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真実の愛のために廃妃ですか。では、王妃の仕事もお返しします。  作者: さんけい


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1/1

その一言が。

「イザベル。君を王妃の座から退ける」


 王宮の白い朝議室で、アルマン二世はそう言った。

 二十八歳の王は、今日もよく整えられていた。金の髪、青い上着、白い手袋。玉座に座っていれば、それだけで若き名君の絵姿になる。

 黙っていれば。

 イザベルは、手元の書類から目を上げた。


「理由を伺っても?」

「結婚して三年、子がない」

「はい」

「王家には世継ぎが必要だ」

「はい」

「それに、私はコレットを愛している」


 王の隣で、明るい金髪の娘が胸元に手を当てた。

 コレット・ド・リュシー。

 二十歳。子爵家の娘。白い肌に、桃色の頬、笑うと花が開くようだと、王宮の若い男たちは言った。

 その笑みで国庫が増えるなら、イザベルも少しは喜んだかもしれない。


「コレットは、私を癒やしてくれる」


 アルマンは続けた。


「君は聡明だ。王妃として何一つ不足はなかった。だが、私は安らぎも欲しかったのだ」


 宰相の眉が動いた。神殿長は目を閉じた。 近衛隊長は壁の模様を見ている。

 誰も止めない。

 もう根回しは済んでいるのだろう。少なくとも、王の頭の中では。


「コレットを側妃として迎える。世継ぎを得られれば、いずれ王妃に立てる」

「私は、廃妃ですね」

「ああ。ただし、君の名誉は守る。静かな離宮を用意する」

「不要です」


 アルマンの手が止まった。


「不要?」

「私はモントレイユ公爵家へ戻ります。離宮を賜れば、廃妃でありながら王家の庇護を受けることになりますので」

「君は相変わらず固いな」

「三年、そういう役目でしたから」


 イザベルは立ち上がった。

 机の上に、まず王妃の印璽を置く。重い音がした。

 次に、王妃宮の鍵。神殿儀礼の予定帳。未決裁の慈善基金の帳簿。

 隣国ベルティエとの婚姻同盟に関する控え。

 北部諸侯への返書の束。

 王妃名義で預かっていた寄進目録。

 並べるたびに、アルマンの顔から余裕が消えていく。


「イザベル、それは何だ」

「王妃としての私が預かっていたものです」

「そんなものは、宰相に」

「半分は宰相閣下の管轄ではございません。王妃宮、神殿、貴族夫人会、慈善院、隣国王妃との私信。王妃の名でなければ動かないものです」


 コレットが小さく首を傾げた。


「でも、そんなにたくさん持っていたなんて、王妃様は大変だったのですね」

「ええ」

「でしたら、これからは皆で分ければよろしいのでは?」


 明るい声。春の庭で菓子を分けるような口ぶりだった。

 イザベルは、コレットを見た。


「そうなさってください」

「え?」

「私は廃されますので」


 コレットの笑みが、そこで初めて少し止まった。

 イザベルはアルマンに向き直る。


「陛下。廃妃に、国政へ関わる権限はございません。以後、王妃名義の仕事、王妃宮の管理、神殿との折衝、夫人会の調整、外交儀礼の控えはすべてお返しいたします」

「待て。急にそこまで」

「急に廃妃となるようですので」


 宰相が咳をした。ごまかすためではなく、笑いかけたのを押し戻した音に聞こえた。

 アルマンは唇を引き結ぶ。


「君は、私に恥をかかせたいのか」

「いいえ」


 イザベルは首を横に振った。


「陛下は真実の愛を得られました。私は王妃の座から退きます。何も恥じることはないはずです」

「イザベル」

「馬車は昼前に出ます」

「何だと?」

「父には、昨日のうちに知らせてあります。陛下がこの決定を撤回なさらないことは、よく分かっておりましたから」


 アルマンは立ち上がった。


「君は最初から」

「はい。廃される準備をしておりました」


 イザベルは一礼した。王へ。かつて夫だった男へ。

 そして、次にこの部屋で泣くことになる若い娘へ。


「どうぞ、お幸せに」


