⑧ドラゴンとの出会い
「その後、ドラゴンの様子は?」
「はっ。実は、国境線を越えようとした個体を威嚇攻撃して追い返したのですが、それきりまた動かない状態にございます」
「では、再び様子見の段階に戻ったということね?」
「はっ。いつ何を仕掛けてくるか分かりませんので待機を続けておりますが…前回のドラゴンと同じ種類かどうかも確認出来ない次第で…」
向こうが攻めてくれば撃退するまでだが、こうして微妙な距離を保っている以上、無闇に攻撃を仕掛けて刺激する必要もない。
この任務はドラゴンの殲滅ではなく、桜色の都を守ることである。
「すぐにでも攻め込んでくるものとばかり思っておりましたから…逆に悩ましい現状ですわね」
話を聞いたシャドーレは難しい顔をする。
「マヤリィ様、これからどうなさいますか?」
クラヴィスも困惑した表情である。
「…状況は分かったわ。貴方達はこのまま待機していて頂戴。私が様子を見てくる」
「えっ…」
皆が手詰まりだと思っている中、マヤリィだけが積極的に現状を打破しようとしていた。
「しかし、様子を見るとおっしゃっても…」
『クロス』の副隊長が戸惑っていると、
「『飛行』発動。…今のうちに休める者は休んでおきなさい。油断は禁物よ」
飛行魔術を発動したマヤリィはそう言い残して、空高く舞い上がり、やがて見えなくなった。
「あの御方は……本当に只者ではありませんね」
直前まで近くにいた副隊長が呟く。初めて彼女の魔力を目の当たりにして、驚くというより畏怖の念を感じている。
「ええ。マヤリィ様はこの世界に存在する全ての魔術を司る『宙色の魔力』の持ち主でいらっしゃいます。あの御方にかかれば、飛行魔術も容易く発動出来るのですわ」
傍で見ていたシャドーレが言う。今、桜色の都に『飛行』を使える魔術師はいない。
「出来れば、ドラゴン達には桜色の都から遠く離れた所に行って欲しいものですわね。…私とて、無用な戦闘はしたくありませんから」
桜色の都の危機とあらば好戦的になるシャドーレだが、マヤリィが本気を出したらどうなるのか考えると怖くなる。
思えば、彼女が戦う様子を見たことがない。
「今は待つしかありませんわね…」
『クロス』の隊員達も大人しくマヤリィの命令に従い、休憩する者は拠点に戻り、待機する者はそれぞれの持ち場についた。
「あった…。あれがドラゴンの集落ね…」
前にも見た光景だが、今回は少し様子が違う。
「前回の任務では私が集落ごと滅ぼしてしまったから、もしかしてとは思ったけれど…全く別の種類だわ…」
ドラゴンの集落を滅ぼしたり(vol.3)、天界を吹っ飛ばしたり(vol.6)、個々と戦うことはなくても恐ろしい禁術はそれなりに使っているマヤリィ様。
「話が通じれば、どうにかなるかもしれないわね…」
前回は全く言葉が通じなかったが、今回は違う気がする。
そう思ったマヤリィは群れから少し離れたところにいる一頭の前に降り立つ。
「こんにちは、ドラゴンさん。私は流転の國のマヤリィ。…私の言葉、分かるかしら?」
いつでも『シールド』を発動出来る体勢でマヤリィは声をかける。
しかし、構える必要はなかったらしい。
「貴女様が流転の國の女王様でいらっしゃいますか…!よくぞここまでいらして下さいました…!」
ドラゴンはそう言うと、巨体を縮め、恭しく頭を下げるのだった。
「先日、桜色の都の国境線に近付いた際は警戒されて攻撃を受けてしまい…どうしたものかと困っておりました」
巨竜種に属するという彼は群れから離れたまま、マヤリィと会話を続けた。
「しかし、女王様のおっしゃる『飛べないドラゴン』が桜色の都に攻め込んだことも聞いております。彼等は攻撃的で気性も荒く、悪竜種と呼ばれていましたが、なぜか突然姿を消しました。…お陰で、我等は安心して暮らせるようになり、居住区を拡大出来たのですが」
(その悪竜種の集落を滅ぼしたのは私なのだけれど…まぁそれは言わなくてもいいわね)
前回の討伐任務の際、マヤリィは砂漠のドラゴンを集落ごと『大崩壊』魔術で消し去った。
「とにかく、話が出来てよかったわ。桜色の都の者達は悪竜種と戦った経験ですっかりドラゴンを警戒しているの。もし貴方達が悪竜種と同じように攻め込んできたら討伐せよという命令が出ているくらいよ」
マヤリィの話を聞くと、彼は身震いした。
「それは恐ろしい…!何とかして交流をと思っていたのですが、なかなか難しいようですね」
「そのことなんだけれど、詳しく聞かせて頂戴。なぜ貴方達巨竜種は桜色の都と交流を持とうとしているの?何か困っていることでもあるのかしら」
「はい…。実は、最近桜色の都から砂漠に子供を捨てにくる者達が増えているのでございます」
巨竜種の彼は話を続ける。
