第六話 手直し
「真直様、お待たせしました〜! 車を表に回すまで時間がかかるそうなので、用意ができるまでここで待っていましょう。でもただ待つだけでは暇ですし、せっかくのお出かけですから、ちょっとだけ髪とお化粧の手直ししますね」
「ありがとうございます」
花が戻ってくると手には何やら色々な道具を携えていた。
それを私の隣に置くと、慣れた手つきで適当に結っていた私の髪を解いて丁寧に櫛で梳かし始める。
そして、あっという間に綺麗な三つ編みにしてくれた。
「真直様、三つ編み似合いますねー! お髪もとてもお綺麗ですし、お顔立ちも整ってますから、髪の結い甲斐があります〜」
「あ、ありがとうございます」
「実を言うとマガレイトにしたかったんですけど、今は時間がないので次にしましょう。次! それで、今回はせっかくですし髪飾りをつけたいんですけど、どれがいいです? 個人的には今流行りのこのリボンがオススメなんですけど!」
初対面のときからは想像つかないほどグイグイとくる花。
けれど、私はあまりこういうことを決めるのが得意ではなかったので、むしろその姿勢はとてもありがたかった。
「では、そのオススメのリボンでお願いします」
「やった! 絶対真直様に似合うと思うんですよ〜! じゃあ早速つけますねー。あ、やっぱり私の見立て通り! かーわーいーいー!! ほら、真直様! 見てください!!」
言われて手鏡を渡されるとそこにはリボンで髪を華やかにされた自分の姿。髪型を変えただけだというのに、今まで見たことないほど華やかな姿にちょっとだけ嬉しくなった。
「素敵に仕上げていただき、どうもありがとうございます」
「えへへ。素敵だなんて。真直様が素敵だからこその仕上がりなんですよ〜。あっ、このままお化粧もちょっとさせていただきますね。紅が少し取れているようなので」
「ありがとうございます」
白粉を軽くはたかれたあと、薄らと紅を引かれる。紅は今まで引いたことのない真紅の色味に内心慄きながらも、されるがままになっていた。
「はぁぁぁ……とっても素敵です〜! やっぱり素がいい方は何をしても引き立ちますね! これはお買い物が楽しみです〜」
「そう、ですか?」
「そうですよ〜! 紅を引いただけでほら! 見てください! この妖艶な口元!」
「そ、そうでしょうか……?」
言われて再び手鏡を見ると、確かに先程とはまた印象の違う自分がそこにいた。
正直、花の言葉には半信半疑で紅だけでそんなに変わるものかとも思ったが、想像以上の色味の衝撃が強く、顔がいい意味ではっきりと認識できるような明るい印象になった気がする。
「あら、貴女達まだ乗ってなかったの」
そこへ奥様と美代さんが支度を終えてやってきた。
「ほら、奥様! 真直様を見てください!」
「あら、可愛らしい。雰囲気が明るくなったわね。先程も素敵だったけど、さらに素敵になっているわ。これは買い物のしがいがあるわね」
「でしょう!? きっと今日のお買い物は盛り上がりますよ〜!」
「そうね。とても楽しみだわ」
奥様と花は年齢差はあるようだが気が合うのか二人してはしゃぎ出す。
それを美代さんが呆れたような表情で見ていた。
「こらこら、花。あまり奥様を焚きつけないの。奥様、お買い物なさるのは結構ですが、車に乗りきるぶんにしてくださいませね」
「わかってるわよ〜。ねぇ、花さん」
「わかってますよ。ね〜、奥様」
「もう、本当にわかっていらっしゃるのか……」
(何だかみんな仲がよさそう。こんな空気感いつぶりかしら)
悪意を全く感じない。
実母といるとき以来こんな雰囲気が今まで全くなかった私にとって、とても居心地のよい空間だった。
「ってほら、もたもたしていられないわ! 早く行きましょう。運転手の真壁さんを待たせたままでは可哀想だわ」
「そうでした! 真直様はこちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
(わっ! すごい。素敵)
表に出ると、既に車が用意されていた。
自家用車は街中で見ることはあったが、こんな間近で見るのは初めてだ。
光沢のある黒の塗装に大きく立派な車輪。二つの目のような電灯はとても綺麗で可愛らしく、全体的に愛らしい印象だ。
大きさはバスよりは小さいものの、立派な六人乗り仕様のそれが自分を乗せて動くのだと思うと、自然と胸が逸る。
「こちらからお乗りください。どうぞ、お手を」
「ありがとうございます。わっ、ふかふか……っ!」
いざ席に乗ってみると、座面がふかふかしている。バスや列車の座席よりも遥かに立派で質が良いのがすぐにわかって、思わず弾んだ声を上げてしまった。
「ふふふ、自家用車は初めて?」
「はい。初めてです」
笑われて、ついはしゃいでしまったと恥じ入る。
けれど、何もかも目新しいことばかりで、ずっと気分が上擦っているような感じでどうしようもなかった。
「普段乗り慣れてないと酔うかもしれませんから、もし気分が優れないときはおっしゃってくださいね」
「はい。えっと、運転手の真壁さん……でしたよね。お気遣いどうもありがとうございます」
「では、参りましょうか」
みんなが乗り込み終えると、奥様の声で動き出す車。
初めて自家用車に心躍らせながら、私は会話をしたり車窓を眺めたりしつつ、買い物へと向かうのだった。




