには、複雑に山と谷が乱高下するグラフが描かれていた。

「その相手が活動している時の、あなた方人間への支配率と影響です。見ての通り、活動時には、あなた方人間の意思を操る程です」

『なるほど……』

 影のいくつかが唸る。

『で、どこの連中だ?』

「N・アークです」

『あいつらか。たしか、会長は元おまえの部下だったろう』

 鬱陶しさと、嘲笑に満ちたつぶやきが返ってきた。

「ご安心を。わたしが、彼等をどうにかして見せましょう」

『何が望みだね、真琴よ』

 ウィズ・エンジン社の社長は、思わず笑みが漏れそうになった。

「いま、我々ある程度の会社や組織を持つ者が危機に立っていることをご存じでしょう?」

『聞いてはいるが、それはN・アークと無関係なのか? どっちにしろ、たかだかおまえ等が作った組織が、壊れかねない程度だろう』

「その程度のとのご認識であらば、話は早い」

 傲慢な人間どもめ。真琴は言葉のあやを取るかのように言う。

「わたしどもが危機に瀕しているのは、街道因子という存在です。コレをそちらでどうにか処理して頂けないでしょうか」

『あの程度の存在に手を焼いているのか、真琴よ。おまえもまだまだ甘いな。まぁ良いだろう。街道因子は我々でどうにかしよう。その代わり、N・アークは貴様が撲滅させろ』

「わかりました」

 真琴は物腰柔らかに、深々と頭を下げた。

 せいぜいこれぐらいの礼儀で、どうにかなるのだ。

 事情をよく知らない、人間共を利用するなどたやすいことだ。

 真琴は笑いながら、適当にでっち上げたグラフが描かれている浮遊ウィンドウを閉じて、部屋から出た。

 



 ここ数日、維璃緒の頭の中にある世界はうねるように回転していた。

 資料を持った刑事に、取り調べ室に呼ばれるのが、日常茶飯事になっていた。

 それも、一件や二件ではない。

 捜査一課の二係から一係へ、そして深咲のところに、次々と過去の事件を洗い直しつつ運ぶ作業が行われていたのだった。

 維璃緒をいちいち呼ばれるのも煩わしく、刑事達が書類を持って自ら独房に尋ねてくる。

「あー、この事件ですか。覚えがあります……」

 維璃緒の意識は疲れなのか何なのか混濁があった。

 代わりに、ア=リワンがほぼ維璃緒の身体を動かして、彼女のフリをしながら答えて行く。

「おい、大変なことになったぞ」

 足立署の刑事達は熱心に噂をしては、毎度、新事実が出てくるたびに忙しげに現場に急行する。

「へぇ、あの小娘がねぇ。それは凄い。というか凄まじい」

 様子を見に来た蘭は、話を聞くと彼女なりの驚愕した感想を漏らした。

 聴けば、過去十数年までに起きた未解決事件に、維璃緒が全て関係しているという。

 蘭の驚きの理由は少し、彼等とは違った。

 騨里の使う影の特徴として、相手を罪に墜とすというものがあった。

 文字通り、起こったか起こってないか関係無く、対象者は罪人として警察庁に自動的に記録されるのだ。

 彼があまり影を使いたがらないのは、事件と化した以上、ほぼ死刑並の扱いを与えることになり、場合によっては騨里本人にまで関係が浮上しかねないという、強力なものだからだった。

「それって、私たち警察がいなければ意味が無い能力なのでは?」

 以前、蘭は素朴に騨里に尋ねてみたが、軽く首を振られた。

 彼は珍しく珈琲を苦そうに飲みつつ、答える。

「事件に係わった連中、被害者の関係者たちにも一気にインプットされるから、一度俺のが、まぁジョーカだが、罪を負わせると報復その他社会的制裁などで、袋だたきにされるようなことが起こるんだよ」

 警察に捕まるのなんてまだ安全なほうだ。

 騨里は付け加えて、自分で淹れた珈琲の失敗作を飲むのをやめていた。

 だが、ここまで事が大きくなるとは蘭は思っても居なかった。

 すでに維璃緒の容疑は、二十件に届く勢いだ。

 中には、ウィズ・エンジン社の輸送トラックを成徳が襲った件まで、黒幕として彼女の名前が掘り出されている。

 ア=リワンは、まるで大盤振る舞いをするかのように、事件に関して関与を認め、はまらなかったピースや決定的証拠を上げて行き、刑事達を喜ばせていった。

 蘭はむしろ、心配になる。

 コレで騨里が無関係のままでいられるはずが無い。

 彼女は騨里のいるマンションまで出向いた。

 



