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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㊹罪は不問とするけれど

次の日の午後。玉座の間。

「そうだったんですか…。あのタンザナイトがそんなことを…?」

「ええ、そうなの。いつもはクールなのに、必死な顔でマヤリィ様をお救いする為の方法を見つけ出したいって言ったのよ。それに、魔力も随分と強くなっていたし、ホムンクルスも成長するのね…。っていうか、私はもうあの子をホムンクルスだなんて思えないわ」

マヤリィは楽しそうに話す。

「その後、第3会議室に行って色々と話したわ。部屋には書庫から持ってきた魔術書が沢山あって、何冊か解析し終えたところで訓練所に行くそうよ。攻撃魔法は勿論、白魔術にも力を入れていて、訓練所では時々シロマに会うらしいわ。書物解析魔術の適性を持っていたとしても白魔術書を読み解くのは難しいのに、ナイトは回復魔法の習得に特に力を入れている。そこがミノリと異なる点かしら」

マヤリィの病が白魔術では治せないことはナイトも分かっているが、ほんのひとときだけでも心が楽になる魔術はないものか…。僅かな可能性を頼りに本を読み続けているのだ。

「そうそう、私は途中で眠くなって横になったのだけれど、その時ナイトが白魔術をかけても良いですかって言うからかけてもらったの。そうしたら、睡眠薬を飲んだ時よりも気持ち良く眠れたのよね。珍しく深く眠っていたというか…。あれは何の白魔術だったのかしら」

マヤリィは話を続ける。

「ナイトは私が目覚めた時も傍にいてくれたわ。そして、教えた覚えはないのに『「母上様、コーヒーはいかがですか?よろしければお淹れしますよ」』って言っておいしいコーヒーを淹れてくれたのよ。…あの子は間違いなく私の最高傑作、というか自慢の娘ね。私達、本当の母娘と名乗っても良いと思うわ」

ジェイはマヤリィが嬉しそうで何よりだと思いつつ、既にタンザナイトが『ミノリを超えた書物の魔術師』であることを聞いて、少し怖くなっていた。

(以前、姫と僕が追放されて桜色の都にいた時、最高権力者を務めていたルーリが人造人間を造ったと聞いた。それも当時ルーリが手にしていた『宙色の魔力』によって造り出された魔術師だ。ネクロはその強すぎる人造人間のせいで死んだって聞いたし、ミノリも瀕死の状態に追い込まれたって話だったけど…。姫が造った人造人間(タンザナイト)は大丈夫そうだ…。実際、彼女は姫のことを救いたいと言ってるみたいだし、ただ魔力が強いだけのホムンクルスじゃない。優しい心を持ち、姫のことを大切に思っているのは事実だろう)

色々考えを巡らせた結果、ジェイはタンザナイトを信じることにした。

「ジェイ、難しい顔してるわね。貴女も第3会議室に行きたかった?」

「いえ、そういうわけではないです。っていうか、あの時姫が僕を退出させてよかったと思っていますよ」

マヤリィから玉座の間に来た理由を問われたタンザナイトは珍しく口篭った。その為、マヤリィはジェイに退出するよう命じ、二人だけで話すことにしたのだ。

「僕がタンザナイトと直接話したのは数えるくらいですし、ラピスと違ってタンザナイトは特別他の配下と親しくしている様子はありません。あの時、第三者の存在を気にすることなく二人きりで話すことが出来て、タンザナイトは安心したのではないでしょうか」

ジェイはそう言った後で、

「すみません…。僕、今かなり余計なこと言いましたよね…?」

『ラピスと違って』なんて言うべきではなかったと反省する。

マヤリィは、ラピスが特別ルーリと親しくしていることを『魔力探知』によって思い知らされている。ジェイと魔力探知をオフにすべきか話した後、マヤリィはやはり有事の際には必要になると考え、これまで通り常時発動状態にしておくことに決めたのだ。勿論、他の配下達の魔術も探知するが、最近のルーリの魅惑率の高さには頭を抱えたくなる。やっぱり宙色の魔力をセーブして魔力探知を切っておこうかしら、と思うくらいだ。ルーリだって、マヤリィに気付かれていることくらい分かるはずなのに、そこまで気持ちが回っていないのか、浮気はいつものことだとマヤリィに甘えているのか、一向に魅惑の回数は減らない。それも、この間シロマに対して使ったのは一度きりで、以後の相手は全てラピスだ。

