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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㊵魅惑再び

夜になって、ルーリはマヤリィの部屋を訪ねた。

マヤリィはルーリを出迎えると、

「そのドレス、素敵ね。初めて見たけれど、凄く似合っているわ」

そう言って彼女を抱きしめる。

(こうして見ると、全然違う人みたいね)

…そう。ルーリが変えたのは髪型だけではない。いつもは淡い色のロングドレスを選ぶことが多いのに、今日は光沢のあるワインレッドのミニドレスを着ている。髪を切ったルーリは今の自分に合う新しい服が欲しくなり、衣装部屋で探したのだ。それも、あまり着たことのないようなドレスを。

優雅な巻き髪を揺らしていた時とはまた違った色気を身に纏い、髪を短くしてもなお蠱惑的なサキュバス。それが流転の國のルーリ。

マヤリィはしばらくルーリを見つめてから、

「…貴女は本当に綺麗なひとね。魔法を使わなくても『魅惑』されてしまいそうよ」

蕩けそうな瞳で微笑む。

「では、今宵は魅惑魔法をかけさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

今度はルーリがマヤリィを見つめる。

「マヤリィ様。私が『魅惑』にかけたい御方は世界でただ一人、貴女様だけにございます」

「ルーリ……」

普段なら使わない夢魔固有の特殊能力である魅惑魔法。愛し合っている二人には必要ないはずなのだが、今日のルーリは少し違う。

「どうか、お許し下さいませ」

マヤリィは予想外のことに戸惑ったが『夢魔変化』した時の彼女の美しさも知っている。

だから、素直に頷いた。

「ルーリ…。今日は驚かされてばかりね」

そう言って、ルーリにキスをするマヤリィ。

だが、それ以降の記憶がない。

最後に聞いたのは、

「マヤリィ様、明日はまた違ったドレスをお目にかけたいと存じます。どうかごゆっくりお休み下さいませ」

という優しげな言葉だった気がする。

(私、ルーリに帰りなさいとでも言ったのかしら……?)

早朝、目覚めたマヤリィはルーリの姿がないことに気付く。

(睡眠薬は飲まなかったはずなのに……)

不思議に思いつつ、マヤリィは再び眠ってしまった。今日の会議は午後からだ。


時は少しだけ遡り、マヤリィが眠った後の真夜中。ルーリは自分の部屋に戻ってきた。

(マヤリィ様、申し訳ございません…。やはり今の私は貴女様と過ごすのがつらいのです…)

流転の國から出られない哀しみを実感してしまったルーリは『国家機密』という立場を悲観していた。

無論、マヤリィの期待を裏切ろうなどとは思わない。

しかし、今は無性に哀しくて、どうしようもなく寂しいのだ。

《こちらルーリ。…ラピスラズリ、起きているか?》

マヤリィに『睡眠』魔術をかけ、そっと部屋を後にしたルーリはラピスに『念話』を送った。

悪魔種はよほどのことがない限り睡眠を必要としないが、それ以上に必要ないのがホムンクルスだろう。

返事はすぐに返ってきた。

《こちらラピスラズリにございます。ルーリ様、どうかなさいましたか?わたくしは睡眠を必要としませんので起きておりますが…タンザナイト様はとりあえず夜はベッドに入ると言って眠っているようです》

やはりラピスは起きていた。

彼女の声を聞いたルーリは嬉しそうに言う。

《…ラピス。突然ですまないが、今から私の部屋に来てくれないか?迎えに行くから》

真夜中のお誘いとなれば、当然そういうことである。

《えっ…ルーリ様のお部屋に…?よろしいのですか…?》

《ああ。来てくれたら嬉しいよ。…お前さえ良ければな》

ルーリさん、マヤリィ様を寝かせてラピスを誘うとは大胆ですね。

《は、はい…。ぜひ、お邪魔したいです》

ラピスも大概である。

《では、姉上を起こさないように部屋の外でお待ち申し上げております》

《ありがとう。すぐに行く》

ルーリから念話を受けたラピスは既に夢見心地。

(出来るだけ音を立てないようにドアを…)

そう思いながら立ち上がった瞬間、

「姉上、こんな真夜中にどこ行くんですか?」

眠っていると思っていたタンザナイトに声をかけられる。

「タンザナイト様、起きていたのですか…!?」

「はい。僕も姉上と同様、眠る必要はありませんから」

タンザナイトは起き上がると、ラピスの顔を見る。

「…成程。だいたい分かりました。ルーリ様のお誘いとあらば姉上が断れるわけありませんね」

「なっ、なんで…。もしや、貴女は心が読めるのですか?」

全て見透かされたラピスはたじろぐ。

「いえ、読めません。適当に言ったつもりだったんですが」

因みに、上記の台詞全てをタンザナイトは真顔で言っている。

「確かに、ルーリ様とわたくしが関係を持ったのは貴女が造られる前…。って、全部言わせないで下さい!!」

「僕はそこまで聞いてませんよ。ただ、姉上がルーリ様といる時にしか見せない嬉しそうな表情をして、僕に何も言わずにこっそり出かけようとしていたので、推測してみただけです」

