㊻残酷な事実
今話の登場人物
・記憶のないシャドーレ
・いつも通りのヒカル王
・可哀想すぎるルーリ
・残酷な確信犯マヤリィ様
・真顔の共犯者タンザナイト
タンザナイトとクラヴィス(中身はルーリ)が桜色の都に『長距離転移』すると、ヒカル王自ら出迎えてくれた。傍にはシャドーレが控えている。
(シャドーレ…!)
その姿を見たルーリ(見た目はクラヴィス)は思わず素で声をかけそうになるが、タンザナイトの視線を感じて我に返った。
「クラヴィス殿、タンザナイト殿、よく来てくれましたね。お会い出来て嬉しいです」
ヒカル王はそう言って微笑むと、二人を王宮の奥へと招いた。
「クラヴィス殿、今日は久しぶりに貴方の魔術具を見せてもらえますか?」
ヒカル王は何も疑うことなくクラヴィスに話しかける。
「はっ。畏まりました、陛下」
クラヴィスはそう言って頭を下げるが、
「今日は随分と緊張しているようですね。何かありましたか?」
早速、違和感を持たれてしまった。
「…………」
《クラヴィス様、黙り込まないで下さい!》
すかさずタンザナイトから『念話』が飛んでくる。
《いや、だって…会話が続かなくて…》
ルーリは早くも弱気になっている。
こうして他人に『変化』してそれを持続するのも初めてだし、いざヒカル王を前にしたら、決して失敗は許されないという重圧がのしかかってきた。
「畏れながら、陛下。よろしければ、わたくしの魔術具もご覧になって頂けませんか?」
仕方なくタンザナイトが助け舟を出す。
「わたくしは現在、白魔術書を中心に解析を進めております。出来ましたら陛下から白魔術のお話を伺いたいのですが、お許し下さいますか?」
「ええ、勿論です。貴女と白魔術について語り合えるとは本当に嬉しいことですね。歳も同じですし、今日は無礼講ということで気楽に話して下さい」
「ありがとうございます、ヒカル様」
タンザナイトがヒカル王に話しかけてくれたので、ルーリはひとまず安心したが、
「では、タンザナイト様を私の書斎にお招きしましょう。…シャドーレ、クラヴィス殿を貴賓室にご案内して下さい。頼みましたよ」
「はっ。畏まりましたわ、陛下」
二人きりになると、シャドーレは改めて挨拶する。
「ごきげんよう、クラヴィス様。お目にかかれて光栄ですわ。…流転の國の皆様はお変わりありませんか?」
久しぶりに聞く彼女の声だ。
(シャドーレ…!)
ルーリはそう呼びたいのを必死で我慢すると、
「はい。皆、元気にしておりますよ」
ぎこちない表情で答える。
しかし、シャドーレは気に留めることもなく話を続ける。
「それは何よりです。…陛下をお支えする為に桜色の都に戻ると決めたのは私自身ですが、それでも時々マヤリィ様にお会いしたくなりますの。側近のジェイ様もご息災でしょうか?」
「はい。ジェイ…様もお元気ですよ」
ルーリは一瞬でも自分の名が出ないかと待ち構えている。
「シロマ様もお変わりないでしょうか?この間お会いした時は新しいマジックアイテムをお持ちでしたので、我儘を言って見せて頂きました。『流転』と名の付く魔術具はどれも素晴らしいものですわね」
シャドーレは話を続ける。
「今でも覚えておりますわ。私の知っている『流転』のアイテムは六つ。ジェイ様がお持ちの『指環』、シロマ様が新しく賜ったという『星杖』、今は亡きランジュ様がお使いになっていた『斧』にバイオ様の『クリスタル』、ミノリから引き継いだというタンザナイト様の『羅針盤』、そして貴方様の『リボルバー』。…私が知っているのはここまでですが、もしかしたら他にもあるのかもしれませんわね」
シャドーレはそれぞれの魔術具を思い出して懐かしそうにしているが、ルーリは一つ抜けていることに気付く。
「シャドーレ様、一つお忘れですよ。『流転の閃光』は直接身体に宿っておりますが、あれもマジックアイテムのような物にございます」
しかし、シャドーレは首を傾げる。
「流転の閃光…?畏れながら、私の知らない魔術具ですわね。魔術適性は…名前からして雷系統でしょうか?」
「はい。確かに雷系統魔術のマジックアイテムですが……」
そこで初めて、ルーリは自分に関する話をしてしまったことに気付く。
しかし、シャドーレは気にすることなく、
「『閃光』にございますか…。私が流転の國にいた頃は雷系統の魔術適性を持つ方はいらっしゃいませんでしたが、もしや新しい顕現者が現れたのですか?」
興味津々に訊ねる。
「いや…そういうわけではないのですが…」
ルーリはシャドーレの言葉の意味が分からず、困惑する。
(名前を出さなければ大丈夫かな…)
そう思ったルーリは遠回しに自分のことを忘れていないか確認しようとする。