「あははははははは! とろーー! あまーい! あますぎる!」

 騨里は、窓の横にあるペーパーヴィジョンの前でクッションに座って、ゴーグルをかけたまま、優越感に両手を掲げてゆらゆらと揺らしていた。

「うっさいうっさい! ちょっとまってな、すぐにでも反撃するから!」

 燈華は同じゴーグルを付けて、あぐらの前に置いた両手に力を入れている。

 二人がしているのは、SFのシミュレーションゲームで、それぞれが持つ艦隊を操って、相手と戦うというものだった。

 普段は騨里一人で楽しんでいたゲームだが、たまたま暇を持て余した燈華がやろうと言いだたのだ。

 騨里は普段やり慣れている分、全く大人げない程に本気で燈華の艦隊をあっという間に中央突破して包囲の形を取るところだ。

 背後に鍵を開けっぱなしだったドアから入って、腕を組んで呆れ気味に立つ蘭の気配にも気づいていなかった。

「ちょっと呑気過ぎないか?」

 彼女のつぶやきに近い小声にようやく気づいた騨里が、ゴーグルのまま振り返る。

 当然、ゲームの画面以外見えない。

 この隙に燈華は分断された一方を翼進させて包囲を阻止した。もう一方で穴を塞いで、中央突破部隊台の後方を塞ぐ。

「やりーのー! 騨里の艦隊、主力を無力化ーーーー!」

 燈華は、勝利の叫びを吐き出して、万歳する。

「あー、話したいのだけど、いまいいかな?」

 蘭が二人に今度ははっきりとした言葉を吐いた。

「ハイ無しと」

 ゴーグルを外して騨里は一方的に宣言する。

 指揮官を無くした艦隊は燈華のやられるままに撃滅された。

「うぇーぃ、勝利だぜー! 今夜は騨里のボルシチだぜー!」

 燈華の万歳した手はガツポーズになる。

「で、わざわざ来て貰って、なにかあった?」

 騨里は蘭に顔を向けながら、燈華のゴーグルを強引に取る。

「あわ、あわわわ!? あれ、ボルシチ? ボルシチ!?」

 唐突に視界が代わり、燈華は軽い目眩を起こす。

「あなたの能力の話よ、騨里」

 蘭は座っている燈華の頭を、ぽんぽんと軽く叩く。 

「あ、蘭じゃん! こんち!」

 見上げて笑顔を作る燈華に、蘭はうなづいた。

「俺のがどうしたって?」

「ニュースみてないの?」

 蘭はチラリと、ゲームに使われていたペーパーヴィジョンに視線をやる。 

「まぁ、見ての通りな一日だったからねぇ」

 騨里は鼻の横を指で掻く。

 勝手に蘭がコンソールを弄り、ペーパーヴィジョンに報道番組を映しだす。

 今世紀最大の殺人鬼というテロップに伊馬(いま)維璃緒の名前が張られて、アナウンサーが無表情な淡々とした様子で、事件を読み上げている。

「あなたの能力は無制限なの、騨里? 維璃緒に被さっている容疑は二十件を余裕で超えている」

「ヘンだな……ジョーカ?」

『何だよ?』

 ジョーカは不機嫌に返事をする。

『こっちはこっちで大変なんだよ』

「あーそうかい。ちょっと話しきけよ」

『暇ねぇよ。あとでな』

「凄まじいね、コレはさすがに」

 横から記事を覗いてきた燈華がつぶやく。

「騨里、あなたの影の能力は他には?」

 蘭が通常極秘の事柄を自然に尋ねてくる。

 騨里は頭を軽く掻いた。

 蘭には隠しておくより、正直に言っておいた方が良いと判断する。

「ないよ。これだけ。相手を重罪に被せて社会から抹殺する」

 蘭はうなずいた。

 この少年は武闘派の影を持つ街道因子でも隠し球の存在だが、意外に活動しているために、警察は世の中にかなりの量のえん罪事件を作っていることになる。

 本来、蘭の知ったことでは無い。彼女は事件などにわずらわされるとこなくキャリアとして昇進してゆくだけなはずった。

 だが、すでに係わってしまっている。

 これが吉とでるか凶とでるかは、騨里次第だった。

「維璃緒は確実に死刑になるとおもうよ」

「あ、ただジョーカがこれほどやるとは思えないんだよ。今までここまで極悪人にでっち上げた例がない」

「どういうこと?」

 騨里は、眉を寄せて考え込む風だったが、結局首をかしげた。

「わからないなぁ」

「そうか。で、これからどうする? 一件はもう終わり?」

「まだ街道因子は存在してるし、まだだね」

「やれやれ、ならこちらの仕事がさらに忙しくなるということね」

 蘭はうんざりというより、苦笑を見せた。

 騨里はたちあがる。

「さて、ちょっと事態の処理を一個かたづけてくるよ」

 当然のように燈華も続く。

「わかった。気を付けて」

 蘭は言って、騨里のマンションから出た。




 N・アークの本部は渋谷にあった。

 騨里は燈華を連れて、会長の途壱に面会を申し込む。

 自分の名を名乗ると、あっさりと承諾されて、近くのレストランで会うことになった。

「わざわざ俺のところに出向いてくるとは思わなかったな。おまえが十一番目の街道因子か」

 途壱は興味深げに騨里を眺めた。

 彼は護衛らしき男を一人つれただけて、ボックス席で一緒になっていた。

「かわいいお嬢さんもつれているんだな」

 燈華は頭を掻いて笑い、照れを隠しす。

 四人の内、燈華だけが食べ物を注文する。他は珈琲すら頼まない。

「で、なんの話かね?」 

 燈華のところに鶏肉とトマトにチーズをいれた半熟オムレツが運ばれてきて、彼女は遠慮すること無く、早速食べ始める。

 それまで沈黙を守っていた騨里が、やっと口を開いた。

「ウチ等が争うのは、あまり得策では無いと思いましてねぇ」

「ほう、それで?」

 途壱は、燈華の食べっぷりに優しげな目を送る。

「おれは、巻き込まれたくないんです。N・アークがウィズ・エンジン社に対立するなら、例のファイルリストを渡してもいいです」

「……へぇ、ファイルをねぇ」

 途壱は視線を騨里にもどした。

「俺自身が持ってても、意味が無いものですからね」

「何か要求などないのかね?」

「N・アークの理事にしてください」

 騨里は何でも無いことのような口調だった。

「理事か。デカく出た者だ」

 途壱は思わず笑った。

「ファイルリストと一緒に出向きますよ」

「なるほど」

 少し考えた風な途壱は、一つ頷いた。

「わかった、良いだろう。明日にでも決定させておくよ」

「よろしくお願いします」

 もう用はないとばかりに、騨里は立ち上がる。

 燈華はまだ食べている最中で、口の中に料理を詰め込んだまま、小さく非難のうなりを上げる。

「我々が先に行こう。きみたちは好きなものを頼んでゆっくりとしていけばいい。わたしの奢りだ」

 途壱に燈華は激しくうなづきつつ、頭をさげる。

 N・アークの二人がさると燈華は、やっと食べるペースを落とした。

「……どういうこと、あっさりファイル渡すとか言っちゃって。局長の考えとちょっと違うんじゃない?」

 直に託された身としては、心配もあるのだろう。

「責任を全てN・アークに負わせるんだよ。街道因子だって手出しができなくなるだろう?」

「安易だねぇ、言っとくけど、披露はするけどそのものは渡す気ないよー」

「コピーはとってあるんだろう?」

「もちろん」

「まぁ、N・アークが暴走しないようにするために、小出しにするのもいいか」

 騨里は新たにステーキを頼んで、燈華の食べるスピードよりも速く食べ出した。

「相変わらす、肉好きだね。うんうん」

 騨里は食べるごとにでは無く、最初に一口分づつにきりわけた。 

 無言で燈華が肉切れの一枚にフォークを刺した。

 瞬間、騨里のナイフが、フォークの隙間にガツリと差し入れられた。        「俺んだ、ふざけんな」

 上目遣いで容赦無く騨里の目は、燈華を睨んだ。

「なんだと? ケチくさい。ケチというのにも程があるよ!」

 燈華は騨里の腕を軽く振り払おうとするが、彼も本気だった。

 真剣さに呆れた燈華は、笑い出して、フォークを自分の皿に戻す。

「そこまでマジとか。信じられないよー」

「おれは、常に真面目だからな」

「はいはい、そーですねー」

 しばらく無言で食事を再開した二人は、三十分程かけて食べ終わった。

 会計を素通りして、店からでると外は夕方の光が照っていた。

 取り合えずマンションに戻ろうとして裏通りの、モンキーを停めていた空いている駐車場まで歩いた。

 だが、思わず二人の足はとまった。

 小型バイクはバラバラに破壊されて、無残なすがたになっていた。

 近くには小さな子供達が三人、血を流して倒れていた。

「……よう、久しぶり。待ってたぜ?」

 返り血をにじませたコートを着た、猫背の男が手をだらりと下げた姿で立っていた。
































4

「おまえ、この子達はなんだ?」

 騨里は子供達に一瞬、目をやってから、禅渡に乾いた口調で言葉を放った。

「おまえ、騨里よぉ。人に罪着せるのが、ものすごい得意らしいじゃねぇか。たまには、自分も体験してみたらどうだ?」

 子供達は確実に死んでいた。

「……久しぶりだねぇ、禅渡。まったくおまえは、相変わらずだな」

 生体接続でもしたのか、禅渡には切断されたはずの右腕が生えていた。

『やるかい、騨里よ?』

 ジョーカが生き生きとした声を脳内で響かせる。

「いや、少し待て」

 すでに脇で燈華が影を広げていた。

『なんだ、またこいつがやるのかよ。おまえ、たまに俺を使えよ』

「あまり使いたくない理由だってある」

 騨里がもし犯罪者を量産することになったとすれば、彼の身元がすぐに割れてしまうだろう。

 街道因子としても、犯罪者との繋がりとしてもだ。

 いつも燈華に処理して貰っている罪悪感もあるため、騨里は普段、彼女に甘かっりする。

 禅渡は、すでに二枚の影を全面の地面に広げていた。

 先に動いたのは、燈華だった。

 影の少年が一気に、禅渡の影まで距離を縮める。

 禅渡が出したのは、光子砲を装備している少女だった。

 今度は両脇のアームに近距離砲、二丁を手にした少女が刀を抜いた少年に弾丸を連射する。

 少年は左側に曲線を描くよう、射線をさけて走りながら隙をうかがう。

 後ろに少年が回ると、禅渡の意識はそちらに向かった。

 次には騨里が音も無く禅渡に近づいていた。

 手にはカランビットを握り、禅渡の襟首を掴むと同時に反刃で喉元をえぐろうとする。

 だが禅渡の二つ目の影から、騨里の目に集中して猛風が叩き付けられた。

 視界を失わせたため、禅渡はカランビットの一撃をたやすくよける。

 騨里はさらに禅渡の蹴りを食らって、後ろに吹き飛んだ。

 禅渡の影の少女の動きが一瞬鈍くなった間を見逃さなかった燈華の少年は見逃さなかった。

 少女は右側のアームで伸びた短距離砲の銃口を騨里に向けた。

 しかし、騨里のほうが早かった。

 間合いに入りった騨里は、アーム部分を上段から振り下ろした刀で切断した。

 少女のバランスが崩れる。

 二刀目で横薙ぎに首を狙って刀を振ろうとしたが、禅渡が二つ目の影から鋭く固形化したかのような風をぶち当てる。

 影の少年から血のようなものが飛び散るり、後ろに倒れそうになる。

 少女は残った一方の短距離砲を影の少年に狙いをつけた。

 弾丸が放たれると、少年は身体を震わせて倒れた。

「!?」

 燈華は自分の影が無事かわからず、動揺した。

 絶対に近い自信のある影だったため、目の前の状況に衝撃を受けたのだった。

 同時に身体に痛みを覚えて、その場にしゃがみ込む。

 禅渡が唇を不気味につり上げ、乱杭歯をみせて笑う。

「どうしたよ、燈華に騨里? おまえ等そんなもので街道因子を名乗ってたのか?」

 楽しげな余裕の口調だ。

 N・アークの途壱は裏切ったのだろうか?

