第60話 ここだけの話
流転の國に帰還したジェイは、今日初めて出会った氷系統魔術師『リッカ』について早速マヤリィに報告した。
「僕が『鑑定』した限りでは、シャドーレに勝るとも劣らぬ魔力の持ち主かと存じます」
「…そう。そんなに凄い人物が桜色の都にいるなんて知らなかったわ」
「はい。僕も驚きました。しかも氷系統魔術とは、とても珍しい魔術適性です。今の流転の國でそれを使えるのは『宙色の魔力』を持つ貴女と『書物の魔術師』タンザナイトだけ。…って、全然珍しく聞こえませんね」
ジェイは自分で言って自分で苦笑する。
「そうね、確かに流転の國では珍しくないけれど、白魔術師大国の桜色の都にしては貴重な人材なのではないかしら」
マヤリィは言う。
「なぜかあの国には白魔術の適性を持つ者が多く、攻撃魔法を使える魔術師が少ない。それもあって、10年以上前に天界から攻め込まれた時は苦戦を強いられたと言っていたわね」
「はい。今日はそういった話は出ませんでしたが、攻撃魔法の適性を持っている以上、天界との戦を経験している可能性が高いかと。…ヒカル様の叔母だと言っていましたし、見た目的にも貴女や僕と同年代だと思われます」
隣にクラヴィスがいるので、ジェイは側近らしく報告をしている。
「クラヴィス、君はどう思った?」
「はっ。とても美しい女性にございました」
「あのさ、そういうことじゃなくて…」
ジェイは頭を抱えたくなったが、
「あら、それは興味深いわね」
マヤリィ様、食い付かないで下さい。
「ブロンドのロングヘアに煌びやかなドレス姿の華やかな方でした。話を聞く限り、リッカ様は今まで王宮ではない所で過ごされていたのではないかと推測致します」
「…成程、ブロンドのロングヘアね。じゃなくって、どんな話をしたの?」
「はっ。リッカ様が入ってきた時、こうおっしゃったのです。『今の王宮にいる者は当てにならない』と…」
ジェイの念話を受ける前から、クラヴィスはリッカのことをよく見ていた。
「つまり、彼女は最近まで王宮から離れていたかもしれないというわけね?」
「はっ。確認したわけではございませんが、今までその姿を見かけなかったことを考えても、ツキヨ様のように離宮で過ごされていた可能性が高いかと。…これは完全に私の推測ですが」
「確かに、名前を聞いたのも初めてだし、都の王族の中に氷系統魔術師がいることすら知らなかったわ」
マヤリィはクラヴィスの説得力ある考察に感心しながら、今までのことを思い返す。…やはり、桜色の都の誰からもその存在は聞かされていない。
報告を聞いたマヤリィは満足そうに頷くと、改めて二人を労った。
「ジェイ、クラヴィス、今日は本当にご苦労だったわね。例の『彼女』のこともきちんと説明してきてくれて安心したわ。…今日貴方達が会ったというリッカ殿に関しては、近いうちに探りを入れるとしましょう」
そして、クラヴィスを先に下がらせると、マヤリィは玉座の間に『サイレント』をかける。
「姫、どうしたんですか?」
ジェイは不思議そうにマヤリィを見る。二人だけになった途端、いつもの調子に戻った。
マヤリィは声のトーンを落とすと、
「…ここだけの話よ、ジェイ」
急に難しい表情になる。
「貴方達が桜色の都に行っている間、私は待機している皆の魔力を測っていたの。一人ずつ訓練所に呼んで、時間をかけて現在の実力を調べたわ」
「一人ずつ、ですか…。それは皆が自分の魔力だけに集中出来るように…?」
「ええ、そうよ。…というのも、タンザナイトの実力が日に日に高まっているから、他の二人を緊張させたくなかったの。実際、今の彼女は『流転の羅針盤』がなくても魔術書があれば何でも発動出来るから」
「そ、それはつまり…」
ジェイは顔色を変えて、
「万が一タンザナイトが暴走した場合、流転の國が内部崩壊する可能性が高いということですよね?大問題じゃないですか…!」
マヤリィが『ここだけの話』と言った意味が分かった気がした。
が、
「いえ、全く問題ないわ。ナイトは私の病を治す為に努力を続けているのよ。それに、私のことを愛していると言ってくれたし、私だってあの子のことを大切に思っているもの」
