第十話 お側付き
「早く起きすぎた。暇だわ」
いつになくよく眠れたおかげでスッキリした目覚めではあるけれど、いつもの癖でつい早く起きすぎてやることもなく現在手持ち無沙汰だ。
まだこの家に来て間もないため勝手に出歩いていいのかわからず、私は支度を済ませたあと部屋の中で何もやることがなくて暇だ暇だと悶々としていた。
「でも、ここで時間潰しててももったいないわね」
時は金なり。
貧乏性な私は大人しくしているのが性に合わず。何かできることはないかと探そうと、部屋を出るために襖に手をかけたときだった。
「わぁ!?」
「きゃあ!?」
ちょうど花と鉢合わせる形になってしまって、お互い素っ頓狂な声を上げる。
そこでお互いがお互いに驚いたことに気づいて、二人して大きな声で笑い合った。
「申し訳ありません。驚かせてしまって」
「いえ、こちらこそ。というか、真直様お支度早くないですか?」
「えっと……実家のときのクセで、つい早く起きてしまって」
「そうなんですか! ご実家では随分とお早い時間からお支度なさってたんですね」
(実家では女中を雇う金をケチって、家事は全部私がしていたとは言えない)
家格的にそんなことを言ったら、品位に欠けると思われるだろう。下手なことを言って千金楽家から変な印象を与えたくなかったので、苦笑して誤魔化した。
「というか、真直様ったら全部お済ませじゃないですかー! 私が髪結しようと思っていたのに〜」
「え? そうとは知らずに申し訳ありません」
「いえ、いいんですいいんです。真直様が悪いわけではないですから謝らないでください。明日はもっと早く起こしに参りますから。あっ、そうだ! 今更ですけど、私が真直様のお側付きになりましたので、何かあれば何なりとおっしゃってくださいね」
「え? 私に、お側付き……ですか?」
まさかの申し出に目をぱちくりとさせる。
花が側付きになってくれるのは嬉しい。
けれど、自分なんかのためにお側付きだなんて、わざわざ花の手を煩わせてもいいのかと困惑した。
「私、一通りできますから、わざわざ花さんのお手を煩わせなくても……」
「何をおっしゃいますか! 真直様は有馬様の奥様……つまり若奥様になられるんですから、女中が付くくらい当然ですよ! そもそも、私が真直様のお世話をしたいんですから、無用なお気遣いはなさらないでください」
「っ! すみません」
花に指摘されて、またいらぬことを言ってしまったと己を恥じる。
今まで弁えて生きてきた私にとって何もかも慣れないことばかりで戸惑ってしまうものの、千金楽家に来てから自分のことを尊重してもらえるという自覚はあるので嫌な気はしない。
とはいえ、どうしても今までの経験上、誰かに仕えてもらうというのは気遅れしてしまい、すぐにでも意識を改善させるのはなかなか難しかった。
「真直様はもっと堂々となさっててください」
「っ、はい」
「それから、私のことは気安く花と呼んでください」
「えっと……花……?」
「はいっ」
思わず「さん」をつけたくなる衝動に駆られるが、グッと堪えて飲み込む。
誰かを呼び捨てにするという経験があまりなかった私にとって、女中とはいえ呼び捨てにするというのはなんだか気が引けた。
けれど、花を呼んだときの表情の明るさを見て、花と呼ぶことに慣れようと心の中で思う。
色々慣れないことだらけではあるが、郷に入れば郷に従えと言うし、なるべく千金楽家の意向に沿うように努めたかった。
「では、真直様のお支度済んじゃってるようなので、あとで改めて朝食ができ次第お呼びしますから今しばらく部屋でお待ちくださいね」
そう言って部屋を出ようとする花。
けれどすかさず、「あ、待って」と私は花を引き留めた。
「どうしました?」
花が首を傾げる。
何か他に用事でもあるのかといった様子だ。
「あの、私も朝食の準備を手伝っても……いいでしょうか?」
本来であれば、先程言われた通り自分の立場的に朝食ができるまで待っているのが筋なのかもしれない。
だが、何もせずにただ待ち続けるだけというのはどうにも性分として我慢ならなかった。
「えぇ? それこそ真直様のお手を煩わせるわけには……」
「いえ、その、ほら! 有馬様のお好きなものとか知りたいのと、千金楽家の味を覚えたいので! ……ダメでしょうか?」
我ながらいい言い訳を思いついたと自負する。
でも実際、千金楽家に嫁いだ身の上として、ここの味を覚えたいのは事実ではあった。
「まぁ、真直様がそうおっしゃるのなら……」
「やった! ありがとうございます」
「手伝いするのに喜ぶだなんて、真直様は面白い方ですね」
「すみません。変ですかね……?」
「あ、いえ。変ではないですけど、変わってるとは思います。でも、私も真直様のことを色々知りたいので、一緒に朝食作りができるのは嬉しいです」
花が嬉しそうに笑うのにつられて自分も自然と微笑む。
会話ができる。笑い合う。
たったこれだけのことだけど、今までそういう生活とは無縁だった自分にとってはとても新鮮で嬉しい。
だから、花が自分を受け入れてくれる幸せを噛み締めながら、私は花と一緒に台所へと向かうのだった。




