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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第61話 呪い

玉座の間でジェイと話した後、さらに考察を深めたマヤリィ。

そして、ルーリの部屋へ…!

その夜、訓練所で約束した通り、マヤリィはルーリの部屋に行った。

「…ねぇ、ルーリ?」

「はい、マヤリィ様」

テーブルを挟んで向かい合い、見つめ合う二人。

「ずっと貴女に言いたかったの。…大好きよ」

マヤリィがそう言った瞬間『魅惑』の風がルーリを包むように吹き始める。

「マヤリィ様…私の方こそ、貴女様を愛しております…!」

ルーリは甘い香りを全身で感じながら、マヤリィの愛に応える。

本来、夢魔には『魅惑耐性』があるのだが、宙色の大魔術師が放った魅惑魔法にはとても敵わない。それに、魅惑をかけるまでもなく、マヤリィはルーリのことを愛しているし、ルーリもまたマヤリィを愛している。なのになぜ魅惑を発動したかと言えば、

「たまには私が貴女を攻めてもいいでしょう?」

ただ単にいつもは受けのマヤリィ様が攻めてみたいだけだった。

因みに、本物のサキュバスであるルーリは魅惑を発動する際に必ず『夢魔変化』をし、普段とはまた違う蠱惑的で艶かしい姿に変わるが、マヤリィにはそれが出来ない。

「マヤリィ様…ここは…?」

「ベッドの上よ」

「えっ…いつの間に…?どうやって…?」

「ふふ、秘密」

戸惑うルーリに対し、余裕の微笑みを浮かべるマヤリィ。

けれど、何て言うことはない。

以前タンザナイトが使った『短距離転移』である。

「…ねぇ、ルーリ?」

「はい、マヤリィ様」

「今一度、私が言われて嫌なことを貴女に聞いてもいいかしら」

甘く優しい声で、現実的な話を始める女王様。

「それは…私の髪型のことにございますか?」

ルーリは第38話で髪を切り、第39話でマヤリィに驚かれたことを思い出す。

「ええ、そうよ」

マヤリィは頷くと、

「貴女はなぜ髪を切ったの?しかも、こんなに短く…」

悲しそうな顔はせず、真面目に訊ねる。

そんな彼女に、ルーリも真剣な顔で話し始める。

「私が髪を切ったのは第7会議室にございます。一人で作業を続けている最中のことでした…」

ルーリは言う。

「そして、ある時ふと寂しさを感じたのです。最近はマヤリィ様のお顔を拝見することもなく、お部屋に行くこともない。そう考えた時、私はとても寂しかったのでございます。…私が髪を長くしていたのは自分の髪が好きだったということもありますが、それ以上に貴女様が私の髪を褒めて下さったのが嬉しかったからなのです。顕現して以来、貴女様はウェーブをかけた私の髪を綺麗だと褒めて下さいました。だから私は巻き髪を続けていたのですが…あの日第7会議室の鏡に映った自分の髪は全然美しくなかった。艶もなく、潤いもなく、とてもマヤリィ様にお見せ出来る状態ではありませんでした。…ならば、いっそのこと短く切ってしまおうと思ったのでございます。あの日申し上げた通り、長い髪に嫌気がさしたのです」

「ルーリ……」

「貴女様が今の私の髪をどう思っていらっしゃるかは存じ上げません。されど、私自身は髪を切って良かったと思っております。もう以前のような巻き髪には出来ませんが、微塵も後悔はしておりません」

マヤリィはルーリの話を聞くと、あらわになったうなじに手を回す。

「…ルーリ、話を聞かせてくれてありがとう。私は確かに貴女のウェーブヘアが好きだったわ。けれど、貴女の短い髪も同じくらい好きよ。何より、貴女自身が気に入っているならそれだけでいいの」

「マヤリィ様……」

「私だって、自分の好きなように髪を切った結果ベリーショートになった。ロングヘアだった頃を思い出しても、全く懐かしくならないわ」

若き日に長い髪を切ることを禁じられていたマヤリィ。現代の日本にいたというのに、まるで桜色の都の女性のようだった。あの抑圧と呪縛の日々を思い出せば、彼女が長い髪を厭うのも無理はない。死と隣り合わせだった彼女には逆らうことも歯向かうことも出来なかったのだ。

「…では、質問の続きね」

マヤリィは完全にあの頃を思い出す前に、気を取り直してルーリに言う。

先ほどと同じ問いだ。

「貴女はなぜ髪を切ったの?しかも、こんなに短く…」

「えっ…?」

理由というか経緯に関してはたった今話したはずだが、マヤリィは真面目な顔で先ほどと同じ問いかけをする。

しかし、ルーリはすぐに気付かされた。

マヤリィが短く切り揃えられたルーリの前髪に触れたから。

「っ…」

思わずルーリは絶句する。マヤリィに言わないでおいた『弔いの間』での出来事を話さなければいけないのか…。

「訓練所で貴女の話を聞いてから、色々と考えてみたの。貴女が魅惑を発動出来ないことと髪を切ったことに因果関係があるのではないか、とね」

「っ…」

言葉を失うルーリに構わず、マヤリィは話を続ける。

「勿論、それが全てだとは思っていないわ。貴女が長い髪を切った後に魅惑を使っていたことは事実だしね。…でも、前髪を切った後から今日訓練所に来るまでの間に魅惑を発動したことはあるかしら?…その顔を見るに、ないみたいね」

玉座の間でジェイと話した仮説をマヤリィは説明する。

「貴女は魅惑を発動する際、必ず『夢魔変化』する。そして、かけられた相手は意識が朦朧とするような魅惑の風の中で『夢魔変化』した貴女の姿を目にすることになる。その時、相手が貴女の髪型をじっくり見る余裕なんてあるのかしら」

