セディアルクとガルム退治
セディアルクが最初に来た日からというもの、セディアルクはほぼ毎日、人がいない時間をきっちり見計らって、カフェに顔を出すようになった。
「レヴネちゃん、また来るよ!」
常連のおっちゃんが、名残惜しそうに手を振る。
「はーい♡また来てねー、おじさまー♡」
レヴネは満面の笑みで見送る。
そして。
カランカラーン。
入れ替わるように、静かに扉が開いた。
「……衛くん……」
控えめな声。
「お、いらっしゃい」
俺がそう言うと、セディアルクはいつも、ほっとしたように肩の力を抜く。
しばらく沈黙。
それから、意を決したように――
「こんど……まじゅ……たいじ……」
言葉を探すように、続ける。
「……だって……ほしくて……」
「魔獣退治?」
俺は、少し考えてから頷いた。
「いいっすよ。俺も、自分の魔法がどこまで使えるか試したいですし」
カウンター越しに、フライパンを火にかける。
「……魔族もあれから大きな動きないらしいですからね」
話しながら、いつものオムレツと、コーヒーを用意する。
「……」
セディアルクは、それを見て小さくうなずいた。
「私も、手伝います!」
レンが、すぐに声を上げる。
「衛が行くなら、わたくしも行くわ」
レヴネが、当然のように言う。
「妻として」
「……」
レンが、むっとする。
だが、それももう――いつものことだった。
俺は苦笑しながら、オムレツを皿に盛った。
そして日が経ち、魔獣退治を手伝うために魔術界へ来ていた。
レヴネは――魔族という立場もあって、いつものように俺のポケットの中だ。
セディアルクとの待ち合わせ場所へ向かっていると。
「久しぶりですわね、衛様」
澄んだ声が、横からかかる。
振り向くと、そこに立っていたのは三つ星魔女アナスタシアだった。
相変わらず、氷のように整った表情。
「セディアルクが、自ら仕事をするなどと言ってきて……私、正直とても驚きましたわ」
一瞬だけ、柔らかく微笑む。
「あなたのおかげ、なのですわね」
「い、いえ……そんな」
「では」
彼女はそう言って、一枚の紙を差し出した。
「今回の魔獣退治、よろしくお願いしますわ」
紙には、魔術界の文字でびっしりと情報が書かれている。
俺は、それを受け取り――
「……読めねえ」
白旗を上げた。
少しずつレンに教えてもらってはいるが、勉強は昔から苦手だ。
レンが、くすっと笑いながら紙を覗き込む。
「ガルムの群れ、みたいですね」
指でなぞりながら、説明してくれる。
「とりあえず……先にセディアルク様のところへ行きましょうか」
「だな」
俺は紙を折りたたんでポケットにしまった。
待ち合わせ場所は、大きなマナの木の下だった。
淡く光る葉が、静かに風に揺れている。
「……ふたり……ありがと……」
セディエルクが、小さく頭を下げる。
「ちょっと待ちなさい」
ポケットの中から、レヴネが顔を出した。
「私もいますわよ!?」
「ふふっ」
レンが、思わず笑う。
そのまま、ガルムが現れたという畑へ向かう。
「気をつけてください」
レンが、歩きながら言った。
「ガルムは素早い魔獣です。油断すると一気に囲まれます」
畑に足を踏み入れた瞬間――低いうなり声。
現れたのは、二十体ほどのガルム。
現実世界のトラほどの大きさ。
その中に、一回り大きな個体が一体――群れの長だろう。
「……結構いるな」
俺は、深く息を吸う。
「修行も兼ねたいからレヴネはみてて」
そう言うと、ポケットの中のレヴネが笑った。
「いいわ、衛が本当に死にそうになったら、助ける」
俺は魔力を意識し、全身に巡らせる。
身体が軽くなる感覚がある。
さらに、防御魔法を拳に集中させる。
次の瞬間。
ガルムが、一斉に動いた。
「来ます!」
レンが叫ぶ。
群れで、同時に襲いかかってくる。とにかく、速い。
レンは恋魔法を放ち、動きを止めた個体を杖で叩き落とす。
一体、また一体。
「……っ!」
俺も踏み込み、防御魔法を纏った拳で迎撃する。
衝撃をかんじる。
「……?」
セディアルクが、後ろで立ち尽くしていた。
杖を握っているのに、魔法を使わない。
慌てているのが、はっきり分かった。
ほとんどのガルムは倒れた。
残るのは、一回り大きな、群れの長と思しき一体。
地を蹴る音。
鋭い牙を剥き出しにしたガルムの長が、一直線に飛び込んでくる。
速い。
「――まずっ」
防御魔法を展開しようとするが、一瞬、遅れる。
「衛さん!」
レンの声。
同時に、離れていたレヴネが手のひらを構えた。
――間に合わない。
そう思った、その刹那。
轟音も、衝撃もなかった。
ただガルムの長の身体が、空中で弾け飛んだ。
何が起きたのか、一瞬分からなかった。
「……!」
視線を向けると――
セディアルクが、杖を構えたまま立っていた。
涙を浮かべ、震えながら。
「……アニ……アニヒーレーション……ポイント……!」
小さく、かすれた声。
セディアルクの破壊魔法だった。
「……すご……」
レンが、思わず呟く。
俺は、息を吐いてから、セディアルクを見る。
「ありがとう。助かった」
セディアルクは、ぎゅっと杖を抱きしめた。
ガルムは、全滅。
畑には、静けさが戻った。
その後、仕事の報告を済ませ、報酬として受け取ったのは――
「……千ピョコ?」
袋を覗き込みながら、首を傾げる。
「これ……多いのか?」
「多いです!」
レンが即答する。
「へえ……」
正直、実感はない。
その報酬で、食べ物をいろいろ買い込み、そのままみんなで、レンの家へ向かう。
戦いのあとの、ささやかな時間。




