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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第81話 母と娘

「…マヤリィ様、いかがでしょうか?」

「ありがとう、ルーリ。良い感じよ」

ルーリがウェーブヘアを作った後、せっかく第7会議室にいるのでマヤリィは髪を切ってもらった。

「それにしても、ジェイの趣味って分からないわ。ベリーショートの髪にあの服は似合わないと思うのだけれど」

さりげなくフリルがあしらわれたネグリジェを思い出す。それに、休養室は壁も天井も淡いピンク色に彩られ、白いドレッサーが置かれており、極めつけは天蓋付きのベッドである。

ルーリはまだ入ったことがないので想像するしかないが、

「畏れながら、マヤリィ様。ジェイにとって貴女様は『姫』でいらっしゃいますから、そのようなお部屋にしたのではないでしょうか?」

昨夜のネグリジェ姿を思い出しながら笑顔で言う。

「それに、貴女様は美しいだけでなく、とても可愛らしい御方にございます。玉座の間でのスーツ姿は凛々しく美しいですが、ベッドの中の貴女様は可愛すぎて…」

そう言いながら頬を染めるルーリ。昨夜の情事まで思い出してしまった。

「分かったから、それ以上言わなくていいわ。…私も昨夜は最高だったし」

「マヤリィ様…!」

ルーリは嬉しさのあまりマヤリィを抱きしめる。

マヤリィはその腕を拒まず、

「ルーリ、貴女ってひとは…。なぜこんなにも私を魅了するのかしら…」

艶めいた唇にそっとキスをする。

「ああ、マヤリィ様…!」

堪らずに『魅惑』を発動するが、マヤリィは意外な行動に出た。

「『シールド』」

「っ…!」

ルーリが魅惑魔法の話をするたびにシールドを張るタンザナイト。マヤリィは今、彼女の真似をしてシールドを張った。

「マヤリィ様ぁ…」

魅惑を拒否されたルーリは縋り付くような目でマヤリィを見る。

しかし、マヤリィは微笑みながら、

「ふふ、ナイトの真似をしてみたかったのよ」

「しないで下さいませ…!私は決してタンザナイトを襲うようなことは致しませんから」

実際、ルーリはマヤリィに言われたことを守っている。昨日だって、タンザナイトのドレス姿を見て我慢するのが精一杯だった。

「畏れながら、マヤリィ様。昨日のタンザナイトですが…『記憶の記録』をご覧になりますか?」

「…ああ、ドレスを着せた話ね」

マヤリィも見たがっていたはずだが、あまり乗り気でない顔をしている。

「ご覧にならないのですか?」

ルーリは不思議そうに聞く。

「ええ…今は見ないわ。ナイトに見ても良いか聞いてからにする」

「はっ。畏まりました」

(マヤリィ様はなぜタンザナイトにまで気を遣うのだろう…?)

ルーリは、二人が本当の母娘のような関係になっていることを知らない。

詳しく訊ねるのも気が引けるので、ルーリは改まってマヤリィに言った。

「…ところで、マヤリィ様。魅惑魔法について、貴女様にご相談申し上げたいことがございます」

「魅惑がどうかしたの?」

「はい…。たった今も貴女様に対して発動しておいてこのようなことを言うのもなんですが…私は再び魅惑を封印した方が良いのではないかと思うのです」

ルーリは言う。

「恥ずかしながら、私は夢魔としての欲望をコントロールすることが出来ておりません。本来ならば敵に対してかけるべき魔術を自分の欲望の為に使うなんて…今更ながら反省しております」

「本当に…今更よね。けれど、貴女の浮気は今に始まったことじゃないのだから、そんなに思い詰めないで頂戴」

マヤリィは微笑みながら辛辣なことを言う。

「どうしても封印する必要があると言うのなら方法を考えるわ。…例えば、シロマを襲いたくて仕方ないとか」

「えっ…」

「ごめんなさいね、ルーリ。たまたま私が常時発動している『魔力探知』に引っかかってしまったことがあるの」

(ジェイが言っていた通りだな…)