「あの、シャドーレ様…。マヤリィ様の側近はお二人なのですが、覚えておいでですか?」
すると、シャドーレは再び首を傾げた。
「マヤリィ様の側近がお二人…?いえ、私が流転の國にいた頃はジェイ様だけでしたわ。今はもう一人いらっしゃいますのね。私の知っている方でしょうか?」
「し、知っているはずだけど…。いえ、何でもありません」
(なぜだ…?もしかして、シャドーレは敢えて私に関することを言わないようにしているのか?私が『国家機密』だから気を遣ってくれているのか?…でも、今は二人きりなのだから少しくらい私の話をしても大丈夫なのに)
「『サイレント』」
どうしても信じられないルーリは部屋に『サイレント』をかけ、シャドーレに訊ねる。
「シャドーレ…様、覚えていませんか?マヤリィ様が不在の折に最高権力者代理を務めたこともある、流転の國最年長の悪魔種の女を覚えていませんか?」
この時点で、顔と名前以外の個人情報が全て流出しているが、それでもシャドーレは不思議そうに言う。
「…申し訳ございません、クラヴィス様。私の記憶とは違うようですわ。流転の國にいらした悪魔種の女性はネクロ様とおっしゃる方で、マヤリィ様に瓜二つでいらしたと記憶しております。年齢もマヤリィ様と同じとのことでしたので、最年長ではございませんわね」
その瞬間、ルーリは本当にシャドーレが自分を忘れてしまったことに気付く。出来るなら冗談だと言って欲しかったが、シャドーレの表情は変わらない。なぜクラヴィス様はそんなことを聞くのかしら?といった顔をしている。
「そんな…!どうして…?」
ともに流転の國で過ごし、カフェテラスで語り合ったり皆で女子会をしたり、本気の実戦訓練を行ったこともある、ルーリの『良き友人』シャドーレ。たとえ彼女が桜色の都に帰ってしまっても、二人の関係は変わらないと信じていたのに。
『シャドーレはルーリの全てを忘れた』…。
たった今自分自身が確かめた結果、得ることが出来たのは残酷な事実。
「クラヴィス様?どうかなさいましたか?」
シャドーレは目の前の相手が『変化』を発動しているとも知らず、心配そうにクラヴィスを見る。
しかし、ルーリは諦めきれない。
「シャドーレ、思い出して欲しい…。私は、流転の國のル…
《そこまでです、ルーリ様》
その『念話』と同時に貴賓室のドアが開かれた。
「あら、陛下。お話は終わりましたの?」
そこには、ヒカル王とタンザナイトが立っていた。
「いえ、まだ語り合いたいことは沢山ありますが、クラヴィス殿の話も聞きたいと思ってここに来たのですよ」
ヒカル王はそう言ってクラヴィスを見るが、彼の顔色は悪い。
今まさにタンザナイトに問い詰められているところだ。
《部屋に『サイレント』までかけてどういうおつもりですか?まさか、ご自分の話をシャドーレ様になさったのではないですよね?》
《…ああ。少し、魔術具の話をしていただけだ》
必死で誤魔化そうとするが、クラヴィスは青ざめている。
「クラヴィス殿、具合でも悪いのですか?」
それを見たヒカルが心配そうに訊ねる。
「実は、少し不思議なお話をされていたのですわ。…陛下、マヤリィ様の側近はジェイ様お一人にございますよね?」
代わりに答えたシャドーレは先ほどの話をする。
《やっぱり貴女の話をしていましたか…》
それを聞いたナイトは呆れる。
《…すまない》
今のルーリにはそれしか言えなかった。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、ヒカルは頷く。
「はい。マヤリィ様の側近を務めているのは確かにジェイ殿です。側近が二人いるとは聞いたことがありませんね」
実際、ヒカル王はマヤリィのもう一人の側近には会ったことがないのだから知らなくて当然なのだが、頭が混乱しているルーリはショックを受けた。
「なぜか今日のクラヴィス様は私の知らない雷系統魔術師の方のお話ばかりなさって…。もしや新しい顕現者かと思ったのですが、流転の國の最高権力者代理を務めたこともある方だとおっしゃるのですわ」
《いい加減にして下さい。マヤリィ様とのお約束を破るおつもりですか?》
すかさずナイトからお叱りの念話が飛んでくる。彼女は至って冷静に、いつもと変わらぬ真顔でルーリに念話を送っている。
ルーリは泣きたい気持ちを堪えて、
《悪かったよ…反省してる……》
自分が『流転の國のNo.2』だということも忘れて、格下のホムンクルスに謝る。
《とにかく、今はまだ桜色の都にいるのですから、帰還するまでクラヴィス様を演じて下さい。ここから先は僕が傍を離れませんから、大丈夫ですよ》
《ああ…。これ以上失態を重ねるわけにはいかない》
そう言うと、クラヴィスはヒカル王に頭を下げる。