 それが、イザベル・ド・モントレイユが王宮で発した最後の言葉になった。


 *


 コレットの部屋は、三日で宮中の者によって整え、白百合の間、と呼ばれることになった。

 壁紙は淡い薔薇色に替えられ、寝台には白い天蓋が掛けられた。窓辺には小鳥の籠、卓には砂糖菓子、鏡台には南方から取り寄せた香油。

 コレットは喜んだ。


「陛下、夢のようですわ」

「君にはこれくらい当然だ」


 アルマンは満足していた。

 若く美しい側妃が、王宮の白い部屋で笑っている。その姿を見るだけで、すべて正しかった気になれた。

 だが、正しくなかったことは、その日の夕方には分かった。


「陛下、神殿より使者が」

「何だ」

「来月の春祈祭で、王妃宮から奉納する織布と薬草油の数について確認したいと」

「去年と同じでいい」


 宰相が口を挟む。


「去年と同じでは足りません。東部で熱病が出ましたので、今年は薬草油を増やすと前王妃陛下が」

「前王妃と言うな」

「失礼いたしました。廃妃イザベル様が」


 余計に悪くなった。アルマンは不機嫌に手を振る。


「では増やせ」

「どれだけ増やすかが、王妃宮の控えに」

「なら控えを見ろ」

「王妃宮の控えは、昨日返却されました」

「ならあるだろう」

「ございます。ですが、どれが最終版か判別できません」


 アルマンは苛立った。


「なぜそんなものを、イザベルしか分からない形にしておいた」


 宰相は軽く首をかしげる。


「分かる方がいる間は、問題になりませんでしたので」


 コレットが明るく言った。


「私が見てみましょうか?」


 その場の視線が、彼女へ向かった。コレットは少し胸を張る。


「神殿への奉納ですもの。綺麗な布と良い香りの油を選べばよろしいのでしょう?」


 宰相は目を伏せた。


「神殿は、病人と貧民へ配るために求めています」

「まあ」

「綺麗な布より、丈夫な布です。香りより、薬効です」

「そうですの」


 コレットは少し頬を赤らめるが、アルマンはすぐに庇った。


「コレットはまだ慣れていないのだ」

「もちろんでございます」


 宰相は答えた。


「では、慣れていただかねばなりません」


 その言い方は丁寧だった。だが、優しくはなかった。


 *


 翌日、今度は隣国ベルティエの使節団の席次で揉めた。

 イザベルが王妃だった頃は、問題にならなかった。

 誰を上座に置き、誰の夫人を誰の隣に座らせてはいけないか、どの家の娘に声をかければ空気が柔らかくなるか。

 そういうことを、王は知らなかった。知らなくてよかった。

 イザベルが知っていたからだ。


「楽しく座ればよろしいのでは?」


 コレットは言った。


「皆様、陛下のお客様ですもの」


 宰相は額に手を置いた。


「その皆様が、席で家格を見ます」

「でも、そんなことで怒るなんて」

「怒ります」

「大人げないですわ」

「大人げない方々を怒らせないことも、王宮の役目です」


 コレットは唇を尖らせる。その仕草は可愛らしかった。少なくとも、アルマンには。


「宰相、言い方がきついぞ」

「では、陛下からお教えください」

「私が?」

「はい。側妃様をお守りになるのでしょう」


 アルマンは黙った。

 宰相は机の上へ、厚い席次表を置いた。


「まず、ベルティエ王妹殿下の席からです」


 コレットは表を覗き込み、すぐに言った。


「名前が多すぎますわ」


 *


 その日の会議は、二時間で三行しか進まなかった。最後にアルマンは言った。


「イザベルに聞け」


 宰相は、それを待っていたように紙を差し出した。


「すでに使者を出しました。返事はこちらです」


 アルマンは紙を奪うように取った。短かった。


 ――廃妃に、王妃宮の儀礼へ関わる権限はございません。


 署名はない。ただ、モントレイユ公爵家の封蝋が押されていた。

 コレットが小さく言った。


「冷たい方ですのね」


 宰相は彼女を見た。


「いいえ。正しい方です」


 その日から、白百合の間には、毎日紙が運ばれるようになった。

 コレットは、花と香油に囲まれた部屋で、それらを見ないふりをした。

