第69話 潮風の吹くカフェテラス
実戦訓練が始まる前、マヤリィはタンザナイトにこう言った。
「タンザナイト、先に言っておかなければならないことがあったわ。実戦訓練の際は白魔術を使わないで頂戴。それと…いきなり『Lv.5』を連発したらルーリが死んでしまうから、様子を見ながら発動するのよ」
これは単純に勝ち負けを競うだけではなく、双方の実力を測る為に行うものである。簡単に勝負がついてしまっては、実戦訓練の意味がない。
「はっ。畏まりました、女王様。『Lv.5』は僕にとって切り札です。まだ連続発動は出来ませんし、使うのは最後にしますよ」
「ええ、そうして頂戴」
そんなわけで念の為タンザナイトの切り札を後回しにするよう指示したのだが、最終的にはルーリの殺人級魔術とナイトの『Lv.5』が真っ向からぶつかるというとんでもない事態になってしまった。
『閃光の大魔術師』の異名を取るルーリの雷系統魔術の威力も恐ろしいが、今やナイトの主戦技となった複合魔術はそれ以上に厄介かもしれない。
「それにしても、最後の魔術は何なんだ?あのままマヤリィ様が『シャットダウン』を発動なさらなかったら、訓練所が崩壊してたかもしれないな」
シロマの治療を受けたタンザナイトと、クラヴィスが使った『宝玉』によって回復したルーリ。自由時間を言い渡されたことをクラヴィスから聞いた二人は、着替えを済ませてから潮風の吹くカフェテラスに来て話をしていた。…タンザナイトは飲食が出来ないから何も注文していないが。
「あれは『複合魔術 Lv.5』です」
「あの7属性がか?」
「はい。僕の切り札です。…もっとも、体力が削られたあの状態では完全な形で発動することは困難でしたが」
あの時、ルーリの『迅雷』を避けきれなかったタンザナイトは欠損による大量出血でかなり体力を消耗していた。
「…にしても、あれは想定外だったよ。お前なら私の『迅雷』を防ぐなり跳ね返すなりするだろうと思っていた。…しかし、お前は魔力を発動することなく物理的に避けた。あんなことが出来るのはお前くらいだろうな」
「いえ、正確には避けきれませんでした。僕は今にも『魅惑』を発動しそうなルーリ様の姿に動揺して…。魔術を発動する余裕もなく、ああやって避けるより他なかったんです」
反撃で威力が倍増した『霹靂閃電』を受けて雷系統魔術の耐性があるはずのドレスが崩れた時、ルーリはそれを脱ぎ捨てた。下に着ていたベビードールには傷一つ付いていなかったが、思いがけずタンザナイトを動揺させてしまったのだ。
「私が魅惑封印の状態にあることはお前も知っているだろう?それに、私はああいう下着しか持っていないし…。っていうか、あれくらいのことで動揺してどうするんだよ」
「いえ、魅惑を発動しなくてもルーリ様はルーリ様なので…。実戦中に下着姿を披露されると困ります」
「じゃあ、裸で戦ったら私の圧勝だな」
「そんないかがわしい戦いはやめて下さい」
(…成程。タンザナイトの弱点はこれか)
いつも通り淡々と話してはいるが、先ほどから目を合わせてくれないところを見ると、本当にこういう話が嫌みたいだ。
しかし、ルーリは話を続ける。
「…ナイト、知ってるか?『魅惑』の宝玉も存在するんだぞ?」
「『シールド』」
ルーリの言葉を聞くなり防御態勢を取るタンザナイトだが、
「因みに、私は持っていない」
それを聞いてさっさとシールドを解く。
そして、アイテムボックスから一冊の魔術書を取り出すと、
「…ルーリ様、ご存知ですか?『魅惑』に関する魔術書があるんですよ?」
「っ…!?」
思わず身構えるルーリ。
「ですが、僕は悪魔種ではないので解析したところで使えないみたいなんです。種族差というのは興味深いですよね。…ルーリ様、どうかなさいましたか?」
「お前が魔術書を持っていると心臓に悪いな…」
