⑦伝えなければならないこと
「ウィリアム隊長!シャドーレ様が到着されました!!」
「分かった。すぐに行く」
砂漠の手前である西の国境線に野営地を設け、待機していたウィリアム。彼は今『クロス』を率いる隊長である。
しかし、彼が立ち上がるより先に、
「久しぶりですわね、ウィル。怪我人が出ていないと聞いて安心しましたわ」
そう言って目の前に現れたのは『クロス』の特別顧問にして彼の妻であるシャドーレことメアリーだった。
「メアリー!」
ウィルはすぐに愛する妻を抱きしめる。
「この非常事態に言うのもなんだけど…。貴女に会えて嬉しいよ」
「ええ。私もずっと会いたかった」
メアリーは夫にしか見せない甘えた表情をする。そしてキスを交わし、ようやく本題に入った。
「陛下が書状を送ったとのことです。まもなく流転の國の方々がいらっしゃいますわ」
「…そうか。貴女が来てくれただけで任務完了も同然なのに、陛下は心配性だね」
ウィリアムはそう言って微笑む。
「たとえ未知のドラゴンだろうと、前回のように我々を追い詰めることは出来ないよ」
「ええ。確実に任務を遂行し、全員無事で王都に帰りましょう」
先ほどとは全く違う凛々しい表情でそう言うと、シャドーレは隊員達の元へ向かった。
彼女はとても目立つので、すぐに隊員が気付く。
「あ、シャドーレ様だ!!」
「皆!シャドーレ様がいらっしゃったぞ!」
『クロス』の隊員達はいつもと変わらず、元気にシャドーレを迎える。
「貴女様が出動なさったということは、陛下は事態を重く受け止めているのですね…」
騒ぐ隊員達をかき分けて現れたのは副隊長だった。
「ええ。一度でも交戦した以上、これから本格的に彼等が動き出すだろうと見ています」
シャドーレは言う。
「詳細を聞かせて下さい。怪我人は出ていないと聞きましたが、どんな状況だったのです?」
「はっ。それに関しては…」
と彼が言いかけた時、少し離れた所で隊員達の騒ぐ声が聞こえた。
「全く…落ち着きのない」
副隊長は苛立ったが、シャドーレは何が起きたかすぐに分かった。
「…いらっしゃいましたわね」
「皆、とりあえず落ち着いて整列して頂戴」
「はっ!」
『長距離転移』でその場に現れた途端、隊員達が喜んで騒ぎ始めたので、マヤリィは戸惑いつつも威厳を込めて皆に呼びかけた。
「私は流転の國のマヤリィ。これより、桜色の都の『守護者』として貴方達に加勢しましょう」
「はっ!」
「よろしくお願い致します!!」
そこへ、少し遅れてウィリアム隊長が現れた。
「お初にお目にかかります、マヤリィ様。私は現在『クロス』の隊長を務めているウィリアムと申します。此度はお力をお貸し下さり、ありがとうございます」
ウィリアムが挨拶していると、今度はシャドーレが現れた。
「マヤリィ様…!」
「シャドーレ…!」
二人が顔を合わせた瞬間、その場の空気が変わった。
東洋の美女マヤリィと男装の麗人シャドーレ。
『クロス』の雰囲気をかき消すほど、二人の放つオーラは凄まじかった。
シャドーレはその場に跪き、
「ご無沙汰しております、マヤリィ様。お会い出来て光栄にございますわ」
笑顔でマヤリィに挨拶する。
「ええ。久しぶりね、シャドーレ。私も貴女に会えるのを楽しみにしていたわ」
マヤリィはそう言いながらシャドーレを立たせると、いきなり抱きしめた。
「マヤリィ様…?」
「今日私がここに来たのは正解だったわね」
そして、後ろに控えている二人を皆に聞こえるように紹介する。
「ヒカル殿から話は聞いているわ。そこで、私が連れてきたのはこの二人。皆もよく知っているクラヴィスと、黒魔術師のラピスラズリ。回復魔法に関しては私に全て任せて頂戴」
「はっ!畏まりました!」
「クラヴィス様、お久しぶりです!」
「よろしくお願い致します!」
前回の任務の際に大活躍したクラヴィスのことを隊員達はしっかりと覚えている。
一方、ラピスは早速シャドーレに話しかけていた。
「貴女様がシャドーレ様でいらっしゃいますか…?」
ルーリから聞いた特徴と一致する。
シャドーレは振り向くと、
「ええ、私がシャドーレですわ。貴女は…黒魔術師のラピスラズリ様とおっしゃいましたね」
「はい。流転の國より参りましたラピスラズリと申します。ラピスと呼んで頂ければ幸いにございます」
その時、マヤリィが話に加わる。
「ラピスはネクロのマジックアイテムを受け継いだ黒魔術師なのよ。若いけれど、ちゃんと戦力になるから安心して頂戴」
「はい。マヤリィ様に選ばれた方ですもの。何の心配もございませんわ」
シャドーレはマヤリィに再び会えたことがとても嬉しかった。
「クラヴィス様もお元気そうで何よりです。他の皆様もお変わりありませんか?」
「そうね…」
マヤリィはシャドーレに伝えなければならなかったことをようやく思い出す。
「流転の國で…何かあったのですか…?」
シャドーレがそう訊ねた時、クラヴィスが現れた。
「ご無沙汰しております、シャドーレ様。…突然で申し訳ないのですが、貴女様にお伝えすることがございます」
「クラヴィス様…何があったと言うのですか?」
クラヴィスの表情が曇っているのを見て、シャドーレは心配そうに訊ねるが、思い当たることがあった。
「まさか、ミノリが……?」
かつて流転の國でともに過ごしたミノリの姿を思い浮かべるシャドーレ。
「はい…。先日、ミノリ様は異世界へ転移されたのです…」
「異世界へ…?」
「はい。こことは別の世界に行ってしまわれました。ミノリ様の意思とは関係なく、突然のことでした」
「それは…クラヴィス様が流転の國にいらした時と逆のことが起きた、ということですの…?」
クラヴィスがこの世界に転移してきたのは、シャドーレが流転の國にいた頃のことだった。だから、そういった不思議な現象が起きることは理解している。
「その通りにございます。ご主人様がお気付きにならなければ、私達はミノリ様にご挨拶することさえ叶わなかったでしょう」
クラヴィスの言葉を聞いたシャドーレは悲しそうな顔でマヤリィに問う。
「マヤリィ様…ミノリはどこへ行ってしまったのでしょうか…?」
「ごめんなさい。何も分からないの…。ただ、ミノリは最後まで貴女と過ごした日々を思い出している様子だったわ」
「はい。異世界転移の直前まで、ミノリ様はシャドーレ様のことを想っていらっしゃいました…」
クラヴィスは真剣な表情で言う。
ミノリは流転の國を去る直前までシャドーレのことを想っていた。クラヴィスは、桜色の都に行くことがあればそれをシャドーレに伝えると約束したのだ。
「そう…でしたか…。お伝え下さり、感謝致しますわ…」
シャドーレの声が震える。
「もう、二度と…ミノリに会えないのですね…」
その刹那、彼女の碧い瞳から静かに涙が零れた。