 騨里は立ち上がりながら、勝手に頭が考え出した。

 だが、まだリストファイルを渡していない。

 それとも、自分たちを始末してしまえば、リストの存在など無かったことになるとでもおもったのだろうか。

「禅渡、俺たちはN・アークに協力すると、さっき途壱に話していたところだぞ」

「ああ? 知らねぇなぁ。関係ねぇよ、そんなもん」

 怒りの響きを混ぜて禅渡は言う。

 意図がわからない。

 騨里は口先でのごまかしは通じないと、諦めた。

 再び、ジョーカの能力を使うしかないのか。

 命には代えられないので、この際仕方が無い。

 決心した直後、禅渡が風の槍を放ち、騨里の影を地面に貼り付けにした。

 影が動けなくなると、身体と連動している騨里自身も身動きが取れなくなる。

「おまえは、直接、俺が殺ってやるよ、騨里」

 禅渡が笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる。

 いつの間にか、右手には小型のナイフを握っていた。

「まちなさいよ!」

 燈華が言うと同時に、両手に構えた拳銃を発射していた。

 禅渡の影である少女の首が弾かれたように、揺れてガクリとたれた。

 彼は信じられないような顔をして、少女を見た。

 影の彼女はもう動かない。

「!? き、貴様っ!!」

 怒りが沸騰して、禅渡は叫んだ。

 騨里は彼の反応に違和感を感じた。

 影をやられて、無力になったのはわかるが、激高するほどのものだったのか?

『ふざけるな、おい! 動けねぇぞ!』

 ジョーカが頭の中で怒鳴る。

「わかった、昇ってこい。どうなるのか知らないが、おまえの力が必要だ」

 融合は初めてだった。恐らくジョーカが騨里になれば、まだ活路はあるだろう。

 聞いたことはあるが、影に乗っ取られ、精神がおかしくなった話しか聞かない。

 だが、能力が無くなった騨里達にはそれしか方法がない。

 影がゆっくりと騨里の身体の中に収縮して行く。      

 騨里は視界がぼやけ、意識が別のところに行きかけているのを実感した。

 ジョーカが高笑いする。

「てめぇは死刑だ、禅渡! わざわざ監獄になんて行かさなくても、この場で殺してやるぜ!」 

 騨里を乗っ取った形となったと同時に、彼はカランビットを握って禅渡に遅いかかる。

 禅渡はよけそこなり、腹部を軽くえぐられた。

 痛みに動きが鈍くなったところで、、返す刀が、禅渡の首に突き刺さる。

「!!??」

 呻きとも悲鳴ともとれない不気味な声を上げて、首に手をやって傷口を抑えたが、さらに刃をねじ込まれて、禅渡は絶命した。

「うひは! あっけねぇ野郎だ」

 ジョーカは倒れた禅渡を見下ろす。口調は楽しげだった。

「ジョーカ……早く騨里を、返して……」

 痛みに顔をゆがめながら、燈華が言った。

 拳銃は彼に向けられている。

「ほう、撃てるのかい? まぁいい、満足した。すぐにでも変わってやるよ」

 ジョーカはあっさりと承諾した。

 立ちすくんだような身体から影が一つ伸びてた。

 はっとなった騨里は、哀れっぽそうに禅渡を見つめた。

「なんだよ、昔、風優と幼なじみだったんだ……」

 影の世界を覗いていた騨里は、禅渡の過去まで把握できていた。

 風優は覚えてないが、禅渡ははっきりと記憶していた。

 彼の影である少女も、その時の風優をモデルにしたものだった。

 影は風では吹き消されない。

 禅渡は思いを断ち切るように、急いで燈華のそばにきた。

「どうだ、傷は?」

 燈華は、無理矢理につくった笑顔をみせた。

「うん、駄目ー」

「救急車呼ぶから、まってな。いや、ここは不味いな。歩ける?」

 頷いた燈華は、ふらふらと立ち上がった。

 禅渡は燈華を抱き上げて、そのまま通りを二つ走った。

 歩道の横に彼女を座らせると、携帯通信機で救急センターに連絡を入れる。

 サイレンが鳴り響き、すぐにでも救急車が現れた。

 担架で中に運ばれながらも、燈華は訊いた。

「騨里こそ大丈夫?」

「大丈夫だよ。おかげで、いろいろなものが見えた」

「いろいろなもの?」

「ああ、あとで説明する」

 一緒に病院に運ばれ、燈華は手術室に運ばれた。

 処置を待っている間、騨里は様々なことを考えていた。

 彼の覗いた影の世界とは、人間の世界のことだ。

 そこは時間も距離も無い不思議な空間だった。

 局長の意図もわかった。

 そして、深咲のことも。

 彼女は今、ただのイマジロイドでは無くなりつつあった。

 



 足立署では、不満の声が上がっていた。

 上から命令がきたのだが、誰もが、いくら何でも難しいと思った。それ以上に、折角の逮捕に圧力が許せないという感情も交ざっている。

 伊馬維璃緒を解放しろというのだ。

 釈放では無く、解放という点が気になるが、現在三十件に届く事件の犯人を手放すのを納得できる者は少ない。

 だが、命令は絶対だ。

 様々な意見が紛糾するなか、蘭の一言で問題はかたづけられた。

「どうせなら、自殺とか事故に見せかけて殺してしまえば良い」

 一同は考え込んだあげく、関係を放棄して傍観者となった者がほとんどだった。

 蘭を中心としたメンバーは、様々な方法を考えたが、結局、単純に射殺することにした。 言い出した責任から彼女が率先すべきところだが、逆に直接手を下すと証拠として事件が発覚しやすいと判断されて、実行部隊から外された。

 刑事三人が証拠品保管庫の中から拳銃を取って拘置所に向かう。

 独房の前まで来が彼等は、急に言い知れぬ恐怖に襲われた。

 取り調べの時とは雰囲気が違い、禍々しい空気が辺りに立ちこめていたのだ。

 独房を覗くと、維璃緒はベットの上で体育座りをして、膝に顔を埋めていた。

 怖れをなんとか押し殺し、彼等は拳銃を手に、ドアの鍵をあける。

 一斉に拳銃の狙いをつけたが、引き金の指が動かない。

 維璃緒は突然のことだったが、驚きもせずに、ただ視線を三人にやるだけだった。

「くそ!? なんだ!?」

 刑事の一人が悪態をつく。

 維璃緒に見つめられただけで、自然に身体が震えはじめ、思うように動かない。

 ゆっくりと、維璃緒はベッドから立ち上がった。

 本物と合わせて、三枚の影が彼女の足下に広がっている。

 車椅子に座ったア=リワンがいつの間にか彼女の全面に現れていた。

「それで何をするつもりですか、皆さん」

 瘴気じみたものが維緒璃ごと立ちこめていて、刑事達を怯えさせる相手がわかった。

 動揺したままの彼等を、ア=リワンは鼻で笑った。

「……ジェイバブ」

 維璃緒は小さい声で影の一つに声をかけた。

 二メートルはある巨軀の爪の長い凶暴そうな亜人が現れる。

 ジェイハブは迷うこと無く刑事達に飛びかかった。    

 明後日の方向に拳銃が一発放たれただけで、三人の刑事はジェイハブの爪に身体を切り裂かれてバラバラになり、廊下に身体を四散させた。

「どうやら、お膳立ては向こうがしてくれたようですね。遠慮無く甘えましょうか。さぁ、我らの王国へ」

 眼鏡に手をやったア=リワンは微笑みつつ、維璃緒を先導するように進む。

 ジェイハブを影に戻し、維璃緒はそのあとを追う。

 警官達が避けるようにして道を作るなかを、彼女は堂々と警察署から出た。



                 

