第87話 男に生まれればよかった
僕はずっとベリーショートにしたかったんです。
ルーリ様、これはいけないことでしょうか?
ルーリの『魅惑』が行方不明のまま、二週間が経過した。
最近では、タンザナイトがリッカに氷系統魔術を習うというより、リッカがタンザナイトの複合魔術を見学することが多くなった。
それでも一応は魔術訓練という名目なので、回復役としてシロマも訓練所にやって来る。
シロマと一緒にクラヴィスが来ることもある。
ジェイが現れて風系統魔術を披露することもある。
一方、ルーリは『体調不良』と称して、ジェイが隠した『風刃』を探し続けていた。彼のアイテムボックスに入っているとしたら見つかるわけはないのだが、何となく別の場所に隠されている気がして、城中を探し続けている。
しかし、その場所はマヤリィにさえ分からないのだ…。
そんなある日、マヤリィは久々に会議を開いた。皆には必ず出席するようにと言ってある。
「おはよう。ここしばらく忙しかったものだから、落ち着いて会議も出来なくてごめんなさいね。皆、元気にしていたかしら?」
マヤリィがそう言って微笑むのを見て、配下達は安心する。皆、女王陛下の美しい顔を見たかったし、優しい声を聞きたかったのだ。
「最近は皆の魔力が訓練所に集中していたようだけれど、有意義な時間を過ごせたみたいね」
常時発動の『魔力探知』で、皆のだいたいの行動は把握していた。
「はっ。本日はマヤリィ様にお目にかかれて嬉しく思います。実は、ここ最近は私も訓練所でタンザナイト様の魔術を拝見しておりました」
真っ先に返事をしたのはクラヴィスだった。彼は魔力を持っていないので、当然ながらマヤリィの魔力探知に引っかからない。
「あら、それは良いことね。リッカ殿も、積極的に訓練所を使ってくれているようで有り難いわ」
「はっ。素晴らしい設備を使わせて下さり、ありがとうございます。お陰様で魔術訓練も捗っております」
リッカはそう言って頭を下げる。
こうしてマヤリィは一人一人に声をかけるが、側近として玉座の両隣に控えているジェイとルーリには最後まで何も言わなかった。
「…では、今日はここで解散よ。次の会議の日程に関しては追って連絡するわ」
「はっ!!」
特に話し合うこともなく、皆の近況を聞いただけで終わった会議。
皆は次々に玉座の間を退出するが、その場に残った者がいた。
…ルーリとタンザナイトだ。
「お久しぶりです、ルーリ様。体調がすぐれないと伺っていましたが、大丈夫なのですか?」
「ああ。とりあえずは大丈夫だ。心配をかけてすまなかった」
「いえ、今日お目にかかれてよかったです」
久々に見るタンザナイトは相変わらずだった。…髪型以外は。
「タンザナイト…。髪、切ったんだな」
「はい。そういえば、ルーリ様にお見せしてませんでしたね」
「ああ。今日お前の姿を見た時は驚いたよ。…ジェイに切ってもらったのか?」
「はい。実はセルフカットをして失敗してしまって…その後でジェイ様に切って頂きました」
「セルフカット…?お前が…?」
「笑っていいですよ。大失敗でしたから」
「いや、笑わないけど…。そこまでして切りたかったのか?」
「はい。前々から短くしたかったんです」
「そうか…」
「ルーリ様?僕、何かおかしなことを言いましたか?」
「いや、違う。ただ、随分と短くしたんだなって思っただけだ…」
その時、ルーリは突然ナイトの髪に触れる。
「綺麗な髪なのに…」
「リッカ様にも同じことを言われました。髪を切ったことを悔やんではいないのか?とも聞かれました」
「ああ。正直、私も勿体ないと思ってしまった…」
そう言ってからルーリはあの日のことを思い出す。第7会議室で椅子を下りたタンザナイトを止めることが出来なかった。自分が躊躇ったせいだ。
「ナイト、違うんだ。私は…
「分かってますよ」
