45 大鎌の主と香りの主
漆黒のつややかな髪は腰まで届き、怜悧な横顔には、誰をも寄せ付けない厳しさがある。
うっすらと笑んだ唇は白い肌に紅く際立つ。真っ黒な瞳は深い空洞のようで、感情を奥深くにしまい込んであるようで、吸い込まれそうな虚無である。
雪に埋もれた木々の中、最も高い針葉樹のてっぺんに体の半分以上はある、大きな鎌を携え、その男は、体重を感じさせない軽さでもって、孤を描いた大鎌をふるう。
軽々と。
◇
すべてが終わり、帰り支度をしていたノアは、ふと吹き込む冷たい風にいぶかし気に窓をみた。
高揚感の過ぎ去った心の中は、虚無に近く、心は凪いでいる。
いつ、だれかと再会しても、ノアの心は動かないだろう。
それくらい、ノアはここへきてから、心の浮き沈みを感じていたのに、何をみても、触っても、彼女の心の琴線を震わすことはできない。
真っ暗闇の、窓はかたんと音をたてて、開いていた。
そこに立っているのは、黒装束のいつぞやの死神である。
ノアは、吸い寄せられるように立ち上がり、その男の元へふらふらと歩いていく。
あやつられるように、その足取りはおぼつかない。
彼が、すっと前に出した指にはジャラジャラと銀の指輪が連なり、色とりどりの輝石が内側から発光す るように光っている。
ノアは完全に、彼の腕の中にとらえられると、こてん、と意識を失った。
唐突にあらわれて、去っていた男は、静かに笑みをこぼすと、フードを目深にかぶったま、忽然と消えた。
◇
ノアたちの住んでいた小さな事務所兼住居は売りに出されていた。人気のないキッチン、きちんと折りたたまれたシーツ、食材をためていた保管庫、ノアの使っていた書斎兼寝室には、いっさいの私物はなく、借りた当初のまま、人の住んでいた痕跡を残すのみ。
そこに、ふうわりと花の香りが鏡の中から染み出し、靄を形作る。
濃密な頭の芯をとろかせるような、または官能を呼び起こさずにはいられない肢体をもった女が顕現する。
しらけた表情で、かつてノアのいた部屋を睥睨すると、手をかざし、そこにあった記憶を呼び覚まし、吸い上げていく。
まるで空気のように、足音を立てず、小さな部屋を見物した女は、二階のすべての部屋を見終わると、階段をなめるように下り、階下に足を伸ばした。
とりわけ、キッチンでは長くとどまり、凝視していたが、左手にもっていた杖をくるりとまわすと、濃密な香りを残して、ふっと、消えた。
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