第十九話 デェト
朝食を終えてから花に紅を入れてもらったり髪を整えてもらったりと、改めて身繕いをしてもらったあと、待ち合わせの時間に合わせて玄関まで見送ってもらう。
「では、真直様。いってらっしゃいませ。有馬様とのデェト、楽しんで来てくださいね」
「ありがとうございます。楽しんできます。では、いってまいります」
花に見送られ、玄関から外に出る。
花の背後にある柱からこっそりと隠れるようにこちらを見ている義両親の姿が見えた気がしたが、あえて触れずに見なかったことにした。
「真直さん。おはようございます」
玄関を出てからすぐに声をかけられる。顔をそちらに向けると、そこには有馬様がいた。
どうやら先に外で待っていてくれたらしい。
「有馬様、おはようございます。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「こほんっ……いや、僕も今来たばかりだよ」
有馬様はそう言ってにっこりと微笑む。
恐らくこちらを気遣わせないような常套句なのだろうが、気遣ってもらった手前、下手に謙遜してしまってその気遣いを無駄にするわけにはいかないので、私はそれ以上何も言わなかった。
「……そういえば、有馬様とこうして邸宅の外でお会いするのは初めてですね。外行きの服装、とてもお似合いで素敵です」
普段はいつでも布団に入れるように着流しであったが、今日はデェトだからか羽織だけでなく帽子まで被っている。
最近やっと慣れてきて有馬様の顔を見ても赤面しなくはなってきたが、やはりカッコいい人はカッコいいわけで。
いつもと違った服装のせいか、普段よりもさらに男前に見えてドキドキした。
「真直さんも可愛いよ。いや、綺麗だと言ったほうがいいかな。髪型も着物もよく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
褒められて恐縮する。
褒められ慣れていないせいでどう反応したらよいかわからず、つい俯いてしまう。
「ほら、こっちを見て。顔が見えないよ」
「っ!? 有馬様。ちっ、近いです」
いつのまにか目の前にいる有馬様に驚いて思わず後退ると、腰に手を回される。そのまま顎を掬うように上向かせられて、あまりの近さに頭が真っ白になった。
「真直さんって照れ屋さんだよね」
「……っ! あ、有馬様にだけです……っ」
「そうなんだ。それは嬉しいな」
耳元で囁かれて、羞恥で慌てて自分の耳を押さえる。
いつになく積極的な有馬様に、心臓が壊れそうなほど早鐘を打っていた。
「有馬様。戯れが過ぎますっ」
「真直さんが可愛くてつい、ね」
「デェトに行くのでは? このままでは、家の前で終わってしまいます」
「そうだな。確かに、初デェトなのにどこにも行かないというのはもったいない。では、行こうか」
有馬様はそう言うと手を差し伸べてくる。
私はその手の意味がわからず戸惑っていると、私が理解していないことを察してか、有馬様に手を取られてそのまま繋がれてしまった。
「え、有馬様。このままデェトなさるのですか?」
「そうだよ。デェトだからね。形から入るのも大事だろう?」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ。……ごほっ。ということで、今日はこのまま散策に行こうか」
押し切られる形で強く握られてしまって、手は離してもらえず。
大きくて温かい手に包まれて、さらに胸がドキドキする。
(どうしよう。手汗をかかないようにしなくてはっ)
お願いだから手がビチャビチャになって有馬様が不快になりませんように、と自分の身体に祈りながら、私は有馬様に誘われるままについていく。
「ところで有馬様、本日はどちらまで行かれるんです?」
近所の散策と聞いていたが、そういえばどこまで行くか詳細を聞いていなかったことを思い出して歩きながら尋ねてみる。
「ただ紅葉を見るだけでだと味気ないから、近くの神社まで行こうかと思っているよ」
「神社、ですか」
「うん。縁結びの神社でね。真直さんと結婚する前にそこで『良いご縁がありますように』とお願いをしたのだけど、その御礼参りに行けてなかったから。せっかくの機会だし、御礼参りに行こうかと」
「なるほど。そうだったのですね」
「だから、こうして真直さんと一緒に御礼参りが行けてよかったよ」
嬉しそうに笑う有馬様につられて、私も笑みが溢れる。
「こんな素敵で可愛い奥様と巡り会えたと感謝しないと」
「そんな……大袈裟ですよ」
「そんなことないよ。僕は真直さんと結婚できて幸せだと思うよ」
「私も、有馬様と結婚できて幸せです」
「けほけほ……っ。では、二人で神様に感謝をしないとだね」
「そうですね」
お互いの顔を見ながら笑い合う。
とても穏やかな時間。何をするでもないのに、有馬様と一緒にいるだけで心が満たされる。
今までこんな平穏なひと時を過ごしたことのない私にとって、全てが愛おしかった。




