㊷貴女を守りたい
「出来れば探知なんてしたくないのだけれど、意識していなくても分かってしまうものね」
玉座の間にいるマヤリィはルーリが『魅惑』を発動したことに気付いてしまった。
「ルーリが魅惑を?今、ですか…?」
ジェイは戸惑う。ルーリは普段から『私が魅惑にかけたい御方はただ一人』と言っているのに…。
「ええ。ルーリの魔力は強いから、どうしても気付いてしまうの。『魔力探知』をオフにすることは出来ないのかしら…?」
どこにいても今誰が何の魔術を使ったか分かってしまうマヤリィ。それは、無意識下で発動されている魔力探知魔術のせいなのだが、知りたくないことまで分かってしまうらしい。
弱い魔術ならスルー出来るが、流転の國の者の魔術となればそうもいかない。
ジェイは少し考えてから、
「恐らく、姫の魔力が強すぎることが原因だと思いますが…。それをオフにする方法があるとしたら、魔力の制御でしょうか?」
マヤリィに聞く。
「姫、今までに『宙色の魔力』をセーブしたことってあります?」
「…ないわね。使う必要がある時は使って、後は『宙色の耳飾り』も含めて放置状態よ」
マヤリィはこの世界に存在するあらゆる魔術に関しての知識を持っており、それらを発動すれば確実に成功するが、宙色の耳飾りそのものを分析したことはない。
「つまり、私が宙色の魔力をうまく制御すれば、無意識下の魔力探知を止めることが出来るというわけね」
「はい。その可能性は高いと思います。…でも、それが役に立つ時もあるんですよね?」
「確かに、そうね…」
マヤリィは腕を組んで考える。
以前、流転の城に天界の者が侵入してきた時、マヤリィは桜色の都にいたにもかかわらずその悪意に満ちた魔力を感じ取り、急ぎ帰還して國を守ったことがある(vol.6)。そういった緊急事態には、常時発動状態の魔力探知が大いに役立っている。
しかし、同じく桜色の都にいた第13話では、ルーリが流転の國で魅惑を発動したことに気付いてしまった。…今日と同じように。
「ルーリはサキュバスだし私も人のことは言えないから、浮気を咎めるつもりはないわ。けれど、彼女の魅惑魔法を探知してしまうなんて、プライベート侵害みたいで嫌なのよ」
「確かに、他の魔術ならともかく魅惑を探知するのは嫌ですね…」
そう言ったジェイはあの日のことを思い出す。
一人では寂しいと縋りついてきたルーリを抱いた日のことだ。
あの時、ルーリは魅惑を発動出来る状態ではなかったし、ジェイ主導の性行為に魔力は関係ないので、マヤリィは知る由もない。
(あれは完全になりゆきだった…。だけど、ルーリは本当に綺麗だったな…)
「…ジェイ?何を考えているの?」
マヤリィが不思議そうにジェイの顔を見る。
「今日のルーリの相手なら、シロマよ」
ジェイが黙り込んだ理由を勘違いしたマヤリィは、言いたくなさそうな顔をしながら教えてくれる。
「えっ?よりにもよってシロマですか?…修道女なのに?」
驚くジェイにマヤリィは説明する。
「シロマはクラヴィスへの恋心を思い出し彼と結ばれた時点で、修道女の資格はなくなったと言っていたわよ?」
シロマとクラヴィスは流転の國に顕現する前にいた場所である所謂『元の世界』が同じで、その頃から互いを想っていたが、気付いたのは流転の國で再会した後とのこと。しかし、修道女であるシロマは長らく恋心を封印していた(vol.3)。
「まぁ、言われてみれば今も修道服を着ているしウィンプルも被っているから変わりなく見えるわね。…けれど、シロマとクラヴィスはそういう関係なのよ」
「…姫、それも魔力探知ですか?」
「違うわ。ある日、律儀にもシロマが報告しに来たのよ。昨夜クラヴィスと関係を持ったので私にはもう修道女の資格はありません、ってね」
「本当に律儀な人ですね…」
ジェイは『元いた世界』を同じくする二人が親しいことは知っていたが、まさか恋人同士だとは思ってもみなかった。
「…待って下さい。では、シロマの方も浮気してるってことですか?」
話を聞いたジェイは混乱する。
「あの真面目なシロマが浮気…?」
ジェイは動揺するが、
「ここまで説明しておいてなんだけど、それ以上は考えない方がいいわ」
「そ、そうですね……」