「…。タンザナイト様って、可愛くないですね」

全て言い当てられ、ラピスはちょっと面白くない。

「はい。僕に可愛さを求めないで下さい」

「もう!本当に可愛くない『妹』ですね!!」

ラピスは珍しく怒るが、ナイトは涼しい顔をしている。

その時、

《ラピス、私だ。部屋の前まで来たぞ》

ルーリから念話が来る。

《はいっ!すぐに参ります…!》

ラピスは頬を染めて返事をすると、

「タンザナイト様の推測通り、これからわたくしはルーリ様のお部屋に行って参ります。貴女はお留守番していて下さい!」

本人は怖い顔のつもりで言い放つ。

「了解です。まだ夜は長いですし、僕は魔術書の解析でもしてますよ」

タンザナイトはそう言ってラピスを送り出す。

そして、ラピスがドアを開けると、そこには絶世の美女が立っていた。いつにも増して麗しいその姿は、本当は誰の為のものだったのだろうか。

「こんな時間にすまないな。…ん?珍しく怖い顔をしているが、どうした?」

ルーリはいつも通り見た目に似合わない喋り方をする。

「い、いえっ…!何でもありません!お待たせして申し訳ございませんでした…!」

ラピスは慌ててタンザナイトのことを忘れようとするが、

「さてはナイトと喧嘩でもしたか?…いや、あいつは喧嘩を売られたところで買わなさそうだな」

ルーリにもしっかり見透かされている。

「〜〜〜!!!」

「…では、行くか」

どう答えたら良いか分からなくなるラピスの手を取り、ルーリは『空間転移』した。

ラピスにとって、ルーリの部屋を訪れるのは二回目だ。

「お邪魔します、ルーリ様」

「ようこそ、ラピスラズリ」

ルーリはそう言うと早速ラピスの服を脱がす。

ラピスは頬を染め、自分の全てを彼女に委ねる。

「いけないことだと分かっていても、この気持ちを止めることは出来ない。…ラピス、私はお前が好きだ」

「ルーリ様ぁ…!」

熱いキスを交わし、愛おしそうにラピスを抱くルーリ。


その頃、留守番を言い渡されたタンザナイトは読みかけの魔術書を閉じていた。

「どうにも集中出来ないのはなぜだろう?」

ナイトは本を置いて立ち上がると、クローゼットを開けてルーリからもらったスーツを広げてみる。

(母上様と同じスーツ、か…)

玉座の間ではともかく、彼女は時々マヤリィのことを母上様と呼ぶことがある。

(ルーリ様は母上様を愛していらっしゃるんじゃなかったのかな…)

タンザナイトは主従関係を超えた二人の仲を知っているから、ルーリがなぜラピスを求めるか分からず、複雑な気分だった。しかし、

(所詮、僕はホムンクルス。悪魔種であるルーリ様のお心を理解出来るはずないか)

自分が何者であるかを弁え、それ以上考えるのをやめた。

そして、マヤリィが着ているのと全く同じだというスーツに袖を通してみる。

(当たり前だけど、女物の服だ)

ネクタイは見当たらないが、代わりにループタイが入っているのを見つけた。

マヤリィが付けているのは見たことがないので、これこそルーリがタンザナイトの為に選んだ物なのだろう。

(こうして見ると、本当に母上様の娘になった気分だ…。シャドーレ様が言った通り、僕は母上様に似てるのかな)

はい。ナイトがマヤリィに似ている件に関しては、シャドーレだけでなくルーリやヒカル王も感じている事実です。

(母上様…今はお一人でお休みになっているのだろうか)

ルーリとラピスのことを報告しようとは思わないが、何となく『母』のことが気がかりだった。

マヤリィの病に関しては、他の配下達と同じようにタンザナイトにも知らされている。

(母上様…魔術以外に、僕が貴女様の御為に出来ることはないのでしょうか?)

やがて、タンザナイトは『母』と同じスーツを着たまま、魔術書の解析を再開した。

この間はジェイに抱かれていたルーリさん。

今夜はマヤリィではなくラピスに魅惑魔法をかけました。

因みに、ラピスはマヤリィとルーリが『主従関係を超えた仲』であることに気付いていません。気付いていたらこんなこと出来ませんよね。


タンザナイトはルーリからの贈り物や抱擁は拒みませんでしたが、魅惑をかけられそうになったら迷わず『シールド』を張って応戦すると思います。

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