シロマを抱いたことをジェイに打ち明けた時、マヤリィは無意識に発動している魔力探知によってそれを知ってしまったと聞いている。

「申し訳ございません、マヤリィ様…」

「貴女が謝罪するべきは私でなくシロマよ。当然、同意の上で事に及んだのでしょうけれど、シロマにはクラヴィスという『元の世界』にいた頃から好きだった男性がいるの。勿論、クラヴィスの方もシロマを愛しているわ」

「シ、シロマとクラヴィスが…??」

初めて聞く話にルーリは驚く。

「ええ。元の世界で冒険者をしていた二人は流転の國で再会し、互いに相手を想っていたことに気付いたらしいわ。普段は相棒のような間柄に見えても、実際はそれ以上の関係。…出来れば、シロマに罪悪感を抱かせるような行為はやめて欲しいものね」

「…………」

何にも知らなかったルーリは俯く。

「私は…シロマに浮気をさせてしまったのですね…」

「ええ、そういうことになるわね。…まぁ、貴女のそういう行為は今に始まったことじゃないのだから、そんなに思い詰めないで頂戴」

本日、二回目の辛辣なお言葉である。

「されど、マヤリィ様…。やはり私は魅惑を封印すべきかと存じます。いっそのこと『人化』魔術をかけて…

「駄目よ、ルーリ。『人化』魔術を受けて人間種になったら、二度と悪魔種には戻れないわ」

ルーリの言葉を遮ってマヤリィは言う。

『人化』とは、その名の通り、違う種族に属する者を人間種に変える禁術である。

それは黒魔術の一種で、今は亡きネクロが翼を失った天使種のユキに『人化』を施し、人間種に変えたことがある。…今となってはユキも故人だが。

「貴女は流転の國に夢魔として顕現した。それをそう簡単に変えることは私が許さないわ。…どうしてもと言うのなら、先ほど話したように封印する方法を考えてあげる。だから、早まったことはしないで頂戴」

とはいえ、今の流転の國で『人化』を発動出来るとすれば『宙色の魔力』を持つマヤリィしかいない。もしくは…

と、その時。

「失礼致します。女王様、こちらにいらっしゃいますか?」

ドアのノック音の後、タンザナイトの声が聞こえた。

「ええ。入りなさい」

「はっ。失礼致します」

マヤリィはナイトが来たことを嬉しく思うが、

「タンザナイト、どうしてマヤリィ様がここにいらっしゃると分かったんだ?」

ルーリは不思議そうに聞く。

「畏れながら、魔力探知をさせて頂きました。女王様に許可を頂きたいことがあるんです」

(マヤリィ様は一度も魔術を使われていないというのに、魔力探知だと…?)

ルーリは驚くが、黙って話を聞くことにした。

「急にどうしたの?私の許可を得なくても、貴女の自由に行動して良いと言ったはずよ?」

(そうなのか…?)

