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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第82話 三つの禁術

第7会議室にタンザナイトとルーリを残し、マヤリィはどこかへ『転移』していった。二人を緊張させない為の気遣いなのか、他に用事があるのか、それは分からない。


「本当にいいのか?」

ルーリは鏡越しにタンザナイトを見る。

「何がです?」

「髪の話だ。本当にベリーショートにしてしまっていいのか?」

「おかしいでしょうか?」

「いや…そんなことはないが…」

「では、お願いします。女王様の許可は頂いておりますので」

先ほどまではマヤリィのことを『母上様』と呼んでいたが、既にいつものタンザナイトに戻っている。

「バリカンを体験してみたいんですよね。あれって気持ちいいんでしょう?」

「さぁ?私は使ったことがないから分からないな…。っていうか、刈り上げるつもりなのか!?」

「はい。女王様のようなベリーショートに、ってお願いしたはずですけど?」

「そ、それはそうだが…」

ルーリはやはり気が進まない様子である。

「切る前に、一応聞かせてくれ。お前は…自分の髪に愛着とかないのか?」

「愛着…ですか?」

「ああ。こうして触っていると、柔らかくてサラサラしていてとても綺麗な髪の毛だ。自分の髪を好きだと思ったことはないか?」

「さぁ?僕は前々から短くしたいと思ってたんですけど…。ルーリ様は反対されますか?」

タンザナイトは相変わらず真顔で話す。

「反対…というか、勿体ないなって…」

マヤリィに対しては絶対言ってはいけない言葉も、タンザナイトになら言える。

「勿体ない…?僕の髪が、ですか?」

「ああ。こんなに綺麗なのに、短く刈り上げてしまうなんて…」

「駄目ですか?」

「駄目じゃないけど」

「ルーリ様は気が進まないみたいですね」

「どっちかって言うとな。…どうやら私はお前だけでなく、お前の髪も好きらしい」

ルーリはそう言うと、椅子に座ったタンザナイトを後ろから抱きしめる。

「ルーリ様…?」

「切りたくない。マヤリィ様の御髪を切るのだって、本当は悲しい」

「その話、僕に聞かせて良いんですか?」

「聞き流してくれ。私は…マヤリィ様の美しい御髪が本当は大好きなんだ」

「女王様はベリーショートがお好みのようですけど」

「ああ。知ってる。だから、私はあの御方の御髪をお切りするんだ」

「でも、本当は気が進まないんですか?」

「ああ。そうらしい。…だが、この話はマヤリィ様にしないでくれ。お前もあの御方の境遇については理解しているだろう?」

「はい。全て伺ってます」

「それならいい。今の話は忘れろ」

「畏まりました、ルーリ様。…で、結局僕の髪は切ってくれないんですか?」

「切らなかったら…マヤリィ様に怒られる」

「では、怒られて下さい」

ルーリの本音を知ったタンザナイトはそう言って、椅子から下りる。

そして、わざとらしく独り言を呟く。

「これからどうしようかな…。シロマ様にお願いしたら、僕の髪も丸刈りにして下さるだろうか…」

「ちょっと待て」

「ルーリ様、いかがなさいましたか?」

タンザナイトは振り向いて首を傾げる。

「これから僕はシロマ様の所へ行ってきます。女王様からは好きな髪型にするよう言われておりますので、ご心配なく」

微笑み一つも見せてくれないのに、可愛らしさがあふれ出ている。

「いや、行かないでくれ」

ルーリは思わずタンザナイトの手を取る。

「お前の好きなように切るから…行かないでくれ」

「でも、気が進まないんですよね?」

「そんなことはない」

言葉とは裏腹に、ルーリの目は困っていた。

「ルーリ様にご迷惑をおかけしたとなれば、僕が女王様に怒られます。今日の話はなかったことにして下さい」

そう言ってナイトがルーリから手を離した時、音もなく会議室のドアが開いた。

「まだここにいたんだね、二人共。…あれ?タンザナイトは髪切るのやめたの?」

「ジェイ…!どうしてここに…?」

「姫から聞いて来たんだよ。『もしかしたらルーリはナイトの髪を切るのが嫌なのかもしれないわね』って言ってたから、念の為に僕が確認しに来たってわけ」

マヤリィは全てお見通しだった。気の進まない仕事をルーリにやらせたくないが、ナイトの願いは叶えてあげたい。ということで、ヘアカットの技術を持っているジェイが来たらしい。

