第8話「黒き影の祝祭《ブロッドクロウ》 ―戦場の掃除屋―」
屍山を測る黒翼
ブロッドクロウ
死は終わりではない。
黒き翼は炎の縁に降り、温もり残る骸に宴を開く。
眼は喉を選び、喉は次の喉を呼ぶ。
災いの風が吹くたびに、彼らは増える。
それが戦場の影――ブロッドクロウ。
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アルセィーマ地方西部、帝国領カルマート市街。
この町は今朝まで、人々の生活音で満ちていた。
店の呼び声、子供の笑い、荷馬の蹄音。
だが夕刻、すべては炎の音に塗り替えられた。
襲撃者はオークとマルルナ人の合同軍――と名乗るならず者軍団。
その大半は元山賊か、傭兵崩れか、略奪を生業とする徒党で、軍規や統制は望むべくもない。
突破は一瞬だった。
城門は油と火矢で破られ、
兵舎は数十人が立てこもる間もなく蹂躙され、
市街は悲鳴と煙に呑まれた。
道端で倒れる老夫婦。
逃げようとした農夫は背を斬られ、
幼子は母の腕の中で動かなくなる。
家屋は火に包まれ、
彷徨う家畜が煙を吸って倒れる。
勝鬨を上げるならず者たちは、
人々の悲嘆よりも、獲得した略奪品の重さを喜んだ。
「よし! 次の町だ! 占領して好き放題やるぞ!」
首領が叫ぶ。
獣じみた雄叫びと共に、軍馬が地を蹴り、彼らは次なる“遊び場”へ駆け出していった。
市街には燃える音だけが残る。
柱が割れる音、瓦の落ちる音、
火の粉が闇を照らし、煙が薄紫に揺れる。
その上空に――
別の音が混じり始めた。
「……カァ。カァァ……」
黒い影が一つ、
また一つ、火煙の向こうに降りる。
ブロッドクロウ。
戦場のあとには必ず姿を見せる、
異様に巨大な黒い鳥の群れ。
死を糧として進化した集団捕食者。
地面に降りた一羽が、
血に濡れた瓦礫の上を跳ねる。
黒曜石のような目で、
倒れた市民の顔をじっと覗き込む。
すでにそこには別の生き物がいた。
痩せた野犬だ。
ブロッドクロウが近づくと、
犬は唸り声を上げ、牙を見せ――
再び肉へ喰らいつく。
犬にとって、巨大な鳥は脅威にならない。
一羽や二羽程度なら追い払える。
いつも通り――
「弱い鳥だ」と一顧だにせず、
食事を続けた。
だが、空を見上げた時、
犬の背筋はわずかに震えた。
黒い影が……増えている。
10羽、20羽、30羽……
やがて50羽を超え、
市街の上空を黒い渦のように旋回する。
「カァ……カァア……」
その鳴き声は合図に似ていた。
ブロッドクロウが横一列に並び、
野犬と死体の間にじりじりと迫る。
犬の唸りが高くなる。
だが――その顔は既に怯えていた。
一羽一羽ではなく、
“群れとしての意思”があった。
ブロッドクロウは死体だけを見ていた。
犬など最初から問題ではなかった。
犬は限界を悟り、
尻尾を巻いて逃げ出す。
その瞬間。
ブロッドクロウの隊列が、
均等に間隔を開けて一斉に動いた。
黒い翼が地を擦り、
爪が肉へ沈み込み、
嘴がやわらかな部位を選んで突き刺さる。
喉、眼窩、内臓のある下腹部――
彼らは“死体のどこが最も効率的か”を知り尽くしている。
「カァ! カァアア!」
耳障りなはずの声が、
この群れにとっては祭鐘に等しい。
その場に、黒い波が広がる。
複数の死体が同時に解体され、
肉と骨と布と血が、
規則的に散らされていく。
彼らは喜んでいた。
炎は光を与え、死は糧を与え、
戦争はその両方を一度に運んでくる。
人間の悲嘆も、嘆きも、祈りも――
この黒い群れには無縁だった。
彼らはただ、
戦場という“生態系の宴”を享受する。
やがて夜風が火を弱め、
瓦礫の山に影が濃くなるころ、
ブロッドクロウの数はさらに増えていた。
死体が尽きるまで。
夜が明けるまで。
人間たちが戻ってくるまで。
彼らの祝祭は――終わらない。
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