この恋は魔法のせいですか?
「――ってことがあったんだよ」
カウンター越しに、おっちゃんが身振り手振りで語る。
「ははは!」
「おじさま、おもしろーい♡」
レヴネが身を乗り出して笑い、相槌まで打っている。
……もはや、カフェというよりキャバクラだった。
「はぁ……」
俺が遠い目をした、その時。
カランカラーン。
「いらっしゃ――」
言いかけて、喉が詰まる。
ピリッ、と空気が張り詰めたる威圧感を感じた。
視線を上げるとそこに立っていたのは、ひとりの女性。青く長い髪に冷たい目。レンの姉、レイだった。
「あなたがレンに相応しいかどうか、私が見定めてあげるわ」
レンが慌てて前に出る。
「もう! お姉ちゃん!」
レンが声を上げるが視線だけで制する。
「料理を出しなさい」
「……はは……」
俺は、乾いた笑いを浮かべながら、キッチンへ向かった。
料理の準備をしながら考える。
レンの家に泊まって。キスをされて。
でも、レヴネとは一緒に暮らしていて。
セディは、心を開いてくれて――
(……いいのか? 俺……これでいいのか!?)
フライパンを握る手が思わず強張る。焼き上がったオムレツを皿に乗せる。
……焦げていた。
「……」
皿を持って、振り返る。
「お、お待たせしました」
レイの前に置くと、彼女は無言でそれを見下ろした。そして、しばらく無言でオムレツを見つめていた。
「……焦げてるじゃない。まあ……味は、まあまあね」
一口食べて、淡々とそう言う。
次に、カップを手に取った。
コーヒーを口に含む。
「……っ!?」
「ヒドラ汁!?」
「ゲホッ、ゴホッ!」
むせ返る。
(またヒドラ汁って言われた……!)
「す、すみません……」
「……まあいいわ」
カップを置き、レイは腕を組んだ。
「料理なんて、どうでもいいの」
一気に、空気が変わる。
「問題は男として、どうなのかよ」
衛に鋭い視線が、突き刺さる。
「あなた、セディまで誑かしたそうじゃない」
「……っ!? 誤解です!」
俺は、慌てて首を振った。
「誑かしたわけじゃ……その……」
言葉を探しながら狼狽えていると。
「か、かえるね……」
おっちゃんが、完全に空気を読んで立ち上がる。
「お金、置いとくよ……」
カランカラーン。
扉が閉まり、店内に残ったのは――
俺と、レンとレヴネ。そしてレイのみ。
「……」
(ほんとに、レンの姉か? 怖すぎないか……?)
冷や汗が、背中を伝う。
レイは、じっと俺を見据えたまま、口を開いた。
「言い訳はいらないわ……答えなさい」
最も避けたかった問いが、突きつけられていた。
レイの視線が、真っ直ぐ突き刺さる。逃げ場はない。
俺は、一度だけ息を吸ってから、口を開いた。 「……正直」
言葉を選びながら、続ける。
「今は……分かりません。もちろんレンのことは、大切です」
視線を逸らさず、言う。
「好意を向けられてることにも、ちゃんと気づいてます」
喉が、少しだけ詰まる。
「でも……レヴネや、セディたちのことも……同じくらい、大切で……」
それ以上、うまく言えなかった。
沈黙がながれた。
レイは、しばらく何も言わずに俺を見ていた。
「……まあいいわ。完璧な答えなんて、求めてないもの。これから先、レンを泣かすような真似をしなければね」
それだけだった。
「……」
俺は、何も言えずにいた。
「それと」
レイは、ふと思い出したように付け加える。
「レン。あとで、ちょっと用事があるわ」
「え……?」
レンが、不安そうに声を漏らす。
「あなた。せめて、コーヒーの腕は磨いておきなさい」
レイはそう言って、踵を返した。
「じゃあ、また来るわ」
カランカラーン。
扉が閉まり、店内には、いつもの空気が戻る。
――魔術界――
レイの部屋は、無駄のない静かな空間だった。
「単刀直入に言うわ、レン」
背を向けたまま、レイが口を開く。
「あなた……自分にかかった恋魔法、解いてないでしょう」
レンの肩がびくっと跳ねた。
「……お姉ちゃんには、分かるんだね」
震えを隠そうとしながら、レンは答える。
「分かるわよ。姉だもの」
レンは、ぎゅっと胸の前で拳を握った。
「……この魔法が……」
声が、かすれる。
「この魔法が解けたら……衛さんのこと、好きじゃなくなるかもしれないのが……怖くて……」
言葉にした瞬間、胸の奥が締めつけられる。
レイは、しばらく黙っていたが、やがて静かに言う。
「今すぐ解けとは言わないわ。でも、そのままでいて、あなたはいいの?」
「……」
レンは、答えられなかった。
恋なのか。魔法なのか。
それとも――両方なのか。
分からないまま、時間だけが静かに流れていく。