「姫は相変わらず心配性だな…って思いつつ来てみたけど、予想通りだったみたいだね」

「っ…」

ジェイの言葉に何も言い返せないルーリ。

「…でも、出来たら予想が外れてて欲しかったな。君が『マヤリィ様の可愛い娘』の願いを快く引き受けてくれないなんて報告はしたくなかったのに」

そこまでいつもと同じ調子で喋っていたジェイは、急に『流転の指環』を光らせた。

「『風刃』顕現せよ」

「ジェイ…!?」

「僕、結構怒ってるんだよね、ルーリ。君はどこまでマヤリィ様を裏切るつもりなのかな?」

ジェイは第7会議室に魔力圧をかけながらルーリに迫る。

自分と同じく訓練を怠っている配下だと思っていたのに、彼が今解き放った膨大な魔力はルーリに真実を教える。ジェイもまた流転の國最高クラスの魔術師なのだ。

「待て、ジェイ…!私はマヤリィ様を裏切ろうと思ったことなど一度もない!」

「…なら、なんでタンザナイトのお願いを聞いてあげないの?それも、マヤリィ様が絶対に叶えてあげたいって思っていらっしゃるお願いをさ!!」

ジェイは『風刃』を手にすると、迷わずルーリの喉元に突き付ける。

「心配しないで?僕の魔力如きで君が死ぬわけないから」

「っ…何をするつもりだ?」

しかし、ジェイは答えなかった。

返事の代わりに、ルーリの喉に刃を突き刺した。

「ルーリ様!!」

風刃が刺さったまま倒れ込むルーリをかろうじてタンザナイトが受け止める。が、いくらルーリが痩せているとはいえ、ナイトの細腕で支え続けるのは無理があった。

「ジェイ様…なぜこんなことをなさるのですか?」

ゆっくりとその場にルーリを横たわらせ、タンザナイトは訊ねる。

「ルーリ様から特殊能力を取り上げるなんて…」

「さすがはタンザナイト。これが『能力没収』魔術だなんて、よく分かったね」

見れば、ルーリの身体から魂を吸い取るかのように刃が光を帯びている。

『能力没収』は文字通り、相手の能力を強制的に取り上げる魔術。似た名称の『能力強奪』と違う点は、その能力を自分の中に取り込むのではなく、何らかのアイテムの中に封印することだ。

今、ジェイは能力没収魔術を使って『風刃』にルーリの特殊能力である『魅惑』を封じ込めた。

「そろそろいいかな」

光が止んだのを確認したジェイは、ルーリに刺した刃を抜く。

ジェイの禁術を分析するのに精一杯だったタンザナイトは今になって気付くが、驚くべきことにルーリの身体からは一滴も血が出ていない。それどころか、みるみるうちに傷が塞がっていく。

