第十六話 本音
それで、自分としては素直な気持ちを言ったつもりなのに、なぜだか有馬様は不満気な様子だった。
「有馬様……?」
「真直さんって固いよね」
「固い、ですか……?」
「そうだよ。もう嫁いできてから約二ヶ月になるというのに、全然気安さがないし夫の僕に甘えてくれないじゃないか」
「あ、甘え……ですか?」
指摘されて、確かにそういったものはなかったと今までの振る舞いを振り返ってみて気づく。
そもそも気安さや甘えなど今まで求められたことがなかったため、考えたことがなかった。
自分が役に立てるか、ただそれだけ。
この生活を手放したくない、千金楽家の人達に嫌われたくない、私と結婚してよかったと思ってもらいたいという一心のみだった。
「僕達は夫婦になったんだから、もっと頼ってほしいなと思って。まぁ、ごほごほっ。……今の僕じゃ頼りないから頼れないかもしれないけど」
「いえ、そんなことはないです! 有馬様がいるからこそ、私はもっと頑張ろうと思えますので」
「だから、真直さんはこれ以上頑張りすぎなくていいんだよ」
有馬様に頑張りすぎなくていいと言われて困惑する。
自分では実家にいたときに比べて頑張っていないように思うのだが、それでも頑張りすぎてると言われてしまうと、どうしたらいいのかわからなかった。
正直、これ以上怠惰でいるのは悪い気がして不安になってしまう。
「そうでしょうか……? 自分では頑張っていないつもりなのですが、有馬様がそうおっしゃるのなら、もう少し頑張らないように努めます」
自分なりに意識を変えようと提案するも、どうも納得していただけなかったらしい。
有馬様は不本意そうな困惑したような複雑な表情でこちらを見ていた。
「うーん、そういうことじゃないんだけどな。とはいえ、そんなすぐに変えられることではないよね。……よし、決めた! もっと親睦を深めるためにも家の中の散策だけでなく、体調のよい日は必ず一緒に出かけよう。まずは早速明日出かけようか」
有馬様からの思いもよらぬ提案に、思わず目を丸くする。
「明日、ですか……? ですが、有馬様の体調が……」
「僕のことは心配しないで。というか、明日は紅葉狩りがてらに近所を回るくらいだけど、もっと僕が体力をついたら百貨店とかも行こう。真直さんとの結婚指輪も見に行かないといけないし」
「結婚指輪……」
「そうだよ。それで、僕がもっと元気になったら祝言もあげないとだしね」
「え、祝言あげるんですか?」
驚いて、思わず聞き返してしまう。
てっきり私は祝言をあげないのだと思っていた。
今回結婚したのも、あくまで形式的な結婚で、お互いの利害が一致しているから夫婦になっただけだと認識していたので、わざわざ手間をかけて時間が経ってから祝言などあげる必要などないのではないかと困惑する。
「もちろん。今はまだ僕がこんな状態なせいで叶わないけど、もっとよくなったら改めてあげるつもりでいるよ。僕は真直さんの白無垢が見たいからね」
「私の白無垢……ですか……?」
まさか自分の白無垢姿を求められるとは思わず、戸惑いが隠せない。
あくまで利害関係からの結婚だと思っていた私にとって、自分の花嫁衣装を望まれているということは考えたこともなかった。
「絶対真直さんは白無垢が似合うと思うなぁ。今からとても楽しみだよ」
「そうでしょうか……? 私なんかには似合わな……っ」
似合わないと言いかけたところで、有馬様に唇に人差し指を当てられる。これ以上何も言うなとでも言うように。
「真直さんは『なんか』じゃないよ。真直さんは優しくて気配りができて美しくて、とても素敵な方だよ。だからそうやって自分のことを卑下をしないで」
「有馬様……」
視線が合う。
いつになく真剣な眼差しに、羞恥で思わず目を逸らしたくなる。
「ちゃんと僕を見て」
「っ!」
逸らしそうになった瞬間咎められる。
慌てて有馬様の目を見つめると、先程よりも距離が縮まっていて、あまりにも間近すぎて羞恥で頭がくらくらした。
「真直さんがどう思っているかはわからないけれど、僕は僕なりに真直さんのことをお慕いしているつもりだ」
「そ、れは……建前……として?」
「ではなく本音だ」
強い言葉でまっすぐに伝えられる。
いつも悪意しか感じられずに疎外感ばかり感じていた私にとって、とても嬉しい言葉。
けれど、今までそういったこととは無縁だった私はイマイチ慕ってもらうということが理解できない。
嬉しいとは思う。
有馬様のことは素敵だし優しい人だなとは思う。
けれど、有馬様と同じ熱量で彼のことを慕っているかと聞かれたら、それはよくわからなかった。
(有馬様のこと穿った見方をしていると思っていたけど、私のほうがよっぽど穿った考え方になってしまっている気がする。けれど、だからといってすぐにその考えを変えるのも難しい……)
ずっと蔑ろにされてきた生活を送ってきたせいか、どうしても自尊心が持てない。千金楽家の人達はとてもよくしてくれているというのに、それを信じきれない自分がいた。
悪意が見えない優しい人達だからこそ、どうしても本音が見えずに疑ってしまう自分がいて、それにも自己嫌悪する。
実際、この千金楽家から出たくない、実家に戻りたくないという気持ちのせいで好かれるように振る舞っている自分がいる。それがさらに優しい千金楽家の人達とは違うのだと、自分の醜さを自覚して苦しくなった。
「私……」
「ごほごほっ。ごめん、無理に迫りすぎた。悪い。だから無理に考えなくていいよ。とにかく、夫婦として親交を深めるためにも週に一度一緒にちょっと遠出をしようという話さ」
「えっと、承知しました」
私が困惑しつつも了承すれば、なぜか嬉しそうに笑う有馬様。
先程までの空気から一転、柔和な様子の有馬様に私も自然と身体から力が抜ける。
「真直さんといっぱい色々なところに行きたいから、早く体調をよくしないとだね。早く元気になりたいな」
「いきなりは難しいとは思いますが、徐々には回復してますからきっといずれ治りますよ。一緒に頑張って参りましょう」
「そうだね。真直さんが一緒にいたら心強いよ」
有馬様の言葉に胸が温かくなる。
あぁ、有馬様が旦那様でよかった、と心から思った。
(私も変わらないと)
穿ったように見てしまったり、斜に構えた捉え方をしてしまったり。
生い立ちゆえか、どうしても相手を信じきれない自分を少しでも正さないと、と思う。
だから、有馬様が健康面で頑張るというのなら、私は精神面を改善していかねばと思った。
(そして、私も有馬様をちゃんと慕えるように努めないと)
まだ恋だの愛だのはわからない。
親愛はあるものの、どうしても先立つのはここにいたい実家に戻りたくないというのが今の本音だ。
けれど、これが少しでも変わって、醜い下心などではなく心の底から有馬様を慕い、ずっと添い遂げたいと思えるようになりたいと思うのだった。




