㊴何があったの?
「待って頂戴。貴女…ルーリなの!?」
次の日、服装を整えて玉座の間に参上したルーリを見て、マヤリィは悲鳴にも似た声を上げた。
こんな彼女を見るのは初めてだ。
幸いなことに今この場にはマヤリィとルーリしかいないが、他の配下達がいたら女王の取り乱しように戸惑ったことだろう。
「はっ。正真正銘、私はルーリにございます。第7会議室についてマヤリィ様にご助言頂きたく、参上致しました」
ルーリは跪き、玉座のマヤリィを見る。
「助言するのは良いけれど…貴女、その髪…」
散々ルーリに髪を切ってもらっておきながら、マヤリィは彼女の断髪に心が追い付かない。
「一体どうしたと言うの?」
髪を切る理由を聞かれるのは苦手だと言っておきながら、マヤリィはルーリに問う。
「…鬱陶しくなりました」
「えっ…?」
「突然、長い髪に嫌気がさしたのでございます。それだけです」
「それだけって…」
マヤリィは絶句する。
今のルーリに表情はない。微笑みもせず、哀しげな眼差しを向けることもなく、ただ唇だけが動いている。
「貴女が私に何も言わずに髪を切るなんて思わなかったけれど、本当はそれが普通なのよね…」
しばらく黙り込んだ後でマヤリィは言った。
「…ルーリ。いきなり大声を上げて悪かったわね。もう少し、傍に来てくれるかしら?」
「はっ」
ルーリは真面目な顔でマヤリィに近付く。
その時、マヤリィの瞳から涙がこぼれる。
「…私、自分が言われて嫌なことを貴女に言ってしまったわ。それも、絶対に言われたくないことをね。…ごめんなさい、ルーリ」
「マヤリィ様、私などに謝らないで下さいませ。私は何も気にしておりません。むしろ、貴女様を驚かせてしまったことを申し訳なく思っております」
マヤリィは泣きながらルーリを抱き寄せ、あらわになったうなじに手を回す。
(きっと、私のせいね…)
何日もルーリの顔を見ることなく、第7会議室で仕事をさせ続けていた。毎日『念話』で報告を受けてはいたが、彼女はいつの間に姿を変えたのだろうか。あんなにも自分の髪を大切にしていたというのに何があったのだろうか。マヤリィは涙を流しながら俯く。
しかし、ルーリは明るい声で訊ねる。
「畏れながら、マヤリィ様。私はこの髪型が気に入っているのですが…似合っているでしょうか?」
自分が言われて嬉しい言葉を聞く為に。
マヤリィはルーリの髪をそっと撫でると、
「ええ、とても似合っているわ。ルーリの細長い首の美しさも際立って、本当に綺麗よ」
本音で彼女の気持ちに応えた。
そして、
「…ねぇ、ルーリ?今夜は久しぶりに私の部屋に来てくれないかしら」
甘く優しい声でささやく。
「マヤリィ様…!」
久しぶりに聞いたその言葉はルーリの心を捉えて離さなかった。
「有り難きお言葉にございます。ぜひとも伺わせて下さいませ…!」
「ふふ、決まりね」
いつの間にか、二人の間にはいつもの空気が流れている。
その後、ルーリは『双子』の部屋を訪れた。
桜色の都での話をタンザナイトに聞こうと思ったのと、プレゼントを渡す為に。
「私だ。二人ともいるか?」
ドアをノックすると、すぐにタンザナイトが開けてくれた。
「ルーリ様、お疲れ様です。散らかっていて申し訳ないですが、どうぞお入りになって下さい」
「…タンザナイト。私を見て何か言うことはないのか?」
「…。少しお痩せになりましたか?」
ナイトは真顔で言う。
「いや、そこじゃない」
「…髪型、変えました?」
「お前、絶対気付いてただろう」
「はい。ですが、追及しなければならないとは思いませんでした」
(相変わらず何を考えているのか分からない奴だな…)
ルーリはそう思いつつ、久しぶりに会えたことが嬉しかった。
と、その時。
「ルーリ様にございますか…!?」
部屋の奥から現れたラピスが驚きの声を上げる。
「ああ。久しぶりだな、ラピスラズリ」
「はい、お久しぶりです…!その御髪はどうなさったのですか…!?」
これが普通の反応だとルーリは思ったが、その様子を見てナイトは淡々と言う。
「どう見てもお切りになられたんでしょう。姉上、驚きすぎですよ」
「いえ、普通は驚きます…!」
それを見て、相変わらず仲の良い『姉妹』だとルーリは思った。
「畏れながら、何かあったのでしょうか…?ルーリ様の巻き髪、とても綺麗でしたのに…」
ラピスは寂しそうに言うが、
「いや、特に何もない。ただ鬱陶しくなって切った。それだけだ」
ルーリは実にあっけらかんと答える。
「…で、今日はこれをお前に渡そうと思ってな」
そう言って差し出されたのはコテ。
「お下がりで悪いが、お前なら使えると思って持ってきたんだ」
ルーリさん、もう髪伸ばさないの?
