第76話 ひらめき
母上様の御為ならば、僕はどんなことだってしますよ。
「それにしても、昨夜は本当によく眠れた。素晴らしいお部屋を用意して下さったマヤリィ様に改めて感謝の意を伝えねばな」
ここは潮風の吹くカフェテラス。マヤリィの命令通り、訓練所で皆に自由時間を言い渡したルーリは『貴女様ともっとお話がしたい』と言って、リッカをここに連れてきたのだ。
マヤリィは『彼女が気に入ったから配下にしたい』とは言うものの、決して無理強いはしない。
とはいえ、彼女を引き入れる為の周到な作戦は既に始まっている。
そして今、ルーリはマヤリィの命令に従ってリッカを流転の國に留める方向へ話を持って行こうとしている。
「客室だけでなく、先ほどお借りした装備にも驚かされた。あれほどの品は初めて見たぞ。私には縁がないと思っていたゆえ想像もしていなかったが、流転の國は何と素晴らしい所なのだろう」
ルーリが誘導しなくても、リッカは既に流転の國に魅了されている。
「はい。全てはマヤリィ様のお力あってのことにございます。…実は、客室だけでなく、配下である私達一人一人に与えられた部屋にも最上級の品が揃っています。それに、今私が身に付けている服も自由に選ばせて頂きました」
今日のルーリは青いドレスを着ている。胸元が強調され、背中の部分が大きく開いたロングドレスである。
「そうなのか?今日は『魅惑』魔術を披露するつもりでそのような艶かしい格好をしているのかと思っていたが…」
今はリッカも王宮にいた時と同じドレスに着替えているが、ルーリが着ている物と比べるとどちらが高級品かは誰でも分かる。
「昨日は桜色のドレスを着ておったな。一体、貴女は何着ドレスを持っているのだ?」
「畏れながら、リッカ様。自分が何着の服を持っているかなど考えたこともございませんでした」
ルーリは真面目に考えてみるが、本当に分からない。その様子を見たリッカはルーリの言葉が嘘でないと分かって呆気に取られる。桜色の都の王女である自分だって、普段着まで上質な物を着ていたわけではないのに。
「そうなんです。ルーリ様は毎日違うドレスを着ていらっしゃるんですよ」
「っ…!?」
突然現れたタンザナイトに驚いて立ち上がるリッカ。
「おいタンザナイト。お前、どこから湧いて出た?」
「たった今、転移してきたところにございます。驚かせてしまい申し訳ありません、リッカ様」
「い、いや…来てくれて嬉しいぞ、タンザナイト殿」
『転移』には慣れていないし、結局タンザナイトの魔術を見る前に自由時間になってしまったが、彼女に秘められた魔力を想像するとそれだけで恐ろしくなる。
「そういえば、ここのコーヒーは本当に美味いな。タンザナイト殿の分も合わせて、二杯目を頼んでいいか?」
リッカは人間なので、普通にコーヒーが飲める。
「いえ、僕の分は結構です。コーヒーは苦手ですので」
タンザナイトは飲食が出来ないホムンクルスである。
「そうか。では違うメニューを…」
「メイドのお姉さーん!コーヒーを一つ追加な!」
リッカがメニュー表を見る前にルーリが叫ぶ。ナイトは水すら口に出来ないのだ。
「タンザナイト殿、いいのか?」
リッカはタンザナイトを気遣うが、
「はい。僕は喉が渇いておりませんので、お気になさらず」
微笑み一つ見せず、真顔で答える。
「そ、そうか…」
(本当に何を考えているのやら分からぬ娘だな…)
昨日といい、全く表情の変わらないタンザナイトを見て、首を傾げたくなるリッカ。
それに構わず、ルーリが聞く。
「ところで、お前は何でここに来たんだ?」
「自由時間だからですよ。僕だってリッカ様とお話したいんです」
「今は大人同士で話をしている。子供は大人しく部屋に戻れ」
「お言葉ですが、僕は19歳です。大人です。見た目年齢20代前半のルーリ様には言われたくありませんね」
「確かに人間種に換算すると20代らしいが…私はれっきとした51歳だ」
「では、女王様は35歳であられますから、ルーリ様とは随分と歳の差が…」
「それ以上言うな。悲しくなるじゃないか」
その時、リッカが反応を示した。
「マヤリィ様は…35歳でいらっしゃるのか?」
リッカと同い年だ。
「は、はい…。そういえば、リッカ様も…」
「ああ。まさか同じ歳とは思わなんだが…何と言うか、親近感が湧く」
そう言ってリッカは微笑む。
「ところで、タンザナイト殿は19歳と申しておったな?実は、ヒカルも19なのだ。面白い巡り合わせだな」
「はい。これは運命でしょうか?」
「そうやもしれんな」
(タンザナイトも運命とか言うんだ…)
ルーリはタンザナイトの口から運命などという言葉が出たことが何となく不思議だった。
そして、突然話が戻る。
「…ところで、タンザナイト殿。さっきの話だが」
「はっ。何でございましょうか?」
「貴女は、その…衣装部屋とやらには行かぬのか?ドレスを着ている姿は想像出来ないが、女性だと聞いたのでな」