 だが紙は、泣いても消えなかった。


 *


 春祈祭の日、コレットは白いドレスを着た。

 似合っていたのは誰の目にも明らか。大聖堂の階段を上る彼女は、まるで絵の中の聖女のようだった。

 ……ただし、聖女は奉納品の数を間違えない。


「薬草油が足りません」


 神殿長は、祭壇の脇で低く言った。アルマンの目が、宰相へ走る。

 宰相は首を横に振る。コレットは目を丸くした。


「足りないはずはありませんわ。昨日、確かめましたもの」

「何を確かめたのです」

「瓶の数です」

「大瓶と小瓶が混じっております」

「え」

「王妃宮の奉納は、病棟ごとに配る数が決まっています。瓶の数ではなく、中身の量です」


 コレットの頬から色が引いた。アルマンが口を挟む。


「足りない分は後で送ればいい」


 神殿長は王へ向き直った。


「陛下。今日は春祈祭です」

「分かっている」

「民の前で、王家が神殿に約束したものを欠いた日です」


 大聖堂の外には、民が集まっていた。

 病人の家族。貧しい者。孤児院の子供。王家から薬草油が配られると聞いて待っている者たち。

 コレットは小さく震えた。


「私、そんなつもりでは……」


 神殿長の目は動かなかった。


「つもりでは、傷は塞がりません」


 その言葉は、コレットには強すぎて、彼女は涙をこぼした。

 けれど、神殿長は母親ではない。

 泣いたからといって、誰か別の女を責めてくれるわけではなかった。


 *


 その日の午後、貴族夫人会の集まりでも失敗した。

 コレットは、慈善市の予算を増やすと言った。


「華やかな方が、皆様お喜びになりますわ」


 老侯爵夫人が扇を閉じた。


「喜ぶのは誰です?」

「え?」

「慈善市は、兵の未亡人と孤児のために開きます。飾りに金を使えば、その分、冬の薪が減ります」

「でも、綺麗な方が人も集まって」

「綺麗にするなとは申しません。ですが、前王妃陛下は毎年、飾り布を三年使い回しておいででした」


 コレットは、またその名を聞いた。

 前王妃。廃妃。イザベル。いなくなった女。

 なのに、どこへ行っても先にいる。記録の中にいる。夫人たちの記憶の中にいる。


「私は、イザベル様ではありません!」


 コレットは思わず叫ぶ。老侯爵夫人は、少しだけ首を傾げこう言った。


「存じております」


 それだけだった。

 責めるより、ずっと冷たかった。


 *


 その夜、白百合の間で泣くコレットを、アルマンは肩を抱いて慰めた。


「気にするな。皆、君に嫉妬しているだけだ」

「本当に?」

「ああ。君が美しく、私に愛されているからだ」

「でも、神殿長も侯爵夫人も、私を見ていませんでした」

「見ていない?」

「イザベル様がしていたことしか、見ていませんでした」


 アルマンは黙った。それを否定する言葉が、すぐに出てこなかった。

 コレットは涙をぬぐう。


「陛下。私は側妃として愛されるのだと思っていました」

「もちろん、愛している」

「では、なぜ毎日、紙を読まなくてはいけないのですか」

「それは」

「なぜ夫人たちに笑われるのですか。なぜ神殿で叱られるのですか。なぜ、私が瓶の大きさまで知らなくてはいけないのですか」


 アルマンは疲れた声で言った。


「君が望んだ地位だろう?」


 コレットの手が止まった。


「私が?」

「ああ。君は私の隣にいたいと言った」

()()()()()とは言いました」


 コレットは震える声で返した。


()()()()()()()とは、言っておりません」


 その言葉は、白百合の間の絹の壁に、やけにはっきり響いた。

 何もアルマンはそれに対し、言わなかった。言えなかった。彼もまた、同じだったからだ。

 王でありたいとは思っていた。

 だが、国を背負うことは、イザベルがしてくれていた――と。


 *


 やがて北部諸侯が、王宮への出仕を遅らせ始めた。

 最初は病気。次は領地の雪解け。その次は橋の修繕。

 理由は毎回もっともらしい。

 だが、宰相はそれを見て、すぐに分かった。


「見限り始めています」

「誰を」


 アルマンは苛立った。


