19 一番星に願う
夕闇の迫るころ、街の小高い丘を登る。
ジンは疲れて足取りの重くなったノアの手をとると、きゅっにぎりしめる。
彼はいつもの神官服ではなく、ゆったりと幅広のスラックスを颯爽と長い脚でさばきつつ、胸元は着崩したシャツといういでたちで、階段をのぼっていく。
「いやですわぁ、もう、つかれましたの。わたくしは置いていってかまいませんわっ。さ、さきにいってくださいましっ」
ノアは上がった息で、階段の上を見る余裕もない。
「もう少しですよ!夕焼けの後の一番星を見るとお約束したではありませんか」
そう、この丘は、街を一望できる場所だった。
夕焼けの絶景スポット(地方年なのであまりないが)の一つで、一番星に願うと、「ひとつだけ、願いを神がかなえてくれる」という、あるあるなスポットなのだ。
「はぁはぁっ、もう、ジンッさまはっ、あしが長いのですから、わたくしではつり合わないのですわっ!」
疲労困憊のノアは、スカートのすそをもちあげて、一段一段震える足を叱咤しつつ登っていく。
「ほら、もうつきましたよ!」
足元ばかりみていたノアにも、視界が開けたのがわかる。
思わず顔をあげると、手すりの向こう側は断崖絶壁で、街にちらほらと黄色やオレンジのあかりが灯り始めているのが見えた。その向こう、森の稜線に沈む夕陽が、まるで橙の果汁をしたたらせるように、空と森を染め上げている。
まぁ、なんて雄大で、神々しいのかしら。
さわやかな風が二人を吹き抜けて、ジンの長い髪とノアのスカートをふわりとまいあがらせる。
断崖をかけあがってきた風が、上へ吹き抜けていくたびに、汗がひいていく。
「ほら、お願い事を。ひとつだけですけれど、ノア様は何をお願いされるのですか?」
吹き抜ける風の行方をおっていたノアは急な質問に、まつげをはためかせた。
もうすぐ一番星が輝いてきそうだ。
藍色とうすいピンクの空の境界線を見上げて、
「そうですわね。わたくしは、みなさんの幸せがずっとつづきますように、とお願いしたいですわ」
つないだままの手だけが熱を帯びていて、気恥ずかしくなってきた。こどものように、手をひいてもらわなければ、この素晴らしい夕焼けにはたどりつけなかったのに…。
ノアはとなりのジンの横顔を見ると、たのもしい青年がとなりにいてくれることを幸せに感じた。心の隅っこでこっそりジンに「ありがとう」と、お礼をいって、そっとしまい込んだ。
大切な想い出がひとつ増えたのわね。
「オレはノアと一緒にずっといたい」静かだが、決意の滲んだ声音にはっとなる。
おでこから鼻筋、すっきりとした唇、細い顎から、長い首、のどぼとけを見た所で、ノアはすっとんきょうな声をあげた。
「うぇええ!そ、そんなっ、わたくし、ジン様をそんなこき使うつもりありませんわよ~」
丘の上に、一番星が輝いていた。
◇
夕焼けを、見にでかけるといった休暇中の二人を送り出した、黒猫とフクロウは、こっそり後をつけていた。
ノアの体力のなさを鑑みて、無事たどりつけるのか、ハラハラしていた二匹だったが、無事登り切ったのをみて、ほっと肩をなでおろした。
その後のやりとりは、実にノアらしいもので、ほっこりさせられるものであった。
『うむ、やはり、ノアは良いな』
しみじみと夢魔はつぶやき、
「おう、ノアといるとなんか、ほわほわした気持ちになるもんな!」
と、ビーナスは応えた。
『じゃが、ジンのいっとること、わかってるのかのう?』
「???う~む、オレ様にはむずかしくてわかんねーわ。なんか、完全にすべったのはわかるきがするけどな!」
二匹は夕焼けの名残を空と森の稜線にみつけると、視線をそこに固定して、しみじみとつぶやいた。
神様はこの二人のお願いをどうかなえるのやら。
◇
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