マヤリィは嬉しそうに言う。
それを聞いたジェイは拍子抜けして、
「姫、それのどこが『ここだけの話』なんですか?」
呆れたように訊ねるが、
「あら、私はナイトの実力について解説しただけよ?本題はここからなのだから、最後まで話を聞いて頂戴」
マヤリィは真面目な顔で言う。
どうやら問題があるのはタンザナイトではなく、ルーリかシロマのどちらからしい。…にしても、前置きが紛らわしいな。
「では、結論から言うわね。問題があるのはルーリよ」
マヤリィは言う。
「『流転の閃光』や雷系統魔術に関しては何も変わりなかった。…けれど、今のルーリは特殊能力が使えない」
「特殊能力って…『魅惑』魔法のことですか?」
「ええ。魔術適性とは全く別の、生まれた時から持っていて学ばなくても発動出来るギフトのようなもの。そして、ルーリは悪魔種の中でもサキュバスに属するから、生まれながらにして魅惑魔法が使えるの。…と言っても、ルーリに『元いた世界』は存在せず、流転の國最年長(当時49歳)の夢魔として顕現した瞬間が彼女の始まりだから、生まれたという表現は正しくないかもしれないわね」
「姫、話が難しくなってきました。魔術適性と特殊能力の違いもルーリが夢魔であることも分かっているので、そろそろ今日明らかになった問題について詳しく話してくれませんか?」
結論から話し始めたはいいが、マヤリィはあまり問題の核心に触れたくないのか、話の流れが遠回りである。
マヤリィはジェイの言葉に頷くと、やっと訓練所での出来事を語り始めた。
「『流転の閃光』は変わりないわね。今見せてくれた『迅雷』も相変わらずの破壊力だったわ。さすがは雷系統魔術の天才ね、ルーリ」
「はっ。お褒めにあずかり、大変嬉しく思います」
閃光の渦を引っ込めたルーリは恭しく頭を下げた。
「…では、雷系統魔術はこれくらいにして、今度は特殊能力の方を確かめさせて頂戴」
「畏れながら、マヤリィ様。ここで『魅惑』を発動するのですか…?」
ここは訓練所である。
「ええ、そうよ。なんだったら…私を抱いてくれても構わないわ」
マヤリィは急に甘えた声を出す。
「…ねぇ、ルーリ?貴女、いつも言ってるじゃない。『私が魅惑にかけたいのは一人だけ』って」
「で、ですが、マヤリィ様…」
「この期に及んで私を抱けないとは言わせないわよ?…あ、自分で服を脱いだ方がいいかしら?それとも、第2会議室に行く?」
マヤリィ様、抱かれる気満々じゃないですか。
「いえ、その…」
「何を躊躇っているの?貴女と私の仲でしょう?」
マヤリィ様、実は貴女の方が夢魔なのでは?
その時、ルーリはマヤリィの前に跪く。
「申し訳ございません、マヤリィ様。今の私は…『魅惑』を発動することが出来ないのです…」
悲しそうな顔でそう言ったかと思うと、ルーリは俯き、そして深く頭を下げる。
「ルーリ、何を言っているの…?」
マヤリィは彼女の言葉の意味が分からず、聞き返す。
「魅惑は夢魔固有の特殊能力でしょう?たとえ魔力が封じられたとしても、貴女がサキュバスである限りは使えるはずよ?」
そう言いながら『鑑定』を使うが、やはりルーリは悪魔種に属するサキュバスであり、特殊能力を有していることに変わりはない。
「ルーリ、それは何かの間違いよ。…大丈夫だから、ここで発動してご覧なさい。私は『シールド』を張るから心配ないわ」
「はい…。畏まりました、マヤリィ様…」
マヤリィの優しい言葉に促され、ルーリは弱々しく答える。
そして、
「『魅惑』発動せよ」
次の瞬間、ルーリは『夢魔変化』し、独特の甘い香りで(シールドを張った)マヤリィを包み込む……はずが、何も起きない。
「…………?」
「申し訳ございません、マヤリィ様。やはり私は……」
「もう一度よ」
ルーリの言葉を遮り、マヤリィが命じる。
「もう一度、やってみなさい」
「はい…」
しかし、何度やっても結果は同じだった。
「どうして…?貴女は間違いなくサキュバスなのに、どうして魅惑が使えなくなってしまったの…?」