「陛下を」

「……無礼な!」

「無礼で済むうちに、手を打つべきです」


 北部諸侯は、イザベルの母方と強いつながりがある。イザベルが王妃だった間、彼らは王宮へよく顔を出した。

 王へ忠誠を示してはいたが、実際には、イザベルの顔を立てていたのだ。

 それをこの時、アルマンはようやく知った。


「モントレイユ公爵へ書状を出せ」

「すでに」

「返事は」


 宰相は一枚の紙を差し出す。アルマンは受け取る前から、嫌な予感がした。

 短かった。


 ――娘はすでに廃されております。

 ――王家の内政には関われません。


 紙を握る手が震えた。


「どいつもこいつも」

「陛下」

「私を脅す気か」

「いいえ。皆、陛下の命令に従っているだけです」

「何?」

「イザベル様は廃妃。モントレイユ公爵家は、廃妃の実家。王妃の実家ではありません。王家のために無償で動く理由が消えました」


 アルマンは紙を卓に叩きつけた。


「では、イザベルを呼び戻せ」

「どの立場で」

「元王妃としてだ」

「元王妃に権限はございません」

「顧問にすればいい」

「廃した妻を、側妃様の失敗の後始末のために顧問として呼ぶのですか」


 アルマンは宰相を睨んだ。


「言葉を選べ」

「選んでおります」


 その時、侍従が駆け込んできた。


「陛下、白百合の間より」

「今度は何だ」

「側妃様が、ベルティエ王妹殿下への贈り物を変更なさいまして」


 宰相の顔が変わった。


「何に」

「真珠の髪飾りを、白百合の香油に」

「なぜ」


 侍従は気まずそうに口を閉じた。


 アルマンが怒鳴る。


「言え」

「側妃様が、真珠は地味で、香油の方が女らしいと」


 宰相は目を閉じた。

 ベルティエ王妹殿下は、強い香りを嫌う。そのことは、王宮に少しでも長くいる者なら知っている。

 イザベルは毎年、彼女に淡水真珠か薄い絹を贈っていた。

 アルマンは知らなかった。コレットも知らなかった。そして、誰も止めなかった。

 止める者は、すでに王宮を去っていた。


 *


 ベルティエ使節団は、三日後に帰国した。滞在を二日残して。

 表向きは、王妹殿下の体調不良だったが、実際には違う。

 会談は不調。婚姻同盟の更新は保留。国境沿いの通商税についても、返事は持ち帰り。

 宰相は、王の執務室で言った。


「陛下、まずいです」

「分かっている」

「分かっておいでなら、なぜ昨日、白百合の間の夜会に出られたのですか」


 アルマンは顔を背けた。

 昨夜、コレットが泣いた。ベルティエ王妹殿下に香油を受け取ってもらえなかったと。恥をかいたと。笑われたと。

 だからアルマンは、彼女を慰めるために小さな夜会を開いた。

 その間、ベルティエの使節は宰相だけを相手にした。


 ――王はこんな時にも側妃を慰めている。


 その知らせは、翌朝には使節団全員へ伝わっていた。


「君は分かっていない」


 アルマンは言った。


「コレットは傷ついていたのだ」

「陛下」


 宰相の声は低かった。


「王冠より、側妃様の涙が重いのですか」


 アルマンは答えなかった。答えられなかった。その時間で宰相には十分だった。


 *


 翌日、宰相は辞表を出した。

 同じ日に、近衛隊長が病を理由に休職願を出した。

 三日後、神殿長が王宮礼拝堂への出仕を停止した。

 北部諸侯は、王宮へ来なかった。

 南部商人たちは、支払いを前払いに切り替えた。

 王の命令は、書類の上ではまだ強かった。だが、それを運ぶ手が減った。返事を書く者が減った。読み解く者が消えた。

 王宮は、一気に動きが鈍くなった。

 そうしてアルマンはようやく、最後の使者をモントレイユ公爵家へ送った。

 返事は、やはり短かった。


 ――廃妃に、国政へ関わる権限はございません。


 最初と同じ文だった。

 同じ文が、今度は王の退路を塞いだ。


 ***


 ヴェルノワ王国が滅びた日、王宮の白百合はまだ咲いていた。

 正確には、国が一夜で消えたわけではない。地図はすぐには変わらない。

 城壁も、塔も、王宮の門も、昨日と同じ場所にあった。