そんなことまで自動で脳内に入ってくるのだから、いくら寛容なマヤリィでも嫌になる。ルーリの魔術だけ探知しないことにする、という細かい設定は出来ないものだろうか。…出来ません。

「…気にしないで頂戴。今に始まったことではないのだから」

そう言いながら、先ほどまでにこやかに話していたマヤリィは真顔になる。

「とはいえ、そのせいでラピスの魔術訓練が疎かになっている可能性があるなら見過ごすわけにもいかないわね。ナイトの魔力が高まっているのは昨日確認出来たけれど、今ラピスがどの程度の実力を有しているのかは分からないわ」

と言いつつ、あまり成長していないのではないかとマヤリィは思った。モチベーションが下がっているルーリの手助けをしてくれるのはいいが、行き過ぎるとそれは『命令以外の行動』と見倣さなければならなくなる。

(そうは言っても、わざわざラピスを呼び出して魔力を測るのも気が進まないわね…)

「姫、ラピスの魔力を測るのは気が進まないですか?」

マヤリィの心を読んだようにジェイが聞く。

「ええ…。後回しにしたいっていうか今はどうでもいいっていうか…」

「気が進まないどころか、やりたくないんですね」

「ええ、貴方の言う通りよ」

マヤリィ様、開き直った。

「私はホムンクルスを二体造ったけれど、少なくとも片方は大成功。もう片方も弱いわけではないのだし、わざわざ確かめなくても良いことにしましょう」

マヤリィ様、無理やり話を終わらせた。

「分かりました、姫。仰せの通りに」

ジェイがそう言うと、マヤリィは安心したように微笑む。

「…それで、話を戻すと、ナイトが私の心を癒す方法を見つけたいと言ってくれたからには貴方と三人で話したいと思ったの。私の病気について一番理解してくれているのは貴方だから」

それを聞いてジェイは頷く。

「はい。僕もタンザナイトと話がしたいと思ってました。そういうことなら、彼女とはこれから貴女の病状を共有することになりますし、今までのことも話しておきたいと思います」

本来ならばマヤリィを一番近くで支える翼はジェイとルーリのはずだった。しかし、ルーリという片翼を見失っている今、タンザナイトという心強い味方が現れて良かったとジェイは思った。

「貴方がそう言ってくれて安心したわ。…実はもう呼んであるのよ」

マヤリィは嬉しそうに言う。

「えっ?玉座の間の外で待機してるんですか?」

自分達が話を始めてからかなり時間が経っている。その間ずっと待機させておいたのだろうか?

ジェイが考えていると、

「ナイト、もういいわよ。姿を見せて頂戴」

マヤリィは何もない空間に向かって呼びかける。

その瞬間、

「失礼致します、母上様」

『透明化』魔術を解いたタンザナイトが現れる。

「タンザナイト…!?」

全く気付いていなかったジェイは驚く。

「申し訳ございません、ジェイ様。畏れながら、最初から僕はここにおりました。お二人の会話も伺いました。どうかお許しを」

「そ、そうだったんだね…。姫、先に教えて下さいよ」

「ふふ、本当に気付いていなかったのね」

「はい。全然分かりませんでした」

ジェイはまだ混乱しているが、マヤリィは嬉しそうな顔で言う。

「ナイト、見事な透明化魔術だったわ。さすがは私の娘ね」

「ありがとうございます、母上様」

マヤリィに褒められ、ナイトは微笑みを見せる。

(タンザナイトが…笑ってる…!)

ジェイの前に見慣れない光景が広がっている。

「っていうか、姫!タンザナイトがここにいたのに、ラピスの話をして良かったんですか?」

ルーリの名を口にしたわけではないが、ラピスの話をしてしまったことをジェイは思い出す。

しかし、

「ジェイ様、大丈夫です。ルーリ様と姉上の関係については僕も知っています」

タンザナイトは淡々と言う。

「僕は『魅惑』を探知出来るわけではありませんが、姉上がとても嬉しそうな顔で着飾って出ていくのを見ればだいたい分かります。実際、真夜中にルーリ様が部屋を訪ねてきたこともありましたから」