それに関してはルーリ自身も分かっている。

今マヤリィに言われたのと同じように「魅惑を発動する時はどうせ夢魔変化するから相手は髪型を見る余裕なんてない」と言ったこともある。

「では、結論から言うわね」

…マヤリィ様、全然結論からじゃないんですけど。

「貴女は前髪を切る時、無意識に自分で自分に『呪い』をかけた。髪には魔力が宿りやすいから、その時貴女が強く思っていたことが具現化してしまったのよ」

「私が強く思っていたこと…にございますか?」

「ええ。思い当たることはないかしら?『魅惑』に対する負の感情を抱きながら髪を切っていた、とか」

「っ…!」

「…心当たりがあるようね」

ルーリは思い出す。ラピスへの手向けとする為に前髪を切った時のことを。

『弔いの間』に行く前、ルーリは髪を切った。その時『「なぜ私は夢魔として顕現したのだろう。誰かを傷付けるくらいなら、こんな特殊能力なんて要らなかったのに…」』と強く思ったのだ(第55.5話)。

その気持ちがある種の呪いとなり、ルーリの特殊能力を封じてしまったらしい。

「畏れながら、マヤリィ様。実は……」

ルーリは観念して、全てをマヤリィに話した。

「本来ならばマヤリィ様を傷付けた人造人間の弔いをするなどあってはならないことにございます。なのに、私は……」

確かに、流転の國の女王を殺しかけて始末された人造人間の墓参りをするなど、裏切りと見做されても仕方のない行為である。同格のタンザナイトならばともかく、女王の側近がそんなことをするなんて有り得ない。

しかし、マヤリィにはルーリの気持ちが分かった。

だから、決して責めることはしない。

「ルーリ、聞いて頂戴」

今にも涙がこぼれ落ちそうな彼女の目を見て、マヤリィは優しい声で語りかける。

「貴女のラピスラズリへの想いが本当だったことはよく知っているわ。だから私は貴女に『記憶』を返したの。勿論、記憶が甦った貴女が彼女の死を悼み、弔いの間に行くことも予想していた。でも、それは当然のことだと思う。愛する者を亡くした悲しみが癒えることはないし、残された者に出来ることといえば、共に生きた日々を思い出し、安らかに眠れるようにと祈りを捧げ、墓前で語りかけることくらいだもの」

元の世界を持たず流転の國に顕現した瞬間が始まりだったルーリには、宗教という概念もなければ、実際に仲間を喪うまで人が死ぬことの重みも分からなかった。しかし、マヤリィは違う。

「たとえ、その者が流転の國を脅かした罪人であっても、貴女の彼女に対する想いを変える必要はどこにもないの。だって、愛してるんでしょう?…一緒に墓参りに行こうと誘われたら断るけど、貴女が弔いの間に出入りするのは自由よ」

本来ならばあってはならないことも、マヤリィの言葉一つで許しに変わる。

流転の國は國であって國ではない。

女王の言葉だけが法律である。

「マヤリィ様…ありがとうございます…」

それ以上何も言えないルーリをマヤリィは優しく抱き寄せた。

「ルーリ、お願いだから一人で悩まないで頂戴。何でも話してっていつも皆にも言ってるじゃない…」

マヤリィは優しくも寂しげな声でルーリにささやきかける。

そして、自らの髪に指を通すと、

「ねぇ、ルーリ?私の頼みを聞いてくれるかしら?…明日の朝でいいから」

今度は甘えるような声を出す。

「何でございましょうか?…まさか、マヤリィ様……」

「ふふ、その予想で合ってるわよ」

「畏れながら、この間お切りしたばかりでは…?」

「だって、切りたくなっちゃったのよ」

ルーリは戸惑うが、ジェイならば快く引き受けるだろう。

「何かつらいことがありましたか?貴女が髪を切る時はたいてい落ち込んでる時ですから…」と言って。

(貴方の言う通りかもしれないわ、ジェイ…)

ルーリのベッドの上で彼氏のことを思い出すマヤリィ様。

「貴女は第7会議室に連れて行ってくれるだけでいいの。今度切る時は貴方に、ってジェイに言ってあるから」

「そ、そうでございましたか…」

ルーリのベッドの上で彼氏の話を始めるマヤリィ様。

(それにしても、予想以上にラピスラズリへの想いは深そうね…)

自分自身に魅惑封印の『呪い』をかけてしまうほど、ルーリは彼女を死なせてしまったことを悲しく思い、同時に罪悪感や自己嫌悪の念も抱いているのだ。

(貴女の心が本当に私の元へ戻ってきてくれるのはいつかしら…)

マヤリィは切なくなるが、それでもルーリを愛している。

「…ルーリ。もっと傍に来て頂戴」

「はい、マヤリィ様…!」

いつの間にか魅惑の風はやみ、まもなくマヤリィは眠ってしまった。

魅惑の使えなくなったルーリのことを考え、仮説を立て、それをどう伝えどう訊ねるべきか、必死で悩んで苦しい思いをしたのだろう。マヤリィの寝顔は安らかではなかった。

一方、睡眠を必要としないルーリはそのまま動かずにマヤリィに寄り添っていた。

そして、悲しそうに呟く。

「最近の私は、貴女様を苦しめてばかりですね…」

いまだにルーリの心がラピスラズリに向いていることをマヤリィは知っていました。

…実際に『弔いの間』へ行った話を聞いたのは初めてでしたが。


『鑑定』を使っても判明しなかったルーリの『呪い』。

それを解く為には何が必要となるのか…。

全ては明日、マヤリィの気持ちが落ち着いてからです。

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