 騨里は自宅で難しい顔をしながら、リビングのソファで考え込んでいた。

 影の世界、人間の領域に行って気づいたことだ。

 N・アーク、街道因子局長は彼等に従って、イマジロイドから影への影響を潰す計画を立てている。 

 人間達は残りカスと見下しているイマジロイドに影を使われるのを歓迎していないのだ。特に街道因子の隊長達には。

 生き残るのためには彼等の方針に従ったほうが賢明と思われる。

 燈華の傷は思いのほか軽いもので、なんら生活にも支障がでるものではなかった

 むしろ元気に動き回って、ヒマだヒマだとうるさかった。

「んー、ついでに恩も売っておくべきかなぁ」

 騨里は何も考えないで、考えを口にする。

 彼の冷たいところは、徹底的に自己保存を求めるところだった。

 いつの間にかリビングに来ていた燈華は、騨里の言葉にまたかという顔をする。

「なんだよ、不満かよ」

「折角なんだからさぁ、天下とってみようとか思わない……よねー、騨里って」

 まるで騨里の考えを読んだかのようだった。

「嫌だよ、そんな面倒くさいうえに、命張ったゲームみたいな生き方」

 燈華はふふふっと笑った。

「騨里らしい。で、どっか行くんでしょ?」

 彼女はすでに外出の準備を整えていた。

「ついてきて大丈夫か?」

「あったりまえー! このあたしを舐めて貰っちゃこまるよ!」

「よろしい、ではお気のすむままに」

 騨里は優雅に頭をさげた。

「うむ、苦しゅうないぞ。ウチのリーメイも張り切っておる」

 騨里は初めて、燈華の影の名前を知った。

 影の名前が特定させるとハッキングされかねないので、人には滅多に言うことではない。

 騨里は、燈華と少しは距離が縮んだと感じた。

 新しく買ったモンキーで、二人は走り出だす。

 銀座まで行くと、ウィズ・エンジン社本社の前に、モンキーを駐める。

 受付で社長に会いたい旨を伝えると、すぐに承諾された。

 二階の応接間に案内される。

 バスキアのアンタイトルをオフセットプリントにしたものが、壁にでかでかと掲げられていた。

 珈琲が運ばれて、鹿詩真琴は十分も待たせずにドア口に現れた。

 イタリア素材の三揃えスーツに、葉巻を咥えている。

「やぁ、君たちが、残りの街道因子か」 

 興味深げに二人の少年少女を眺める。 

「はじめまして。噂はかねがね聞いています」

 騨里は軽く頭を下げる。

 燈華と言えば、警戒心があるのか無いのか、リーメイを出して机にバスキアの絵を真似た浅い傷を付けていた。

「わたしもだよ。まぁ騨里君のことは、まさに噂の中の噂な存在だったけどもな」

 燈華の悪戯には鷹揚に見ないようにしながら、真琴は彼等の向かいにあるソファに座った。

「で、一体どうしたんだ? 君達が自ら足を運ぶとは」

 脇から灰皿を取って、自分の前に置く。

「はい、なんでも社長は、N・アークと提携を考えているとか……」

「よく知ってるな。まだ極秘事項だぞ?」

「そうですか。それで、さらには人間とも接触があるとかなんとか」

 真琴は笑ってしまうところだった。

 こうまで行動がバレているのでは、彼にとって、もはや怖れることすら馬鹿馬鹿しい。

「地獄耳どころじゃ無いな。どこで知ったんだ、それは?」

「提携するのを、ちょっと考え直して頂けませんかね? できるなら社長に影をもつイマジロイドを助ける役割をしてほしいのです」

「ほう……」

「実を言うと、わたしは人間達の方から連絡を受けてやってきました。彼等はそれを望んでいます。裏切り者とは、N・アークと街道因子各隊長です。街道因子は我々を覗いて全滅しました。残りはN・アークという訳です」

 真琴は葉巻の煙草を吐き出すと、ゆっくりと頷いた。

「話はわかった。手を組もう」

「ありがとうございます」

 騨里は再び頭を下げると、燈華を引っぱるようにして連れ、先に退出した。



     

