第72話 王女の境遇
実戦訓練の後、ヒカルは歓談の場を設け、久しぶりに会えたマヤリィと話をするつもりだったが…。
「リッカ様は少し前まで桜色の都の南部に位置するレイン離宮にお住まいでしたのよ」
「あら、そうだったの。離宮っていうと、ツキヨ殿が暮らしているような所かしら」
「はい。桜色の都には幾つかの離宮がありまして、どこも風光明媚で静かな所ですわ」
ヒカルそっちのけでシャドーレと話すマヤリィ。
リッカ本人がいるのにリッカの話をするシャドーレ。
(私はどうすればいいんだ…?)
ルーリは一人で困っているが、マヤリィとシャドーレの話に入っていく勇気はなく、隣にいたリッカに話しかけることにした。
「畏れながら、リッカ様。『スノーレイピア』とは、強いばかりではなく美しい魔術具にございますね」
それを聞いたリッカは嬉しそうな顔でルーリを見る。
「私の魔術を見ていてくれたのか?」
「はい、勿論です。『氷壁』とは、壁を作り出すのではなく、自分自身を氷で覆うことで防御力を高める魔術なのでございますね。強度で言えば、氷…というよりダイヤモンドのようでしたが」
「ほう…私の氷壁の硬さまで測っていたのか。貴女も相当な魔力を持っているらしいな。専門は…雷系統魔術と申したか?」
「はっ。『流転の閃光』と呼ばれるマジックアイテムをこの身に宿しております」
「それはまた興味深い」
リッカとルーリはあっという間に打ち解けた。
「ルーリ殿は特殊能力も持っているのであろう?『魅惑』とは…美しい貴女に相応しい魔術だな」
「とんでもございません。リッカ様こそ、大変お美しい女性にございます。…その長い髪は桜色の都の女性の憧れなのでは?」
桜色の都女性の美の基準は平安時代。つまり、髪の長さと美しさは欠かせない条件である。
「確かに…昔は桜色の都の王女として皆の手本になれるよう努めていたし、貴女の言う通り、我が国の女は髪を長く伸ばすのが常識だと思っている。私もその常識を信じてきた人間ゆえ、歳を重ねても髪を切ることはないのだ。…されど、時代は変わってゆくのだな。今では、貴族の娘であっても断髪する者がいると聞き及ぶ」
(それ絶対シャドーレの影響だろう…)とルーリは思いつつ、
「…そうなのですね。流転の國にはそのような習慣がございませんので、男女問わず様々な姿をしておりますわ」
一応、よそゆき顔をしている。
「実は、私も少し前まで髪を伸ばしていたのですが、マヤリィ様に憧れてバッサリと切ってしまったのです」
ルーリさんまで嘘を言う。
「ああ…。今日初めてマヤリィ様にお会いした時、その御髪の短さに驚いた。しかし、女の美に髪の長さは関係ないのだな…。シャドーレを見ながら何となくそう感じてはいたが、マヤリィ様や貴女を見てそれが確信に変わったよ」
リッカは少し寂しそうな顔で言う。時代に取り残されたような気持ちなのかもしれない。
「ルーリ殿、髪を切ったことを悔やんではおらぬのか?見たところ、貴女も美しい金髪だ。長い髪を切って…悲しくなったりはせぬのか?」
リッカには断髪する女性の気持ちが分からない。他人の髪であっても、短くなってしまうとなぜか悲しくなる。
「私も…以前は自分の長い髪が好きでした。されど、突然切ってしまいたくなったのです。あの時、私の髪は全然綺麗じゃなかったから…」
そう言いながら、ジェイに切ってもらった髪を触るルーリ。うなじの辺りで切り揃えたショートボブが気に入っている。
「されど、貴女はまだ若いのであろう?これからまた伸ばしてゆくことも出来るではないか」
リッカはどう見ても自分より10歳は若いルーリを見て言う。…まぁ、見た目は20代なので間違いではない。
「リッカ様、私が悪魔であることをお忘れでしょうか?…人間種に換算すると若いかもしれませんが、私の実年齢は51歳にございます」
「51だと…?」
「はっ。流転の國最年長の悪魔種の女とは私のことです」
「そうか…。ルーリ殿は私よりも年上であったか…」
リッカはルーリの実年齢に驚きつつ、自分の歳を明かす。
「私は今年35になったが、今も独り身…というか、一生嫁に行くことは出来ぬだろうよ。…さっきシャドーレが話しておったが、私は少し前まで離宮に住んでいた。まぁ、近いうちに再び離宮に戻るつもりなのだが、無性にヒカルが心配になってな」
リッカは言う。
「私の一番上の兄様の息子なのだが、どうにも心許ないのだ」
聞けば、リッカは三兄妹の末っ子。ヒカルの父である長男はリッカよりも7歳年上で、氷系統魔術の適性を持っていたという。
「されど、天界との戦の直後に父上が亡くなり、その後を追うように当時王太子だった兄様が亡くなってしまった。それで、次男であるツキヨの兄上が急遽即位することになったのだ」
