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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第68話 ナイトの微笑み

自分でも気付いてなかったけど。

僕は死にたくなかったんだ。

数時間後、マヤリィは目を覚ました。

ここはどこかしら。

自分の部屋でもジェイの部屋でもない。

「ご主人様、お目覚めになられましたか…?」

「シロマ……?」

すぐ傍には心配そうな顔をしたシロマが控えていた。

「シロマ…ここはどこなの…?」

全く見覚えのない部屋に戸惑うマヤリィ。

「ここは休養室ですよ、マヤリィ様」

「ジェイ…?」

シロマの代わりに答えたのはジェイだった。

「休養室って…?そんな部屋あったかしら?」

「畏れながら、ご主人様。こちらは人造人間が暴走した一件の後の『流転の國の休日』に用意させて頂いたお部屋にございます。完全に事後報告になってしまい、申し訳ございません」

「実は、シロマと僕が話し合って作ったんです。あの日、貴女はルーリを庇って大怪我をしましたが、第4会議室には簡易的なベッドしかありませんでした。そこで、女王様専用の治療部屋が必要ではないかという話になりまして…」

不思議そうな顔で聞くマヤリィに二人が説明する。

「今思えば、もっと早くに用意しなければならなかったと思います。配下はともかくとして、貴女を介抱する部屋は最初から整えておくべきでした」

確かに、今までにもマヤリィは何度か倒れたことがあるが、決まってジェイもしくはルーリの部屋に運ばれた。マヤリィの部屋に無断で入ることは出来ない為、側近のうちどちらかの部屋で介抱するしかなかったのだ。

「ご主人様の『過労』に白魔術が効かないことは存じ上げております。されど、此度のように貴女様がお倒れになった時、誰でも貴女様を最高級のベッドまでお連れ出来る環境を整えたかったのでございます」

第4会議室の簡易ベッドではなく、女王を休養させるのに相応しい最高級のベッド。マヤリィは今そこに寝かされているのだ。

「確かに…ここで横になっているのは楽ね」

天蓋付きなのはジェイの趣味だろうが、広さはダブルベッドほどもあり、軽く柔らかく暖かな布団がマヤリィを包んでいる。

「お召し物は預からせて頂きました。コットン100%のネグリジェ…気に入って頂けると嬉しいのですが」

シロマがいる手前、ジェイは側近の顔をしているが、ジャケットだけではなく全部着替えさせてくれたらしい。

「あ、あの…ジェイ様が自動でお召し物を替えられるという魔術が込められた『宝玉』を持っていらっしゃったので…。わ、私はご主人様のお肌を見ておりません…」

シロマはなぜか恥ずかしそうに言う。

しかし、

《ジェイ、そんな宝玉があるわけないでしょう?貴方が着替えさせてくれたのね?》

マヤリィはジェイに『念話』で聞く。

《すみません、シロマが畏れ多いと言って躊躇っていたものですから…》

ジェイはマヤリィの肌を見慣れているから、着替えさせることに抵抗はない。以前、自傷行為で血塗れになっていたマヤリィに応急処置を施し、アイテムボックスから服を取り出して着せたのもジェイである。…そういえば、あの時も第4会議室だった。

ジェイは申し訳なさそうにしているが、

《ありがとう、ジェイ。さすがにスーツで寝るのは楽じゃないから助かったわ》

マヤリィはそう言って微笑む。

相変わらずジェイのアイテムボックスにはマヤリィサイズの服が何着か常備されているらしい。

「では、この白いネグリジェは『宝玉』が選んでくれたのね?」

さりげなくフリルがあしらわれた可愛らしいネグリジェを着せられていることに気付いたマヤリィ。勿論、選んだのはジェイだ。

「は、はいっ!ご主人様のお身体に合う物を自動で選んでくれるとのことで…」

シロマはジェイの言葉を全く疑っていない。

「とてもお似合いです。畏れ多くも、大変可愛らしいお姿だと思って拝見しておりました」

天蓋付きのベッドといい、フリルのネグリジェといい、ジェイの趣味って分からないわ…と思いつつ、コットン100%を選んでくれたことに関しては素直に有り難いと思った。…そういえば、前はキャミワンピを着せられていましたね、マヤリィ様。

ともかくも事の次第を聞いて納得したマヤリィは二人を労う。

「貴方達がこの部屋を作ってくれたお陰で助かったわ。『流転の國の休日』明けも色々と忙しかったし、事後報告になったのは仕方ないことよ。…ジェイ、シロマ、ご苦労だったわね」

「はっ。有り難きお言葉にございます、ご主人様…!」

「この部屋が貴女のお役に立てて何よりです」

ジェイとシロマという珍しい組み合わせで考案されたこの部屋は、恐らく『流転の國の休日』二日目に作られたのだろう。その日マヤリィはルーリと一緒にいたから、他の皆が何をして過ごしていたかは知らない。

