第十七話 準備
「真直様、おはようございまーす!」
「うーん……花……? おはよう、ございます……」
まだ起きる時間よりも早い気がする未明。元気に登場してきた花に、私は半分寝ぼけながら布団から身を起こした。
「あれ? 今日って何かありましたか?」
「なーにをおっしゃってるんですか! 今日は有馬様とデェトでしょう? デェト! せっかくお出かけなさるんですから、そりゃあもうしっかりと準備をなさいませんと!」
「……え? えぇ? でも、近所を回るだけなはずじゃ……?」
「もー! ご近所だからって手抜きはダメですよ! まだ祝言もあげてないんですから、真直様のことをまだよく知らないご近所の方々に知ってもらうためにも、きちんとした身なりで真直様の素晴らしさを見せつけないと! ということで、さっさと起きてください。準備しますよっ」
腕を引っ張られて布団から出される。
そのまま着ていた寝巻きをすべてひっぺがされたかと思えば、和服から洋服まで様々なものを着せ替えさせられた。
「えっと……あの、今日の服を決めるんですよね? こんなに何度も着替える必要ってあります?」
「もちろん、大アリですよ! デェトなんですから! 有馬様には普段とは違った真直様のとびきり可愛い姿を見せておかないといけませんから!」
「なるほど……?」
デェトをしたことがない私にはわからないが、デェトとはそういうものなのだと理解する。
そう考えると、デェトをしている人々は毎回大変な思いをしているのだなとちょっと尊敬した。
「やっぱり和服もいいけど洋服も捨てがたい……っ! うーん、悩ましいです!!」
花が、いくつも服を抱えながら悶えている。
そんなに悩むようなことなのかとも思ってしまうが、下手なことを言うと返り討ちにあうことはわかったのであえて何も言わずに見守る。
「あー、でもまずは服を決めないと髪結もできないし、化粧もできないし、小物合わせもできない……! あぁ、どうしよう……!!」
「……えーっと、花? その、デェトは有馬様の体調がよい日にはするみたいですから、今日着れなかったのは別のデェトのときでもいいのではないでしょうか?」
あまりにも前に進まないので、ちょっとだけ進言をする。
すると、私の言葉を受けてか、花は「はっ!」と何かを悟ったかのように大きく声を漏らした。
「確かに! そうですね! 楽しみはまた次回にとっておくということで! では、今日は和服にしましょう。それで、次回は洋服で。うんうん、それがいいです。じゃあ、早速お着替えしちゃいましょうか」
とりあえず、方向性は決まったらしい。
早速花が目星をつけていたらしい反物を持ってきて着付け始める。
「派手……じゃないでしょうか?」
「全然派手じゃないですよ! 真直様の顔立ちだとこのくらい色味と絵柄がハッキリしているほうが絶対似合います!」
着せられているのは、牡丹色の生地に蝶が舞うように描かれているとても華やかな小紋。
今まで朽葉色や鼠色など地味な色味の小紬を身につけていることが多かったので、今までにない色彩豊かな小紋をあてがわれてつい怖気づいてしまう。
帯も帯留も今まで見たこともないような上等なもの。一体これはいくらなのだろうかと考えると、身体が震えて今すぐ脱ぎたくなってしまうのでそれ以上考えるのをやめた。
「では、次は髪結致しますので、座って座って!」
「はい」
それからは髪結、化粧、小物合わせ。
私は借りてきた猫のように大人しく花にされるがままにしていた。
「やーん! さすが真直様! やっぱりマガレイトが似合いますー! お着物と合わせても完璧で、とっても素敵です〜! よっ! 日本一! いえ、世界一!?」
「花、いくらなんでもそれは言い過ぎですよ」
「そんなことないですよ〜! ほら、鏡を見てくださいっ! この美しい神々しいお姿を!」
促されて自身の姿を姿見で見る。
すると、確かに今まで見たことないような顔立ちの自分がそこにいた。
着物、髪型、化粧、小物と今まで身につけていたものとは全くの系統が異なったもののおかげか、自分で言うのもなんだがかなり華やかな見た目になっている。
正直、寝ぼけていたら別人だと勘違いするかもしれないほどの仕上がりだ。
「これが、私ですか……? すごい……っ」
「そうですよー! 何せ、真直様は素がいいですから! やはり美人は際立たせてこそですよ!」
「そんなに褒められるのは畏れ多いですが、ありがとうございます。花の腕前は素晴らしいですね。こんなに素敵にしてくださって……」
「私は真直様のお側付きですから、真直様に喜んでいただけるならなんだってしますよ! そもそも、まだデェトも初回ですし、また次も満足いただけるように腕を磨いておきますね」
にっこりと微笑む花に、思わず泣きそうになる。
今まで実母以外の誰かに幸せを願われたことなどなかった私にとって、花の言葉はとても嬉しいものだった。
「ありがとう、ございます。とても嬉しいです。花が私のお側付きになってくれてとても幸せです」
「やだ、真直様! 泣かないでくださいよ〜! これからデェトなんですからっ! もっと笑って笑って!」
涙を堪えたはずが、いつのまにか溢れていたらしい。指摘されて頬を伝う涙に気づいて、慌ててその頬を拭いながら花に言われた通り笑った。
「そうですよね。すみません」
「ですから、謝ることじゃないですよ。まぁ、化粧が取れるのは困ってしまいますが、私は真直様には笑っていてもらいたいので、泣かないでくださいっ」
「はい。ありがとうございます」
花に目元をハンカチで押さえられる。
私はこれ以上泣かないようにと、ゆっくり深呼吸をして気持ちを抑え込んだ。
「まだお会いしてからそんなに経ってませんが、私も真直様にお仕えできて嬉しいです。私、結構うっかりだったり礼儀がなってなかったり色々とダメダメなところがありますが、これからも引き続きお仕えさせていただければと思います。って、あぁ……っ! 何でもっと泣くんです!? 私、なにか変なこと言っちゃいましたか〜!?」
「違っ! 違くて……っ、嬉しくて……ありがとうございます」
「も〜! 真直様ったら〜! 泣かないでって言ったのに〜」
涙を抑えようと試みるも、嬉しくて涙がどんどん溢れてくる。
今まで実家にいたときも例えつらくても泣いたことなんてなかったはずなのに、千金楽家に来てから嬉し泣きしているような気がする。
そんな私を花は咎めるわけでもなく受け止めてくれる。
包み込むように抱きしめて、私が落ち着くのをずっとずっと待ってくれるのだった。




