第89話 相談
流転の國のルーリ。悪魔種。51歳。
人間になったら、さてどうなる…?
《こちらルーリ。タンザナイト、起きているか?》
《こちらタンザナイト。起きてますよ》
その『念話』は真夜中に送られてきた。
《ルーリ様、何かあったんですか?》
《ああ。実は…お前に頼みたいことがあってな》
《僕に頼みたいことですか?何でしょう?》
《…出来たら会って話したいんだが、お前の部屋に行ってもいいか?》
《お断りします。第4会議室に行きますのでそこでお会いしましょう》
《…了解した》
タンザナイトの一人部屋がどんな感じなのか見てみたかったルーリだが、即座に拒否され、提案された通り第4会議室に『転移』する。
「こんな夜中にすまないな、ナイト」
「いえ、お気になさらず。僕もルーリ様と同じく睡眠を必要としませんので」
タンザナイトはいつものように淡々と答える。
「それで、僕に頼みたいこととは何でしょう?魔術をかけて欲しい…とか?」
「…なんで分かった?」
「お顔に書いてあります。理由は分かりませんが、女王様にはこのことを知られたくない。でも自分自身にはかけられない、そんな魔術。…僕に連絡したということはもしや禁術でしょうか?」
全部言い当てられ、ルーリは黙って頷く。
しかし、タンザナイトは首を横に振る。
「生憎ですが、そういうことならお引き受け出来ません。女王様に黙ってルーリ様に禁術をかけるなど許されないことにございます」
「…そこをなんとか。私はどうしても人間種になりたいんだ」
ルーリは縋るような目でナイトを見る。
ナイトは真顔で聞き返す。
「人間種に…?」
「ああ。夢魔の特殊能力を手放したい」
「なぜです?」
「私はもう『魅惑』を使うべきではないんだ。しかし、持っていればきっと使ってしまうだろう。…もしかしたら、マヤリィ様との約束を破ってお前を毒牙にかけることがあるかもしれない」
「脅したって駄目ですよ。女王様の許可なく貴女様に『人化』魔術をかけることは出来ません」
「やはり、人化を使えるんだな?」
「はい。『禁術全書』に載っていましたので、解析済みです」
ナイトはそう言って一冊の本を取り出す。
以前、書庫に行った時に見つけた『禁術全書』だ。…正確には、マヤリィが何らかの意図でナイトの目に付く場所にそれを置いた為に見つけることが出来たのだが。
「この本には、極めて危険な魔術が列挙されています。発動したことはありませんが、僕がこの本の解析をしている途中、何度も『流転の羅針盤』が震えるように動きました。ここに載っている禁術は使い方を間違えれば大惨事になるでしょう」
結局、あの頃マヤリィが何の禁術を必要としていたのかは分からない。それでも、命令が下されればすぐに使えるよう、解析を済ませておいたのだ。最初は書庫で作業をしていたが、ラピスラズリがいなくなり一人部屋を与えられてからは、自室に持ち込んで解析を進めた。
「そうか…。では、マヤリィ様の許可を得られれば私に人化魔術を施してくれるか?」
「はい。女王様に命じられれば、僕はどんなことでもします」
「…分かった。それを聞けただけでもよかったよ」
「ですが、ルーリ様。余計なことを言わせてもらえますでしょうか?」
ひと安心したルーリに、タンザナイトは忠告する。
「貴女様は確か51歳でいらっしゃいますよね?」
「ああ。私の歳がどうした?」
「悪魔種の51歳を人間種に換算した場合、20代後半にあたるのですよね?」
「ああ。どうやらそうらしいな」
「しかし、人化するとなれば話は違います」
「…どういうことだ?」
「ルーリ様に人化をかければ、そのまま人間種の51歳になるということですよ」
「人間種の…51歳…?」
「はい。つまりは普通の人間の51歳になるというわけです」
そう言われても、ルーリには想像がつかない。流転の國に自分と同年代の人間種はいないし、桜色の都でも会ったことがない。
ルーリは首を傾げ、タンザナイトに訊ねる。
「人間の51歳ってどんな感じなんだ…?お前は知っているのか?」
「あくまで知識として、ですが。例えば、白髪が目立ってきたり、近くの物が見えづらくなったり、後は…更年期とか?」