王と王太子が相次いで亡くなったことや天界との戦に関しては、シャドーレや今は亡きバイオから詳しく聞いているが、リッカはどうしていたのだろうか。
(マヤリィ様と同い年、ということはシャドーレとも同年代だが…)
その時、ルーリは自分の魔術適性を告げた時のリッカを思い出す。
「リッカ様のマジックアイテムはお兄様から受け継いだ物であるとおっしゃっていましたね」
「ああ。一番上の兄様は氷系統、ツキヨの兄上は白魔術、そしてなぜか私も氷系統魔術の適性を持って生まれてきた。…そのせいで天界との戦に駆り出されたのだがな」
若き黒魔術師シャドーレが活躍したという天界との戦。今まで知らなかったが、攻撃魔法を使えるリッカは父王に命じられ、王族の中でただ一人戦場に立ったらしい。
「あの時は父が健在で、兄様は王太子だったし、ヒカルも生まれていた。私が戦死したところで王室は何も困らなかっただろう」
天使達に攻め込まれ、危機的な状況に陥っていた戦時中の桜色の都。
最前線に立ったのは黒魔術師だけでなく、氷系統魔術を司る若き王女だった。
リッカの話を聞きながら、ルーリは悲しそうな顔をする。
「そうだったのですか…。つらい役目を背負わされてしまったのですね…」
「ああ。戦では幾多の天使達を葬ったが…。国を守る為とはいえ、私には厳しい仕事だった」
国を守るとなれば好戦的になるシャドーレに対し、命じられて仕方なく敵を殺したリッカ。
戦後、命を賭して国を守った王女として国民からは温かく迎えられたが、心身ともに疲れ果てていたリッカは、父と兄の葬儀に出席したのを最後に、ツキヨの即位を見届けることもなく王宮を去った。
「それ以来、私はずっとレイン離宮に籠っていた。…されど、ヒカルが即位してからというもの、しばしば都が危機に陥ったという話を耳にするのでな。さすがの私も心配になって王宮に戻ってきたというわけだ」
悪竜種が攻め込んできたり、ゴーレムが大暴れしたり、今度は巨竜種騒動の後の捨て子問題。
(思い出せば、ヒカル王が即位してから色々と大変なことがあったんだな…)とルーリは思うが、外交にはほとんど携わってこなかったのできちんと記憶しているわけではない。
「されど、ヒカルは一人ではない。有事の際に備えて結成された黒魔術師部隊は年々強さを増していると聞くし、何よりシャドーレの存在が大きい。…必要とあらばヒカルの補佐をするつもりで戻ってきたのだが、私は口煩いだけで何の役にも立てなかった。しばらく王宮に滞在して、私はここにいない方が良い人間だと気付いたのだ」
「リッカ様……」
「つまらん話を聞かせてすまなかったな、ルーリ殿。それに、マヤリィ様にもご迷惑をおかけして誠に申し訳なかったと思っている。先日、流転の國の使者殿に会ってからというもの、マヤリィ様のことが気になって仕方なかったのだ。それで、ご無礼を承知で我儘を言ってしまった…。後で直接マヤリィ様に謝らせて頂きたいと思っている」
(こうして話してみると全然偉そうじゃないな…)
大きな使い魔がやってきた時は何事かと思ったが、今目の前にいるリッカは魔術が好きで少しばかりお節介で寂しがり屋の普通の女性だ。
「畏れながら、リッカ様。レイン離宮に戻られたら…もうお会いすることは叶わないのでしょうか?」
ルーリは寂しげな表情のリッカを見つめる。
「本日、私はマヤリィ様のおまけという形でお邪魔させて頂きましたが、思いがけず貴女様とこうしてお話することが出来て非常に嬉しく思っております。しかし、これが一期一会だとおっしゃるならとても寂しいです…」
「ルーリ殿……」
リッカは美しいルーリに見つめられ、視線を逸らすことも出来ずに頬を染める。
「私とて、貴女にもう二度と会えぬのは寂しい。…されど、レイン離宮は侘しい所だ。そのような場所にマヤリィ様の側近である貴女を招くなど、許されるはずがない」
「いえ、許すわよ?」
「マ、マヤリィ様…!?」
突然、二人の会話に割って入ってきたマヤリィ。
「ヒカル殿から聞いたわ。貴女、レイン離宮に戻るんですってね」
「はい。私は王宮にいた所で役に立ちませぬゆえ、大人しく離宮に戻ります。…マヤリィ様、此度は貴女様に多大なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
リッカはマヤリィの前に跪き、頭を下げる。
「私の我儘をお聞き届け下さったこと、貴女様には感謝してもしきれません。流転の國の主様の魔術を拝見出来たことは私の一生の宝物にございます」
(叔母上が…跪いてる……!?)
