⑥参戦
「…危惧していた通りのことが起きたそうよ」
マヤリィは玉座の間に皆が集まるなり、真面目な顔で話し始めた。
「昨夜、ヒカル殿から書状が届いた。これまで攻め込んでこなかったドラゴンが動き出し、黒魔術師達と交戦したらしいわ。様子見の時期は終わったということね」
その存在が確認されて黒魔術師部隊『クロス』が派遣された後も、ドラゴン達はしばらく動かなかった。前回『クロス』が壊滅しかけたこともあり、ヒカル王は状況が変わり次第、流転の國に助けを求めるつもりでいた。そして今、まさしく状況は変わった。
「現地には私も行くわ。ただし、このことはヒカル殿には言わないで頂戴。…いいわね?」
「はっ。畏まりました、ご主人様」
桜色の都に派遣するメンバーに選ばれたクラヴィスが真面目な顔で頭を下げる。
「ラピスも不必要な会話は避けること。…特にシャドーレとはあまり話さないようにして頂戴」
「はっ。…畏れながら、シャドーレ様とはどのような御方なのでしょうか?」
会えば分かるだろうが先に情報を得たい。
マヤリィはラピスの言葉に頷くと、ルーリに目配せした。
その合図でルーリは詳細な説明を始める。
「シャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフト公爵夫人37歳。桜色の都の精鋭黒魔術師部隊『クロス』の特別顧問を務める最上位黒魔術師だ。現地では『暗黒のティーザー』という槍の形をしたマジックアイテムを持っていて恐らくは軍服を着ているだろう。身長は190cmで痩せ型。プラチナブロンドの短髪が印象的な美しい女だ。…覚えたか?」
「はっ。全て記憶致しました。ありがとうございます、ルーリ様」
ラピスは深々と頭を下げる。
「では、必要最低限のご挨拶だけ申し上げて、わたくしは自分の職務を果たさせて頂きます」
シャドーレの情報を得たラピスは力強く宣言する。
「万が一の時はマヤリィ様の盾となれ。あと、クラヴィスのことも守ってやるんだ。『シールド』はいつでも張れるようにしておけ」
現地に行けないルーリはラピスに色々とアドバイスする。
「そうだね。クラヴィスが『シールド』を発動するには宝玉が必要だから、いざという時は君が頼りだよ、ラピス」
同じく留守番組のジェイも言う。
「畏まりました。身命を賭して守らせて頂くことをお約束致します」
マヤリィに万が一のことなど有り得ないので、皆は魔力を使えないクラヴィスの心配をしている。
「クラヴィス。『流転のリボルバー』の準備は万端ですね?」
「はい。私はいつでも行けますよ」
それまで黙っていたシロマが確認すると、クラヴィスは笑顔で答えた。
「『悪神の化身』も準備出来ております。…マヤリィ様、どうかご命令を下さいませ」
いつの間にか『隠遁』のローブを被り、ネクロが遺したマジックアイテムを携えて、ラピスは主の命令を待つ。
「…マヤリィ様。何かございましたらいつでもお呼び下さいませ。その際は『透明化』をした上で現地に『長距離転移』致す所存にございます」
ルーリはマヤリィの前に跪き、頭を下げた。
自分が『マヤリィの切り札』であり、流転の國の国家機密であることは重々承知している。それでも、マヤリィが危機に陥った場合はすぐに飛んでいきたい。ルーリは何よりもマヤリィの病状悪化を恐れているのだ。
「畏れながら、僕はマヤリィ様の姿に『変化』することが出来ます。どうか無理をなさらず、ご連絡下さいませ」
皆の前なのでジェイはいつもより丁寧な言葉遣いをする。彼もまたルーリと同じ心配をしていた。
流転の國に顕現して二年。
マヤリィの精神病は今も治っていない。
「ありがとう、ルーリ。『透明化』した貴女なら安心して現地に呼べるわね。私が『長距離念話』を送ることがあれば、すぐに来て頂戴」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
「頼りにしているわよ」
マヤリィはそう言ってルーリに微笑みかけた後、
「ありがとう、ジェイ。貴方の『変化』が完璧なことは皆が知ってるわ。前にもそれで助けられたものね」
自分の代わりに桜色の都に行ってもらった時のことを思い出す。ヒカル王も気付かなかったジェイの『変化』。同行したクラヴィスさえうっかり本物のマヤリィと間違えてしまったほどである。
「貴方は姿形だけでなく、私の話し方も身のこなしも完全に再現することが出来る。ネクロがいない今、私の影武者になれるのは貴方しかいないわね、ジェイ」
「はい。もしもの時はお任せ下さい。僕は貴女の全てを理解していますから」
それは過言ではない。
(マヤリィ様に『変化』出来るのはお前くらいだろうな)
流転の國ではジェイと同じくらい長くマヤリィに接してきたルーリも、この点に関しては敵わないと感じていた。
「ジェイ様は『変化』も得意なのですね…」
二人の会話を聞いていたラピスがルーリの隣で言う。
「わたくしも習得するべきなのでしょうか?」
「…いや、ジェイは特別だ。お前の専門は黒魔術。マヤリィ様に命じられたことだけをやればいい」
「はい。畏まりました、ルーリ様」
主の命令に背けば即破壊される運命の人造人間。
仲間の姿をしていながら『物』でしかない彼女の存在を思うと、ルーリは悲しかった。
「…死ぬなよ、ラピスラズリ。私はもっとお前と話がしたいんだ」
マヤリィに聞こえないようにささやきかける。
「皆が無事に任務を終えれば、お前もここに帰ってこれる。そうしたら、マヤリィ様もきっと…」
そう言いかけたところで、
「ルーリ。ラピスに何か言いたいことがあるの?それとも、お別れの挨拶かしら」
マヤリィの冷たい言葉に遮られてしまった。
「畏れながら、マヤリィ様」
ルーリが返事に困っていると、代わりにラピスが前に出て答えた。
「わたくしの方からルーリ様に話しかけたのです。勝手なことをして申し訳ございませんでした」
ラピスが先に話し出したのは事実だが、ルーリを庇おうとしている節がある。
「…ラピス。貴女が話しかけた相手は流転の國のNo.2よ。何度か会っているとはいえ、軽々しく声をかけないで頂戴」
「はっ!申し訳ございません、マヤリィ様」
ラピスはその場にひれ伏して謝罪する。
《姫、あまりラピスを怖がらせないで下さいよ》
その時、ジェイが『念話』を送ってきた。
《ルーリも困ってるみたいだし》
《…そうね》
ジェイにそう言われ、マヤリィは少し反省する。
「立ちなさい、ラピス。そろそろ桜色の都に行くわよ」
「はっ!」
マヤリィがそう言って手を差し伸べると、ラピスはすぐに立ち上がった。
そして、流転の國に残るメンバーに告げる。
「私がいない間はいつものようにルーリが女王代理を務めるのよ。ジェイとシロマは状況次第でいつでも現地に行ける状態にしておいて頂戴」
西の砂漠は今も未知の領域である。
世界最高レベルの魔術師である流転の國のマヤリィと桜色の都のシャドーレが揃う以上、決して難しい任務にはならないはずだが、実際に現場で何が起こるかは行ってみなければ分からない。
宙色の大魔術師は二人の配下を連れ、友好国を守る為に『長距離転移』を発動するのだった。
流転の國の女王陛下と桜色の都の公爵夫人の参戦。
二人が魔術使ったら西の砂漠ごと吹き飛ぶのでは…?