「真夜中…?それって…」

「ええ。聞きづらいことだったけれど聞いてみたの。そうしたら、話しづらいことなのにナイトは話してくれた」

つまり、例の夜のことである。

いつの間にかルーリがいなくなっていたのを不可解に思っていたマヤリィは、ナイトが二人の関係について知っているかもしれないと思い、聞いてみたのだ。

そして、ルーリがマヤリィを眠らせた後でラピスを誘いに行ったことが発覚した。

「っ…。姫、なぜですか?」

まさかルーリがそんなことをするとは思わず、ジェイは唇を噛んだ。

「それはつまり、ルーリが貴女の部屋で過ごすという約束を破って、ラピスと浮気したってことですよね?しかも貴女に無断で『睡眠』魔術までかけて、その夜の出来事を有耶無耶にした。…なぜそれを問い詰めないんですか?本来ならば、許可を得ずに貴女に魔術をかけたという時点で罪に問うべき事案です」

珍しくジェイが怒っている。

「ラピスも同罪ですよ。その夜はルーリの魅惑にかけられてどうすることも出来ず、というのならまだ情状酌量の余地があります。しかし、その後も度々ルーリと関係を持っているとあらば、擁護することは出来ません。恐らくは自分の魔力を高める為の訓練をすることもなく、第7会議室に通っているのでしょう。…ちょっと待って下さい。もしや『魅惑』の発生源は第7ではないんですか!?」

「落ち着いて頂戴、ジェイ」

「はい。僕はとても落ち着いています。ルーリとラピスの密会場所はともかくとして、この一件、というか前科何犯というか…。とにかくこれは見過ごせない事実です。たとえ姫が許しても、側近である僕が許しませんよ」

ジェイはそう言って『転移』を発動しようとするが、寸前でマヤリィに止められた。

「待って。どこへ行くつもり?」

「勿論、第7会議室です」

「分かったから、少し待ちなさい」

「いえ、待てません。今まさに何かが起きているかもしれないですからね」

「今ルーリは魅惑魔法を使っていないわ。だからとりあえず落ち着きなさい」

「ですが…!」

ジェイの勢いは止まらず、再び『転移』を発動しようとした。

瞬間、

「『シャットダウン』。…お願い、ジェイ。私を置いて行かないで」

魔術を全解除するシャットダウンを発動し、ジェイの転移を止めたマヤリィはそのまま彼を抱きしめる。

「ジェイ、一人で行かないで。私から離れないって、約束したでしょう…?」

「姫……」

マヤリィは今にも泣きそうな声で言う。それを聞いたジェイは、少し落ち着きを取り戻す。

その時、

「畏れながら、母上様。この一件…というか前科何犯に関して、貴女様と僕が決めたことを説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」

タンザナイトが言う。どうやら、昨日のうちに話し合ったことがあるらしい。

「ええ。ジェイは納得出来ないかもしれないけれど、私はこのことを明るみに出したくないの。…説明を頼むわ、ナイト」

そして、タンザナイトは説明を始めた。

「まず最初に、これは当然のことですが、ルーリ様とラピス殿を罪に問えば、罰を与えるのは流転の國の女王である母上様にございます。しかし、母上様は『処罰する』ことに対し抵抗を感じておられ、出来るならば避けたいと思っていらっしゃいます」

確かに、マヤリィは今までも罪を犯した配下を罰する時、とてもつらそうにしていた。出来れば不問にしたいと思った罪も、他の配下達の手前、許すわけにはいかなかったこともある。

記憶に新しいのはシロマの一件。念話使用不可の自室謹慎と魔術具や所持品の没収を言い渡したはいいが、処罰される本人からそれでは軽すぎると異を唱えられた。その直後、玉座の間で何が起きたかは第24話の通りである。

昨日、マヤリィからその話を聞かされたタンザナイトは、配下に罰を与えることがマヤリィの精神に大きな負担をかけていると感じたのだ。

「無論、ルーリ様のなさったことは母上様に対する裏切りであり、無断で睡眠魔術を発動した件に関しては到底許されることではありません。但し、母上様はルーリ様の魅惑魔法多用をサキュバスであるがゆえの行為だと捉えていらっしゃいます」