「先ほど、悪竜種が姿を消したことによって我等は安心して暮らせるようになり、居住区を広げることが出来たと申し上げましたが、逆に桜色の都に近付きすぎたせいでそういった弊害が起きておりまして…」
桜色の都には色々な種族が暮らしており、全ての国民がその法律に守られているが、犯罪がないわけではない。
「我等は見つけると放っておけずに保護するのですが、如何せん環境が違いすぎて適応出来ず、亡くなってしまう子供も多くいます」
「…ということは、貴方達に育てられて成長している子もいるの?」
「はい。そのほとんどが人間種でございます。しかし、我等は元々砂漠の彼方で暮らしていた種族ゆえ、どうしたら良いか分からないのが現状です」
彼が言うには、悪竜種の滅亡によって生息地を広げた結果、桜色の都との国境線近くまで来てしまい、都の捨て子を頻繁に見つけるようになったとのことだった。
「貴女様が私の言葉を解して下さるように、私も貴女様をはじめ人間の方々の言葉が分かります。…しかし、この姿では話しかけることもままならず、仲間達とともにどうしたものかと思いながらここしばらく国境線付近をうろついている次第で…」
そして、勇気を振り絞って黒魔術師に近付いたところ、威嚇攻撃に遭って逃げ帰ってきたらしい。
「…成程。貴方達の事情は分かったわ。これは、桜色の都の問題ね」
「はっ。我等が迂闊な行動を取ったせいで女王様の御手を煩わせることになり、大変申し訳ございません」
彼はそう言うと深く頭を下げる。
「いえ、こちらこそ詳しく話してくれて助かったわ。…それにしても、元々は砂漠の向こうに住んでいた貴方達も流転の國を知っているのね」
「はい。流転の國のマヤリィ様の御名を知らぬ者はございません。砂漠の遥か彼方まで、宙色の大魔術師様のご高名は響き渡っております」
ドラゴンは言う。
(流転の國も私の存在も随分と有名なのね…)
マヤリィは改めてこの世界はまだまだ謎だらけだと感じた。
「では、今の話は私から桜色の都の国王陛下に伝えさせてもらうわ。巨竜種が私達と同じ言語を使用しているということと、慈悲深く友好的な種族であるということもね」
桜色の都の捨て子を見て見ぬふりすることなく、保護して育てようとしている巨竜種。間違いなく彼等は優しい種族なのだろう。
「有り難きお言葉にございます、女王様。それでは、我等は国境線から少し離れた場所まで移動することに致します。これ以上、黒魔術師の方々にご迷惑をかけるわけにも参りませんので」
「ええ、そうして頂戴。黒魔術師部隊にも私から全て伝えておくわ。…その上で、貴方達が保護したという捨て子について改めて聞きに来たいと思うのだけれど、それは私の配下でも構わないわね?」
「はい。貴女様の配下の方とあらば、我等も安心してお話しすることが出来ます」
それを聞くと、マヤリィは満足そうに頷いた。
「では、明日の朝、貴方達の集落に私の配下を派遣するわ。そこで、改めて桜色の都の捨て子の問題について説明して頂戴。よろしく頼むわね」
「はい。畏まりました、女王様」
「マヤリィでいいわ。…貴方の名前は?」
「私はリュートと申します。遅ればせながら、これからよろしくお願い申し上げます、マヤリィ様」
リュートは自分よりも遥かに小さい人間を前に、再び頭を下げるのだった。
「…というわけだから、明日の朝リュートという名の巨竜種に会ってきて頂戴」
『クロス』の拠点に戻ったマヤリィは、リュートから聞いた話を簡潔に話し、今後の予定についても説明した。
「シャドーレ、行ってくれるわね?」
「はっ。畏まりましたわ、マヤリィ様」
思いがけない話に皆が困惑する中、シャドーレはマヤリィの命令を嬉々として受け入れた。
「それから、クラヴィスも同行して頂戴。後で詳細な事情をヒカル殿に説明する必要があるわ」
ヒカル王と懇意にしているクラヴィスならば、後々の説明もスムーズに進むとマヤリィは考えた。
「畏まりました、ご主人様。その巨竜種の方のお話をきちんと伺って参ります」
クラヴィスはそう言って頭を下げた。
(…それにしても、ヒカル殿に会う必要が出てくるとは思わなかったわ)
積極的に動いたのはマヤリィ自身だが、これで流転の國の最高権力者自ら現地に行ったことがヒカル王に知られてしまう。
(…けれど、これは国王陛下に相談するべき桜色の都の大問題。誰がどうして子供を置き去りにしているのか…これは流転の國には解決出来ないことだもの)
マヤリィはそこまで考えると、早々にラピスを流転の國に返そうと決めるのだった。
明日の日程
・マヤリィ…ヒカル王に事の次第を報告する
・シャドーレとクラヴィス…リュートに会い、問題の詳細について聞く
・ラピス…流転の國へ帰還
・ウィリアム隊長と少数の隊員達…念の為、現在の場所で待機
・副隊長とその他の隊員達…王都へ帰還




