第十三話 相伴
「有馬様、真直です。お食事をご用意致しました」
「……どうぞ」
了承の声が聞こえて中に入る。
既に起床してから時間が経っているのか、有馬様は身支度を整え終わっていたようで読書をしていた。
「おはようございます。お食事の準備ができましたので、お持ちしました」
「けほっ、ありがとうございます。そちらに置いていただければと。……ん? あの、随分と今日は量が多いようですが」
お盆に乗った料理の量に気づいて、困惑した様子の有馬様。確かに、普段の二倍の量を運ばれたら不審に思うのも無理はなかった。
「えっと、こちらは私の分です。せっかく夫婦になったのですから、ご相伴しようかと。ご迷惑でしょうか?」
「いえ、そんなことはありませんが。けほっ……ですが、いいんですか? 僕はこうして不治の病なわけですし。ごほごほっ。もしかしたら、真直さんにうつしてしまうかもしれませんよ?」
申し訳なさそうにしながらも、私を牽制する有馬様。普段の私であれば、こう言われてしまったら引くところではあるが、悪意を感じないことであえて婉曲に私を遠ざけようとする有馬様の配慮を感じた。
(有馬様もお優しいな)
家族と一緒に食事を取らないと言っているのは、きっと誰かにうつしたくないという配慮だろう。
だからこそ、私はその配慮を汲まなかった。
「大丈夫ですよ。もしうつるというのなら、とっくにどなたかにうつっているでしょうから」
「それは……確かに……ですが」
まだどうしても気後れしてしまっている様子の有馬様に、私はこれ以上気遣わないようにわざと自分の要望を口にすることにした。
「実はですね、今回私がこの煮物を作ったのです。なので、ぜひ有馬様にも食べていただいて感想をお聞かせ願えないかと思いまして。それから、食事の好みとか嫌いなものとか食べたいものとか私が直接有馬様に色々お聞きしたくて。ですから、有馬様とお食事をご一緒にさせていただければと」
我ながら、迷惑かと聞いたくせにとんだワガママである。
けれど、何となく有馬様にはこれくらい強引なほうがいい気がした。
「……そうですか。では、ご一緒にお願いします」
「ありがとうございます。もし召し上がれないものなどあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「こほっ、わかりました」
私は内心「やった!」と喜びながら、そそくさと朝食の準備をする。向かい合うように膳を用意すると、なんだか気持ちがむずむずした。
(向かい合って食事を食べるだなんて初めてかもしれない)
実母との生前の食事の記憶はほぼないのでわからないが、実家では常に壁に向かって静かに食べさせられていた。
千金楽家に来てからもみんなと食事をとる時間帯がちょうど合わずに一人で食べていたため、こうして誰かと面と向かって食事するというのは実母と食事した以来久しぶりだった。
「では、いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、一緒に挨拶をする。
初日は失敗したからあまり見ないようにしようと意識しつつ、ちらっと有馬様の様子を伺う。
布団から出て背筋よく箸使いも綺麗に食事をとる姿にまた見入ってしまいそうになるのをグッと堪えながら、自分も食事をつついた。
「真直さんが作った煮物とはこれですか?」
「はい。有馬様のお口に合えばよいのですが」
私がそう言うと、ぱくりと一口で大根を食べる有馬様。思わず食い入るように見つめると、「美味しいですよ」と言われて、ホッと肩の力が抜ける。
「普段とは違った味付けですね。とても美味しいです」
「そうでしたか! お気に召していただけて嬉しいです」
「真直さんはお料理が上手なんですね」
「はっ、えっ!? あ……ありがとうございます」
褒められて、思わず照れる。
義両親達に喜んでもらえたことも嬉しかったが、有馬様に喜んでもらえたことはなおさら嬉しかった。
「有馬様は何か食べたいものとかありますか? もしあるなら今後も希望に添えるように努めます!」
「けほっ……こほ……っ、僕のことは別に気にしないでください。このような身体ですから」
「そんなわけには参りません。妻として主人の好物は覚えておきたいですし、好物を食べたら元気になるかもしれませんから、できる努力はしたいのです」
「けれど、ごほごほ……僕はずっとこの状態ですし。無駄な努力になってしまうと思いますよ」