 だが、その日、諸侯会議はアルマン二世の統治権を停止した。

 神殿は王の祝福を取り下げ、北部軍は王宮からの命令ではなく、諸侯会議の命令に従うと宣言した。

 ベルティエ王国は、国境の保護を名目に軍を進め、ヴェルノワは、独立した王国ではなくなった。保護下に置かれ、諸侯会議が政務を代行する。

 そしてその中心に、アルマンの名はなかった。


「なぜだ」


 アルマンは白百合の間で言った。

 王座の間ではない。そこはすでに封じられていた。


「なぜ、誰も私を支えないのだ」


 コレットは窓辺に座っていた。以前より痩せていた。

 白いドレスは相変わらず似合っている。だが、もう誰もそれを褒めに来ない。


「イザベル様がいないからでしょう」


 彼女はぼそっとつぶやく。その声にアルマンは振り返る。


「……お前まで!」

「だって、そうでしょう?」


 コレットは笑わなかった。


「皆、イザベル様がいたから陛下を支えていたのですわ。私ではなかった。陛下でもなかった」

「……黙れ」

「私、愛されれば幸せになれると思っていました」

「黙れ」

「でも、愛されても席次は分かりませんでした。薬草油の量も、夫人たちの嫌味も、神殿の言葉も、何一つ分かりませんでした」


「黙れと言っている!」


 コレットは立ち上がった。


「陛下も分かっていなかったではありませんか!」


 その声は、初めて王の中に雷のように響き渡った。


「陛下は私を守るとおっしゃいました。けれど、何から守るのかも知らなかった。王冠の重さも、王妃の仕事も、国の仕組みも、何も知らなかった!」

「お前が、私の隣にいたいと言ったのだ!」

「愛されたいと言ったのです! 国を滅ぼしたいとは言っておりません!」


 二人は向かい合った。

 白百合の香りが、部屋に濃く残っている。かつて甘かった香りは、今は少し息苦しかった。

 扉が叩かれる。

 入ってきたのは、諸侯会議の使者だった。


「アルマン様」


 陛下、ではなかった。アルマンの肩が揺れる。


「王太后の離宮へお移りいただきます。リュシー嬢も、ご同行を」

「側妃だ」


 アルマンは言う。使者は淡々と答えた。


「側妃の位は、王の統治権と共に停止されております」


 コレットは椅子に手を置いた。

 倒れはしなかった。泣きもしなかった。

 もう泣いたら動いてくれる相手がいないことを、彼女は知っていた。


 *


 最後に、アルマンはもう一度だけ手紙を書いた。

 相手はイザベル。長い手紙だった。

 これまでのこと。国のこと。自分の未熟さ。コレットのこと。

 そして最後に、戻ってほしい、と。

 王妃としてではない。せめて、ヴェルノワを救う者として。

 その手紙は、モントレイユ公爵家へ送られ、返事は来た。

 一枚だけ。


 ――アルマン様。

 ――私はすでに廃されております。

 ――ヴェルノワ王家の政務へ関わる権限はございません。

 ――どうぞ、お健やかに。


 署名は、イザベル・ド・モントレイユ。王妃の称号はなかった。

 アルマンはその紙を読んだ後、しばらく動かなかったという。

 コレットは、それを眺めていたが、何も言わなかった。

 言えることは、もうなかった。


 *


 後に、ヴェルノワの歴史家はこう記した。

 アルマン二世は、真実の愛を選んだ王である。ただし、王冠までは守れなかった。

 コレット・ド・リュシーは、美しい側妃であった。ただし、彼女が愛された期間より、彼女の名が失敗の例として語られた期間の方が長かった。

 イザベル・ド・モントレイユは、廃妃である。ただし彼女が王宮を去った後、誰も彼女の代わりにはなれなかった。

 国を支えていたのは、恋ではなかった。

 若い王の笑顔でも、美しい娘の涙でもなかった。

 誰も読みたがらなかった書類。誰も覚えたがらなかった約束。誰も頭を下げたがらなかった相手。

 そのすべてを、毎朝机の上で一つずつ片付けていた女だった。

 その女を、王は自分で廃した。

 だから彼女は戻らなかった――と。



 END


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