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真直の嫁入り  作者: 鳥柄ささみ


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第一話 真直

 母が死んだ。

 それは私がまだ四つのときだった。


 母は元々身体が弱く、私を産んだことでさらに体調が悪化したらしい。

 それなのに、父の稼ぎが悪く家計の足しになればと朝から晩まで身を粉にして働いていたことが祟って、ある日夕餉の支度中に突然倒れた。


 母が病床に伏すようになってから父は決して母に近づかず、いつも何か用事があると言ってはどこかへ消えていた。私を置いて。

 だから母はずっと寝ているわけにもいかずに、つらく重い身体に鞭打って私の世話をしてくれていた。


 当時の無邪気な私は、母がずっと一緒にいてくれることが嬉しかった。

 母がどんな体調であったかも知らず、そばにいられることが嬉しかった。


 しかし、そんな日々が長く続くはずもなく。

 いよいよ母は動けなく、身体を起こすことすらできない寝たきり状態に。


 そして、母の今際の際には父から母に決して近づくなと言われ、まだ何もわからずに物分かりのいい娘だった私は、その言葉に従ったがために母の死に目に逢えないまま母は亡くなってしまった。

 いつかいい子にしていればまた母に会えるのではという当時の幼い期待は葬式によってすぐに打ち砕かれ、死んだ事実を知らされたときは目が真っ赤に腫れ、喉が枯れるほど泣いた。


 その後時経たずして、気づけば父は母の妹である叔母と結婚。すぐに子供ができ、異母妹ができた。


 叔母は私のことが嫌いだった。

 そもそも、叔母は姉である母のことが大嫌いだった。


 実家で祖父母からずっと母と比べられて育ち、劣等感を植えつけられたのだという。

 だから、必然的に娘である私のことも嫌悪していたらしい。

 それもあってか、祖父母は私を引き取ろうとした。


 恐らく、大事な長子であった母の娘だからということや叔母の様子を見て不安を覚えたからだろう。


 実際、母の形見はもちろん、祖父母からの贈答品も全て妹へと横流しされていて、普段の私は簪一つも持たせてもらえず、粗末なボロ切れを身につけさせられていたからそう思うのも無理はない。


 けれど、叔母は祖父母が私を引き取るのを許さなかった。

 なぜなら、私が祖父母家の養子となれば資産が減るからである。


 なぜそんなことが私にわかるのか。

 それは私が人の悪意だけを察することができる不思議な能力を持っているからだ。


 誰も知らない……唯一死んだ母だけが知っていた私の能力。


 けれど、この能力は全くいいものではない。

 なぜなら、不意に流れてくる悪意というものは心地のよいものではないからだ。

 そもそも、この能力があったからといって何かに役に立つわけでもない。


 ただ悪意だけを感じるだけ。

 誰かの嫌いや不快な気持ちをただ浴びるだけの能力。


 こんな能力があったところで、いいことなんて何もなかった。


 だから私はずっと叔母の悪意を感じながらも逃げ場はなく、ただ物分かりがいいフリをしてなるべく目立たず前に出ず、この家で静かに弁えて生きるしかなかった。


 それが、私……露草真直(つゆくさまなお)の現状である。


 私はそれを受け入れ、家族からの悪意に晒され続けながらも、生前の実母から常々言われ続けていた「真直はまっすぐに、私の分まで生きてね」という言いつけを守って生きていくことしかできなかった。



 ◇



『__貴女の名前は真直。その名の通りまっすぐ嘘偽りのない生き方をしなさい。きっと誰かが見てくれるわ。だから、まっすぐただ前だけを向いて生きなさい』


「夢、か……」


 久々に母の夢を見た気がする。

 ゆっくりと瞼を開けるとまだ暗く、夜明け前のようだった。


「朝ご飯の支度をしないと」


 朝食の支度は私の仕事だ。

 支度するにはいつもよりいささか時間が早いが、間に合わないよりはいいだろうと身体を起こしたときだった。


 スパンッ、バササッ!


 突然の大きな音に、びくりと身体が跳ねる。

 いきなり声かけもなく襖を開けられて私が怖気づいていると、叔母……現在は私の継母である寿子(ひさこ)が忌々しげに投げ捨てるように色喪服を畳の上に叩きつけた。


「法事があるから。すぐに出発するから早くして」

「わかりました。すぐに支度します」


 私が大人しく頷くと、すぐさまピシャリと閉められる襖。私は、ぐしゃぐしゃになった色喪服を拾い上げるとすぐさま着替え始めた。


 遅れるわけにはいかない。

 すぐと言われたならすぐに支度をしないと。


 叔母を苛立たせるのは得策ではないと、私はこれまでの経験からじゅうぶんに承知していた。



 ◇



(あぁ、お腹減ったな……)


 予定を何も知らされていなかったせいで朝食を用意はさせられど、食べることはできず。空腹で今にもお腹が鳴りそうだが、私はグッと息を飲んで我慢した。


「あー、面倒くさいわー! どうしてこんな朝早くから遠路はるばる本家へと出向かないといけないのー?」


 腹違いの妹である(うらら)が不満の声を上げる。

 麗は正直だった。

 そのため、思ったことを全部口に出してしまう。いいことも悪いことも。


「今日は法事だからね。我が家も顔を出さないと」

「でも、親戚の人たくさん来るんでしょう? あの人達みんな口煩いから嫌いー」


 父が必死に宥めようとするが、麗は相変わらずの態度。とても十八の娘とは思えぬ振る舞いである。


「確かに、親戚はみんな口煩くて困ってしまうわよね。でも、行かなくてはもっと煩くなるから、麗ちゃんも今日だけは我慢してちょうだい」

「えー」


 なおも不満気な麗。

 どうしても納得がいかないのか、口を尖らせ、いかにも不服そうな顔をしていた。


 すると、何かを思案していたらしい叔母が何かを思いついたようで、大きくパチンと両手を叩いた。


「あ、そうだ。今日我慢したらその頑張ったご褒美としてお父様に何か買ってもらいましょうよ。それなら麗ちゃんも我慢できるでしょう?」

「それはいい考えね! さすがお母様! 麗、欲しかったブローチがあるの。だから、お約束よ? 今日我慢するぶん、絶対に買ってちょうだいね」

「ということで、よろしくね。直能(なおたか)さん」

「仕方ないなぁ……わかったよ」


 渋々と言った様子で安請け合いをする父。

 一瞬ちらっとこちらを見るも、私にも同様の何かをしようとするならば、すかさず叔母の機嫌が悪くなることはお互いわかっていた。


 そのため、父は私が何も言わないことにホッとしながらすぐに視線を麗に戻した。


(……居場所がない)


 仲睦まじい家族のあぶれもの。

 はたから見たら誰だってそう思うだろう。


 惨めだった。つらかった。


 けれど、それでも私は前を見る。

 母に言われた通り、死んだ母のぶん精一杯生きようと決めたから。

 母は日々の行いはきっと誰かが見てくれると言ったけど、そんな人がいなくたっていい。

 例え惨めでもつらくても、誰に何と言わようが蔑まれようが、私は母がつけてくれた名前の通りにまっすぐに生きると決めたのだ。

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