セディアルク
二日後。
カランカラーン。
「いらっしゃーい」
返事をしたのはいいものの、店内には誰の姿もなかった。
「……?」
レヴネが首を傾げる。
「誰もいないわね」
「誰もいませんね……」
レンも周囲を見回す。
――確かに、ドアは開いた。でも、人影がない。
「……外かな」
俺はカウンターを出て、扉の外へ回り込んだ。
そして――
視線を、下へ。
そこにいた。扉のすぐ下。
膝を抱えるようにして、震えながら座り込んでいる人影。
「……あ」
セディアルクだった。
どうやら、魔法でドアだけを開けたらしい。
「わ、わ、わ……」
声にならない声で、何かを言おうとしている。
俺は、できるだけ普通に声をかけた。
「入っていいっすよ?」
セディアルクは、驚いたように目を瞬かせ、それから――こくりと、小さく頷いた。
まるで潜入任務でもしているかのように、そろり、そろりと。
一歩進んでは止まり、また一歩進んでは周囲を警戒しながら、ようやく店内に入ってくる。
(……バイトは、無理そうだな)
正直、そう思った。
「エフュ……シス様が……」
か細い声。
「うん」
俺は、頷いた。
「今日は客も少ないですし、もう店閉めるんで」
シャッターを半分ほど下ろしながら、続ける。
「ゆっくりしてっていいっすよ」
セディアルクが、きょとんとこちらを見る。
「なんか食べます?」
エプロンのポケットに手を突っ込みながら、笑う。
「コーヒー以外は、自信あるんすよ」
一瞬だけセディアルクの震えが、ほんの少しだけ止まった。
「わ、わ……」
軽めのトーストに、ふわっと焼いたオムレツ。
簡単なサラダと――一応、コーヒー。
テーブルに並べると、レンは黙って掃除を始め、
レヴネは二階へ上がっていった。
店内には、静けさが戻る。
「……あり……がと……」
セディアルクは、顔を赤くしながら呟いた。
ぎこちない手つきで、トーストを口に運ぶ。
もぐ……もぐ……。
無言で食べ進め、コーヒーだけを残して、皿はすべて空になった。
「……」
俺は立ち上がり、食器を持って流しへ向かう。
水を出しながら、何気なく言った。
「なんか……セディアルクさんって、かわいいっすね。他の三つ星と違って」
――その瞬間。
パキンッ。
乾いた音が、店内に響いた。
セディアルクが、びくっと肩を震わせる。
割れたのはコーヒーカップだった。
破片がテーブルの上に散らばる。
「……っ」
セディアルクの顔が、真っ青になる。
「ご……ごめ……」
「大丈夫ですか!?」
レンが、すぐに駆け寄る。
「怪我、ないっすか?」
俺も、すぐに近づき、割れたカップの破片を拾い始めた。
指先に、少しだけ血が滲む。
「……あ」
セディアルクが、それを見て固まる。
「だ、大丈夫です」
俺は、笑って言った。
「このくらいよくありますし、気にしないでください」
破片をまとめながら、ちらっとセディアルクを見る。
震えている。
破壊魔法が――無意識に、漏れたんだろう。
セディエルクの目に、はっきりとした動揺が浮かんでいる。
――怒られない。
――責められない。
「……服、コーヒーで……」
俺がそう言うと、セディアルクは小さく首を振った。
「だい……じょぶ……」
そう言って、杖を取り出す。
先端を、俺の服についたシミへと向けると、染み込んでいたコーヒーだけが、不思議な動きを見せた。
布から離れ、一つの塊になって、宙に浮かぶ。
「……おお」
その塊を、セディアルクはためらいもなく――
ぱくっと、口に入れた。
一瞬、顔をしかめる。
「……にが……」
「すいません!」
俺は、反射的に謝った。
「俺のコーヒー、まずいんす!」
レンが、くすくすと笑う。
その笑いにつられたのか、セディアルクの表情も――
ほんの少し、緩んだように見えた。
「……きょ……今日は……」
もじもじしながら、視線を泳がせる。
「……あり……がと……」
「こちらこそです」
俺は、にこっと笑った。
「よかったら、また来てください。また……ご馳走しますよ」
その言葉に、セディアルクは、目を瞬かせる。
少しだけ顔を赤らめて――箒を取り出した。
「……ま……た……」
小さな声を残し、ふわりと浮かんで、魔術界へと帰っていく。
店内に、静けさが戻った。
「……」
レンが、その背中を見送ってから、ぽつり。
「また……ライバルの予感がします……」
「しないから」
たぶん。