 真琴は社長室の奥に入ってライトを点けた。

 相変わらず、中には何も無い。

 部屋の真ん中に立つと、影だけが幾つも彼に向かって放射状に伸びていた。

「事はなりました。あとはN・アークを潰すだけです」

『そうか、よくやった真琴』

「ちょっと、お聞きしたいのですが、騨里という少年をご存じでしょうか?」

『騨里か。以前、こちらに入ってきた』

「ほう……信用に値するのですか?」

『少なくとも、こちら側のイマジロイドという反応だった』

「なるほど、わかりました」  

『では真琴、最後の仕上げを頼んだぞ』

「おまかせください」

 真琴は礼の仕草をした。

 影は一気に消え去った。




 まだ騨里にはやることがあった。

 疲れていた為、新宿にある、派手めだが、客の少ない喫茶店に一休みもかねて入る。

 早速、燈華はパフェを注文する。

 騨里は、モカ・ブレンドを頼んだ。

 店は、七十年代の洋楽を流していた。

 騨里には年代はわかっても、曲名も歌手もわからなかったが。

 電脳内にあるリストファイルが、以前から動きをみせている。

 はじめは、N・アークなどに対する混乱と思っていたが、違和感があるのだ。

 N・アークとは関係のなさそうな一つの組織が、辺りから集中的に株を集めているのだ。

 組織を調べてみると、宗教法人「スプールトトマ」というところで、代表は由利渉(ゆり わたり)という男である。

 騨里は渉を徹底的に洗い出す。

 すると、意外なところとの接点が浮かんできた。

 吉河颯である。

 街道因子の局長だ。

「食ったか、トーカ?」

 パフェのグラスをからにしてスプーンを舐めている彼女に、今更のような事を訊く。

「満足!」

 燈華は腹を軽く叩いて、ニコリとした。

「よし、ならちょっと行くぞ」

「はいよー! ごー、ごー!」

 彼女は騨里の声と言葉に冷ややかな響が含まれているのを、あえて指摘せずにいつも通りの反応をした。

 モンキーは足立区に入り、見慣れたビルの前に止まる。

 彼はローフ・ファミリーの事務所だ。

「チーカーゲー!」

 最上階で、少女の姿を見つけると、燈華は駆けていって抱きついた。

「あー、よしよし、トーカ。よく来たね」

 若い衆が護衛の二人だけを残して、部屋から出て行った。

「チカゲさあ、隠している事無い?」

 騨里は、軽い調子で訊いた。

 ローフ・ファミリーのボスは、何を意外な事をと言った表情になる。

「なんの話だ、騨里?」

「黙ってようかともとも思ったけど、俺はリアルタイムで会社とかの動きを見れるんだよ?」

「ほう、それで?」

 チカゲは燈華から離れて、ゆっくりとソファに座り足を組んで、騨里に正面を向いた。 まるっきり余裕の態度だ。

「言いたいことがあるなら、遠慮無く言えば良いじゃ無いか」

 騨里はぼけっとに手を入れて、首を回して彼女を見下ろす。

 表情はいつものものだ。

 だが、いつも何かしらとの衝突を避けてきた騨里だが、今回は逆に自主的に動いている点が違った。

「なんか、株を必至に集めている会社があってね」

「へぇ」

「調べたら、あんたのところのフロントと、ウチのボスだったんだが。いつから、そんなに仲良くなったんだい?」

 チカゲは声を出さずに笑った。

「……遊佐の命は安くないよ、騨里。F・E、今はN・アークだが、戦争するにも色々と入り用になってな」

「あくまで、裏切ってはいないと?」

「もちろんだ」

「なら、ウチのボスはどういうことなのさ?」

「ああ、アレは横から食い込んでいた害虫みたいなものだよ」

 チカゲは斬り捨てるように言う。

「なるほどね。なら、なにがあっても、文句はないね?」

「事によるが、そんな無茶はしないだろう、騨里?」

 何気なく圧力を掛けてくる。

 騨里はうなづいた。

「あんたの損する事にはならないはずだよ」

「なら何をするか知らんが、お互い、良いことだな」

 チカゲは笑って、ゆっくりとソファに寝転がり、完全な無防備な姿をみせた。

 騨里はただ笑っただけだった。




 スプーるトトマの三階建ての教会本部は、板橋の広い敷地にあった。

 騨里は昼間に駐車スペースにモンキーを停めてた。

 宗教組織とは思えない、事務的な一階にあるカウンターで、騨里は由利渉に面会したいと、桐で出来た名刺をさしだした。

 はったりが大事な世の中、騨里でもそれぐらいは常備している。

 事務員は奥まで見渡せる受付裏の机に戻って、内線であちらこちらに連絡を取っている。

「申し訳ありません、お会いにならないとのことです。あと、できることならば、もうここには来て頂かないようにしてほしいのですが」

 戻ってきた事務員は、あくまで事務的な態度だった。

 追い返されたかたちとなった騨里らは、モンキーのところにもどってから、もう一度、建物を眺めた。

「……中にいるなら、燃やせばでてくるかなぁ……」

 燈華は物騒な事を、淡々とした口調でつぶやいた。

「や・め・ろ!」

 思わず吹いた騨里は笑いをこらえた。

 駐車場で、ゆっくりと彼等のそばに黒塗りのベンツが近づき止まる。

「やあ、君が布留騨里君か」

 後部座席のウィンドウがさがって、青年がにこやかに声をかけてきた。   

 騨里は、だまってうなづく。

 グレーの三つ揃いスーツを着てハット帽にスカーフを首に巻いた、五十代の男だ。

「色々やってくれてるみたいだね。ただね、そんなに我々は簡単にはいかないよ」

「どちら様で?」

「成徳の故嶋徳治(こじま とくじ)だ」

 騨里は思わず目を細めた。

「乗りたまえ、少しドライブと行こうか」

 反対側の後部ドアが開く。

 一瞬迷ったが、騨里は結局、座席の真ん中に、窓際に燈華が座った。

 ベンツは発車して、適当な道を流して行く。

「君の悪い点はね、はっきりとした行動を取っていないところだ」

 公道を走らせつつ、徳治は前振りも無くいきなり核心を言い放つ。

「巻き込まれた以上、どうにもならないと思いませんかね?」

 騨里は、せいぜいの愚痴になる。

「不幸なことだが、今や街道因子十一番目の隊長と身の知れた存在だ。君の言っている点は甘いな。甘すぎるよ、お坊ちゃん」

 徳治は悪気のかけらも無く笑う。

「俺は、一貫して人間側についてますよ」

 せいぜいの虚勢だった。

 イマジロイド達は、身体を捨てた人間達に今だ恐怖を抱いているものが多い。

 だが、徳治は違ったようだった。

「君をあっち側に逃れざるを得なくした奴らが悪いとはいえ、黒幕として君臨するならするで、はっきりとした行動を示すべきじゃ無いかね?」

「それでは、故嶋さんが困るのでは?」

 徳治はにぃっと笑んだ。

「なにか勘違いしているようだから、おしえてやるが、ファイル・リストをもってたって、万能になったわけではないよ、騨里君」

 煙草を取り出して咥え、ライターを取り出したところで手を止めて言葉を続ける。

「いわば上流の連中に直接、口がきけるだろうが、あとの連中は叩かれようが、潰されようが、すぐに姿を変えて出てくる。そいつらはどうするつもりだね?」

 騨里に意外なところから、探りを入れてくる。

 彼が答えようとするまでの間に、徳治はライターで煙草に火を点ける。

 車内に紫煙が立ちこめ出す。

「万能とかもとめてません。俺はただ、俺たちの命を守りたくて、行動しているだけですから」

「それが、甘いというんだよ。私でなくとも、そのファイルを手に入れたなら、一気に東京の頂点に立っている。君はそれが出来る立場ながら、しない」

「興味が無いんですよ」

「それなら、さっさとファイル・リストを誰かに渡して、金を貰い、旅にでもでるんだな」

「安全ならそうしますよ。でも、もう遅いんです」

 騨里は冷静に受け答える。

「君が街道因子なら、簡単なことだろう」

「いえ、その街道因子が一番危ない」

 徳治は納得したようにうなづいた。

「そういえば、十一番目の者は、街道因子の中で、もっとも仕事をしたらしいな。最も人を殺したと言うことか。それが、今命が惜しいなど都合の良い話だ」

 騨里は無言だった。

「会社駄目になったら死ぬ社長いるけど、それこそ無責任だよね」

 急に燈香が口をだしてきた。

「へぇ、ご立派なことを言うもんだな、嬢ちゃん」

 徳治は鼻を鳴らして嗤う。

「とにかくなぁ、この混乱は全ておまえ、騨里が起こしてるんだよ。私はどこかののウィズ・エンジンとかいうところみたいに、ヘンな手を使うのは好まない。だから、こうして文句を垂れて憂さを晴らそうとしてるんだ」

 騨里は無言だった。

「そして、ついでにお節介もしてやろうかと思ってる」

「お節介?」

 ベンツは銀座に入っていた。

 そのうちのビル、一つの前に止まる。

「そら、探してる奴は、そこに住んでいる。行ってこいよ」

 運転手が後部座席のドアを開ける。

 騨里と燈華が降りると、ベンツは迷う事無く、車道に戻っていった。

 様々な女性用アパレルブランドの入ったビルの前で、二人は車を見送った。

 騨里は燈華とともにビルの中に足を進めた。

 まるで場違いの店内を隅にあるエレベーターまで進むと、最上階のボタンを押した。

 内臓がせり上がる感覚が襲ってくる。

 十二階に到着するとドアが開く。

 騨里は非常階段を探す。

 無防備にも鍵は掛かっていなかった。

 二人は打ちっぱなしのコンクリートに固められた階段を昇った。

 屋上の手前の踊り場に、巨大な鋼鉄製の扉がある。

 ここも鍵は解放されたままだ。

 遠慮無く開いて、くぐる。

 そこは、絨毯敷きの通路になっており、歩いて行くと、左右にドアがいくつか並び始めた。

「おまえらな、こんなところまで、なんの用だよ?」

 廊下に女性の声が響いた。

 それは、奥にある檜造りの扉の奥から発せられたものらしかった。

「部下が上司訪ねててくるのって、そんなにおかしいかよ」

 騨里は応えて、声のそばに近づいていった。

 影はすでに展開してある。

 燈華も、リーメイの影を広げていた。

 いきなり、目の前の壁が吹き飛んだ。

 瓦礫が散って床に積もり、白い煙が辺りを覆う。

 二人はいきなりのことに数歩、引いた。

 目と気道に塵が入り、激しく咳き込んで涙を流す。

 奥から、結んだ髪を後ろで丸く巻いた細身の女性が現れた。

 紅いブラウスに、濃紺のスカートを穿いて、足下はサンダルだった。       

 街道因子局長、吉井颯だ。

「いま、あたしは機嫌が悪いんだ。ろくな連絡も無く来たって事は、ろくなもんじゃないって事だろう? なにが上司を訪ねてくるだ! おまえもあたしを裏切ったに決まってる!」

