㊺都へ行くのはどうかしら
「えっ…。畏れながら、マヤリィ様。今何とおっしゃいましたか…?」
「聞こえなかったの?貴女を桜色の都へ行かせるって言ったのよ?」
想定外の言葉に驚いてうっかり聞き返してしまったルーリに、マヤリィは珍しく冷たい眼差しを向けた。
かと思えば、すぐに優しい微笑みを浮かべる。
「ここ最近、第7会議室の仕事を貴女一人に任せきりにしていて悪かったわね。気分転換…になるかどうかは分からないけれど、貴女さえ良ければたまには外に出て頂戴」
「はっ。有り難きお言葉にございます、マヤリィ様。されど、私は外部の者に姿を見せてはならないのでは…?」
ルーリは自分が『国家機密』だということを理解している。その為、今まで桜色の都に派遣されたことはなく、有事の際にも『マヤリィの切り札』として玉座の間での待機を命じられてきた。
「それに関してはもう考えてあるわ。クラヴィスに『変化』するのよ」
「クラヴィス…にございますか?」
「ええ。此度の桜色の都訪問は任務ではなく、友好国同士の交流イベントみたいなものよ。だから、ヒカル殿と懇意にしているクラヴィスの姿で行くのが一番だと思うの。…それに、流転の國からの客を迎えるとなれば、当然シャドーレも同席するでしょうね」
その名を聞いたルーリは心を動かされる。
(シャドーレに会えるのか…!)
かつて流転の國でともに過ごしたシャドーレはルーリの良き友人だった。
「貴女の立場上、正体を明かすわけにはいかないけれど、話くらい出来ると思うわ。…どうかしら?」
マヤリィの言葉に、ルーリは笑顔で頷いた。
「はっ!ぜひ行かせて頂きたく存じます」
桜色の都に行く条件はクラヴィスに『変化』することだけ。ルーリは早速クラヴィスの特徴を掴み、完璧に『変化』出来るようになろうと考えた。
「ふふ、決まりね。…では、私はヒカル殿に書状を送るから、今のうちにクラヴィスになりきる練習でもしておきなさい」
「はっ!畏まりました、マヤリィ様。貴女様のご厚情に心より感謝申し上げます」
ルーリは深く頭を下げると、玉座の間を退出し、訓練所にクラヴィスを呼び出した。
「…というわけでな、特別に桜色の都に行かせてもらえることになったんだ。だから、私の『変化』の練習に付き合ってくれ」
クラヴィスは(どうして突然そういう話になったのだろう?)と不思議に思いつつ、詳しく聞くことはしなかった。ルーリがとても嬉しそうにしているので水を差したくなかったのだ。
「畏まりました、ルーリ様。では、以前桜色の都を訪れた時に陛下とお話したことなどもお伝えしますね」
「ああ、よろしく頼む」
クラヴィスが自分の姿になったルーリに『演技指導』している途中で訓練所にやってきたシロマは、クラヴィスが二人いるのを見てとても驚いたという。
「もういいわよ、ジェイ」
ルーリが玉座の間を退出した後、マヤリィが何もない空間に向かって呼びかけると『透明化』を解いたジェイが現れた。
「姫、貴女の思惑通りに進んでいるようですね」
ジェイはマヤリィの掌の上で転がされているルーリを複雑な気持ちで見ていた。
「それにしても、姫。シャドーレの名前を出すなんて反則ですよ?ルーリはシャドーレに会いたい一心で桜色の都に行くことを決めたようなものじゃないですか」
「ええ。だから会ってくればいいのよ。私が出した条件はクラヴィスに『変化』することだけ。ルーリの実力をもってすれば、ヒカル殿を騙し通すことくらい簡単でしょう?」
マヤリィは淡々と言う。
「都に行く時はタンザナイトも同行させるし、何も問題はないわよ」
「それは『記憶の記録』を残す為だけではなく、ルーリが自分の名を口にしないよう見張らせる為ですか?」
「ええ、そうよ。まさかルーリがそんな失態を犯すとは思わないけれど、いざという時はナイトに『忘却』魔術を使わせることにしているわ」
(タンザナイトは禁術も使えるのか…)
ジェイはマヤリィの周到さに感心する。
と同時に、自分はルーリを流転の城に縛り付けているのではないかと考えて悲しそうにしていた時のマヤリィを思い出すと、なぜこんなことになったのだろうと思う。
マヤリィはルーリが何度もラピスに『魅惑』をかけたことを知りながら決して咎めようとはしなかった。無断で『睡眠』魔術をかけられて部屋に一人残されても、直接本人に問い詰めることはしなかった。しかし、罪に問わなければならない事態であることを認識した時、マヤリィは『処罰する』ことから逃げ、別の方法を考えた。
恋人に裏切られた心優しい女王様は『公の場での処罰』の代わりに残酷なことをしようとしている。桜色の都を訪れたルーリは、まもなく自分の存在がシャドーレに忘れられていることを知り、失意のうちに帰國することになるだろう。
「最終的にルーリは私の元へ帰ってきてくれる。…絶対にね」
マヤリィ様、いつから悪役になったんですか?
(こういうことになるなら、最初から姫本人に寂しいと伝えていればよかったのに…)
ジェイは第7会議室で萎れていたルーリを思い出す。
ルーリ自ら外に出たいと言えば、マヤリィは何かしらの方法を考えてくれたかもしれない。
今夜お部屋に伺ってもいいですかと聞けば、マヤリィは快く受け入れてくれただろう。
(コミュ力高いわりに、本当に伝えたいことは姫に言えないんだな…)
普段から「何か悩みがあるなら私に話して頂戴。貴方達の苦しみはそのまま私の苦しみになると心得なさい」と配下達に言い聞かせているマヤリィ。
なのに、ルーリは何も言えなかった。何も言えないどころか、正常な判断すら出来なくなり、あろうことか無断でマヤリィに魔術をかけてしまった。
(ちょっと可哀想だけど、これでルーリの罪が皆に知られることはなくなる。だから、これでいいのかな…)
二人の罪が白日の下に晒されれば、側近であるジェイが真っ先に断罪を進言しなければならなくなる。実際、昨日までは罪に問うべき事案だと息巻いていたのだが、配下を処罰する時のマヤリィのつらさはジェイも知っている。だから、それを憂慮したタンザナイトの言葉によって、戸惑いながらも二人が決めた『悪戯』に協力することにしたのだ。…というか、拒否権はなかった。
(ルーリやラピスには悪いけど、僕は姫の言葉通りに行動する。特にラピスには…泣いてもらうしかないよね)
既にマヤリィは、桜色の都領内にあるエルフの村に滞在しているシェルに帰還命令を出していた。腕利きのスタイリストにしてヘアメイク部屋の責任者である彼が流転の城に帰ってきた後、何が起こるのか…。
その詳細を知るのはマヤリィだけである。
マヤリィ様のルーリに対する感情の移り変わり。
第42話→「私、間違ってた…。自由に過ごせと言っておきながら、私はルーリを縛り付けていたのね…。なんで今まで気付かなかったのかしら。いえ、気付こうとしなかっただけね…」
第44話→「桜色の都のシャドーレは流転の國の『国家機密』のことなんて忘れてしまっている。それを知ったら…きっとルーリは私の元へ帰ってきてくれるわ」
「姫ってたまに性格悪くなるよね…」(by ジェイ)




