エフューシスの頼み事
「衛さーん! 大変です!!」
カウンターの奥から、レンの声が飛んでくる。
「もう、コーヒーの豆がないです!」
「……まじか」
俺が振り向くより先に、レヴネが胸を張って一歩前に出た。
「私が買ってくるわ、衛、妻として♡」
「なっ――!」
レンが、即座に反応する。
「じゃ、じゃあ私が行きます!」
二人して睨み合う。
「……頼む」
俺は深く考えず、そう言った。
「助かるよ」
二人は同時に顔を赤くして、別方向に勢いよく飛び出していった。
魔女街の戦争。あれから、しばらくが経った。
俺は今、魔術界と人間界を行き来する生活を送っている。
少しずつだけど、基本魔術も覚えてきた。
空を飛ぶこと。
小さな物を動かすこと。
まだ「使える」と言うには程遠いけど、なんとなくできる感覚はある。
それに比べて――祖母の残した、防御魔法。
これは、かなり使いこなせるようになってきた。
レヴネは、もう完全にこのカフェに住み着いている。
ソファは彼女の定位置になり、暇さえあれば勝手に看板を書き換えようとする。
レンはというと、ほぼ毎日のようにカフェに通ってきては、手伝ってくれている。
コーヒーを運び、皿を洗い、時々、俺の顔を盗み見る。
にぎやかだけれど、不思議と落ち着く。
カランカラーン。
「いらっしゃーい」
俺が顔を上げた瞬間、見覚えのある――というか、忘れようのない姿が目に入った。
「かーかっかっ! 久しいのう、小僧!」
エフューシスだった。
「コーヒーを一杯、もらおうかの」
「エ、エフューシスさん!?」
反射的にカウンターの奥を見る。
――コーヒー豆。……あった。ギリギリ、一杯分。
慎重に豆を挽き、湯を注ぐ。
差し出したコーヒーを、エフューシスは一口含み――
「なんじゃこれは! まっずいのう! ヒドラ汁を飲んでるみたいじゃ!」
「ヒドラ汁ってなんですか!?」
「知らん方がよい!」
豪快に笑い、カップを置く。
「まあ、よい。今日は用件があって来たんじゃ」
嫌な予感しかしない。
「小僧、バイトを雇わんか?」
「……バイト?」
一瞬、頭に嫌な想像が浮かぶ。
「まさか……エフューシスさんが?」
「なんでわしじゃ! めんどくさい!」
ですよね。
「違うわ。セディじゃ、セディアルク」
その名前に、記憶を遡る。
「会議の時におったじゃろ。引きこもって、ろくに三つ星の仕事もせん、あやつじゃ」
ああ……あの。
エフューシスは腕を組む。
「バイトじゃなくてもよい。ただな――」
少しだけ、声の調子が変わる。
「外に出してやってくれ。人に慣れさせてやりたいんじゃ」
一瞬、笑みが消えた。
「……あやつ、力はある。だが心が、ついてきとらん」
俺は、少し考えた。
三つ星魔女で、引きこもり。うちのカフェでバイト。
「……俺で、いいんですか?」
「だから頼みに来たんじゃ」
「分かりました。できる範囲で、やってみます」
「かーかっかっ!」
エフューシスは満足そうに立ち上がった。
「では、任せたぞ小僧!」
「あと」
振り返って、一言。
「コーヒーの腕は、もっと磨け」
「……努力します」
カランカラーン。
扉が閉まり、店内に静けさが戻る。