言われた通り、考えるのをやめた。
マヤリィは話題を変えて、
「…ところで、ジェイ。聞きたいことがあるのだけれど」
「はいっ!何でしょうか?」
あの件について知られてたら気まずいな…と思いつつ返事をする。
「そんなに身構えないで頂戴。…貴方、ルーリから何か相談を受けていたりしないかしら?」
「相談ですか…?」
「ええ。最近、ルーリに避けられている気がするのよね…」
彼女が何も言わずに髪を切るなんて思わなかったし、昨夜いつの間にかいなくなっていたのも不可解だし、今日も気付かないうちに玉座の間を退出していた。いつもは自分が動かない限り、傍に控えていてくれるのに。
「私、ルーリに悪いことしたのかもしれないわ。何かあるなら言ってくれれば良いのだけれど…」
マヤリィは真剣に悩んでいる。
「ルーリが誰かに相談するとしたら貴方しかいないと思うの。…ねぇ、何か聞いてない?」
ジェイは迷ったが、マヤリィが切羽詰まった様子でいるのを見て、誤魔化すわけにはいかないと思った。
「…そういえば、桜色の都の話をしていたような……」
ジェイの話し方は曖昧だが、マヤリィは敏感に反応する。
「もしや、シャドーレに会いたいと言っていたの?それとも、ナイトとクラヴィスが都に行ったことに気付いたのかしら?」
「すみません、僕も詳しいことは分からないんですが…。私は國の外に出られない、みたいなことを呟いていた気がします」
本人がいない所ではっきり言うのも気が進まないので、ジェイは曖昧な話し方を続ける。
しかし、マヤリィは気付いたらしい。
「ルーリは…寂しいのかしら…」
彼女は流転の國の『国家機密』。だから、どこにも行かせず、外部の者に存在を知らせることもなく、常に玉座の間での待機を命じていた。…時には、女王の代理として。
「私……間違ってたみたいね………」
「姫…?」
急に声を震わせるマヤリィを不思議そうに見るジェイ。
「自由に過ごせと言っておきながら、私はルーリを縛り付けていたのね…」
マヤリィは頭を抱える。
「なんで今まで気付かなかったのかしら…。いえ、気付こうとしなかっただけね…」
「姫…。仮にルーリが外に出たがっているとしても、彼女はマヤリィ様の配下です。女王が配下の為にそこまで悩む必要はないと思いますよ」
ルーリには悪いが、ここで流転の國の方針を変えさせるわけにはいかないとジェイは思った。この間の会議で、ルーリを『国家機密』と定めた理由を知ってしまったから。
「それでも…ルーリは私にとって大切な存在。貴方も分かっているでしょう?」
「はい。分かっています。…ですが、それとこれとは別です。ルーリは貴女の恋人である以前に、流転の國の女王に絶対の忠誠を誓っている配下の一人。僕も含め、本来ならば不平不満を言える立場ではありません」
「だけど、ジェイ……」
マヤリィの瞳が悲しそうに揺れている。
「…では、お聞きします。例えば、今ルーリが桜色の都に行かせて下さいと許可を求めてきたら行かせるんですか?」
「…。行かせられないわね……」
「許可を下さらないならもうマヤリィ様のお部屋には参りません、と言われてもですか?」
「…………」
マヤリィは黙り込む。
ジェイは話し続ける。
「…姫。貴女に嫌われてもいいから言います。貴女は元の世界で閉じ込められていたご自分と、立場上流転の國の外に出られないルーリを重ねているだけです。貴女は束縛されていましたが、ルーリは違います。もしルーリが桜色の都に行きたいと言ったとしたら、それはただの我儘。西の国境線の一件で、國での待機を命じられていたにもかかわらずマヤリィ様に同行したいと言ったシロマと同じですよ」
いつになく必死なジェイの言葉からは、流転の國を守りたいという強い意志が感じられた。なぜ流転の國を死守したいかと問われれば、ここにしかマヤリィの居場所がないからだ。
ジェイは側近の顔をして跪く。
「畏れながら、女王陛下。貴女様が心配なさらなくとも、ルーリはこの國で自由に過ごしています。彼女に避けられていることが気がかりならば、女王という立場を明確にした上で問い質すべきかと存じます。……私などが貴女様にこのようなことを申し上げるなど、大変失礼致しました」