マヤリィは何も起きなかったことが信じられず、戸惑いを隠せない。
「ルーリ。今日、貴女は最初から魅惑を発動出来ないと言っていたけれど、それを知ったのはいつかしら?」
「申し訳ございません、マヤリィ様。私がいつから魅惑を使えなくなったのかは分かりません。…されど、今日ここに来た時、直感したのです。今の私には魅惑が使えないことを」
ルーリは俯きながら言う。嘘を言っていないことはすぐに分かる。
「…そう。念の為、鑑定を使わせてもらったけれど、今の貴女も間違いなくサキュバスよ。なのに、魅惑を使えなくなるなんてことが…有り得るのね」
先ほどルーリは本気で魅惑を発動しようとした。しかし、発動しなかった。そのことはマヤリィが一番よく分かっている。
「…………」
悲しそうな顔で俯いたままのルーリを見て、マヤリィは両手を広げた。
「ルーリ、来なさい」
優しい声で名前を呼び、自分よりも背の高い彼女を愛おしそうに抱きしめるマヤリィ。
「今日はここまでにしましょう、ルーリ。無理をさせて悪かったわね」
「マヤリィ様ぁ…!」
その瞬間、ルーリの目から涙があふれる。女王の優しい腕の中でルーリは泣く。
自分でも理由が分からず、固有魔法を発動出来ないという事実に絶望しているのだろう。
マヤリィはそんな彼女に優しく声をかける。
「本当に可愛いわ、ルーリ。前はあんなに大人っぽかったのに、今は私よりも年下に見える。…きっと、髪の毛を短くしたからなのね」
そう言ってルーリの髪を撫でるマヤリィ。
端から見ても、マヤリィの方が年上に見える。
「…魅惑、かけてもいいかしら?」
確かに『魅惑』は夢魔固有の特殊能力だが、魔術である以上『宙色の魔力』を持つマヤリィも使うことが出来る。
「今は…嫌にございます。されど、今夜ならば…」
ルーリは涙に濡れた瞳でマヤリィを見つめる。
その眼差しは純粋無垢な少女のようだった。
「…分かったわ、ルーリ。今夜は覚悟しておきなさいね」
マヤリィはそう言うと、ルーリにキスをした。
「…で、今は自由時間よ」
「姫、僕は今まで何を聞かされていたのでしょうか?」
「『ここだけの話』」
確かに、ジェイ以外には話せないだろうが、聞かされた方は返事に困る。
「そうですね…。僕が考える限りでは、タイミング的にも魅惑と髪型の変化に因果関係があるように思えてならないのですが、本当に関係ないんでしょうか?」
それでもジェイは冷静に考える。
「私もそれは思ったわ。…けれど、それを検証するにはルーリの前髪が伸びるまで待たなければならないわね」
今作でルーリが髪を切ったのは2回。
1度目は、いつもウェーブをかけていたセミロングをバッサリとミニボブに切った時。しかし、その後もルーリは魅惑を使っていた。…主な相手は人造人間だけど。
2度目は、つい最近の『流転の國の休日』の最中のことだ。休日中にマヤリィがルーリに会ったのは2日目のことだが、その後で切ったのだろう。休み明けに見たルーリの前髪は眉の上で切り揃えられており、見た目年齢は確実に下がった。…童顔のジェイに妹扱いされるほど。
「本当に因果関係があるとしたら…前髪って凄いわね」
「姫、感心するところはそこですか」
「だって、バッサリ度合いで言えば後ろ髪の方が強烈よ?一瞬、何が起きたかと思ったもの」
大切にしていたはずの髪を短く切って現れたルーリに驚いたマヤリィは思わず理由を聞いてしまい、すぐにそれを反省した(本人曰く『鬱陶しくなりました』とのこと)。
マヤリィは今も何となくショートボブのルーリに慣れていないが、さらに慣れない事項が追加されてしまった。
「とにかく、この件は誰にも話さないで頂戴。皆が知ったら心配するでしょうから」
マヤリィがそう言うと、ジェイは力強く頷いた。
「分かりました、姫。僕がこの話を聞いたことはルーリ本人にも言いません」
「ええ。よろしく頼むわよ」
ジェイの言葉に安心したマヤリィは『サイレント』を解き、自由時間を言い渡すのだった。
今夜マヤリィ様は『魅惑』の使えないサキュバスを襲いに行きます。




