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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第88話 決心

「頼む、ジェイ。私の特殊能力を返して欲しい」

ある日、ルーリはジェイに直談判した。

「確かに私は夢魔の欲望をコントロール出来ず、魅惑を封印すべきなのではないかと悩んでいた。…でも、あれがないと自分が自分でないような感覚に陥るんだ」

それもそのはず。夢魔固有の特殊能力を『没収』されたルーリは一時的に悪魔種から外れたようなものだ。アイデンティティを見失って当然である。

以前、自分自身に『呪い』をかけてしまった時は、必ず解く方法を見つけるというマヤリィの言葉を信じて希望を持つことが出来た。しかし今回は違う。自分の特殊能力を目の前の相手が握っていると知りながら、取り返せないのだ。

「ルーリ。一つ聞くけど、どうして君は実力行使に出ないの?君の雷系統魔術をもってすれば、僕を死の直前まで追い込んで『風刃』の隠し場所を言わせることくらい簡単でしょ?」

ジェイは冷ややかな目でルーリを見る。

「さぁ、殺人級魔術を使いなよ。僕は『無感覚』魔術が使えないから、君に殺されかけたら白状すると思うよ?」

「そんなこと…出来るわけないだろう」

「なんで?僕は君の大切な特殊能力を取り上げたんだよ?」

「なんでって聞きたいのは私の方だ。なぜお前は私を挑発するようなことを言う?なぜ私にひどいことをさせようとする?…お前、本当にジェイだよな?」

いつも優しく穏やかなはずのジェイがこんなことを言うだろうか?とルーリは戸惑っている。

そんなルーリの様子に構わずジェイは言う。

「僕は正真正銘ジェイだよ。流転の國の女王陛下マヤリィ様の側近にして風を司る魔術師だ。嘘だと思うなら『鑑定』を使えばいい」

「ジェイ…。そんなに私が憎いのか?」

自分を冷たく見据えるジェイを見て、ルーリは悲しそうに聞く。

「そうだよな…。私はマヤリィ様を苦しめた。そればかりか、タンザナイトまで……」

「うん。君はマヤリィ様と同じ苦しみをタンザナイトに味わわせようとしたんだ。本当に、事の重大さを理解してるの?」

全ては第82話から始まった。実際のところ、タンザナイトはその日の記憶を『完全消去』されたが、ルーリはそのことを知らない上、先日も同じような会話をしてしまい後悔している。髪を切ったナイトに対し、綺麗な髪なのに勿体ないと言ってしまったのだ。

『「髪如きで貴女様を悲しませてしまうなら、僕は男のホムンクルスとして造られたかったです。そうしたら僕の髪が勿体ない、なんて思わないですよね」』。

そう言ったナイトの表情から読み取れることは何一つなかったが、あの時彼女は何を思っていただろうか。

『「僕、男に生まれればよかったな。…なんて、女王様には言えませんけど」』。

(タンザナイト…。最後まで真顔で話していたが、お前の本心はどこにあるんだ…?)

ルーリは先日の会話を思い出してうなだれる。あの時、悲しかったのか、苦しかったのか、傷付いていたのか。それを彼女に聞いたところで本心を明かしてくれるはずもない。

「マヤリィ様も…怒っていらっしゃるのか…」

もしタンザナイトが苦しんでいるとしたら、さすがのマヤリィも黙ってはいられないだろう。

「ジェイ…。マヤリィ様から何か聞いていないか?」

「さぁ?そこまでは把握してないよ。…っていうか、君はちゃんと姫に謝ったんだよね?」

「…………」

ルーリは『能力没収』魔術をかけられて意識を失い、目覚めた後でマヤリィと話したことを思い出す。

『「色々あったけれど、もう心配しないで頂戴。タンザナイトのことも、魅惑のことも、いずれ元通りになるわ」』。

優しい声でそう言ってくれたことを思い出す。

その言葉に対し、自分は何と答えただろうか。

「ジェイ…。私はどうしたら良いのかな…」

ルーリは頭を抱える。

「私が罪を犯すたびにマヤリィ様はそれを許して下さった。なのに、私は……」

「さらに罪を重ねてるよね」

ジェイの言葉がルーリの心に突き刺さる。

「まぁ、僕も姫に無断で『能力没収』を使ったことに関しては反省する必要があるけど、その件で姫から怒られてないってことは、つまりそういうことなんじゃないかな」

ルーリが意識不明に陥っている間に話した際、一度は『風刃』を渡しなさいと言われたが、結局マヤリィは深く追及することなく話を終わらせてしまった。

つまり、ルーリから特殊能力を取り上げたジェイを許したということになる。

「では、魅惑を返してもらうには、マヤリィ様にお願いするべきなのか…?」

「そうだね。力ずくで僕から取り返すつもりがないなら、そうするしかないんじゃない?…今更だけど言っておくよ。僕は話し合いで解決しようとは思ってない。だけど、姫なら話を聞いてくれるかもしれないね」

「ジェイ…!」

悲しみと憤りが混ざったような表情でジェイを見るルーリ。

「今からでも僕を死の淵まで追い込めばいいのに。特殊能力を取り戻す為だったと説明すれば、正当防衛だと認められるんじゃない?」

しかし、ルーリは首を横に振る。

「そんなこと出来るわけないだろう。…ジェイ、お願いだから私に攻撃魔法を使えなんて言わないでくれ。お前に殺人級魔術を使うくらいなら、私は魅惑を手放す。もう二度と使えなくなってもいい」

ルーリは悲しそうな声でジェイに訴える。…その直後、突然、ごく自然に、彼女を覆っていた悲壮感が消えた。

たった今、自分の口から結論が出たのだ。

「…そうだよな。返してくれなんて言う方が間違ってる。もう私には魅惑を使う資格なんてないんだ」

そう呟いたルーリの表情は先ほどまでとは全く違っていた。

未練を捨て、決意を固め、ルーリは改めてジェイに向き直る。

「ジェイ、本当にすまなかった。私は『人化』魔術を受けることにするよ。これ以上、マヤリィ様やお前に迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「ルーリ……。君は本当にそれでいいの?」

「ああ。今決めた。やっと決心がついた」

ルーリはきっぱりとそう言いきる。そして、深く頭を下げた。

「ジェイ、どうか『風刃』の中身は破棄してくれ。…私はこれから罪を償おうと思う。マヤリィ様の娘を傷付けたという一生消えない罪をな」

「ルーリ……」

ジェイが返事に困っていると、

「時間を取らせて悪かった。…またな、ジェイ」

ルーリは美しい笑みを浮かべ、さっさと『転移』してしまった。

「…姫、これからどうします?」

残されたジェイが何もない空間に向かって呼びかけると『透明化』を解いたマヤリィが現れた。

「そうね…。どうしましょうか…」

全部聞いてたんですね、マヤリィ様。

悲しい会話の中で、思いがけず結論に辿り着いたルーリ。

ジェイに殺人級魔術を使うくらいならもう二度と特殊能力を使えなくなってもいい。マヤリィ様に迷惑をかけない為にも、きっとその方が良いのだろう…。

完全に特殊能力を手放す為に『人化』魔術を受けると決意を固めたルーリは、ジェイに頭を下げてその場を後にします。


そして、全てを聞いていたマヤリィ様。

ルーリの『人化』を認めるのか、それとも…?

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