第十四話 蚕室
朝食中の雑談で、実母の療養中は食べられるものをしっかり食べてしっかり栄養を摂ってできる限り運動して身体を動かしてしっかり寝ることが大事だと医師から言われていたことを有馬様に告げる。
すると、それならばと朝食後、有馬様の予定が何もないということで一緒に家の中を散策することになった。
私はまだこの家に来たばかりで間取りなど含めて知らないことが多いのと、有馬様は普段寝たきりだったせいで体力が落ちていてさすがに外に出るのは厳しいということで、お互いの需要を満たすのは家の中を散策するのが最もうってつけだったからだ。
「ここが作業部屋ですか」
「そうだよ。ここで繭を乾かして糸を解したりしていて、この奥の蚕室でお蚕様を飼っているんだ」
「お蚕様! あの、もしよければ見せていただいても?」
「え? 真直さん、虫は大丈夫? もし得意ではないなら、無理しないほうがいいよ?」
「大丈夫です! 実家では虫退治は私の仕事だったので、虫は慣れています」
「けほ……っ、そうか。なら、心強い。じゃあ、どうぞ」
促されて蚕室へと入る。
中は薄暗くて温かく過ごしやすい温度ではあるものの、湿気のせいか多少服が肌にまとわりつくような不快感があった。
「ここだけ他の部屋とは違うんですね」
「お蚕様は直射日光が当たらない温かいところでないと弱ってしまうんだ。げほっ。だから、こうして薄暗い温かい部屋にしているんだよ」
「そうなんですね。でも、湿気のわりには匂いが少ない気がします」
こうも湿度が高いとカビなどの悪臭がすると思いきや、独特の匂いはあれどそれほどでもない。むわっとした空気が肌に張り付くような気配はあるのに、カビっぽさがないのが意外だった。
「お蚕様の餌である桑の葉を乾燥させないために湿度も保つ必要があるけど、湿度を保つとどうしてもカビが生えたりして部屋が悪くなってしまうから、風通しはよくしているんだよ。げほっ、ごほっ、糸作りでカビは天敵だし、お蚕様にもよくないからね。こう見えて、お蚕様はとても綺麗好きなんだよ。だから定期的に掃除をして、換気して、お蚕様達の環境を整えているんだ」
「なるほど。千金楽家の絹糸が優れているところはこうした手間暇をかけているからなんですね」
耳をすませば、かすかではあるがミシミシと音がしていて、そちらに目を向けるとたくさんのお蚕様の幼虫が一生懸命桑の葉を喰んでいるのが見えた。
想像以上に小さな姿に、こんな大きさであの糸を紡いでいるのだと思うと素直に感動する。
「お蚕様ってこんなに小さいんですね」
「真直さんはお蚕様を見るのは初めて?」
「はい。初めてです」
よくよく見ると一心不乱に桑の葉を食べる姿は、想像よりも可愛らしい。虫だというのにこんなにも愛しいと思うのは生まれて初めてだった。
「げほっ、お蚕様はこうやって桑の葉を食べて寝てを繰り返して大きくなってきたら繭を作り始めるんだ」
「へぇ! そうなんですね」
「その繭を茹でて繭を解して絹糸として使うんだ」
「え。繭を茹でてしまうのですか? では、お蚕様は……」
「うん。申し訳ないけど、殺生しているということになるね」
衝撃の事実に言葉を失う。
殺生してからその繭を紡いで絹糸にしているのだと知って、絹糸をもっと大切にしなければと思った。
「……ならば、いただいた繭は大切に使わねばですね」
「そうだね。命をいただいているからこそ大切に有用に使わせていただくように努めているよ。こほっ、それがこの生業をしている者の責任でもある」
いつにない有馬様の言葉の強さに、有馬様が家業に誇りを持っているのを感じる。
だからこそ、私もその気持ちに見合うくらいこの仕事を好きになりたいと思った。
「では、成虫はいないのですか?」
「いや。繁殖を続けてもらわねばならないから、一定は成虫にして交尾をさせて繁殖させているよ」
「そ、そうですよね。確かに、全部いなくならせるわけにはまいりませんもんね」
当たり前のことだというのに、理解が及んでいない発言をしてしまって居た堪れなくなる。
けれど、有馬様は特にそのことについては何も言わずに、「けほけほ……っ、真直さんが興味を持ってくれて嬉しいよ」と笑ってくれた。
「成虫も見てみるかい?」
「ぜひ!」
「おいで。こっちだよ」
不意に手を引かれる。
先程、食事中にも触れたはずなのになぜだかドキドキする。
顔が熱くなるのを感じながらも努めて平静を装いつつ、私は有馬様に誘われるままついていく。
「これが成虫だよ。幼虫とは似ても似つかないだろう?」
「えぇ? これが成虫ですか? とても可愛らしい……! 幼虫とは全然見た目が違うのですね」
指先ほどの大きさのお蚕様は、幼虫のときからは想像もできないほど愛らしい姿をしていた。
まるで虫とは思えないほどのふわふわの毛並みに大きな黒い瞳。触角は綺麗な曲線を描いていて、羽ももこもこで、可愛らしい人形のような見た目であった。
「触ってみるかい?」
「触ってもよろしいのですか?」
「いいよ。ほら、どうぞ」
「はっ、わわわ! 生きてる……! こんな愛らしい生き物がこの世にいるだなんて……!」
手に乗せると忙しなく手足を動かして動く姿は何とも愛らしい。ときおり触角を整えているのか、触角をいじる姿がなんとも言えなかった。
「お蚕様の成虫は口がないんだ。だから餌を食べることもなく、交尾して産卵したあとは一週間ほどで死んでしまうんだよ」
「え。……なんとも儚い命ですね」
手のひらの上にいる命がそれほど儚いものだと知ってますます愛おしくなる。お蚕様のことを知ったことで、より愛でたい気持ちが強くなった。
「有馬様。あの、お蚕様のお世話って私がしてもよろしいでしょうか?」
「げほっ、それは別に構わないけれど、結構重労働だよ? 掃除はもちろんだし、餌やりも大変だし、お蚕様の選別もしないといけないし」
「それは承知の上です。ですが、千金楽家の者として私も役に立ちたいのです」
「そうか。なら、僕から母に言っておくよ。こほこほっ、お蚕様の身の回り関係は母が担当しているからね」
「ありがとうございます!」
「むしろ、こちらこそ感謝するよ。ありがとう、真直さん」
有馬様に感謝されて思わずはにかむ。
まだ何もしてないとはいえ、有馬様だけでなく千金楽家のお役に立てそうなことが私はとても嬉しかった。




