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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㊽書庫へ

そして話は現在(第46話)に戻る。

桜色の都から帰還後、罪悪感と悲しみに満ちていたルーリはマヤリィに優しく抱きしめられ、今夜は一晩中貴女の部屋にいてあげるという言葉を聞いてやっと落ち着いた。あの日用意したシナリオ通り『ルーリはマヤリィの元へ帰ってきた』のだ。

そんな二人の様子を見てひとまず安心したタンザナイトは、改めてマヤリィに挨拶すると、自分の部屋に戻る。

そこで待っていたのは……。


「姉上、ですよね?」

タンザナイトでさえそう訊ねてしまったほど、ラピスラズリは変わり果てた姿をしていた。

「僕がいない間に何かありましたか?」

「…言いたくありません」

ラピスは不機嫌だが、いつになく真面目に黒魔術書を読んでいる。

タンザナイトは追及しないことにして、自分も解析途中の魔術書を開いた。

が、

「タンザナイト様…理由を聞いてくれないのですか?」

「理由ですか?」

「はい。わたくしが…丸坊主にした理由です」

「聞いた方がいいんですか?」

「普通、聞くでしょう?」

「さっき言いたくないって言ったばかりじゃないですか」

「でも、聞いて下さい」

「分かりました。…姉上、なぜ丸坊主にしたのですか?」

その瞬間、ラピスの目から涙があふれ出す。

「タンザナイト様ぁぁ…!!」

(これはシナリオ通り…ではありませんね)

自分に泣きついてくるラピスを受け止めながら、ナイトはどうしてこういうことになったのか冷静に分析しようとした。

「わたくし…一度じゃないんです…」

ナイトが何も聞かないうちにラピスは話し始めた。

「ルーリ様とセックスしたのは…あの真夜中の時だけじゃないんです」

(はい。知ってます)と答えるわけにもいかず、ナイトは話を聞き続ける。

「タンザナイト様は…わたくしがルーリ様のお手伝いをしに第7会議室に行っていることをご存知ですよね?」

ラピスは涙を流しながら話し続ける。

「確かに、お手伝いもしているのです。でも…途中から第2会議室に行く日も結構あって…」

「第2会議室って、ラブホテルの部屋ですか?」

「はい…。ルーリ様はそこで『夢魔変化』なさって、わたくしを抱いて下さるのです…」

話しているうちに思い出したのか、ラピスは顔を赤らめる。

「つまりわたくしは…ルーリ様に『魅惑』をかけられたくて、第7会議室に通っていたようなものです。魔術訓練を怠って、自分のすべきことから目を背けて、ルーリ様とのセックスに溺れてしまいました…」

「…………」

さすがのタンザナイトも何と答えれば良いか分からない。

「あの御方がマヤリィ様の側近にして『流転の國のNo.2』であることは分かっています。でも…わたくしは本気でルーリ様を愛してしまいました。こんな姿になってもなおルーリ様が恋しい。二度と抱かれることは叶わなくとも、惨めな姿だと思われても、わたくしはルーリ様にお会いしたいのです…!」

(この状況、どうすればいいんだろう?)