 彼女の目に溜まった涙は、塵のせいだけじゃないらしい。

 街道因子の歴史は粛正の歴史だった。

 颯が疑わしいと見た隊長達は、すぐに遠慮無く極秘に処分された。

 そのほとんどに騨里が絡んでいる。

 いや、実行役は彼だった。

『おい、やべーぜ。こいつ、マジでおかしくなってる』

 ジョーカは恐怖するというよりも、驚き呆れた様子だった。 

「リストにある通りだよ……」

 騨里は短く答えた。

 リスト・ファイルに書かれた行動と収入収支から、その組織の様子が炙られるようにして見えてくるのだ。

 颯は、街道因子をイマジロイドの為と言うよりも、人間の為に造っていた。

 上手くバランスを取り、なんとか組織を維持できていた。

 しかし、ゆっくりと彼女の理想は崩れていった。

 大企業も身一つで支配出来る権力は、あっという間に隊長達の腐敗を招いた。

 はじめは自ら手を下していたが、騨里を見つけたとき、姿を隠して籠もるようになった。

 騨里は獄中結婚して、出てきた夫婦の間に産まれた子である。

 だが、その結婚は上手くいかず、あげくに彼は孤児となった。

 ジョーカは彼が産まれてから意識野に住んでいた。

 ある意味、両親がジョーカを子供に招いたといえる。

 その後、十代も半ばになると颯に見いだされて、極秘の街道因子となった。

 彼等の規律違反は絶えず、騨里はいつも仕事にかり出された。

 時に無実な相手であってもだ。

 颯の罪は、騨里の罪でもある。

 颯はすでに街道因子を見限っていた。

 彼女は別組織を造る為に、街道因子を一掃しようとしていた。

 騨里達が訪ねたのは、丁度良い火に入る虫だったのだ。

「みんなみんな、滅んでしまえ! フールジュ!」

 颯は叫んだ。

 影から両腕に鉄甲をした手の巨大な男が現れた。、褐色の上半身は裸で猫背、長髪で目がなんとなく伸びた前髪からのぞける。

 騨里はカランビットを両手握り、構える。

 リーメイが刀を抜いて、跳んだ。

 フールジュはいきなり間合いに入ってきた、リーメイの上段からの斬撃を左の腕で防ぐ。

 そのままつばぜり合いなどにはぜず、刀を滑らせるように、リーメイはフールジュの首を狙う。

 とっさに身体を反らされて、第二撃も空を食ったリーメイの刀を、フールジュの右手が掴んだ。

 トタン、リーメイは嫌な予感がして、刀から手を放した。

 握られた刀は鈍い爆音とともに、内部で爆発して、粉々になって消えた。

 その拳を蹴って、後ろに距離を置いたリーメイは、足下の影から二本目の刀を抜き出した。

『おい、おもしれぇじゃねぇかよ、この女』

 ジョーカが隙をうかがっていた騨里に上機嫌に語りかける。

「何がだよ」

『美味そうだ、すげー美味そうな匂いがするんだよ』

 影から姿を現してないにもかかわらず、ジョーカがよだれを垂らしているのがわかった。

「食いたいなら、好きにしろ。ただ、舐めるなよ? 街道因子局長だぞ?」

『わーてる、わかーてるよ、騨里さんよ』

 悪そうな笑い声を上げる。

 ずるり、とジョーカが騨里の影から這うように、姿を現そうとする。

 リーメイは、再び、フールジュに向かって刀を振るっていた。

 今度は、決してあの手に握られないように、右に左に跳びながら、斬撃を行う間を図っている。

 颯は終始、悔しげな表情をしていた。

「騨里よ、おまえだけは違うと思っていたよ……」

 彼女はつぶやいた。

「局長、もう何のことを言っているのか、わからないよ。あんたは、俺に全ての面倒を押しつけたんだ。今回もそうだ」

 騨里は、淡々と颯に語り続ける。

「あんたが何を考えているか知らないけが、俺は俺で生き残らなきゃならないんだ」

「もう一度、おまえと私とで組む事は出来ないのか?」

 颯は名残惜しそうだった。

「このまま、おまえを殺してしまうのは、余りにもったいない」

「死ぬのは、あんただよ!!」

 燈華が横から叫んだ。

 颯は突然の声に驚きながら、彼女を見て嗤った。

「トーカか……おまえを街道因子に入れたのは、失敗だったかな」

 チラリと、リーメイを見る。

「影が弱すぎる。こんな程度のじゃ、新宿界隈にはごまんと転がってるぜ?」

「うるさい、知ったことか!!」

 燈華は激高した。

 すぐに騨里が、その腰に手を回して後ろに下げる。    

「クソばばぁ、リーメイの強さ知らないくせに!! 今見せてやるよ!」

 その肩口から顔を出して、燈華は叫んだ。

「リーメイ!」

 戦いに夢中で話は頭に入ってきていなかったが、彼女に呼ばれた理由は、一瞬で理解した。

 リーメイは、一旦、フールジュから離れて後退した。

 横に、影から半身を出してうかがっていたモノがいた。

 黒い外衣を着た、筋肉の引き締まった色白の男だ。

 リーメイが一旦、影に浸かるように納まりかけるてふたたび姿を現したとき、意外な格好をしていた。

 愛嬌のある少年だったが、腕が四本で、それぞれに一本ずつ刀と槍を握り、顔が頭部の正面と側面に一つづつついていた。髪は燃えるように逆立って、上半身が裸でゆったりとしたズボンの下に、白雲が漂っている。

「ほぅ。これはこれは、立派なお姿に」

 颯は楽しげに笑う。

 まだまだ余裕があるのだ。

 リーメイが、依然と同じスピードでフールジュと間を取る。

 刀が突かれてフールジュが握り止めると、爆発が起こって柄の部分から折れる。

 だが、出来た隙に、槍と刀が三つ同時に振るわれる。

 フールジュは横に飛び退いた。

 だが、槍の本のが横と頭上から追ってくる。

 さすがに一本は鉄甲で防いだが、頭上のは避けられなかった。

 重い一撃が、なんとか首をかしげた頭の片隅に叩きつけられて、フールジュは、一瞬、意識が飛んだ。

 新たな刀を抜いて構えたリーメイが懐に入り、左右から横薙ぎの一閃を喰らわせる。

 フールジュは無意識で、刀の刃を手のひらに握っていた。ギリギリのところで、意識を回復して、二本の刀を爆破した。

『リーメイを下げさせろよ、全然相手になってないじゃねぇか』

 ジョーカは、すでに姿を現していた。

 意外にも惚れ惚れするほどに美しい相貌で、背の高い細身の男だった。

「トーカ、俺に任せろ」

 騨里は静かに言った。

 悔しげな表情をチラリと見せたが、燈華は言葉に従って、リーメイをフールジュから離して側に置いた。 

「やっとおまえか、騨里」

 颯は待ちくたびれたとばかりに、息を吐く。

「おまちどう」

 騨里は表情の無い顔で、応じた。  

『美味そうだよ、実に美味そうだ』

 人間のクズが。

 騨里は思ったが、あえて口にしなかった。

 だが、電脳に住んでいるジョーカという影の存在には伝わったかも知れない。

 どっちでもいい。

 ゆっくりとジョーカが、フールジュに近づいて行く。

 フールジュは、再びだらりと手を下げた猫背姿で、髪の隙間からジョーカをにらみつける。

 なんの不思議も無い印象を受けるほど、二人は自然に間合いに入った。

 フールジュが腕を振って、ジョーカの左腕を掴んだ。

 だが、ジョーカは無視して、さらに身体を近づけ相手の首の後ろに手を巻いて顔面を引き寄せた。

『騨里が、人間のクズだとよ。お互い、堕ちたもんだよなぁ、イマジロイドごときにこき使われてるんだからなぁ』

 自嘲の入った言葉に、フールジュの動きが止まる。

『……誰が、人間のクズだ……』

 やっと口を開く。

 腕は爆発しなかった。

『おまえ、どうしてあの女に使われている?』

『おまえこそ、あんなガキに使われてるじゃねぇかよ』

 ジョーカは嗤った。恐ろしい程に、邪悪な笑みだった。

『それは良いんだよ。問題はおまえだ』

「フールジュ、どうした?」

 颯が不審に思って、声を掛ける。

『かわいそうになぁ、おまえは、あんなのにこき使われたあげく、どうなると思う?』

 思わずフールジュはジョーカを見上げ、次の言葉を待った。

『死ぬんだよ。おまえはここで、残念な事に俺に殺される』

 言った途端にジョーカは、フールジュの喉元に食いついていた。

『ア、ゴ……ア……!!』

 気管を食い破られて悲鳴が出なくない。

 さらにジョーカは、力の抜けたフールジュの肉体を食べ出した。

「フールジュ!?」

 颯が慌てて腰から拳銃を抜こうとした。

 燈華がリーメイをやろうとするところを、軽く押した騨里が一瞬で颯の懐に飛び込んでいた。

 彼は、両手に持ったカランビットで、颯の胸と首を同時に深くえぐった。

 吹き出した鮮血が、騨里に返り血として降りかかる。

「あんたは、俺が殺らなきゃ、意味が無かったから……」

 絶望した顔を騨里に見せて、颯の身体が崩れ落ちた。

 