解析さえ出来ればあらゆる種類の魔術を発動出来るという『書物の魔術師』。前任のミノリは書類仕事に携わることが多かった為にその魔術を見る機会はほとんどなかったが、タンザナイトは元々攻撃要員として造られたので、書物解析魔術の恐ろしさを余すことなく皆に思い知らせている。
「因みに、これは魅惑ではなく雷系統の魔術書です。ルーリ様が使っていらっしゃる魔術はどれも最上位に相当しますね」
「えっ?そこに載っているのか?」
普段から魔術書をほとんど読まないルーリだが、ナイトにそう言われると興味津々に『霹靂閃電』の頁を覗き込む。
「…恐ろしいな」
「自在に殺人級魔術を操る人がそれを言いますか」
「いや、何と言うか…活字にされると怖い」
ルーリは魔術書から目を逸らす。
(タンザナイトはいつもこういうのを読んで解析して自分の魔術にしているのか…)
当然、複合魔術の中には雷属性も含まれる。
もし雷系統魔術だけを使ったらどの程度の威力が出るのだろうか…。
ルーリがそんなことを考えていると、タンザナイトが心を読んだかのように言う。
「ルーリ様、今度は雷属性限定で戦ってみませんか?教えて頂きたいことも沢山ありますし」
それを聞いたルーリはもっと怖くなる。
「い、いや…お前は独学で完璧に魔術を習得しているし、魔術書を読まない私に教えられることは何もないだろうよ。…ところで、桜色の都に派遣されるのは誰になるのかな」
出来れば触れたくない話題だが、致し方ない。
「そうですね…。女王様は実戦訓練を見て決めるとおっしゃっていましたが、どういった基準が設けられているのでしょう?」
タンザナイトは首を傾げる。
(こういう仕草が可愛すぎるんだよな…)とルーリは思いつつ、
「確かに、私達には判断材料が何なのか分からないな。…タンザナイト、お前は都に行きたいか?」
率直に訊ねる。
結果的に引き分けと判定されたから、もしかしたら自分達の希望を聞いてくれることがあるかもしれないと、ルーリは考えていた。
「はい。叶うならば行きたいです。強大な魔力を持つという、桜色の都の氷系統魔術師の方にはとても興味がありますので」
当然、複合魔術の中には氷属性も含まれる。
ルーリも含め、一つの属性を極めた魔術師にタンザナイトは興味を持っているらしい。
一方、ルーリはいまだにシャドーレが自分を忘れてしまったという事実から立ち直っていないので、出来れば都には行きたくない。
そんなルーリの気持ちを察したタンザナイトは、
「大丈夫ですよ、ルーリ様。貴女様は流転の國の『国家機密』なのですから、よほどの理由がない限り、女王様はジェイ様か僕を派遣されると思います」
彼女なりにフォローしてくれた。
それに気付いたルーリは、あの日桜色の都から帰ってきた時と同じ悲しそうな顔で言う。
「…タンザナイト」
「どうかなさいましたか?」
「泣いてもいいか?」
「僕の胸でよければどうぞ」
淡々とした口調に反して、タンザナイトは優しくルーリを抱きしめる。
(母上様は…こうしていると安心するっておっしゃってたな…)
マヤリィとの抱擁を思い出しながら、タンザナイトは優しくルーリを抱きしめる。
「ナイト…。お前は私を忘れないでくれ」
見れば、ルーリは本気で泣いていた。
「はい。僕は決してルーリ様のことを忘れたりなんてしませんよ。お約束します」
タンザナイトはアイテムボックスからハンカチを取り出すと、そっとルーリの涙を受け止める。
「すまないな、ナイト…」
「いえ、お気になさらず。今ここにはルーリ様と僕しかいませんから」
いつもより優しげなその声は、マヤリィによく似ていた。
シロマがタンザナイトの治療を終えてマヤリィの元へ向かった後、既に目を覚ましていたルーリがカフェテラスに誘いました。
ルーリに(宝玉で)全回復魔術をかけたクラヴィスも誘われましたが、真面目な彼は訓練所の後片付けをすると言って断ったとか。