「陛下、心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は何か勘違いをして色々とシャドーレ様にお訊ねしてしまったようです。シャドーレ様、大変失礼致しました」
落ち着きを取り戻したクラヴィスの顔色は良くなっていた。
「身体の具合は…大丈夫そうですわね」
シャドーレがそう言うと、ヒカルは安心したように頷くのだった。
その後は何事もなく会話は進み、ヒカル王はクラヴィスの魔術具を見て満足し、シャドーレもタンザナイトに黒魔術書も読むことはあるのかと訊ねるなど、和気藹々と話をしているうちに時間は過ぎていった。
そして、帰還後。
『変化』を解き、事の次第を報告し、謝罪し、ひれ伏すルーリ。
確実に『玉座の間に罅』案件だと思ったが、マヤリィは慈悲深い微笑みを浮かべている。
「都への訪問、ご苦労だったわね。…それにしても、そんなことがあったなんて」
マヤリィ様は確信犯。
「なぜシャドーレが貴女のことを忘れてしまったのかは分からないわ。…もしかして、水晶球のせいかしら?」
と言いつつ『記憶消去』魔術をかけた張本人はマヤリィ様である。
しかし、水晶球に操られていた前作(vol.7)ではほとんどシャドーレと関わっていないルーリは、そうかもしれないと素直に信じてしまう。
「そういうわけでございましたか…。私はそんなことも予測出来ず、シャドーレに忘れられた事実に衝撃を受け、色々なことを訊ねてしまいました。…マヤリィ様。完璧に『変化』するというお約束を破った私をどうかお許しにならないで下さいませ」
ルーリはそう言うが、これに関してはマヤリィの方が遥かに悪いことをしている。
「いいえ、私は貴女を許す。いきなりシャドーレとそんな話になって、自分が忘れられたのではないかと思ったら、取り乱して色々と確認してしまうのも無理ないわ」
「マヤリィ様…。貴女様はお優しすぎます。あろうことか桜色の都で失態を演じた私にそのようなお言葉をかけて下さるなんて…」
そう言ってルーリは俯く。心の中は罪悪感で一杯だった。
「私との約束に関しては、そんなに思い詰めないで頂戴。結果的にはナイトのお陰で事なきを得たのだし、貴女にとっては自分の『変化』の不完全さを学ぶ機会となったのだから、悪いことばかりではなかったはずよ」
「マヤリィ様…!」
優しく諭され、ルーリは涙を流す。
そんな彼女を抱き寄せるマヤリィ。
「…けれど、この國でともに過ごした仲間が自分を忘れてしまったなんて、さぞかし悲しかったでしょうね。いえ、今も悲しいわよね…」
罪悪感と悲しみの感情の間で揺れていたルーリは、ここで再びシャドーレに忘れられた悲しみに直面させられる。
そして、
「マヤリィ様ぁ…!」
この場にタンザナイトがいることも忘れて、ルーリは大泣きする。
「水晶球のせいとはいえ、ルーリは悲しいです…!シャドーレに忘れられてしまったなんて、信じたくありません!ああ、マヤリィ様ぁ…!!」
そんなルーリを優しく抱きしめるマヤリィ。
「ルーリ、よく聞いて頂戴。私は絶対に貴女を忘れたりなんてしないわ。それはジェイだってタンザナイトだって同じよ。…ねぇ、そうでしょう?」
「はい。僕がルーリ様を忘れることなんて有り得ません。…しかし、ルーリ様が泣いた場面は忘れた方がよろしいでしょうか?」
いきなり同意を求められたタンザナイトは彼女なりにルーリを慰める。前に実戦訓練をした時『私は絶対に泣かない』と言っていたルーリの言葉を思い出したのだ。
「いや、忘れないでくれ……」
すっかり弱気になったルーリはマヤリィの腕の中で泣き続ける。
それからしばらく経って、
「ルーリ」
マヤリィは彼女の名を呼ぶと、突然その唇にキスをした。
「マヤリィ様…!」
ルーリは涙に濡れた瞳でマヤリィを見る。
「私の大切なルーリ。今夜は私が貴女を癒したいわ。貴女の部屋で一晩中でも隣にいて、話を聞いてあげる」
「マヤリィ様…!よろしいのですか…?」
「ええ、勿論よ」
「嬉しいです、マヤリィ様…!私は決して貴女様から離れません…!」
そう言って喜ぶルーリを横目で見ながら『「最終的にルーリは私の元へ帰ってくる」』というマヤリィの言葉を思い出し、
(母上様、怖すぎ)
と密かに思うタンザナイトだった。
彼女が恐怖という感情を抱いたのはこれが初めてかもしれないが、すぐに気持ちが切り替わる。
(とりあえず作戦成功ってことですよね、母上様)
残酷な事実を知ったルーリはマヤリィの元へ帰ってきた。あの日用意したシナリオ・ルーリ編はここで完結だ。
二人の様子を見てひとまず安心したタンザナイトは、改めてマヤリィに挨拶すると、自分の部屋に戻る。
そこで待っていたのは……。