「傷が……!」

タンザナイトが呆気に取られている間に、ルーリの身体は何事もなかったかのように元通りになった。…かと思いきや。

「『完全治癒』魔術は使わないのですか?」

刃で切り裂かれた傷痕は残ったままだ。

「それは君に任せるよ」

ジェイはそう言うと、

「とりあえず、ルーリの特殊能力は僕が預からせてもらった。…この禁術には副作用があるからしばらくは目を覚まさないだろうけど、死ぬことはないから心配しないでいいよ」

タンザナイトに微笑みかける。

「っ…」

これだけのことをしておきながら穏やかな口調で話すジェイを見て、ナイトは恐怖を覚えた。

「ジェイ様…これは女王様に命じられたことではありませんよね?」

「うん。姫がこんなことを命じるわけないよ。僕が勝手にやったことだ」

「なぜです?ルーリ様の特殊能力を取り上げるとしても、他にやり方があったはずでは?」

「僕は風の魔術師だからね。こういうやり方しか出来なかった」

「だとしても、ルーリ様を傷付けるなんて…」

「ルーリの傷は治したじゃん。たぶん痛みも感じてないはずだよ」

「そういう問題ではありません。ルーリ様の能力を返して下さい」

「タンザナイト。君にそんなことが言えるの?」

「どういう意味です?」

「僕が取り上げたのは『魅惑』という特殊能力だ。ルーリに返さない方が君にとって都合が良いんじゃないかな?」

「っ…」

「ルーリが夢魔の本能をコントロール出来ない以上、いつ襲われるか分からないよ?」

「…だとしても、無断で能力を取り上げて良い理由にはなりません」

「君って本当に良い子だね、タンザナイト」

ジェイは微笑みを浮かべると、その場に魔法陣を展開した。

「これは誰にも見つからないように隠しておく。…勿論、姫にもね」

「ジェイ様…!」

タンザナイトは反射的にジェイに飛びかかり、魅惑が封じ込められた風刃を取り上げようとする。

が、逆に腕を掴まれてしまう。

「っ…」

「白い肌といい、その細さといい、姫の腕みたいだね」

力が強いようには見えないが、ジェイとて成人男性。腕力で敵う相手ではない。

それに気付いたタンザナイトは、

「『拘束』せよ!!」

魔術を発動するが、ジェイの転移が一瞬早かった。

「ジェイ様…!」

第7会議室には、意識のないルーリと自分だけが残された。

「なぜ…ジェイ様が……」

理解不能な出来事を目にしてタンザナイトは悩むが、考えている場合ではない。

《こちらタンザナイト…

と、言いかけた瞬間。

「来るのが遅かったようね」

マヤリィが現れた。

「母上様!!」

「まさかこんなことになっているとは思わなかったわ。…ジェイはこの部屋に『魔力探知阻害』魔術をかけていたのね」

(魔力探知阻害…?だから母上様が気付かなかったってことか…)

そこまでしてルーリに禁術をかけたジェイが一層恐ろしくなる。

「…ルーリ。目を開けて頂戴」

マヤリィはルーリの傍らで呼びかけるが、彼女は意識を失ったままだ。

「傷は治っている。脈も正常。他に傷付いたところもない。けれど、意識は当分の間戻りそうにないわね…」

一見するとルーリは眠っているだけのように見える。

「…。ジェイは『能力没収』を発動したの?」

『鑑定』を使って特殊能力が失われていることを見抜いたマヤリィはタンザナイトに聞く。

「はい。『風刃』というアイテムの中にルーリ様の特殊能力を封じ込めたとおっしゃっていました」

「…そうだったのね」

マヤリィは全てを察してため息をつく。

「ルーリ…。貴女、とんでもない人を怒らせてしまったわね…」

「母上様、ジェイ様は僕のせいで…」

「いいえ。これは私の問題よ。貴女が責任を感じる必要は全くない」

そう言うと、マヤリィは愛おしそうにタンザナイトを抱きしめる。

「ごめんなさいね、ナイト。貴女につらい場面を見せてしまったことを許して頂戴」

「母上様……?」

突如として光り始めた『宙色の耳飾り』。

「これは貴女には関係のない問題よ。だから…全て忘れなさい」

本日、通算三回目の禁術。

それは『完全消去』魔術だった…。

『マヤリィ様の可愛い娘』の願いを快く引き受けてくれないルーリに怒り心頭のジェイは『能力強奪』の下位種である『能力没収』という禁術を発動し、魅惑をアイテムの中に封じ込めてしまいました。

さらに、第7会議室にかけられていた『魔力探知阻害』魔術のせいで、マヤリィは気付くのが遅れてしまいます。


なぜこんなことをするのかというタンザナイトの問いに対し、明確に答えることはしなかったジェイですが、以前「君がマヤリィ様に対し罪深い行為を働いたというなら容赦はしない」「また何かやらかしたら本当に許さない」とルーリに言っていました。

とんでもない人を怒らせてしまったわね…というマヤリィの言葉通り、本気で怒ったジェイは誰よりも怖い人物かもしれません。


そして、つらい場面を見てしまったナイトの心を守る為にマヤリィが思い付くことと言えば、全てを忘れさせる禁術だけ。

今回発動した『完全消去』魔術は『忘却』の上位互換なので、たとえマヤリィであっても記憶を元に戻すことは不可能に近いです。

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