第86話 シロマの微笑み
私にはタンザナイト殿の考えていることが分からない。なぜこんなにも美しい髪を短くしてしまえるのだろう…?(by リッカ)
「タンザナイト殿…!?その髪は一体どうしたと言うのだ??」
氷系統魔術を教えてもらう為に訓練所に現れたタンザナイトを見て、リッカは驚きの声を上げる。
白いスーツに白い革靴といった格好は相変わらずだが、その髪は短く刈り上げられていた。
リッカは激しく動揺しているが、タンザナイトは飄々とした様子で答える。
「ジェイ様にお願いして切って頂いたんです。勿論、ベリーショートにしたのは僕の希望ですよ」
もしかしたら別の理由で切らざるを得なかったのかも、というリッカの希望的観測(?)は外れた。タンザナイトは自らの意思で髪を切ったのだ。
「ここまで短くしてしまっては結い上げることも出来ぬな…。タンザナイト殿はもうドレスを着ないつもりなのか?」
先日の麗しいドレス姿を思い出しながらリッカは寂しそうに訊ねる。
「はい。二度と着ないと思います」
タンザナイトは真顔で答える。
「なので、髪を結う必要もありません。僕はいつもこのような服装ですし女性らしさを求めているわけでもないので、長い髪は要らないんです」
要らない、という言葉にリッカは再び衝撃を受ける。
「では…もう伸ばさぬのか?綺麗な髪だと言うのに…」
彼女の考えていることが分からない。
なぜこんなにも美しい髪を短くしてしまえるのだろう…?
「タンザナイト殿、愚問であることを承知で聞く。貴女は髪を切ったことを悔やんではいないのか?切る前も短かったが、まさか刈り上げてしまうなんて…」
リッカは寂しそうに言う。他人の髪であっても、短くなってしまうとなぜか悲しくなる。それが可愛らしいタンザナイトとなれば尚更に。
「はい。後悔はございません。髪を短くしたいと思ったのは僕自身ですので、願いが叶って嬉しいです」
「そうか…。それなら良いのだが…」
確かに彼女の端正な顔立ちにベリーショートはよく似合っているが、見慣れるまでには時間がかかりそうだとリッカは思った。
と、そこへ。
「お待たせ致しました。遅くなりまして大変申し訳ございません」
『ダイヤモンドロック』を携えたシロマが転移してきた。
と、同時に。
「ナイト様…!髪をお切りになられたのですね…!」
彼女の新しいヘアスタイルに気付いて、シロマは目を輝かせる。
「はい。ジェイ様にお願いして切って頂きました」
「そうだったのですか…!ベリーショートのナイト様も素敵です…!」
「ありがとうございます、シロマ様」
シロマに褒められ、ナイトは照れたように僅かな笑みを浮かべる。
(可愛い…!!)
そう思うと耐えきれず、シロマはタンザナイトを抱きしめる。
「ナイト様、すみません。貴女があまりに可愛いので…つい抱きしめたくなってしまいました」
嫌だったかもしれないと思いすぐに離れようとするシロマ。
だが、
「嬉しいです、シロマ様。僕は…貴女様のことが好きなので」
思いがけない言葉が返ってきた。
そして、ナイトは離れかけたシロマの身体を自分から抱きしめる。
「前に母上様がおっしゃっていました。こうしていると安心する、と…。本当ですね」
「ナイト様……」
最初はあんなに素っ気なかったのに。いや、今でもポーカーフェイスが標準装備のタンザナイトだが、いきなり『好き』と言われて抱きしめられるとシロマはどうしていいか分からず、ただただ嬉しく思う。
「ナイト様…。私もナイト様のことが好きです。今日だって…貴女の魔術訓練を楽しみにして来たのですよ?」
魔術訓練の回復役にと呼ばれたシロマは、タンザナイトに会うのが楽しみだった。
「ありがとうございます、シロマ様。貴女様がついていて下されば、安心して魔術を使うことが出来ます」
タンザナイトはそう言ってシロマに微笑みかけた直後、真面目な顔でリッカに向き合う。
「改めまして、本日はよろしくお願い致します、リッカ様」
「あ、ああ…。こちらこそ、よろしく頼むぞ。タンザナイト殿の期待に応えられるよう全力を尽くそう」
思いがけずシロマとタンザナイトの抱擁シーンを目撃してしまったリッカだが(二人は仲が良いのだな…)と思い、気を取り直して挨拶するのだった。
そして、数時間後。
魔術訓練を終え、訓練所にはシロマとタンザナイトが残された。
シロマは凍傷を負ったナイトの手当てをしながら先ほどのことを訊ねる。
「ナイト様、聞いても良いですか?」
「はい。何でしょうか?」
「貴女は…どうして私のことを…?」
『好き』と言われて嬉しい反面、なぜナイト様ほどの御方が私を?と疑問に思っているシロマ。
勿論、この『好き』が恋愛方面でないことは百も承知だ。
「一言で表すことは出来ませんが、これまでシロマ様と過ごしてきた時間は僕にとって大切な記憶なんです。僕は流転の國の戦力となる為に造られたホムンクルスですから本来はこのような感情を抱くべきではないのかもしれません。…それでも、シロマ様に出逢えて本当によかった」
ナイトは淡々とした口調でシロマに告白する。
「常に死を覚悟していた僕に命の大切さを教えて下さったのもシロマ様です。あの時、貴女様がいらっしゃらなければ僕は壊れていたでしょう」
ナイトにとってシロマは命の恩人でもある。
「何より、貴女様は僕のお手本なんです。魔術を習得する際の自分自身に対する厳しさも、回復魔法を発動する時の人に対する優しさも、貴女様の背中を見て学びました」
「ナイト様…!!」
「うまく言えなくて申し訳ないですが、そんなわけで、流転の國の最上位白魔術師シロマ・ウィーグラー様を心から尊敬しています」
思いを伝えたくて、一生懸命に言葉を紡いだナイト。それを聞いたシロマは感極まって涙ぐむ。
「ナイト様、なんて嬉しいことを言って下さるのですか…!私が貴女のお手本だなんて…とても光栄なことにございます」
今や『流転の國のNo.2』の実力を持つ書物の魔術師から思いを告げられ、シロマは畏れ多いと思いつつも嬉しかった。
初めて訓練所で二人きりになった時はとても怖かったのに、今ではずっとこうしていたいとさえシロマは思う。
それから少し経って、
「シロマ様、今の話は…
と言いかけるナイトに、
「はい。誰にも言いません。…ナイト様と私だけの秘密ですね」
シロマはあの時と同じように、優しい笑顔を見せるのだった。
シロマは、タンザナイトの実力がルーリを上回ったことにいち早く気付き『今の国家機密はナイト様の魔力』と言いきるなど、白魔術以外でもマヤリィから一目置かれている人物です。
そう考えると、タンザナイトがシロマを尊敬するのは当然のことかもしれません。
髪を切ったタンザナイトが可愛くて思わず抱きしめてしまうシロマと、そんな彼女の抱擁に応え『好き』だと告げるナイト。
互いに尊敬し合う二人のちょうど良い距離感はこれからも続いていくことでしょう。
…ところで、リッカ様。
流転の國に頑張って慣れて下さいね。