 二人はモンキーで足立にあるマンションに戻っていた。

 騨里は不機嫌に黙り、ソファに座っている。

 燈華は心配げにそれを眺めることしか出来なかった。

 仕方が無いので、作りかけのジグゾーパズルを、彼を見える位置で始める。

 時間も深夜二時を超えて、やっと騨里は動き出した。

「トーカ、荷物を整理しな」

 突然言われ、燈華は首をかしげた。至って自然に振る舞う。

「何がどうしたの? どういうことかな? かなかな?」

「東京を出る。もう、こんなところに居たくないし、用もない」

 吐き捨てるように言う。

「ふーん。まぁ、騨里が良いなら、良いけどさ」

 燈華はジグゾーパズルを脇にどける。

「どこに行くのさ? 荷物積む車は?」

「ない。最小限のモノをバックに詰めてよ」

「どこで、どうやって生活するの?」

「ああ、それなら、まぁちょっとアテがある」

 騨里は偽悪的な顔をした。




『なかなか良い少年では無いか』

 集まった影の一つが声を出す。

『意外に使えるな。最初はただの役立たずと思っていたが』

『これから、監視を強化しよう』

『誰か、接触出来る者はいるか?』

『真琴ができそうだが』

『いや、奴にやらせれば、また図に乗る事になる。他に誰かをあたってみよう』

『ならば、誰がいる?』

『丁度いい相手がいる。それを利用しよう』

『ほう、何か考えがあるのか』

『考えと言うほどのものでは無いが、悪くはないだろう』

『それは楽しみだ。またの機会を楽しみにしている』

 影達は、順番に消えていった。




 騨里は燈華をのせたモンキーで、公道を走った。

 彼女にも、どこに行くかは言っていない。

 とにかく、身一つなのは確かだった。

 モンキーが止まったのは、元F・Eで現N・アークの本社駐車場だった。

「ほぇー。騨里、なんでこんなところに?」

 燈華が素朴な疑問を口にする。

「ちょっとは街道因子らしいことをしようと思って」

 バイクのキーをジャラジャラと鳴らして、騨里はにニヤついた。

 どの企業も組織も、カウンターには受付嬢を置いている。

 騨里はいつも通りに堂々と向かって行き、見栄を張る時に使う桐で出来た名刺を差し出して、会長に話があると伝えた。

 少し待たされた彼等は受付嬢から、会長は今、裏庭にいると言われそのまま、案内された。

 裏庭というには広く、所々に樹がしげり、森林公園のような場所だった。

 途壱はベンチに座って、缶コーヒーを飲みながら、本を読んでいたところだった。

 二人に気づくと、意外な顔をして軽く驚き、本を閉じた。

「いいところだねぇ、会長さん。他に人は?」

 騨里は旧友を訪ねたかのような態度で、ベンチのそばまで来た。

「まぁ、ここは一般社員も入れない俺だけの場所でね」  

 途壱も緊張感の無いリラックスした様子だった。

 芝生にコケが混ざった地面は、柔らかく空気は東京とは思えないほどに澄んでいる。

「で、どうした街道因子が二人も。命乞いでもしに来たか?」

 途壱は毒の無い冗談のような口調だった。

「いや、実は単なる用事できた」

「ほう、どんな?」

「献金を受け取りに」

 途壱は、大きく笑った。

「献金! なるほどなぁ、一体どうしたんだ? そんなもの、他の会社からでもたっぷりもらえるだろう」

「あんたのところからだからこそ、良いんじゃ無いか。いくらでもぽんと、手切れ金のように、たっぷりくれよ」

 騨里も悪ぶれない笑みを浮かべていた。

「手切れ金か。街道因子のことだから、信用は出来んが。何かあったのかい?」

「特にないな。まぁ、金さえくれるなら今後一切、あんたらのところには、刃向かわないし、手も出さないよ。金額によるけどね」

「金額といっても、キャッシュだろう? ジェラルミンで何個もって訳にはいかなそうだがね」

「その裁量は、任せるよ」

「へぇ、任されたか。ちょっと怖いな」

 途壱は軽い調子で言ってから、携帯通信機を取り出した。

 部下らしき、人物に向かって何やら指示を出していた。

 通話がおわると、途壱は再び本を開いて視線を落とした。

「カウンターに用意させた。持っていきな」

 騨里と燈華は、特に礼も言わずに、そのまま来た道を戻る。

 カウンターには、重そうなジェラルミンケースが四つ、堂々と置かれていた。

 騨里は、そのうちの一つを開き、中から、鞄に入るだけ適当に詰め込んで、あとのものには一切手を触れなかった。

 恐らく五千万前後だろうと、眺めていた受付嬢は思った。

「それだけでよろしいのですか?」

 彼女は念のために訊いてみた。

「ああ、十分だよ。あとの残りは、俺から社員へのプレゼントだ。配ってくれるかな?」

「あら、随分と粋なことですね。喜んでそうしますわ」

 受付嬢はニッコリと笑って、去って行く二人に頭を下げた。




「吉井颯が死んだ、か」

 チカゲは独自のネットワークから、早速情報を得ていた。

 畳敷きの部屋には、蘭もいた。

 警察は失態だらけだが、関係部署に係わっていないので、彼女は自身の昇進には影響が無かった。

「街道因子は、コレであと一人となった訳ですか。事実上の解体ですね」

「そうだな。後継者も名乗って出てこないんだ。それで、警察は犯人を捜して捕まえるのかい?」

「さぁ。わたしは関係ないですからね。大体、人間の事件ですし、我々サイロイドは手出しする訳には行かないんじゃ無いでしょうか」

「なるほどね。人間万歳だ」

 チカゲは皮肉に鼻で嗤った。

 二人の前には、静岡産のお茶と、和菓子が二個ずつ置かれていた。

 蘭は一個の半分ほど食べており、お茶の香りを堪能しつつ、口を付けていた。

「これで、またあなた方が忙しくなるんじゃないですか?」

 蘭はあえて、ローフ・ファミリーのボスに訊く。

「そうだなぁ。あたしのところも、いい加減、N・アークかウィズ・エンジンか決めなきゃならんが、N・アークは人間側だからな。ウィズ・エンジンのところに食い込んで、なんとかシノギを得るさ」

「そうですか。まぁ、仕事ですものね」

「あんたはどうするんだ?」

「わたしにはまだやることが残っています」

「そうか。忙しいことだな」

「ええ、ただ昇進試験の勉強が遅れるのが、頭痛の種ですけどね」

「有り余って、良いことがあるんじゃ無いのかい?」

 チカゲは意味ありげな表情になる。

「なんとも言えませんね」

 蘭はぼかしつつも、否定しなかった。


    

     

