第二十二話 意地悪
「……なおさ……真直さん……真直さん……」
「っ!?」
揺すり起こされて、ハッと目を覚ます。
慌てて顔を上げれば、そこには布団から身を起こして心配そうな顔でこちらを見ている有馬様がいた。
「有馬様っ! 体調……ご気分はいかがですか!? どこか痛いところは……苦しいところはありませんか!?」
慌てて縋るように尋ねると、有馬様が苦笑する。
そして、有馬様が私の頭を抱き寄せたかと思えばそのまま優しく撫でられた。
「おかげさまで、体調も落ち着いたよ。真直さんが夜通し看病してくれたんだろう? ありがとう」
「いえ、私は何も……。ただ、側に寄り添って汗を拭うくらいしかできませんでしたし」
昨日はあれから何も手につかず。
なのでずっと有馬様に付き添って看病をしていた。
汗を拭ったり、氷嚢を変えたりはしたものの、ときおり魘される有馬様には手を繋ぐぐらいで役立つことは何もできず。有馬様が回復するのをただただ祈ることしかできなかった。
「何を言ってるんだい。それでじゅうぶんだよ。ごめんね、こんなところで寝かせてしまって。真直さんこそ体調は平気かい?」
「私は……全然大丈夫です。元気だけが取り柄ですから」
「それはいいことだ」
(よかった。有馬様が無事で)
抱きしめられたことで鼓動を直に感じる。
昨日は速かった脈も今は落ち着き、いつも通りの速さに戻っていて安堵した。
「それにしても、せっかくの親睦を深めるためのデェトだったはずなのに、こんなことになってしまって申し訳ない」
「何をおっしゃってるんですか。有馬様の体調のほうが大事です。こうして有馬様がご無事なことが何よりですから」
咳き込んで顔色が真っ青な有馬様を見たときを思い出すだけで血の気が引く。
しかも、あの会話のあとで今生の別れなどになったら、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
だからこそ、今のように話せるまでに回復したことが何よりも嬉しかった。
「そうは言っても、初回で躓いてしまったのはちょっと解せないからな」
「また次がありますから。私はずっとここにおりますから、焦らず参りましょう?」
「……それもそうだね。ありがとう、真直さん」
ギュッと力強く抱きしめられる。
ちょっと苦しいが、これほど力が入ることが嬉しくてされるがまま。
まだちょっとだけ高い有馬様の体温を感じながら抱きしめられていたが、急にガバりと身体を引き剥がされ、私は何が起こったのかと目を白黒させた。
「あ、あの、有馬様? どうなさいましたか?」
「あっ、いや、その……湯浴みしてないことに気づいて、その。汗臭くなかったかい?」
まさか体臭を気にしていたとは思わず、面食らう。そして、そんな有馬様が愛しくて私は自ら抱きついた。
「ま、真直さん!?」
「全然汗臭くなんてないです」
「真直さんが臭くないならいいけど……僕を気遣って嘘をついてないかい?」
「そんなことで嘘はつきませんよ。ご安心ください」
思わず笑みを溢せば、有馬様もつられるように微笑む。
「ならよかった」
「もし有馬様が気になるようでしたら湯を持って参りましょうか? 汗疹ができても大変ですし」
私が有馬様から離れて立とうとすると、手を引かれて再び有馬様の腕の中へ。
上手く姿勢が取れずに飛び込むような形で有馬様の腕の中に入ってしまって、勢いよく体重をかけてしまって有馬様の上にのしかかる形になってしまった。
「あっ、申し訳……っ! すぐにどきますっ」
「大丈夫。いいよ、このままで」
「ですが……っ」
「ほら、じゃあこうしよう」
腕から逃れようと身をよじると、そのまま抱き抱えられたまま有馬様は布団に転がり、くっついたまま一緒に寝転がるような形になる。
先程よりもはるかに密着した身体に、私の顔は羞恥で熱くなる。
「ああああ有馬様!?」
「ははは、真直さんのドキドキがこちらにも伝わってくる」
「あっ、やっ、離してくださいっ」
「ダーメ。もう少しこのままで、ね?」
「〜〜〜〜っ」
汗臭いどころか有馬様の匂いでいっぱいになる。全身でこんなにも密着するなど初めてで、しかも異性とだなんて、私の頭は今にも茹だって溶けそうだった。
「ねぇ、真直さん」
「なななななんでしょう」
「いっそ私室を一緒にしない?」
「へ?」
「夫婦なんだし、寝室を一緒にしてもいいかなって。一緒にご飯を食べて、こうして何かあったときは同じ部屋で寝られるほうがお互いにいいと思うんだけど」
「そ……れは、そうだとは思いますが」
有馬様の提案は実利を伴っていて申し分なく、反対する余地はない。ないのだが、すぐさま頷けるほど気持ちは追いついていなかった。
「……嫌?」
「嫌、と言いますか……寝顔などを見られるのはちょっと……恥ずかしくて……抵抗があり、ます……」
「でも、もうさっき可愛い寝顔を見たよ?」
「っ!? わ、忘れてくださいっ」
「それはできない相談だな」
頭上から楽しそうな笑い声が聞こえて、そちらを向けば間近にある有馬様の顔。
慌てて逸らすように有馬様の胸板に顔を埋めようとするも、顎と頬に手を添えられてそのまま上向かされてしまった。
「照れてる?」
「照れてます」
「素直に認める真直さんも可愛いね」
「〜〜〜〜っ! ……有馬様が元気になったことは喜ばしいですが、意地悪なのは困りものです」
「真直さんが可愛いすぎるのがいけないんだよ」
何を言っても可愛いと返されてしまって、もはやどうすることもできない。恥ずかしくて耳を塞ごうにも、抱きしめられているせいで身動きが取れず、より密着してしまうだけ。
せめてもの抵抗でギュッと強く目を閉じると、「積極的だね」という言葉と共に唇に触れる柔らかい感触。
すぐに目を開けるとそこには視界いっぱいの有馬様がいた。
「あああああああありありまさま!?」
「ふふ、顔が真っ赤だよ。もう一度する?」
「しませんっ」
初めての接吻に混乱する。
けれど有馬様は私の動揺など気にも留めていない様子で、唇に触れそうなくらいの近さのまま私に問いかけてくる。
「それで、どうする? 一緒の部屋にする?」
「だっ、で……っ、えーっと、それは……」
「ちなみに、『うん』って言ってくれないと離さないよ」
「それはもう、私に拒否権がないじゃないですか……っ」
結局すったもんだしながらも、私は有馬様と同じ部屋で寝ることを承諾し、その日以降の私室は有馬様と同部屋になるのだった。