さすがのタンザナイトも何と声をかければ良いか分からない。

しかし、今のラピスはタンザナイトの反応なんてどうでもいいらしい。

「タンザナイト様…貴女が帰還したということはルーリ様もお帰りになられたのですよね?」

「はい。今は玉座の間で女王様にご報告なさっています」

「そうですか……」

すぐにでもルーリに会いたいラピスだったが、マヤリィには会いたくない。

「…ところで、姉上。貴女とルーリ様がそういう関係だということはよく分かりましたが、そろそろ質問に答えて下さい。貴女はなぜ丸坊主にしたのですか?」

「あっ……」

確かに理由を聞いて下さいと言ったのは自分だが、聞かれた途端ルーリとのことを思い出してしまい、別に話さなくても良いことを話してしまった。

「そうでした…。ごめんなさい、タンザナイト様。ルーリ様とセックスした話なんて貴女には関係ありませんよね…。どうせ貴女は…誰のことも愛せないのでしょうから」

「…………」

「あっ…。すみません、タンザナイト様。わた…

無言の圧力を感じたラピスは失言に気付いて謝るが、一度口に出した言葉を取り消すことは出来ない。

「ええ、どうせ僕は誰のことも愛せませんよ」

タンザナイトは真顔で言う。

「僕はルーリ様に『魅惑』をかけられたいとも思いませんし、第2会議室で抱かれたいとも思いません。そんな暇があるくらいなら魔術書の解析に時間を使います。…僕はつまらない人造人間ですから」

タンザナイトは淡々と言う。

相変わらず何を考えているのか分からない。

怒っているのか悲しんでいるのか、ナイトの表情から読み取れることは何一つない。

ポーカーフェイスの裏側は誰も知らない。

ただ、ナイトが誰かの言葉を遮ったのは初めてだった。

「申し訳ありません、タンザナイト様。わたくしは貴女にひどいことを言ってしまいました」

ラピスは改めて謝るが、ナイトの表情は変わらない。

「いえ、お気になさらず。ラピス殿の言ったことは間違ってないと思います」

他人行儀にそう言うと、

「僕は解析を終えた本を書庫に返してきます。話の続きは後にして下さい」

ナイトはラピスの返事も聞かずに『転移』した。

「タンザナイト様…!」

部屋に一人残されたラピスはその場に座り込む。

『妹』を傷付けてしまったかもしれないという後悔に襲われる。

「わたくしは一体…何をやっているの…!?」

罪悪感の波が押し寄せる。


『「どうせ貴女は…誰のことも愛せないのでしょうから」』

(それは事実ですが、僕に誰を愛せと言うのでしょうか?)

書庫に転移した後、タンザナイトはラピスの言葉を思い出していた。

しかし、すぐに気持ちが切り替わる。

(まぁいいか。僕は書物の魔術師としての仕事を続けるだけだ)

タンザナイトはアイテムボックスから次々と解析済みの魔術書を取り出し、本棚に戻していく。

その作業を終えると、次に何を借りるか考える。

かつてミノリが長い時間を過ごした流転の國の書庫。

今ここに来るのは彼女の魔術具を引き継いだタンザナイトだけである。

しかし、

(これ…前回来た時もここにあったかな?)

見慣れないタイトルの魔術書を見つける。

普通の人間とは違い完璧な記憶力を持っているタンザナイトは、少し配置が変わっていただけでも気付くのだ。

(初めて目にする魔術書だ。今まで知らなかった…)

そう思いながら手に取り頁をめくると、至る所に付箋の跡が残っている。

(『能力強奪』魔術…?)

タンザナイトは吸い込まれるようにその魔術書を読んだ。

(『記憶改竄』『抹消』『感情強奪』…。ここに書かれているのは全て禁術だ)

次第に『流転の羅針盤』が震え出す。

まるで禁術を発動することの重大さを知らせるかのように。

(使い方を間違えたら大惨事になることは分かってる。…でも、これは今の僕に必要な本だ)

ナイトはそれを持ち帰らず、書庫で解析を進めることにした。


『禁術全書』と書かれたその魔術書をここに置いたのが誰かはもう分かっている。

(母上様。貴女様のご命令とあらば、僕はどんな禁術でも発動してみせましょう)

ナイトが気付くよう、マヤリィが意図して置いた魔術書。

そこには、非常に危険な魔術が列挙されていた…。

ラピスにひどい言葉をぶつけられ、内心気に病んでる…?かと思いきや、切り替えの早いタンザナイトさん。

恐れや怒りや悲しみを感じたとしても、すぐにナイトの気持ちが切り替わるのは、マヤリィの設計によるものです。

先に造ったラピスにはそういう機能をつけなかったようですが…。


…さて、マヤリィはタンザナイトに何の禁術を使わせるつもりなのでしょうか?

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