「よ、よろしいのですか?わたくしなどがルーリ様のお使いになっていたヘアアイロンを頂くなど、畏れ多いことにございます」
「ああ。お前くらいの長さなら色々とアレンジが出来るだろう?手入れは済んでいるから、嫌でなければ使ってくれ」
彼女の身体がどういう構造になっているのかは知らないが、ラピスの髪は少し伸びて、今では肩を超えている。
「はい…!ありがとうございます…!大切に致します!!」
ラピスは憧れのルーリが使っていたヘアアイロンを手渡され、嬉しそうに笑った。
「…タンザナイト、お前にも渡す物がある。今度また桜色の都に行くことになったら、これを着て行け」
ずっと蚊帳の外にされていたのが気に入らないルーリは衣装部屋からとっておきを持ってきたのだ。
「有り難く頂戴致します、ルーリ様」
ナイトはそう言ってお辞儀すると、渡された物を広げてみる。
「これはもしや、女王様がお召しのスーツと同じ種類ですか?」
「ああ。マヤリィ様が着用なさっているのと全く同じだ」
「それは大変畏れ多いことにございますね。本当に僕なんかが頂いてよろしいのですか?」
「私の個人的な贈り物だからな。受け取ってくれたら嬉しいよ」
ルーリがそう言うと、タンザナイトは一瞬微笑みを見せて、
「ありがとうございます、ルーリ様。僕も…嬉しいです」
ラピスがそれに気付く前に真顔に戻った。
(本当は可愛らしい服を着せてみたかったが、絶対に受け取ってくれないだろうし…)
見れば、タンザナイトの髪も少し伸びている。
(でも、ドレスを着せて、ヘアメイクしたら…。考えただけで抱きしめたくなるな)
「ルーリ様、僕の顔に何か付いてますか?それとも、何か妄想してました?」
「ああ。思いっきり妄想してるぞ。…お前のドレス姿をな」
ルーリは正直に言うが、
「やめて下さい。ドレスなら姉上が着てますよ」
真顔で拒否される。
「ルーリ様…貴女様がいらっしゃると分かっていたら、先にお着替えしましたのに…」
そう言いつつラピスは瑠璃色のドレスを美しく着こなしている。
「いや、その必要はない。お前は今日も綺麗だよ、ラピス」
「ルーリ様…!」
頬を染めるラピスをルーリは優しく抱き寄せると、長い手を伸ばしてタンザナイトも一緒に抱きしめる。
「…全く、お前達はどうしてこんなに可愛いんだよ」
そう呟きながら、今夜マヤリィ様の部屋には行かずにこの『姉妹』を頂こうか、などと考えるルーリであった。
色々と反省してるマヤリィ様ですが。
他にも謝ることあるでしょ。
憧れのルーリからお下がりをもらって嬉しそうに笑うラピスラズリ。
ルーリセレクトのスーツをもらって一瞬だけ微笑むタンザナイト。
同じ部屋で仲良く暮らす『姉妹』です。