「コーネンキってなんだ?」
「いきなり身体が熱くなったり、イライラしやすくなったり、人によって症状は様々ですが、不安定な状態が続くそうです」
「なんでお前がそんなことまで知ってるんだよ」
「あくまで知識として、って言いましたよね?書庫で更年期に関する本を見たことはないので、女王様の記憶が僕の脳に反映されているのだと思います」
「そうか…。って、人間の51歳って色々大変そうじゃないか」
「はい。ですので、先にお伝えした方が良いかと思いまして余計なことを言いました」
タンザナイトの忠告を聞いたルーリは早くも気持ちが揺らぐ。
「今の私は20代に見えるらしいが…人間になったら、見た目も、その…」
「はい。シワも増えてくるかと」
「もうちょっとオブラートに包んでくれないか?」
「僕は事実を述べたまでですよ。人化魔術を施してしまえば二度と悪魔種には戻れませんから。…僕はルーリ様に後悔して欲しくないんです」
「タンザナイト……」
「無論、どうしてもとおっしゃるなら止めません。シワがあろうと白髪になろうとルーリ様はルーリ様ですから」
「お前、優しいな」
言い方は色々とあれだが、タンザナイトは真剣にルーリの心配をしてくれている。
「…抱きしめていいか?」
「…仕方ありませんね」
今にも泣きそうなルーリを見て、ナイトは腕を広げる。
「ナイト…。私はお前にひどいことをした。なのに、こうして私の相談に乗ってくれるんだな」
「僕、ルーリ様に何かされましたっけ?」
長身のルーリの腕の中、ナイトは首を傾げる。
「お前の髪のことだ。勿体ない、なんて言って本当に悪かったよ」
ルーリは改めて謝るが、
「どうかお気になさらず。リッカ様も同じことをおっしゃってましたので」
ナイトは淡々と応じる。
相変わらず何を考えているのか分からない。
「…ナイト。教えてくれないか?」
「何をです?」
「お前が本当は何を考えているのか、私に聞かせて欲しい。もし、私に対して負の感情を抱いているなら、それをぶつけて欲しいんだ」
しかし、タンザナイトは真顔で言う。
「申し訳ないですが、ルーリ様が何をおっしゃっているのか僕には分かりません」
「えっ…」
「例えば、ルーリ様は今悲しそうなお顔をなさっています。恐らく負の感情が表に出ているということなのでしょうが、僕にはそれが実感出来ないんです」
「まぁ、確かにお前はいつも表情を崩さないが…本当は悲しいと感じている、ってことはないのか?」
「そうですね…。前のことを蒸し返すようで申し訳ないですが、ラピス殿のことは本当に許せないと思いました」
ナイトは言う。
「女王様を裏切ったばかりか、黒魔術具で重傷を負わせた人造人間…。今思い出せば、あの時の僕は怒っていたと思います」
『流転のリボルバー』を使う前、ナイトはラピスラズリをただ『拘束』するのではなく、岩系統魔術で壁に磔にした。それを見たのはクラヴィスだけだが、大切なマヤリィを傷付けたラピスに対する無言の怒りを感じ取ったという。
「すみません。ルーリ様にとってはとてもつらい話でしたね」
「いや、聞いたのは私の方だから気にしないでくれ。…それにしても、人の感情には敏感なんだな」
「そうでしょうか?」
「ああ。お前は本当に…優しい奴だ」
ルーリはそう言うと、改めてナイトを抱きしめる。ナイトもルーリの背中に手を回す。
「温かいな…。マヤリィ様に包まれているみたいだ…」
「ルーリ様。相手が僕でも、安心してくれますか?」
マヤリィがナイトを抱きしめた時、こうしていると安心する、と言ったことを覚えている。
「当たり前だろう?…それに、いつもはつれないお前がこんな風に私を受け入れてくれて嬉しいよ」
「それならよかったです」
微笑み一つ見せてくれないが、タンザナイトの声は心做しか優しかった。
『私はタンザナイトに近付くべきではないのかもしれないな』と思いつつ、早速ナイトに頼るルーリさん。
しかも、マヤリィ様が眠っている時間です。
ルーリはタンザナイトを傷付けてしまったと気に病んでいましたが、どうやら彼女が『負の感情を抱いてもすぐに気持ちを切り替えられるホムンクルス』であるという設定は生きているようです。




