15 間違いはあるもの
はにゃにゃむにゃむ
隣では黒猫に戻ったビーナス様が寝言をいいつつ、丸くなっている。
ジンはすっかりのぼせてしまったので、しばらく延びており、なにやら「ころす」とか、物騒なことばをぶつぶつ呟いていていて、かなり怖かった。
夢魔はジンの傍にとてとて歩いていくと、羽でなでてやった。
『よしよし、いいこだ。しばらく寝れば、いつもどおりだ』
うなされていたジンはしばらくするとすやすやと寝入ってしまった。
貸し切りの露天風呂での大騒ぎは仲居さん達に、奇異の目でみられたのは言うまでもない。結局、ノアは汗を流しただけで、貸切風呂を堪能できず、しばらく、ジンとともに休ませてもらって、皆ですごすごと自室へ引き上げることとなった。
◇
ノアはぼんやりと宿の窓枠に腕をかけて、夜のひんやりとした空気を楽しむ。
街中では喧騒につつまれているが、ここでは、虫の音とときおりきこえてくる、仲間の寝息だけだ。いつもは一人で寝室に引き上げるのだけれど、ジンの様子が心配で、隣室から覗きに来たまま、外を眺めているのだった。
この世界に来て、怒涛のような日々を送っていたが、ふと立ち止まると、あちらの世界での自分と今の自分はどちらが幸せか、とか、なんであんなにせわしなく働いていたのに、こうも違うのかとか、いろいろと考えてしまう。
与えられるままに生きていた前の世界とちがって、今は一緒に歩む仲間のいる心強さ、これを幸せといわずなんというのだろう。
おもえば、あちらの世界では本当の自分はだせていなかったのが、つらかった原因なのかもしれない。
山の稜線をたどっていくと、星空が自分を見下ろしているような、自分がとてもちっぽけなものであると感じてしまう。
ジンの寝顔はまつ毛がうらやましいほど長く、すべらかな肌は温泉のおかげでさらに滑らかになっており、「神の御遣い」であるといわれれば、なるほど、そうだろうと感じられる美しさだ。
一方、わたくしはそんな大それた何者にもなれないし、なれる気もしないけれど…。
そっと、額にかかる髪をはらってやると、ジンはうっすら目を開け、ノアの手を見やった。
起こしてしまったかしら。
そろりと手を戻そうとすると、手をひっぱられ、ジンの上に倒れこむように転がされた。
目をまるくしていると、ジンはノアを組み伏せて、額をあわせてくる。
熱はないようですわね。
寝ぼけているのかしら。目を閉じて、じっとしていると、ふわりと唇をかすめるものがあった。
誰かと勘違いしているに違いない。そっと押し返すと、首筋に顔を埋められて、思わず身じろぎする。
あれ?おきてる?
目をぱちぱちしていると、ビーナス様が目を光らせて忍び寄り、ジンの耳をべろりとなめた。
「うわっ!ビーナス!貴様っっ」
「お、やっと離れたか、さっさと寝ろ。ん~オレ様と一緒にいい夢みようぜ」
「お、おことわりだ!お前は、ノアと一緒の部屋にうつれ」
ジンはビーナス様をぶら~んともちあげると、ノアに押し付けた。
「あ、では、また明日。朝食の前は、すこしだけお散歩にでかけてきますわね」
ふりかえりつつ、ジンの行動を思い返す。きっと、あのメイドであるメーアを思い出していたのだろう。だって、わたしよりもよっぽどヒロイン様でしたし、とってもかわいいお方でしたものね…。
重くてずり落ち気味なビーナス様を何とか抱えて、隣室にもどると、夢魔は顔だけぐるんとまわしてこちらを確認すると、「ほぉほぉ」と鳴いて、目を閉じた。
今晩は外へ外遊しないようだ。
布団にもぐりこむと、さっきのジンの様子が頭をよぎり、上掛布団を頭まですっぽりかぶって、枕をかかえこむ。
な、なんだったのかしら!
恥ずかしさで、顔から火がでそうだ。
ばたばたしていると、足元からビーナス様が入り込んできて、素足をくすぐる。すりよってくてくる毛があまりに、くすぐったくて、笑い声が鼻からの、もれてしまう。
静かにしなくてはね。ビーナス様ったら、猫の姿にもどってくれて本当によかった。
◇
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