 港区を過ぎる寸前に、突然、モンキーが道路で跳ね上がった。

 騨里と燈華はアスファルトに身体を叩き付けられ、しばらく動けなかった。

 国道からの裏通りで、住宅街である。

 車が飛び込んでくる事も無かったことのが、まだマシというところか。

 朝からバタバタとして、もうすぐ夕刻に迫る。

 車椅子に乗った少年が道のかどから現れ、ジェイバブ、維璃緒と続いた。

 モンキーの事故はジェイハブが投げた標識の鉄パイプが前方車輪にぶつかったおかげだった。

「やぁ、二人とも」

 維璃緒は、騨里と燈華に場違いなほど陽気な声をかけた。

 彼女は相変わらず帽子にブラウス、サスペンダースカートと言った格好だが、身にまとった雰囲気は禍々しく、不気味なものだった。

「イリオ……出てきたのか……」

 騨里は打ちつけた身体をかばった、無理矢理な姿勢で立ち上がった。

 燈華も同時に影を広げる。

「おかげで、随分なものにさせられたよ、騨里」

「大人しく刑務所入っていれば良かったものを」

「冗談! 殺されるだろう!?」

 維璃緒は大真面目に答える。

「まぁ、その前におまえ等を殺りにきたんだけどね」

 ジェイハブはわかるが、全面の白い格好した少年が騨里には気になった。

 燈華の影でもありながら、自らも影を持っている不可解な存在だ。

「そいつは?」

「ん? ア=リワンのことか?」

 聞いたとき、騨里は内心で衝撃を受けた。

 重罪で人間から地上に封印された影。

 まさかだった。維璃緒は彼を解放したのか。

 燈華のリーメイが駆けだした。

 維璃緒本人を狙って右廻りの軌道を描く。

 だが、すぐ近くまで近づいた時には、ジェイハブが維璃緒との壁になっていた。

 リーメイはまずジェイハブに刀を抜きざまの一刀を加えた。

 ジェイハブは左手の長い爪で受け流し、右手を振り上げる。

 交さった爪の上をそのまま滑らせるようにして懐に入ったリーメイは、勢いのままに首筋まで刀を伸ばす。

 ジェイハブは素早い太刀筋からなんとか一歩横にずれて、皮一枚を斬られただけでよけた。

 回転するようにして、右手をリーメイに振るう。

 少年は刀を背負うようにして受け止めるが、力に押されて吹き飛ばされ素になるところを、爪に蹴りを入れてバランスをとり、後方に着地した。

『グーゾーガァキーーー!!』

 ジェイハブは乱杭歯を見せて怒りに吠える。

『手伝おうか?』

 ア=リワンが、維璃緒に軽く振り返る。

「いや、あなたは騨里を」

『わかったよ』

 少年は意味ありげな笑みを、騨里に向ける。

 影が広がり、それぞれから七匹の小竜が姿を覗かせた。

 このまま逃げるか応戦するか、ジョーカしか影をもたない騨里はまだ迷っていた。

 カランビットはすでに両手にカランビットを握っている。

 小竜は一斉に騨里に向かって距離を取った位置に跳んで広がる。

 騨里は意図を読んで焦り、必至に攪乱するよう走り出した。

 小竜たちはパズルのピースを嵌めるかのように、次々に攻撃できる場所に移動する。

 ちょくちょくと光子砲を進路に撃ち、騨里を追い詰める。

 騨里は必至に逃げる。

「くそっ、ジョーカ!? どうにかできないのかよ!?」

『あ? やって良いならやるぞ?』

「はぁ!? 何今更勿体ぶってるんだよ!?」

『俺を誰だと思ってるんだよ?』

「図に乗ってんじゃねぇよ、人間のカスのくせに!」

『誰がカスだよ、低脳のイマジロイド風情がよ』

 ジョーカはつづけた。

『どれ、ちょっくら、やってやるか』

 騨里の影から、筋肉の引き締まった痩身を長い黒の外衣で包んだ男が、不適な笑みを浮かべながら現れた。

 ジョーカは、口から光子砲を放とうとしている一匹の小竜に向かって手を伸ばした。

 次の瞬間、小竜はズタズタにされた少女の死骸となって、路上に転がった。

 ジョーカは嗤った。

『ほぅ……』

 ア=リワンは眼鏡に手を当てて、声をもらした。

「なんだあれ、ア=リワン」

 維緒璃は驚きをなんとか抑えた。

『安心して。気にしないでも大丈夫』

 ア=リワンは落ち着いていた。

 小竜を攪乱に使い、新たな影を伸ばして行く。

 爆発したかのような、血の飛沫が飛び、また小竜の一匹が死体となった。

『ふはは、雑魚だ雑魚、こんなもん相手にもならないぜ』

 ジョーカが哄笑する。

 リーメイはジェイハブの脇腹に突きを喰らわして、刀を根元まで差し込ませたところだった。

 だが、ジェイハブは構わずに腕を振って、強烈な裏拳をリーメイの首に喰らわせていた。

 リーメイは刀を手放して吹き飛び、動かなくなった。

「!?」

 燈華は驚いて、リーメイに駆け寄る。

 ア=リワンの影が、そちらに迫った。

 近づく影は途中、構わず小竜の変化した死体の上を通ろうとする。

 足が触れた途端、死体は砂が吹き飛ばされるかのように、崩れ去って行く。

『やべぇぞ……ア=リワンといえば影殺しで追放された、ガチの奴だぜ?』

 騨里は、ジョーカを引きずって燈華のそばに走る。

 だが、ア=リワンのほうが早かった。

 不気味な恐怖を覚えて、燈華は慌てて後ろにさがる。

 リーメイはまだ倒れたままだ。

 影が手を伸ばすと、リーメイは、足下から、ゆっくりと崩れだした。

「リーメイ!」

 燈華が叫ぶ。

『おい、あいつはヤバい!』

 ジョーカが苦々しく言った。

 車椅子の少年は含み笑いをしつつ、影をジョーカに迫らせる。

 ジョーカは追いつかれ、左手で影を掴もうとした。

 右の下腕を握った瞬間、小さな爆発が起きた。

 弾かれるように腕を後ろにやったジョーカだったが、、手首から先を失っていた。

 「こっちに来い、ジョーカ」

 騨里の言葉に、影としてのジョーカが騨里に重なる。

 様子を眺めていた維璃緒は気分が良かった。

 自分は今、完全にこの場を支配している。

 絶対的な力。

 維璃緒は完全に酔っていた。

「目を覚まして!」        

 唐突な叫び声。

 維璃緒の視界は突然、暗転した。




「随分と大人しいな」

「いつも、こんな調子だよ。不気味だけどな」

「ああ、確かに気持ち悪い」

 様子を見に来た刑事達が、独房の中を覗いて、去って行った。

 そこには、ベッドに身を投げるような格好をして座る維璃緒の姿があった。

 気がつくと、彼女は足立署に戻っていた。

 しかし、ニヤニヤとした笑いが止まらない。

 確信があったのだ。

 自分は、イマジロイドのいる地上を支配できる力を持っている。

 犯罪の件数、四十件近くが証明している。

『あなたはすでに、女王だ』

 ア=リワンが影の中から言った。

 そう、わたしは女王。犯罪者の中の犯罪者。

 全ての影を支配するもの。

 維留緒はまた、くっくっと声を漏らした。

 



『で、その少年か』

 放射状に影が集まっていた。

 真ん中に、騨里と燈華が真琴と共に立っている。

「ええ、イマジロイドが経営する組織全体のリストファイルを持っています」

 真琴は、チラリと騨里に視線をやる。

 超然とした表情からは、何を考えているのか読めなかった。

「そして、街道因子を実質始末したのは、彼と言ってもいいでしょう」

『ふむ、わかった。君達を我々の側に招待しよう』

 ニヤリとしたくなったのを抑えて、真琴は優雅に頭をさげた。

 騨里は終始無言で、人間達との会見を終えた。

 これしか方法はなかった。

 望まない立場だが、生き残る為だ、仕方が無いだろう。

 帰り道、燈華は無表情を崩さない彼の頬を指でつついた。

「……なんだよ」

 振り返った騨里の視界に、燈華の思い切った変顔が飛び込んできた。

 思わず、笑ってしまう。

 燈華も微笑んだ。

「うん、それでいいの」

 彼女は短く言って、自らうなづいた。

 騨里はつい、苦笑してしまった。

 これでいい。

 正直、納得は行かない仕方の無い選択だったが、これでいい。

 騨里は燈化の頭を撫でると、また歩き出した。

   



了

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