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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㊳夢魔の断髪

決して後悔はしない。

だから…私の髪を切ってくれ。

「本当にいいの?」

「ああ。今の私に(こんなもの)は要らない」

「君にだから言うけど、凄く綺麗だよ?」

「どこがだ?いつの間にやらパサついてるし、艶はないし、白…くはなってないよな?」

そう言って鏡を覗き込むルーリを見て、ジェイはまた一つ知識が増えた気がした。

(悪魔種も歳とると白髪になるんだ…)

見た目は人間と変わりないがルーリは悪魔種。現在51歳だが、人間種に換算すると20代後半くらいだという。

「ルーリ、人間の50代みたいなこと言わないでよ。単純計算でいくと、僕より君の方が若いんだよ?」

「見た目はお前の方が若く見えるがな」

「だから、アジア系は童顔だっての!」

昨夜はあのまま第7会議室のソファで寄り添って眠った二人。悪魔種は特に睡眠を必要としないのに、ルーリはよほど疲れていたのかジェイにもたれかかって朝まで眠っていた。第7会議室の進捗状況については彼女の代わりにジェイが念話で報告した。何となく、今のルーリはマヤリィと話したくないのではないかと思ったのだ。…声を聞けばきっとつらくなるから。

そして、話は冒頭に戻る。

今朝ルーリが目を覚ました時、既にジェイは起きていた。

その時、ジェイが設備を確認したり道具を確認したりする様子を見て、ルーリは突然髪を切りたいと言い出したのだ。

「髪を切るのはいいけど、サキュバスとしての活動に支障は出ないの?」

「『魅惑』を発動する時はどうせ夢魔変化するからな。相手は髪型を見る余裕なんてないだろうよ。それに、私が魅惑にかけたい御方は…」

そう言いかけて、ルーリは黙った。

ジェイは聞かなかったことにして、

「それで…どのくらいの長さにする?」

平静を装って訊ねる。

すると、ルーリは迷わず答えた。

「うなじのあたりで切り揃えてくれ」

「えっ…」

「お前なら出来るだろう?」

「うん、出来るけど…。かなり短くするんだね…」

今のルーリは髪を巻いていない状態なので、セミロング程度の長さがある。

「うなじの位置はここだよ?本当にこの長さでいいの?」

「ああ」

「前下がりにする?」

「いや、真っ直ぐ切り揃えてくれ」

「後悔しないでね?」

「分かってるよ。…よろしく頼む」

「了解。それじゃ、始めるね」

奇しくも第7会議室の最初の利用者は室長のルーリということになった。

ジェイはルーリの気持ちを受け止め、迷うことなくその美しい髪に鋏を入れる。

彼女の優雅なウェーブヘアを思い出すと複雑な気分だが、本人は晴れ晴れとした顔になってきた。

「首がスースーしてきたな」

「ルーリは首が長いから、ミニボブも似合うね」

床には金色の髪が積もってゆく。役目を終えてもなお光を受けて輝いているが、持ち主は見向きもしないので、代わりにジェイが見納めた。

「ああ、すっきりした。…さすがはジェイだな。綺麗に揃ってる」

仕上がりを見たルーリはようやくいつもの笑顔を取り戻した。

「ありがとう、ジェイ。凄く気に入った」

「どういたしまして。気に入ってくれてよかったよ」

ジェイもそう言って笑顔を見せる。

そして、

「ルーリ、これで終わりじゃないよ?」

「えっ?」

「シャンプーがまだでしょ?」

「…あ、そうか」

普段は自分が切る側なので知っているはずなのに、いざ切られる側になったら忘れていた。

「人に洗ってもらうなんて初めてのことだな…」

「どう?お湯、熱くない?」

「大丈夫だ」

「どこか痒かったりしない?」

「大丈夫だ」

こうして洗ってもらっていると、本当に髪を短くしたのだという実感が湧いた。

「ドライヤー、楽になるんじゃない?」

「そうだな。これからはコテも必要なさそうだ」

ルーリは鏡に映る新しい自分を満足そうに見ている。

「頭軽くなったでしょ?」

「ああ。びっくりするほど軽い。首は涼しいし、しばらく落ち着かないだろうな」

そう言って微笑んでから、

「ジェイ。また私の髪を切ってくれるか?」

鏡越しにジェイを見つめる。少し照れたように。

「当たり前でしょ?髪を切りたい時はいつでも言ってよ。その時はここ借りるからさ」

「…そうか!ありがとな、ジェイ…!」

ルーリは立ち上がり振り向くとジェイに抱き着いた。

(ルーリ、可愛いなぁ…)

ジェイが初めてルーリを可愛いと思った瞬間だった。

今の彼女は靴を履いていないので、ジェイとほぼ同じ身長である。

「…ジェイ」

「ん?どうしたの?」

ルーリはジェイに抱き着いたまま、真面目な声で言う。

「今から私と…第2会議室に行かないか?」

「だ、第2会議室…?」

「無理にとは言わない。昨日からお前に甘えてばかりだしな。…でも、良かったら私を抱いて欲しい。ここで一人に戻るのは…寂しいんだ」

(ジェイ…呆れてしまったかな…)

ルーリが初めてジェイに抱かれたいと思った瞬間だった。

やっぱり聞かなかったことにしてくれ、とルーリが言おうとした直前。

「いいよ。君を満足させられるかどうかは分からないけど、僕も男だし。綺麗な女性と第2会議室に行けるのは嬉しい。…しかも相手がルーリなら尚更ね」

ジェイはそう言ってルーリの腰に手を回す。

「大好きだよ、ルーリ」

「ジェイ…!私もだ…!」

ルーリの美しい瞳が嬉しそうに輝く。

そして、二人は当然のようにキスを交わすと、見つめ合ったまま第2会議室へと『転移』した。

マヤリィに褒められ、ルーリ自身も大切にしてきた美しいブロンド。

かつて瀕死の仲間を救う為に髪を捧げたことはありますが、その後はずっと伸ばしてきました(vol.7参照)。


以前は「私に切る勇気はない」「一度たりとも短くしようなどと思ったことはない」「私は自分の髪が好き」と言っていたルーリですが、いつの間にか『大切な髪』は『要らない物』になってしまったようです。

…マヤリィ様のせいですよ。

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