ヒカルは驚くが、何も言わずに見守る。
マヤリィは少しの沈黙の後、
「…ねぇ、リッカ殿?」
優しい声でリッカに提案する。
「レイン離宮に戻る前に、流転の國に来る気はないかしら?」
「えっ…?」
リッカは驚いて顔を上げる。
「私が…流転の國に…?」
驚いているのはリッカだけではない。
(叔母上が流転の國に…!?)
(リッカ様が流転の國に…!?)
内心かなり動揺しているヒカルとシャドーレ。
「畏れながら、マヤリィ様。そのようなことがあって良いのでしょうか?」
「ええ、私が良いと言ったら良いの。これが流転の國の法律よ?」
マヤリィ様のお言葉=流転の國の法律である。
「勿論、無理強いはしないわ。けれど、ルーリが悲しそうな顔をしているから……」
「はい。もうリッカ様にお会い出来ないかと思うと、ここでお別れするのが寂しいのです」
そして、先ほどと同じ眼差しでルーリはリッカを見つめる。
「ルーリ殿……」
碧く美しい瞳がうるんでいるように見える。
(私をそのような目で見る人が…まだこの世界にいたとはな…)
リッカは感慨深げにルーリを見つめ返すと、一瞬微笑みを見せ、再びマヤリィに向き直った。
「マヤリィ様。お優しいお取り計らいに感謝致します。ぜひ、私を流転の國に連れて行って下さいませ」
「ふふ、決まりね」
マヤリィは嬉しそうに微笑むと、ヒカルに言った。
「ヒカル殿、そういうわけだから貴方の叔母様を貸してもらうわね」
「は、はい…!」
慌てて返事をするヒカルにリッカは言う。
「…ヒカル。お前の補佐をするつもりが王宮の厄介者にしかならなかった私を許してくれ。私は流転の國へ行ったのち、そのままレイン離宮へ戻る。もうお前の邪魔はしたくないからな」
「叔母上…!」
「…されど、私に出来ることがあればいつでも連絡を寄越せ。その時はすぐにお前の元へ駆け付けるよ」
「叔母上…ありがとうございます…!」
両親も兄弟もいないヒカルにとって、リッカは数少ない肉親の一人。
口煩いのもお節介なのも自分を思ってのことだったのだと考えると、急に寂しくなる。
「…シャドーレ。ヒカルをよろしく頼む。若き国王を導いてやってくれ」
「はっ。畏まりましたわ、リッカ様。私は国王陛下の御為、身命を賭して働かせて頂く所存にございます。どうか、全てお任せ下さいませ」
男装の黒魔術師は凛々しい表情で言いきった。
「そうか…それなら安心だ…」
リッカはシャドーレの言葉を聞くと、安堵の微笑みを浮かべる。
そして、マヤリィが発動した『長距離転移』によって、リッカは桜色の都を後にしたのだった。
桜色の都の王女として生まれたリッカ。
桜色の都の兵士として戦わされたリッカ。
時代の移り変わりを感じながら都を後にした彼女は、流転の國に足を踏み入れることになります。




