59 鬼ごっこ
「おそかったか…」
なつかしい気配を追ってきた女神は、あと一歩というところで、その気配がまたしても、みずからの力の及ばぬ範囲に消えうせたことを悟った。
冷たい水の気配には、たどってきた主の力の残渣がただよい、それを、ぺろりとなめrとると、転がって、昏い欲望にひたる男を一瞥した。
わらわはみえないようだのぅ。
くすりと笑うと、水の滴る男の思念をよみとり、彼女は哄笑した。
ただ人には聞こえぬ音律で…。
◇
ノアはうっとりと目を閉じた。
彼女が寄り添っているのは、もう会わない、会えないとおもっていた愛しい人のとなりだったから。
目の前には見たくても、めったに見られない空の澄んだブルー。
そこに、自分の姿は映りこんでいなかったが、息のかかるほど近くにジンの目があった。
ノアはひっくり返った状態で、窓にむかって景色をみているジンの顔の前に、魂の状態で浮かんでいた。
そっと、頬に手を伸ばし、またひっこめた。どうせ触れらないのはわかっているのだが、素通りしてしまうことが、悲しくて、伸ばした手の指は彼の前できゅっと握りこんでとまった。
ああ、そんなに悲しそうな顔をしないで…。
ジンが何をおもって、悲しんでいるのかわからなかったれど、彼の乾いてしまった心と涙を一切流さなくなった瞳から、ひきこまれるような想いにつられる。
ノアの頬を涙が伝い、実体をもたない彼女から離れると、光の粒子となって、ジンの前でつぼみが花開くように、広がった。
庭の木々を見ていたジンの焦点が急速に縮まり、光の粒子に吸い寄せられる。
そのふしぎな光の球体は触れようとしたジンの指に、こまかい水滴となって、朝露様に濡らした。
「ノア…。あなたはどこへ消えたのですか。オレはあなたのいない世界にはいたくない」
そのしっとりとした指先をそっと口元に寄せると、彼は、ふっと息を吹きかけ、
「ここに、あなたがいれば、いいのに…」
とつぶやいた。
ぎゅっと胸が押しつぶれそうになるほどの衝撃を受けて、ノアは空にさかさまに浮いたまま、ジンの息を吹きかけた指を凝視する。
ああ、わたくしはここに、ここにいますのに。
触れることがかなわないのに、一時、彼の指を濡らした水の粒子は彼の想いを取り込んで、ノアの吸い込んだ呼気とともに、彼女の体を甘いしびれで震わせた。
どうしたら、会えるのかしら。
急激に遠のく、意識を制御しきれずに、ノアはすぅとジンの前から消えた。
◇
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