「…ところで、シロマ。ナイトは大丈夫なのよね?」

休養室の話が終わるや否や現実に戻ってきたマヤリィはタンザナイトの容態について訊ねる。訓練所で処置を命じた時と同じ、切羽詰まった表情で。

「はっ。あの後すぐに白魔術を発動させて頂きました。少し時間を要しましたが、全ての魔術を終えると目を覚まされてお話も出来ましたので、どうかご安心下さいませ」

『迅雷一閃』という殺人級魔術を避けきれず、右腕を持っていかれたタンザナイトだが、今は何事もなかったかのように過ごしているという。

「よかった。本当によかった…」

マヤリィはよほど心配していたらしく、シロマの言葉を聞くと目に涙を浮かべた。

「あの子も私も貴女に助けられたわ。本当にありがとう、シロマ」

「ご主人様…!大切な貴女様とナイト様のお役に立てましたならば、これ以上の喜びはございません…!」

シロマはそう言いながら、タンザナイトのことを思い出した。

治療が終わった後、目を覚ますまでの間、祈るような思いで彼女を見つめていたのだ。


あの時、マヤリィに命じられてタンザナイトの傍に駆け付けたシロマは、あまりの状態の酷さに言葉を失った。

それでも、冷静になって彼女を救う為に適切な白魔術を選び、適切な順序で発動したのだ。

「ダイヤモンドロックよ、我が願いを受け取り、この御方の身体を元の通りに治し給え!」

最上位白魔術師が必死の思いで発動した回復魔法は一種類ではなかった。

最上位白魔術師が手に持ったマジックアイテムも一種類ではなかった。

しまっておいたはずの『流転の星杖』がアイテムボックスから飛び出してきたからだ。

「あなたも…力を貸してくれるのですね?」

星杖はシロマの言葉に頷くように光ると、主を支えるように魔力を放ち始めた。今ではもう、シロマは完璧に星杖を使いこなしている。

「『魔力全回復』発動せよ」

それは、以前タンザナイトがこの場所でシロマに対して使った魔術だった。

(タンザナイト様……)

全力を尽くしたシロマは祈るような思いで彼女を見つめる。治療は終わった。眩い治癒の光も止んだ。後は意識が戻るのを待つだけ…。

「…………?」

しばらく経ってタンザナイトが目覚めた時、シロマは二つの魔術具を握りしめたまま泣いていた。

「腕…繋がってる……」

起き上がったタンザナイトは不思議そうに右腕を確かめた。ルーリの『迅雷』に吹き飛ばされたのに、今は普通に動かせる。

「シロマ様……」

タンザナイトの傍らには涙を流すシロマの姿があった。

「タンザナイト様、お身体のお具合は…大丈夫ですか…?」

「はい。大丈夫です。右腕も問題なく動かせます」

「よかった…!」

マヤリィが回収した右腕を元通りにしてから完全治癒魔術をかけて傷痕を消し、さらに魔力および体力の『全回復』を発動して彼女を救ったシロマ。

「ありがとうございます、シロマ様。僕は貴女様がいらっしゃらなければ助かりませんでした」

最悪の場合、マヤリィが造り直すことになっていたという意味だ。

「タンザナイト様…!」

シロマはそんなことを考えたくなくて、タンザナイトの体温を確認するように彼女を抱きしめる。

「貴女がいなくなったら…ご主人様が悲しまれます。いえ、私だって悲しいです…」

そう言って泣くシロマの抱擁にタンザナイトは応えた。そして、いつもより優しい声で言う。

「シロマ様、僕だって貴女と離れたくありません。助けて下さってありがとうございます。…シロマ様の身体、とても温かいですね」

その時、シロマは見た。彼女の瞳に涙の粒が光っているのを。

「いつだって覚悟はしていたはずなのに、僕は死にたくなかったのだと気付かされました。だから、今生きていることが嬉しい。シロマ様が僕の命を救って下さったこと、本当に感謝しています」

「タンザナイト様…」

「ふふ、僕が泣いたことはルーリ様には黙っていて下さいね?」

タンザナイトは柔らかい表情でそう言うと、今度は自分からシロマを抱きしめ、そして微笑んだ。

そんな彼女に驚きつつ、シロマもつられて笑顔になる。

「はい。誰にも言いません。…ナイト様と私だけの秘密ですね」

この後、シロマはマヤリィを心配して休養室に向かいました。

今回は『過労』ではなく実戦訓練中のショッキングな光景が精神的なダメージとなったようです。


実戦訓練のルール上、途中で打ち切らなかったことを悔やんでいたマヤリィ。

タンザナイトの腕が元通りになってよかった…。

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