「はい。僕はドレスが苦手ですので、着用したこともございません」
「そうなのか?着てみたいとも思わぬのか?」
「はい。全く思いません」
「…そうか。その服装も似合っているが、女らしい格好をしたらさぞかし可愛らしいだろうに」
「いえ、僕は…」
「リッカ様、貴女様もそう思われますか??」
そこへ、ルーリが割って入る。
「実はこれまで私が散々勧めてきたのですが、こいつは頑なに拒否しまして…いまだに着てくれたことがないのです」
「ちょっと、ルーリ様」
「ぜっったいに似合うと思うのですが、リッカ様もそう思われますよね??」
「あ、ああ…」
いきなり押しが強くなったルーリに若干引きつつリッカは答える。
「出来れば見てみたいが…本人が嫌と言うのなら無理強いするつもりはない」
「ですが、見てみたいですよね??」
「されど…タンザナイト殿は気が進まないのであろう?」
リッカはそう言ってタンザナイトを見るが(本当は着て欲しい…)という顔をしている。
(ルーリ様、そこまでして僕にドレスを着せたいんですか…。大人げないですね…)
タンザナイトは呆れたが、その時、急に閃いた。母上様のお役に立てるかもしれない良い方法を思い付いてしまった。
「…では、リッカ様。僕がドレスを着たら、貴女様の氷系統魔術を伝授して下さいますか?」
まさかの交換条件である。
「それは構わないが…マヤリィ様の許可を取らねばならぬのではないか?」
「はい。勿論、今から女王様の許可を頂くつもりでおります」
「今から…?」
「はい。『念話』を発動しますのでお返事を待ちましょう」
(…?ナイトは一体何を考えているんだ…?)
ドレスの件で躍起になっていたルーリは少し冷静になって考える。
《こちらタンザナイト。畏れながら、女王様。今お話しさせて頂くことは可能でしょうか?》
返事はすぐに来た。
《こちらマヤリィ。話なら構わないわよ。何かあったの?…この念話はリッカ殿にも聞こえているようね》
(なぜ分かるのだ?)とリッカは思うが、
《はっ。畏れながら、私も聞いております》
マヤリィに返事をする。
《ナイト、何があったか聞かせて頂戴》
《はっ。実は、これこれこういうことで…》
それを聞いたマヤリィは快く承諾する。
《話は分かった。リッカ殿が了承してくれるなら構わないわ。…けれど、伝授してもらうのに数日というわけにもいかないわね》
(まさか、マヤリィ様…)
《それに、私もゆっくりリッカ殿の魔術を見たいし、二週間…いえ、一ヶ月ほど流転の國にいてくれないかしら?》
《一ヶ月…にございますか?》
《ええ。その間は皆と同じように訓練所、衣装部屋、第7会議室、他にも流転の城にある全ての施設を自由に使っていいわよ。…どうかしら?》
(ナイトはここまで見越してたって言うのか?)
《畏れながら、マヤリィ様。そのような特別待遇が許されて良いのでしょうか…?》
《私が良いと言ったら良いのよ。…で?返事はすぐに聞かせて頂戴。そちらもナイトのドレス姿がかかっているのでしょう?》
もはやリッカは逃げられない。
《か、畏まりました、マヤリィ様。一ヶ月の間こちらに滞在させて頂きタンザナイト殿に魔術をお教え致します》
《ふふ、決まりね。…では、ルーリ。後は任せたわよ。『記憶の記録』を忘れないでね?》
マヤリィは念話の最後に、当然これを聞いているであろうルーリに命令を下す。
自分もタンザナイトのドレス姿を見る気でいる。
《タンザナイト…お前、マヤリィ様の狙いが分かってたのか?》
衣装部屋に移動している間、ルーリが念話で聞く。
話をしたいので今は歩いて移動している。
《はい、何となく。僕にリッカ様を案内するようお命じになった時から考えておりました》
《そ、そんなに早く…?》
《はい。そして、女王様がリッカ様を流転の國に留めるおつもりであることを確信したのは、今日の会議で皆様を紹介したことです。本来ならば、桜色の都の人間に女王様の配下達を改まって紹介するわけはありませんから》
《確かに、そうだな》
《…それに、リッカ様とて流転の國に一ヶ月も滞在すれば、よほどのことがない限り元の生活には戻れないと思います》
《レイン離宮がどんな所か知ってるのか?》
《いえ、詳しくは知りませんが、リッカ様は『侘しい所』だと仰せだったのですよね?》
《あっ……》
《リッカ様の反応を見るに、流転の國は桜色の都よりも離宮よりも遥かに素晴らしい環境なのでしょう。そう考えれば、一ヶ月滞在してその後で『出来ればずっとここにいてくれないかしら』と女王様に言われたら…まず断れないでしょうね》
タンザナイトが(嫌だけど)ドレスを着てみせる→交換条件としてリッカに魔術を教えてもらう→女王マヤリィにその許可を求める→マヤリィがここぞとばかりに条件を追加して許可する(特別待遇つき)。
リッカに『しばらく流転の國に滞在しても構わないと伝えて欲しい』とマヤリィから命じられたルーリだが、タンザナイトの策略によってその計画は大きく動いた。