長く体調が悪いせいで気が滅入っているのは理解できた。だからこそ、優しさとは裏腹に悲観した捉え方をしているのもわかった。
けれど、実母を亡くしたことがあるからこそ、生きているならまだ回復する可能性はあるのだと信じたかった。
「例え、体調が悪くてもずっと同じ状態……というのなら、逆にこれ以上悪くなっていないことの証左ではありませんか?」
「え?」
「ずっと体調がままならないのは承知しています。けれど、極端に悪くなっていないのも事実ではありませんか?」
「それは……多分、薬が効いているとかで……」
「そうかもしれません。けれど、まだ身体が生きることを諦めていないのに、その持ち主の有馬様が諦めるのはよくないと思います。まだ有馬様は生きておられるのですから、治る見込みがまだあるということではないでしょうか?」
つい言葉に熱が籠ってしまって、ハッと我に返る。いつになく大きな声で熱弁してしまい、そんな自分に驚きつつ恥じる。
「キミに僕の何がわかる……」
「っ!」
気難しそうに眉を顰めながら唸るように放つ有馬様の言葉に、冷や水を浴びたような気持ちになる。
(あぁ、出しゃばりすぎた。無神経に何てことを言ってしまったんだ)
そんなことを思っても後の祭りだ。
(私は勝手にわかった気になって有馬様の機嫌を損ねてしまった。これで嫌悪されて離縁されてしまったらどうしよう……っ)
離縁された場合、またあの家に出戻ることになる。そう思ったとき、想像以上の恐怖に身体が震えた。
「申し訳ありません。差し出がましい真似を……っ!」
「って、言おうと思ったんだけどね」
「へ?」
突然、柔和になる言葉。
訳がわからなくて困惑していると、不意に有馬様に手を握られた。
「確かに、真直さんの言う通りだね。けほっ、僕はまだ生きているというのに悲観してばかりだ。両親にも素直に気持ちを吐露できずに、ずっと思ったことを抱え込んだまま鬱屈した日々を過ごしていた。ずっと重い身体。咳をすれば軋む骨。何もかも嫌でいっそ早く死んでしまえたらと思うこともあった。げほっごほっ……けれど、確かに真直さんが言う通りこれ以上は悪くなっていない」
「有馬、様……」
「せっかく真直さんが嫁入りしてきてくれたというのに、悲観して死を夢想するようなばかりのこんな夫で本当に申し訳ない。ごほごほ………っごほ……こんな僕でも夫婦としてやっていってくれるだろうか?」
「もちろんです!」
私は間髪入れずに返答すると、握られる手を強く握り返す。そして、まっすぐ有馬様を見つめた。
「夫婦とは合わせ鏡。よきところもよからぬところもお互いが補って成長しあえばよいのです。私も至らぬところが多々ありますが、有馬様のためにできることは精一杯させていただくつもりです。ですから、こちらこそ夫婦としてよろしくお願いします」
真剣な眼差しで訴えると、ふっと表情が和らぐ有馬様。その顔はとても美しくて、胸がときめいた。
「けほっ。ありがとう、真直さん。……それにしても意外だな。真直さんがこんなに情熱的な方だとは思わなかったよ」
「えっ!? あっ、いえ、私は、そんな……っ! 有馬様にわかっていただきたくて必死になっていただけで」
思わず顔を真っ赤にしながら弁明すれば優しく頬を撫でられて、顔を近づけられる。まるで接吻をするような近さに、いっぱいいっぱいになって頭が真っ白になる。
「真直さんみたいな素敵な子が妻になってくれて嬉しいよ」
「あ、あああああ有馬様……っ! 戯れが過ぎますっ!」
思わず抗議すれば、はははっと初めて声を上げて笑われた。その顔は今まで見た中で最も美しく溌剌としていた。
「夫婦なのだから、これくらいは問題ないのでは?」
「そ、そうかもしれないですけど……! というか、口調……が変わってませんか?」
「嫌かい?」
「いえっ、そ、そういうわけではなく……そのほうが私は好きです……けど……」
いつのまにかちょっと砕けた気安い話し方。それがなんだか嬉しい。
少しは親しさが増したからだろうか、だとしたらいいなと素直に思った。
「愛らしいな」
「あっ、あい……!? もう、揶揄わないでください! お食事が冷めてしまいますよっ」
「それは困るな。せっかく真直さんが作ってくれたんだ。美味しくいただきたい」
優しい眼差しで見つめられて、恥じ入る。
初対面のときの印象から一転、有馬様は想像以上に茶目っ気のある人なのだなと思いながらも、そんな有馬様のことがますます好ましいと思うのだった。