そう言って頭を下げるジェイに、マヤリィは言う。
「…ジェイ、私を見なさい」
「はっ」
「この國では、貴方と私も…立場が違うのね…」
「はい。私はマヤリィ様の側近に過ぎません」
「主従関係を超えるって難しいわね…」
「はい。残念ながら、とても難しいことにございます」
「…でも、もうその喋り方はやめて頂戴。これは命令よ」
マヤリィはそう言うと、微笑みを見せた。
「貴方の言ったことは正しいわ。私は流転の國の女王という立場の重さを今一度自覚するべきね」
宙色の魔力がマヤリィを選んだ以上、彼女の地位が揺らぐことはない。
「改めて、この私の忠実な側近であるジェイに誓いましょう。私は『流転の國のNo.2』を『国家機密』と定めた方針を変えない。そして、それを秘匿する為の任務をこれから先も貴方達に与えることになるわ」
「はい。この世界のどこに脅威が潜んでいるか分からない以上、流転の國を守る為に必要な決まりであると理解しています」
この間の会議で『国家機密』の理由を知らされた時、ジェイはマヤリィが決めた方針の大切さを痛感した。言われてみれば当たり前のことなのだが、流転の國内部が平和過ぎると外部への警戒も緩みそうになる。
「…当面の間、仕事以外ではルーリを呼ばないことにする。第7会議室での作業も残っているでしょうし、無理に彼女を呼び出したくないから」
いつもの冷静さを取り戻したマヤリィは、引き続きルーリに第7会議室を任せることにした。
勿論、桜色の都に行かせる予定はない。
ジェイは安心したのと同時に、自分は喋り過ぎたのではないかと心配になった。
「…姫。今更ですが、出過ぎたことを言ってすみませんでした。僕のこと、嫌いになりましたか?」
そういえば、さっき『嫌われてもいいから言います』とか言ってたね。
しかし、マヤリィは首を横に振る。
「何言ってるのよ。私がジェイを嫌いになるわけないでしょう?…っていうか、貴方こそ配下の顔色を窺う女王に幻滅してないかしら?」
「僕が貴女をそんな風に思うなんて有り得ませんよ。それに、貴女は顔色を窺っていたのではなく、心配し過ぎただけです。やっぱり姫は誰よりも優しい人ですね…」
ジェイはそう言ってから、
「女王と配下の立場の違いについて話していた手前、ちょっと言いづらくなりましたけど……」
純粋な瞳でマヤリィを見つめる。
「愛しています、姫。この気持ちは未来永劫変わりません。貴女の全てが大好きです」
愛の言葉はいつでも直球なジェイ。彼は心からマヤリィを愛し、絶対に傍を離れないと決めている。事実、流転の國を追放された時も、二人はずっと一緒だった(vol.7)。
「ジェイ…!私だって、貴方が大好きよ。叶うなら貴方を私と同じ立場にして、流転の國でも対等な関係になりたいわ」
マヤリィはジェイの言葉を全身で受け止めた。
かと思えば、
「貴方が女王の伴侶になるっていうのはどうかしら?女王の権限で皆を納得させるの。良い考えだと思わない?」
嬉々とした表情でジェイに迫る。
「そ、そうですね…。それはつまり、姫と僕が結婚するということですよね…?結婚したら…貴女のことを何と呼べばいいでしょうか…?やっぱり貴女は永遠に僕の姫だから、変える必要はないですかね…?」
彼は『女王の伴侶』という衝撃的な言葉を耳にすると頬を赤らめ、途端にだらしない表情になる。だって、姫と結婚出来るんですよ…?ジェイはふわふわした気持ちになっている。
「新しい役職を作る必要がありそうね…」
満面の笑みを浮かべるジェイを見ながら、マヤリィは真剣に結婚する方法を考えていた。
(女王の配偶者って何と呼ぶのかしら?)と思いつつ。
ジェイはルーリの寂しさを誰よりもよく知っていますが、それでも流転の國の方針を変えさせるわけにはいかないと考えます。
たとえルーリが『No.2』と呼ばれる存在であっても、立場としては一介の配下に過ぎないのです。
姫に嫌われてもいい、という覚悟で厳しく冷静に、そして必死の思いで彼女を諭したジェイ。
全ては大切なマヤリィの居場所である流転の國を守る為です。
彼の言葉をしっかりと受け取ったマヤリィは、流転の國の女王として改めて『国家機密』を守ることを誓うのでした。




