第51話 お願いね
あの後、マヤリィは第7会議室でタンザナイトと合流し、壊れたラピスラズリを『弔いの間』に連れて行く為の魔術を発動した。
「これでいいわ。…ご苦労だったわね、タンザナイト」
「はっ。勿体ないお言葉にございます、女王様」
タンザナイトはその場に跪き頭を下げる。
少し離れた所ではクラヴィスが気まずそうに俯いていたが、
「…クラヴィス、ここまでリボルバーを持ってきてくれてありがとう。あの状況では、貴方以外に頼れる人がいなかったの」
マヤリィはそんな彼に優しく声をかける。
「つらい思いをさせてごめんなさいね」
「と、とんでもございません、マヤリィ様…!貴女様の方が遥かにつらい思いをされたというのに、私などの心配をして下さるなんて…」
クラヴィスは慌ててマヤリィの前に跪き頭を下げる。
その時、タンザナイトがリボルバーを差し出した。
「クラヴィス様、大切なマジックアイテムを貸して下さりありがとうございました。貴方様のお陰で大罪を犯した人造人間を始末することが出来ました。これはお返ししますね」
「は、はい…!頼りなくて申し訳ありませんでした…」
『お任せ下さい』と言って入ってきたはいいが、結局何も出来なかったクラヴィス。
しかし、二人の言う通り、彼がリボルバーを持ってきてくれたお陰で罪人を始末することが出来た。それは紛れもない事実だ。
「…では、私は『弔いの間』に行ってくるから、貴方達は玉座の間で待機していて頂戴。すぐに戻るわ」
マヤリィはそう言うとラピスラズリの破片を納めた『骨壺』を持って転移した。
その頃、ルーリとシロマは衣装部屋にいた。第4会議室でマヤリィの血に染まった服を着替える為だ。
「…シロマ、すまなかった。マヤリィ様が重傷を負われたのは私のせいだ」
そう言って頭を下げるルーリを見て、シロマは首を横に振る。
「いいえ、貴女様は何も悪くありません。全てはあの人造人間が仕出かしたことなのですから」
もう名前も口にしない。
「貴女様は忘れないとおっしゃいましたが、私は忘れることに致します。ご主人様の御為にはその方が良いと思いますので」
シロマは事務的にそう言うと、さっさと着替えて先に出ていった。
「…確かに、忘れた方がいいんだろうな……」
ルーリもそれは分かっているが、彼女の言葉を思い出すとなかなか割り切れない。…マヤリィ様、もう一度『忘却』をかけて下さい。
しばらく経ってマヤリィが玉座の間に戻ってくると、全員が整列していた。
疲れきった顔は隠せないが、流転の國の女王として皆の前に立つ。
「皆、今日はご苦労だったわね」
そう言って配下達を労うと、マヤリィは今日の出来事に関して話し始めた。…私が全て話し終えるまで口を挟まないで頂戴、と前置きをして。
まず、なぜ人造人間が暴走するに至ったか。
「彼女は異常にルーリに執着しており、歪んだ恋情とでも呼ぶべき気持ちを抱いていた。その理由を知ることはもう出来ないから深く追及はしないけれど、彼女が暴走する前に私がその異常さに気付くべきだったと反省しているわ。これに関しては、私の監督不行き届きを許して頂戴」
次に、彼女の存在を知っている桜色の都への対応。
「皆も知っている通り、西の国境線の一件では彼女を現地へ派遣し、シャドーレに挨拶させている。だから、可能性は低いものの、タンザナイトのようにほぼ名指しでヒカル殿から招待を受けることがあるかもしれないわね。そうなる前に、彼女が既に流転の國に存在しないことを何らかの形で桜色の都に伝えたいと思っているの。万が一にも不審に思われる前にね」
次に、彼女と同じ人造人間であるタンザナイトの処遇。
「よく聞きなさい。『彼女』に関しては監督不行き届きだったことを認めるけれど、タンザナイトというホムンクルスの安全性は私が保証させてもらうわ。それに、会議が終わり次第タンザナイトには新しい一人部屋を与える予定よ。その場所は、何かあったらいつでも対応出来るように私の部屋の隣にする。これなら心配ないでしょう?…大丈夫よ、ナイト。私は貴女のことを信じているもの」
そして『悪神の化身』(鎌)で斬られた自分の容態について。
「我が國の最上位白魔術師シロマ・ウィーグラーのお陰で傷痕も残っていないわ。至近距離で斬られて即死しなかったのは恐らく『宙色の魔力』のお陰ね。結界部屋である第4会議室はしばらく閉鎖するから、その間の魔術訓練は全て訓練所で行いなさい。…ねぇ、ルーリ。私が怪我をしたのは貴女のせいではないのだから、そんな顔しないで頂戴」
マヤリィは皆が気にしていることについて次々と説明する。
「最後に、貴方達に今一度言っておきたいことがあるの。忘れている人もいそうで心配なのだけれど、何か悩みがあるなら一人で抱え込む前に私に話して頂戴。いつも言っている通り、貴方達の苦しみはそのまま私の苦しみになるのだから、それを忘れてはいけないわ。お願いだから、私を苦しめるのはやめてね。本当の本当に、お願いよ?」
無理して威厳ある表情を作るのは諦め、甘えるような声で配下達に『お願い』する可愛らしい女王様。その瞬間、玉座の間が柔らかな空気に包まれる。
「…ということで、今日の会議は終わり。質問は受け付けないから、大人しく自由時間にして頂戴。…あ、ナイトだけ私と一緒に来てね」
私が全て話し終えるまで口を挟まないで頂戴、と前置きをして話し始めたマヤリィだが、話し終えても何も言わせてもらえないらしい。
(…姫、うまく纏めましたね)
ジェイはマヤリィのソロパフォーマンスに感心していた。
(マヤリィ様…私はいつ貴女様に謝らせて頂けるのでしょうか?)
自分を庇って大怪我したマヤリィに謝りたかったルーリは呆然としていた。
(ご主人様、貴女様をお救いすることが出来て本当によかったです…)
『流転の國の最上位白魔術師シロマ・ウィーグラー』は改めて安堵の涙を浮かべていた。
(マヤリィ様が誰よりもお美しい女性であることは知っております。されど、こんなに可愛らしいお顔をなさるなんて…反則ですよね??)
クラヴィスは皆に『お願い』した時のマヤリィの可愛さの余韻に浸っていた。第20話でルーリに話した本音の続きがこれである。
そして、
「来なさい、タンザナイト」
「はっ。失礼致します、女王様」
一人で会議を終わらせたマヤリィはタンザナイトを呼び寄せると、まずは自分の部屋に転移するのだった。