ナイトは話を続ける。

「次に、ラピス殿ですが、彼女は母上様とルーリ様の関係を知らない可能性があります。というより、知っていたらこのようなことは出来ないでしょう。それでも、特に『命令』がない限りは魔術師としての実力を高めることに時間を使わなければならないホムンクルスが、サキュバスに誘われるがままに第7会議室に入り浸っているとあらば、罪に問われて然るべきと存じます。しかし、母上様はラピス殿の第7会議室訪問はルーリ様の仕事に協力する為であると見倣しておられます」

ジェイは唇を噛みしめながら説明を聞いている。

「そして、ここからが本番です。…まず、母上様がおっしゃるようにこの件を明るみに出すことは致しません。理由は、配下を『処罰する』ことによって、母上様の病状が悪化してしまう可能性がある為です。これに関しては、シロマ様の一件が裏付けとなります」

(あの時、姫は本当に追い詰められてた。流転の國に自傷のトリガーがあるなんて思ってもみなかった…)

手首を何度もナイフで切り付け、血塗れになっていたマヤリィ。その応急処置をしたのはジェイだった。

「しかし、ルーリ様とラピス殿の罪を不問とするのは、僕としても納得出来ません。そこで、罪を明るみに出さず罰も与えない代わりに、ちょっとした悪戯をしようということになりました」

「えっ…?」

急にタンザナイトの声が明るくなり、表情が緩んだのを見て、ジェイは何をする気かと思う。

「ジェイ様、怖くないですから聞いて下さい。これは前に母上様がユキ様という元は天使だった方に与えられたという…ヘアメイク部屋での施術にございます」

「ユキに…?それって、まさか……」

いきなりそんな前のことを言われても普通は思い出せないだろうが、ジェイは即座に思い当たってしまった。『vol.1』序盤の話だ。

「ふふ、さすがは私の側近。記憶力がいいわね」

ジェイの表情を見て、マヤリィが笑う。

「…そう。髪を刈り上げる快感を知ってもらおうと思うの」

「っ……」

二人がそんなことを企んでいたとは。

ジェイは先ほどの怒りも忘れて呆気に取られる。

「これはラピス殿に体験して頂きます。女王様のお言葉とあらば、断れるわけありませんよね?」

(『命令』という形式さえ取らないつもりか…)

ジェイはちょっと頭が痛くなってきた。

「次に、ルーリ様についてですが、桜色の都を訪問して頂く予定です。但し、クラヴィス様に『変化』した上で、ですが」

「クラヴィスに『変化』…!?」

「はい。先日、僕も桜色の都に行って参りましたが、ヒカル様はクラヴィス様のことをとても気に入っていらっしゃるご様子でしたから、クラヴィス様に『変化』すればヒカル様ともお話しやすいのではないかと思います」

「それに、ルーリは流転の國の外に出たいと思うことがあるのでしょう?決して悪くない話だと思うのだけれど」

マヤリィ様、悪い顔してる。

「けれど…の次は何ですか?」

「ふふ、シャドーレにも会えるでしょう?」

「っ……」

ジェイは絶句する。

この間とは真逆のことをマヤリィは言っている。

「もう桜色の都には行きたくない、と思ってくれたらルーリは私の側近という仕事に専念してくれるはずよ」

「姫、それって…」

「ええ、そうよ。桜色の都のシャドーレは流転の國の『国家機密』のことなんて忘れてしまっている。それを知ったら…きっとルーリは私の元へ帰ってきてくれるわ」

他の配下達の前で罰を与える代わりに、罪を明るみに出さず『ちょっとした悪戯』をしようと決めた母娘。

(姫ってたまに性格悪くなるよね…。っていうかタンザナイトも大概だな。さすがは姫の娘と言うべきか…)

ジェイがそんなことを考えていると、

「これは決定事項よ、ジェイ。さっきは私の為に本気で怒ってくれてありがとう。二人を罪に問うことは出来ないけれど、今話したことに関しては全面的に協力してね?頼りにしているわ」

「は、はいっ!頑張ります…!」

ジェイはそれしか言えなかった。

「母上様、桜色の都には僕も同行させて頂けませんか?クラヴィス様に『変化』したルーリ様を『記憶の記録』に残して参ります」

「それは良い考えね。早速、ヒカル殿に書状を送りましょう」

もしかしたら普通の刑罰よりも重い『ちょっとした悪戯』。

楽しそうに計画を立てる二人を横目に、ジェイは頭を抱えるのだった。

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