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甘き夜

――魔女街――


 魔女街を歩きながら、レンがもじもじと口を開く。

「……あの」


「今日は……うちに泊まって行きます……か?」


 語尾が、消え入りそうだった。


「姉さんとは……別々に暮らしてるんです……」

 ドクン、と心臓が跳ねる。


 俺は、言葉を発する前に、首を上下に――ぶんぶんと振っていた。


 「……っ」

 自分でも分かる。

 俺は十八歳の男だ。

 期待しない方が無理だ。


 レンの家に足を踏み入れた瞬間、木の匂いと、どこか甘い香りが漂っていた。


「す、すぐ戻りますから……少し、待っててください」

 そう言って、レンはキッチンの奥へ消えた。


 ――待つ。

 十分。

 二十分。

 三十分。


 身動き一つ取れずに待ち続ける時間は、緊張した。やがて――


「お待たせしました!」

 レンが、次々と料理を運んでくる。


「作り置きも多いですけど……昨日から、決めてたんです」


「……家に呼ぶって」

 顔を赤く染めながら、そう言った。


 胸が、きゅっと締め付けられる。


「いただきます」

 箸を伸ばし、口に運ぶ。


「……美味しい」


「ほ、ほんとですか!?」

 目が合う。

 視線が逸れない。

 沈黙が、二人の鼓動を早くする。


 互いの顔が、少しずつ近づいていく――


「……ふーん」

 不意に、声がした。

「意外と、美味しいじゃない」


「!?」


 俺たちは、同時に固まった。

 気づけば、胸ポケットからレヴネが出ていて、小さな体のまま、勝手に料理を頬張っている。


「……」


「……」


 一気に、現実に引き戻される。


「な、なに勝手に食べてるん!」


「べつにいいでしょ?♡」

 レンは、しばらく呆然としてから、ぷしゅ、と音がしそうなほど顔を赤くした。


 ……危なかった。


 食事後、シャワーを浴びながら、レンは一人、考えていた。


 ――アリッサさんが、人間に恋をして。

 ――魔術界を離れ、人として歳を取り、亡くなった理由。


「……少し、分かる気がします」

 ぽつりと、呟く。

「私も……衛さんと一緒なら……」


 魔術界のことも、責任も、全部放り出してしまいたくなる。そんな考えが、胸をよぎる。


「……ダメです」

 レンはぶんぶんと首を振った。


「魔女街の友だちも……守るものも、たくさんあるんです」

 シャワーを止め、深く息を吸う。


 リビングでは、レヴネがソファで丸くなって眠っていた。寝息が聞こえる。


 ベッドでは、衛が目を閉じている。


 レンは、そっと近づき――一瞬、迷ってから。

 頬を赤く染め、衛の頬に、軽く口づけた。


 ……それだけのはずだった。

 だが、衛の頬も、わずかに赤くなる。


「……っ」

 レンは、はっとする。


(寝て……ますよね……?)

 そのまま、静かに布団に戻ろうとした――その時。


「……こんな匂いの中で、普通に寝られるわけないだろ」

 低い声。


 レンが振り返ると、衛が目を開けていた。


「……衛、さん」

 次の瞬間、視界が近づく。


 抱き寄せられ、衛の身体に包まれる。

 言葉は、いらなかった。


 互いの鼓動だけが、伝わって――


 朝。


「……」


 レンは、明らかに機嫌が悪かった。

 腕を組み、そっぽを向いている。


 ソファでは、レヴネが大きなあくびをする。


「ふぁ〜……おはようございます〜」


「……衛さんの」

 レンが、低い声で言う。


「いくじなし」


「……」


 衛は、何も言えなかった。

 ……思い当たる節しか、なかった。


 レヴネは、にやにやしながら二人を見比べる。

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