《一気にマヤリィ様の計画を現実的なものにしてしまうとは…。お前、策士だな》
ルーリは感心するが、タンザナイトは目を合わせてくれない。
《元はといえばルーリ様があんなことを言うからですよ?…全く、大人げないんですから》
《いや、でも…お陰でお前が良いことを思い付いて、マヤリィ様がそのチャンスを活かして下さったんだから結果オーライじゃないか?》
《はい。そういうことにしておきます》
そんなこんなで衣装部屋に着いた。
「…ナイト、気が進まないお前に聞くのもなんだが、着てみたい物はあるか?」
「はい。これでお願いします」
ちょっと申し訳ない気がしてきたルーリが聞くと、タンザナイトは即座に一着のドレスを突き出した。
「確か、ルーリ様は一瞬で服を着替えさせる魔術をお持ちですよね?よろしくお願いします」
ナイトは有無を言わさぬ勢いでルーリに迫る。
それは『魅惑』という特殊能力に付随する魔術で、一瞬で自分や相手の服を替えたり脱がせたりすることが出来る。因みに、先日の実戦訓練の時は『魅惑封印』の呪いが解けていなかったのでこれが使えず、違う服に着替えられなかった。結果、やむなく下着姿で戦いを続行することにしたのだ。
(生着替えは見せてくれないってことか…)
タンザナイトの服を脱がせてみたかったルーリは残念に思うが、リッカが『流転の國に一ヶ月滞在する』という当初マヤリィに命じられていた以上の成果を上げたのは自分ではなくナイトなので、ここは素直に頷いた。
(結局、私は役に立てなかったな…)
ルーリがしょんぼりしている間にも、タンザナイトはドレスに合いそうなネックレスやイヤリングを取り出している。
「ジュエリーはこれとこれで。ヘアメイクはルーリ様に全てお任せします」
「わ、分かった…」
一緒に選ぼうと思っていたルーリだが、タンザナイトの選択が素早いので、今回はファッションコーディネーターの出番はなかった。
(早く済ませたいのか、実は乗り気なのか、やはりこいつの考えていることは分からないな…)
…ルーリさん、確実に前者です。
一方、リッカは豪華絢爛な衣装部屋の中で何も言えず立ち尽くしていた。
それからしばらく経って、
「リッカ様、いかがでしょうか?」
「っ…!」
ドレスアップしたナイトを目にしたリッカは思わず息を呑む。
「何と言う美しさだ……」
そう言ったきり、言葉を失って見とれる。自分自身も華やかな美貌を持っているというのに、思わず嫉妬してしまいたくなってしまう。
瑞々しい色白の肌には傷一つなく、腕は細くしなやかで、脚の形も整っている。なぜ普段からドレスを着ないのだろうと思わせるくらい似合っている。
リッカが見とれている間のルーリはと言えば、
(か、可愛いにもほどがあるだろう…。やべぇ、魅惑かけたい…。抱きしめたい…)
必死で欲望と戦っている。
(マヤリィ様は本当に罪な御方だ…。こんなに可愛い子を前にして我慢しなければならないなんて…)
ルーリは葛藤しながら、ふと冷静になって、初めて見たタンザナイトの腕に注目した。
(当然だが、ナイトの身体には一つとして傷痕がないな…)
マヤリィの手首にはリストカットの傷痕が残っている。ルーリはそれを思い出してしまったのだ。
(マヤリィ様は…これを着ることが出来ないんだな…。もしかしたら、私が本当にドレスを着せたいのはマヤリィ様の方かもしれない…)
気のせいか、日を追うごとにタンザナイトはマヤリィに似てきているように思える。ナイトの方は歳を取らないはずなのに、以前よりもマヤリィと重ねて見ることが多くなった。
(…にしても、可愛いな)
結局ここへ戻ってきたルーリだが、今まで聞いたことのないタンザナイトの声色を耳にして硬直する。
「リッカ様、僕は約束を守りましたよ?今度は貴女様の番です」
見れば、ナイトは自分からリッカの傍に寄り、甘く優しい声でささやきかけている。
「氷系統魔術、楽しみにしていますね」
「あ、ああ…」
リッカはやっとのことで答える。普段は淡々とした口調なので気にも留めなかったが、タンザナイトの声はとても可愛らしい。
「か、必ずや貴女の期待に応えてみせるぞ…」
「ふふ、嬉しいです、リッカ様」
その時、ナイトは初めてリッカに微笑みを見せるのだった。
母上様の目的の為ならば手段を選ばないタンザナイト。
甘く可愛らしい声も初めて見せた微笑みも、全て計算ずく。
リッカはそんなタンザナイトに魅了され、すっかり外堀を埋められてしまいました。
ルーリは夢魔の本能と戦いつつ、タンザナイトがますますマヤリィに似てきたのではないかと思い、それと同時に切ない気持ちになります。
当然ながら傷一つないタンザナイトと、身体のあちこちに傷痕を隠しているマヤリィ。
『元いた世界』で残った傷痕はシロマの魔術でも消すことが出来ないので、マヤリィは長袖しか着ません。