ルーリは前言撤回しようとするが、タンザナイトはそれを遮った。
「ルーリ様やリッカ様の価値観は理解しています。でも、僕は切りたかったんです。ずっとベリーショートにしたかったんです。ルーリ様、これはいけないことでしょうか?」
タンザナイトは淡々と言う。
相変わらず何を考えているのか分からない。
怒っているのか悲しんでいるのか、ナイトの表情から読み取れることは何一つない。
ただ、ナイトがルーリの言葉を遮ったのは初めてだった。
「い、いや…そんなことはない…」
やっとの思いで答えるルーリに対し、ナイトはさらなる問いかけをする。
「僕が女だからですか?」
「えっ…?」
「僕が女だから、ルーリ様はこの姿を見て悲しそうな顔をされるのですか?」
「…………」
ついにルーリは何も言えなくなる。
「髪如きで貴女様を悲しませてしまうなら、僕は男のホムンクルスとして造られたかったです。そうしたら僕の髪が勿体ない、なんて思わないですよね」
「ナイト……」
ルーリは悲しそうな顔をしているが、タンザナイトは一貫して真顔である。
「僕、男に生まれればよかったな。…なんて、女王様には言えませんけど」
決してルーリを責めているわけではない。むしろ、ルーリを悲しませてしまったことを気にしているように感じる。
(私はなんてことを言わせてしまったのだろう…)
もはや前言撤回どころの話ではない。
(ナイト、お前は今何を思っているんだ…?)
タンザナイトは一つも表情を変えることなく話しているが、心の内は全く分からない。
そして、とうとうルーリはその場に膝をつき、頭を下げた。
「すまない、タンザナイト…。お前は何一つとしていけないことなんかしていない。悪いのは全て私だ。あの時も今もお前を苦しめるようなことを言って…。本当にすまなかった」
(あの時っていつだっけ?)と思いつつ、タンザナイトはルーリの謝罪を最後まで聞く。
「…ナイト。次に髪を切りたくなったら私の所に来てくれ。今度こそ、お前の髪を切る。約束するよ」
「本当ですか?」
「ああ。今まで…本当にごめんな。可愛いお前の願いを聞かなかったばかりか、追い詰めてしまった。…こんな私だが、許してくれるか?」
「はい。っていうか、元から怒ってませんよ。僕の方こそ、ルーリ様を悲しませて申し訳ありませんでした」
「謝らないでくれ、ナイト。悪いのは全部私なのだから…」
結局、ルーリはあの日のタンザナイトの記憶が『完全消去』されていることに気付かなかった。
ナイトの方も、幾つかルーリの言葉に疑問を持ったが、改めて訊ねようとはしなかった。
『負の感情を抱いてもすぐに気持ちを切り替えられるホムンクルス』であるタンザナイト。
だが、ルーリは彼女の哀しい独り言を耳にしてしまう。
「どうしたら男の人になれるのかな」
その口調からは悲しみを感じ取ることは出来なかったが、彼女の言葉はルーリの胸を抉った。
(マヤリィ様の娘にこんなことを言わせてしまうなんて…。私はあの日から全く学習していない…)
今更だが、無理にドレスを着せたことも後悔している。
そう思って俯いていると、
「ルーリ様、そろそろ立ち上がって下さい」
タンザナイトが膝をついたままのルーリに手を差し伸べる。細くしなやかな手はとても美しい。
「では、ルーリ様。僕は部屋に戻ります。…どうかお身体をお大事に」
「ああ。お前も…気を付けてな」
そう言ってタンザナイトを見送ったルーリは、後悔と罪悪感に苛まれる。
「…マヤリィ様のおっしゃる通りだ。私は、タンザナイトに近付くべきではないのかもしれないな」
タンザナイトは第82話の記憶を『完全消去』されているのでルーリとこんな話をするのは初めてですが、ルーリの方は第7会議室での会話を覚えているので『またタンザナイトにこんなことを言ってしまった…』と激しく後悔しています。
…なかなか学習出来ないルーリ様です。