ルーリさん、置いてけぼり。

「はい。それは覚えておりますが、やはり母上様にお許しを…いえ、お伝えしてからにしたいと思いまして、畏れ多くも貴女様の魔力を辿って参りました」

(今、普通に母上様って言った…)←ルーリ。

「…そうだったの。貴女って本当に律儀な子ね。…それで、何をしたいと言うのかしら?」

「はい。実は、髪を切りたいのです」

その瞬間、マヤリィは完全に母親の顔になった。

(こんな表情をされるマヤリィ様なんて初めて見たぞ…!)←ルーリ。

「あら、そうだったのね。…ナイト、そんなに緊張しなくていいのよ?」

「はい。ですが…母上様が造って下さった姿なので…」

「そんなこと気にしなくていいの。貴女の好きなようにしなさいって言ったでしょう?…ねぇ、教えて頂戴。貴女はどんな髪型にしたいの?」

「はい。出来ましたら…母上様のようなベリーショートにしてみたいです」

(えっ?マジで??)←ルーリ。

相変わらずタンザナイトは真顔だが、その言葉を聞いたマヤリィは微笑んだ。

「ふふ、貴女ならきっと似合うわ。…では、早速切ってもらいましょうか」

「お、畏れながら、マヤリィ様。私がタンザナイトの髪を切るのでございますか?」

マヤリィの視線を受けて、ルーリは慌てる。なぜ慌てる必要があるのか分からないが、声が上ずってしまう。

「ええ、そうよ。お願いしてもいいかしら?」

「はっ。貴女様のご命令とあらば、全身全霊で務めさせて頂く所存です」

ルーリは素直に頭を下げる。

「ふふ、ちょうど第7会議室にいてよかったわ。…ナイト、こちらに来なさい」

「はっ」

初めて髪を切るナイトはマヤリィに促されて椅子に座る。目の前には大きな鏡がある。

そして、

「ルーリ様、よろしくお願いします。僕の髪を切って下さい」

真面目な顔で頭を下げる。

「ああ…。分かったよ…」

実は気の進まないルーリだが、マヤリィにお願いされては断れない。

(タンザナイトは…ヘアアレンジが出来ないくらい短くしてしまうつもりなんだな…)

昨日ドレスを着せた際、ルーリはタンザナイトのヘアメイクをした。少し伸びた髪をドレスに合うようアレンジし、とても可愛く仕上げられたと思っていたのだが。

(綺麗な髪なのに…)

ルーリはため息をつきたくなるが我慢して準備を始める。

待っている間、ナイトはマヤリィに訊ねた。

「母上様は…『記憶の記録』をご覧になりましたか?」

「それって、貴女のドレス姿のこと?…いいえ、見ていないわ」

マヤリィは言う。

「ルーリは見せてくれると言ったのだけれど…貴女に許可をもらってからにしようと思ったのよ」

「なぜです?母上様が僕に許可を取るなんて、それこそ必要のないことにございます」

ナイトは戸惑ったように言う。

しかし、マヤリィは優しい声で、

「貴女はドレスが好きではないようだから…。もし私に見られたくないと思っているなら、勝手に見るわけにはいかないわ」

「母上様…!貴女様はお優しすぎます。僕なんかにそのようなお気遣いをして下さるなんて…」

「僕なんか、じゃないのよ、タンザナイト」

思いがけない答えに戸惑うタンザナイトを後ろから抱きしめるマヤリィ。

「私の可愛いナイト。…昨日、貴女にドレスを着せてまでリッカ殿を引き留めさせたこと、本当は後悔しているの。けれど、せっかく貴女が作ってくれたチャンスを無駄に出来るわけなかった。…ねぇ、ナイト?女王としても母親としても不完全な私を許してくれる?」

すると、ナイトは振り返ってマヤリィを見つめ、その手を優しく握った。

「母上様、どうかそのようなことをおっしゃらないで下さいませ。僕から見れば貴女様以上に完璧な御方はいらっしゃいません」

美しい瞳が真っ直ぐにマヤリィを見ている。

「『記憶の記録』はルーリ様が持っていらっしゃいます。よろしければご覧下さいませ。…恐らく僕はもう二度とドレスを着ないと思いますので」

その時、タンザナイトは哀しいのか寂しいのかよく分からない表情を浮かべていた。

「…そう。分かったわ。ありがとう、ナイト」

マヤリィはそう言うとタンザナイトから離れ、ルーリに目配せした。

《後は任せたわよ、ルーリ》

《はっ。畏まりました、マヤリィ様》

ルーリは頷くと、軽口を叩くこともなく、鏡越しにタンザナイトを見つめる。

「さぁ、そろそろ始めるぞ。どんな風にしたいのか、具体的に教えてくれ」

マヤリィと話している時は時々タンザナイトの表情筋が仕事をします。

母娘の深い繋がりを把握していないルーリは内心かなり困惑していますが、会話を聞いていれば、マヤリィがタンザナイトを大切に思っていることが分かるはず。

タンザナイトを揶揄うこともせず、真面目な顔で仕事に臨むルーリです。

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